ソルティはかた、かく語りき

東京近郊に住まうオス猫である。 半世紀以上生き延びて、もはやバケ猫化しているとの噂あり。 本を読んで、映画を観て、音楽を聴いて、芝居や落語に興じ、 旅に出て、山に登って、仏教を学んで瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

  諸星大二郎を読む

● They Say It Was In Orion. 漫画:『暗黒神話』(諸星大二郎作画)

1996年集英社文庫(コミック版)

 「少年ジャンプ」掲載の『暗黒神話』(1976年)と『徐福伝説』(1979年)を収録。
 解説をゴダイゴ(ヒット曲『ガンダーラ』、『銀河鉄道999』ほか)のタケカワユキヒデが書いている。諸星の熱狂的ファンらしい。
 
 これまで食わず嫌いで素通りしていた諸星大二郎に挑戦した。
 見事、はまった。
 
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 この漫画が「少年ジャンプ」に掲載されていたということに驚く。「チャンピオン」ならまだ分かるのだが・・・。
 「少年ジャンプ」のモットーと言われる「友情、努力、勝利」を彷彿させるような、描線のくっきりした明るい未来志向の絵柄では、全然ない。ネーム(セリフ)も多く、古代史や神話をテーマとした内容もけっこう難解である。出てくる怪物もおぞましく不健康だ。
 70年代の少年たちはいまより大人だったのか、病んでいたのか・・・(自分の世代だが)。
 
 ウィキ『諸星大二郎』によると、「主に古史古伝に題材をとり、異形の存在によって日常の価値観や世界観を転倒させるような作品」を多く描いている。正直、ソルティの嗜好どストライクなのだった。

 表題の『暗黒神話』も、光瀬龍原作で萩尾望都によって漫画化されたSF『百億の昼と千億の夜』、および古代史や神話や民俗に題材を採った永久保貴一『カルラ舞う』を連想し、奇想天外な物語と読み手をぐいぐい引っ張るストリーテリングの妙、そして誰のマネでもない&誰もマネできない超個性的な絵柄に感嘆した。
 とりわけ、現代少年の極地上的な古代遺跡を巡る冒険が、文字通り宇宙的な、しかも仏教的な話に飛躍するよもやの結末に驚愕した。


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 これから過去作を追っていくことになるだろう。楽しみが増えた。
 
 

評価:★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損



● 漫画:『諸星大二郎 自選短編集 彼方より』

初出1974~1994年
2001年集英社
2004年集英社文庫

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 諸星大二郎が25歳から45歳に描いた10の短編が収録されている。
 タイトル通り「彼方」という言葉によって統一されうるような異界物ばかりであるが、SFあり怪談ありギャクタッチありシュールあり古代中国あり人類初期のアフリカあり・・・とジャンルもテーマも幅広い。もちろん、それぞれの話に応じて絵のタッチもまったく異なる。
 読みながら、つげ義春と伊藤潤二と赤塚不二夫と永久保貴一を想起したけれど、諸星大二郎は諸星大二郎である。大変ユニークで傑出した才能に恵まれた人。
 
 自選だけのことはあって読みごたえのある傑作が並んでいる。
 いっぺんに読んでしまうのがもったいなくて、一日一編と決めてじっくり味わいながら読んだ。
 また、一つ一つが濃すぎて、続けて読めるものでもない。

 人間が自ら産んだ人工物と融合してしまう不条理世界『生物都市』、わらべ唄「通りゃんせ」に隠された恐るべき秘密『天神さま』、ダリのごとく奇抜で奔放な創造力が冴える『ど次元世界物語』、古代中国の詩人・陶淵明を主人公とするオカルトファンタジー『桃源記』、ジェンダーと性に切り込んだ意欲作『男たちの風景』、恐ろしさと不思議さと懐かしさとがないまぜになった奇妙な味わい『カオカオ様が通る』等々、ソルティの遅すぎる諸星デビューとなった『暗黒神話』同様、作者の天才と日本漫画界の豊穣を知らしめるに十分な一冊である。

 遅すぎはしない。
 諸星大二郎をこれから踏破する幸せが待っている!



おすすめ度 :★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損


● いつか見た変な夢 漫画:『壁男』(諸星大二郎著)

2007年双葉社文庫名作シリーズ
初出
『壁男』1995~1996年
『ブラック・マジック・ウーマン』1979年
『鰯の埋葬』1991年
『会社の幽霊』1992~1993年
『夢の木の下で』1997年
『遠い国から』1978~1998年

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 『暗黒神話』、『自選短編集 彼方より』に次ぐ、3冊目の諸星ワールド参入。
 もうすっかりこの世界の虜となった。

 なんという奇抜な想像力!
 CGのなかった時代、まさに漫画でなければ表現できないモチーフであり発想である。
 その意味で、極めて「漫画的」な作家と言っていいのだろう。
 『彼方より』を読んで、つげ義春、伊藤潤二、赤塚不二夫、永久保貴一などを想起したと書いたけれど、今回は、安部公房(「壁男」の実存的意味)、古賀新一(「ブラック・マジック・ウーマン」のサバト風景)、レイ・ブラッドベリ―(「夢の木の下で」の幻想性)、星新一(「遠い国から」の怪奇と寓話性)などを連想した。
 つまり、読んでいるとなぜか「奇妙でおっかないけれど、どこか懐かしい」といった気分にさせられる。
 それは、悪夢というほどではないけれど、変てこりんな夢を見たときの目覚めの感覚に似ている。
 夢の中では、自分もたまに諸星大二郎になっている。

 CG全盛の現在、『壁男』や『夢の木の下で』あたりは映像化されても面白かろう。
 個人的には『遠い国から』に出てくる、驚くと団子虫のように地べたに丸まってしまう民族ピロン人に笑った。

ダンゴムシ



おすすめ度 :★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損

 

● ノーベル漫画賞ってないのか : 『諸星大二郎展 異界への扉』

 最近すっかりファンになった諸星大二郎展が三鷹でやっているというので行ってみた。
 デビュー50周年記念だという。

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案内チラシ

 会場は中央線JR三鷹駅南口の目の前にあるCORALというビルの5階にある三鷹市美術ギャラリー。
 はじめて足を運ぶ。
 ネットで調べたら、密を防ぐためか予約制になっている。もっとも空いていそうな平日の開館直後(10時~10時半)の枠を選んだ。

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三鷹駅南口

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CORAL

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会場入口

 1970年のデビュー作『ジュン子・恐喝』から現在連載中の『西遊妖猿伝』まで、B4大の原画がカラーページも含めて約350点、迷路のように仕切られた展示室にずらりと並んで、圧巻であった。
 ソルティがここ最近読んで感銘を受けた文庫版の『暗黒神話』、『壁男』、『彼方より』に収録されていた傑作群のワンシーンも見つけることができ、縮小サイズで発行された印刷物と原画との違いが興味深かった。
 塗ったばかりのような黒々したベタ、緻密な描線、迫力ある効果線、一つ一つの吹き出しに手作業で貼った写植文字(セリフ)の凹凸、そして編集者が原稿に入れたさまざまな校正記号が一つの作品が出来上がるまでの苦労と情熱とを感じさせる。(実はソルティ、昭和時代に編集の仕事をしていました)
 
 やはり、原寸で見ると諸星の絵の上手さ、漫画家としての技術の高さに驚嘆する。
 正確なデッサン、丁寧な細部処理、ペンの使い分け、人や物体の造形力、構図、コマ割りなど、基本的なところがしっかりしている。
 その安定した基礎の上に、独創的にして大胆な発想と個性的なタッチと唯一無二の世界観が、豊富な知識(美術、歴史、民俗、生物、神話、哲学、宗教e.t.c.)と卓抜なるストリーテリングを伴って、作品として結実するのだから、しかも、残酷なまでに浮き沈みの激しい漫画界にあって半世紀ものあいだ質の高い作品を生み続け、新しいテーマや描法にも果敢にチャレンジし、幅広い世代の読者を楽しませ続けているのだから、これはもう国宝級、いや世界遺産、ノーベル漫画賞ものである。
 
 2時間じっくり堪能したあと、受付に戻ってムック『文藝別冊総特集 諸星大二郎』とカオカオ様キーホルダーを買った。

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 これから、『妖怪ハンター』や『マッドメン』や『諸怪志異』や『栞と紙魚子』などが自分を待っていると思うとワクワクする。
 展示は10/10まで。 

P.S. 展示の最後のほうにあったダ・ヴィンチばりの裸の美少年の絵にはたまげた。諸星センセイ、ついにBL漫画にチャレンジか!?
 


おすすめ度 :★★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損


 

● ぱらいそさ いくだ! 漫画:『妖怪ハンター 地の巻』(諸星大二郎作画)

初出1974~1993年
2005年集英社文庫

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 超ド級の傑作ぞろい。
 「プロローグ」をのぞいて9編が収録されているが、いずれも作者の創造した独特の世界に引きずり込まれ、読後もなかなか日常への生還が難しい。
 しばらくはその世界への旅を反芻することになる。
 一日一篇か二篇読むのが限度。
 というか、あまりに凄いので、サーっと読むのがもったいない。
 
 その世界を構築しているのは、諸星の該博なる考古学的・民俗学的知識と奇想天外なる発想、そして画力である。
 この三つの連合が、諸星を他の追随を許さない唯一無二の漫画家たらしめている。

 とりわけ、漫画家という観点から言えば、画力がはんぱない。
 絵が巧いとか下手とかいうレベルを飛び越えたところにある魅力。
 諸星よりデッサン力がある者、写実の巧みな者、遠近法など絵画技法に長けた者、構図の秀でた者、ペンの使い方の達者な者、余白の使い方の上手い者は、ほかにたくさんいることだろう。
 彼の絵の凄さは、クライマックスをつくるここ一点のコマの圧倒的迫力と日常破壊力にあると思う。

 本シリーズの主人公でありながら金田一耕助のような「事件の傍観者」に過ぎない考古学者・稗田礼二郎が、日常の中でたんたんと探り続けてきた奇妙な謎が、解明に向かって次第に緊張を高めていき、クライマックスの一点において、ついに謎が暴かれると同時に日常から非日常へと飛躍する。
 そのポイントとなる一コマ(数コマ)の持つ衝撃が、読者である我々を完全にノックアウトし、我々もまた非日常空間へと連れ去られるのである。
 
 たとえば本コミックで言えば、『生命の木』ではあちこちで引用されるほど有名になった「おらといっしょにぱらいそさいくだ!!」からの数コマ、『海竜祭の夜』では平家伝説のある孤島に伝わる奇妙な祭の謎が暴かれる海竜登場の見開きページ、『闇の客人(まろうど)』では鬼面をかぶった踊り手に曳かれて大鳥居を抜けて“あの世”に去っていく禍つ神の後ろ姿(『帰ってきたウルトラマン』の津波怪獣シーゴラスを思い出した)。

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 これらのコマの持つ破壊力の秘密は、悪夢のような超現実的感覚を読者に与えるところにある。
 つまり、日常生活で隠蔽されている読者の無意識に訴えるのだ。
 その意味で、シュールリアリズム系の画家であるジョルジョ・デ・キリコやサルバトーレ・ダリに近いものがある。
 諸星の作品を読んで、「怖いけれどなんだか懐かしい」という奇妙な感じに襲われるのは、考古学や民俗学が下敷きになっているからばかりではなく、ユング的な深層心理への接触があるからではなかろうか。
 それを視覚的に表現できる才能こそ、唯一無二なのである。
 
 

おすすめ度 :★★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
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★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
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● ノンポリ作家? 漫画:『妖怪ハンター 天の巻』(諸星大二郎作画)

1985~1993年初出
2005年集英社文庫

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 『妖怪ハンター 地の巻』に続いて購読。

 古事記や日本書紀、民話(瓜子姫、花咲爺)、怪談『番町皿屋敷』、童謡『通りゃんせ』に材を取ったストーリー性の濃い中編が収録されている。
 一方、ジャンボ旅客機の墜落事故(『花咲爺論序説』)やパナウェーヴ研究所を連想させる白衣の女性教祖率いるカルト集団(『天孫降臨』)など、時事ネタっぽいのを取り入れてリアリティと興趣を担保しているのはさすが。
 もっとも、1985年の日航機123便墜落事故はともかく、統一教会やオウム真理教やパナウェーヴ研究所がマスコミで騒がれたのは上記の作品発表よりあとのことである。
 諸星が時代の空気を鋭敏に嗅ぎつけている証拠であろう。
 
 その意味で、諸星作品に特徴的と思えるのは、時事的テーマを扱うことがあっても、またそうでなくても、作品を通じて社会問題を提起するとか倫理を問いただすというような気配がまったく見られない点である。
 上記の場合で言えば、大手の飛行機会社の杜撰な管理体制を暴くこともないし、カルト教団の危険性を読者に訴える意図も感じられない。
 時事ネタは単なる物語のきっかけとして周縁的に扱われるだけであって、そこから社会批判なり政治批判なり文明批判なりが引き出されることがない。
 
 これは、民俗学や歴史学の該博な知識をもとにオカルト漫画を描く、諸星大二郎の直系ともいえる後輩漫画家・永久保貴一の場合とくらべると分かりやすい。
 永久保作品では、民俗学や歴史などに材を取り、そこにオカルティックな味付けや霊能力や呪術などのサイコキネスを駆使できる人物を登場させ、勧善懲悪のエンターテインメントを創り上げる。
 しかもそればかりでなく、何かしらの社会問題性が余韻として残るものが多い。
 たとえば、反戦、環境問題、小児虐待、差別、政治の腐敗といったような・・・。
 もっともわかりやすい例は『カルラ舞う!』であろうか。
 物語を単なる勧善懲悪に終わらせない、悪役が単なる悪役のままで成敗されない、深みのようなものがある。
 人間社会の構造悪を描いている――とでも言おうか。
 
 それに比べると、諸星の徹底した非・社会問題性は不可解な気がするのだ。
 彼が1949年生まれの団塊の世代であることを考えると、なおさらに。
 団塊の世代でも、全共闘つまり学園紛争に関わったのは大学進学組の15%弱のエリートであったので、団塊の世代=政治意識が高いとするのは性急に過ぎるのだろうか。
 諸星は、高校卒業後進学せずに公務員になったというから、いわゆるノンポリだったのかもしれない。
 
 別に、作家はもっと社会問題に目を向けるべきとか、諸星作品より永久保作品のほうが上等だとか、そんなことを言うつもりはまったくないし、作家にはそれぞれの関心やスタイルがあるのが当然で「諸星は諸星で十分すぎるほど偉大」なのは間違いないのだが、不思議と言えば不思議・・・・・。

 収録品の中では『天神さま』が一番の傑作。




おすすめ度 :★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
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★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
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● 六福神がやって来る! 漫画:『妖怪ハンター 水の巻』(諸星大二郎作画)

1991~1995年初出
2005年集英社文庫

 令和3年の大いなる収穫の一つは、諸星大二郎と出会ったことだ。
 「今まで縁がなかったけれど、試しに一冊読んでみるか」と手に取った『暗黒神話』でカミナリに打たれたような衝撃を食らい、その後、『自選短編集 彼方より』でギャグや怪談やSFや中国文学ありのテーマの幅広さと作画タッチの多彩ぶりに目を瞠り、安部公房風のシュールな『壁男』ですっかりファンの一人になってしまい、三鷹で開かれたデビュー50周年記念の個展にいそいそと足を運び、ついに満を持して、諸星の代表作&ライフワークたる『妖怪ハンター』に踏み込んだ。
 こうしてみると、ソルティもなかなかの凝り性。 

 古くからの諸星ファンにしてみれば、あまりに遅いデビューは「あんた、目がついている?」と小馬鹿にされそうであるが、これからまだまだ沢山の傑作・怪作・奇作・珍作との出会いが待っている宝の山が目の前にあることを思うと、「手をつけずに残しておいて良かった」と喜びもひとしおである。
 読書に漫画に音楽に映画に山歩き・・・・この5つの趣味があれば、それなりに楽しい老後を生きていけそうな気がする。(それにしても、みんな独りでできるものばかり)


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 『妖怪ハンター』第3弾は、「水の巻」という副題通り、海や淵を舞台とする怪談揃い。
 海と言えば、すべての生き物の母であり、すべてを包み込む(飲み込む)女の比喩である。
 おのずと、「女」が事件の鍵となるような母性的・官能的なストーリーが集まっている。
 女性ヌードやセックスシーンも多い。 
 発表媒体が少年誌でなく青年誌(『ウルトラジャンプ』他)であることが、そのような挑戦を可能にしたのであろう。

 諸星の描く「女」は、実に生々しく、毒々しく、美しい。
 寡聞にしてよく知らぬが、この世代(諸星は1949年生まれの団塊の世代)の男で、ここまで「女」を生々しく描く漫画家がいるだろうか?
 いや、他の世代を見渡しても、すぐには思い浮かばない。
 ジョージ秋山や小島功や上村一夫の描く色っぽい「おんな」や酸いも甘いも知った「おとな」の女性とは違う。
 もっと根源的な生理的なところで生々しく毒々しい。
 なんとなく、諸星大二郎は女性恐怖のところがある(あった)のではないか。

 収録作では、文字通り怪物的な母性愛がほとばしる『産女の来る夜』と、あまりにも不気味で罰当たりな『六福神』が面白かった。
 さすがに、この六福神には初夢に出てきてほしくない。

 良いお年を!

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令和3年の厄を連れていってください!


 


● 漫画:『グリムのような物語 トゥルーデおばさん』(諸星大二郎・作画)

初出2002~2005年『ネムキ』
2006年朝日ソノラマ
収録作品
『Gの日記』
『トゥルーデおばさん』
『夏の庭と冬の庭』
『赤ずきん』
『鉄のハインリッヒ または蛙の王様』
『いばら姫』
『ブレーメンの楽隊』
『ラプンツェル』

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 『ネムキ』というのは『眠れぬ夜の奇妙な話』の略で、2012年12月廃刊となったコミック誌である。
 「オモシロ不思議いっぱいの少女コミック誌」というキャッチフレーズが表すように、読者は圧倒的に若い女性が多い。

 『少年ジャンプ』を中心に少年誌や青年誌で数々の傑作を発表し、多くの男性読者を獲得してきた諸星大二郎が、女性向けコミック誌にも作品を描いていること、しかもその内容がまさに「オモシロ不思議いっぱい」でありながらも現代を生きる若い女性たちの琴線に触れるであろうものであることに、びっくりした。
 発表する雑誌のカラーや読者層を意識して描くのがプロの漫画家の使命であり実力の見せ所であるとはいえ、諸星がこれほどまでに柔軟で幅広いテーマを自在に描ける書き手であるとは思わなかった。
 
 グリム童話を下敷きにした、いわゆる質の高いパロディの創作というだけではない。
 読者の共感を得られるべく、女性を主人公としているというだけではない。
 なんと、これらの作品群の核となるのがフェミニズムだからである。
 諸星がフェミニズムを描ける男性漫画家である――しかも1949年生まれの団塊の世代のヘテロ男子である!――ことに驚かされた。
  
 ただその予感はあった。
 初期の作品である『赤い唇』(1974年)では、魔物の力を借りてペルソナ(仮面)の下の真の自分をさらけ出すことに“成功”した女子中学生・月島令子が、男性教師や男子生徒たちを女王様の如く圧倒する様が描かれていたし、奇妙なSF短編『男たちの風景』(1977年)では、女たちが若く美しい男たちを追い回し、男たちが出産し“父性愛”に目覚めるという、地球とは逆転した文化をもつ不思議な惑星マクベシアが舞台となっていた。
 主要発表媒体であった少年コミック誌における描写の限界や、青年コミック誌の読者層への忖度(つまり受けを狙ったテーマの選定)によって気づかれにくい面があったのかもしれないが、諸星大二郎には性やジェンダーの常識を問うような作品が散見される。
 意識的か無意識的かは知らないが、通常のマッチョイズムや男尊女卑的な性役割に対する違和感を持っている人なのではなかろうか。
 でなければ、本作に収録されているようなフェミ色の強い作品群を、「出版社の依頼を受けたから」「読者層に合わせて」というだけで即座に描けるものではないと思う。

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 収録作品はどれも、主人公の女性たちの意志の強さ、自立心の高さ、「自分の欲しいものは周囲に頼らず自分で手に入れる」タフネスなしたたかさが目立つ。
 読者は、本のタイトルになった『トゥルーデおばさん』のヒロインに、自らの才能と適性を知った少女が家族や世間の縛りを断ち切って、思い定めた職(生き方)にかける覚悟と勇気を見るだろう。
 『鉄のハインリヒ あるいは蛙の王様』のヒロインに、自らの野望の実現のために、頭を使い、自分の命令を何でも聞いてくれる強靭な味方を手に入れ凱旋するシングルマザーの姿を見るだろう。 
 髪長姫『ラプンツェル』では、支配的な母親(いわゆる毒親)から解放される若い女性の心の彷徨をともに経験するであろう。
 いずれも実に現代的な女性を巡るテーマと言える。
 
 絵そのものが発揮する衝撃力こそ初期の作品に及ばないが、人間年をとるとどうしても毒気が抜けるので、これは仕方ないところである。(かつての諸星なら、たとえば泉に囚われた蛙の王様などは、もっとおぞましく不気味に描けたであろう)
 いっときグリム童話の残酷性を目玉にしたエッセイやホラー風漫画が流行ったが、それらとは次元の異なるグリムパロディであり、諸星の天才をまたひとつ証明するものであるのは間違いない。
 
 
 
おすすめ度 :★★★

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● 漫画:『未来歳時記 バイオの黙示録』(諸星大二郎・作画)

2000~2008年集英社『ウルトラジャンプ』発表
2021年集英社文庫

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 バイオテクノロジーによる新種生物の創造が当たり前となった未来世界を描くSF。
 鶏とキャベツを掛け合わせたチキンキャベツ、ジャガイモに豚の遺伝子を組み込んだ肉ジャガ味のブタジャガ、オバサンの顔してオバサンの言葉で井戸端会議する鶏たち、ネズミの遺伝子が入り込んだペンギン(ミッ×ーマウスのようだ)、美しい女性の姿をした雑草、蝶の羽が生えた少女、アンデルセン童話から抜け出したような人魚・・・・。
 怪奇とエロスとグロテスク、ファンタジーとナンセンスの世界が繰り広げられる。
 初期の傑作短編『ヒトニグサ』や『生物都市』、それに『ど次元世界物語』を想起させる点で、原点復帰の諸星ワールドである。
 発想の奇抜さ、豊かな創造力、グロと恐怖の中に差し込まれるペーソスとユーモア、確かで印象に残るデッサンと構図、物語のテーマ性より絵力(えぢから)で勝負しているところなど、衰えることのないこの漫画家の才とモチベーションには感心のほかない。

 それぞれ話としては独立している6つの短編を、幕間劇やCMなどを挿入して、一つの世界につなげて有機的関連をつくる試みも成功している。
 自分を「ロボットの遺伝子が組み込まれた人間」と勘違いしているアンドロイドのサトルの存在が非常に大きい。
 人間に造られたロボットが、自分を人間と思い込み、さらにはロボットの遺伝子が組み込まれた人間と勘違いし、最後には完全にロボット化して動かなくなってしまう(事実は電池が切れたのであろう)。
 道化役としてのこのサトルの存在が、テーマ性を打ち出していないこの作品に、一種の切なさや悲しみをもたらしている。
 バイオテクノロジーの乱用で破滅の道をたどる人間の愚かさを静かに語っている。
 諸星の視線は、それをも自然の定め=無常と達観しているかのようだ。 




おすすめ度 :★★★★

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