2022年アメリカ
140分
第95回米国アカデミー賞の作品賞、主演女優賞、助演男優賞、助演女優賞、監督賞、脚本賞、編集賞の7部門を受賞した話題作。
ついでにソルティ創設の「ウミウシ映画」殿堂入りの栄誉を与えたい。
とにかく今までに観たことのない類いの映画である。
基本は、『マトリックス』風多次元SFで、そこに『スターウォーズ』風宇宙サイズ家族ドラマの味わい、ジャッキー・チェン風カンフーアクションの勢い、『ロード・オブ・ザ・リング』風な光と闇との戦い、フィリップ・ラショー的お下品コメディを加味し、ニヒリズム(虚無主義)の哲学モードを包含し、諸星大二郎『暗黒神話』的飛躍感はなはだしい。
よくわからない、でしょ?
140分と長尺であるが、展開が極めてスピーディーで、映像がマジカルにしてキッチュなので、最後まで飽きることがない。
多人種多民族多文化の坩堝(るつぼ)だからこそ今までにないものを生み出すことができる、ハリウッド映画の多様性と冒険性を評価したい。
本作をより楽しみ理解するには、最先端の理論物理学の「マルチバース理論」、およびニヒリズム(虚無主義)の最終形態である「実存的ニヒリズム」をちょこっと齧っておくといいかもしれない。
多元宇宙論またはマルチバースは、複数の宇宙の存在を仮定した理論物理学の説である。多元宇宙は、理論として可能性のある複数の宇宙の集合である。・・・・多元宇宙が含むそれぞれの宇宙は、並行宇宙(パラレルワールド)と呼ばれることもある。実存的ニヒリズムとは、人間存在は無意味であり不条理である。例え何かの意味を見付けたとしても、最終的には死というもの自体は避けられないという考え方。(以上、ウィキペディア『多次元宇宙論』、『ニヒリズム』を参照)
実存的ニヒリズムは、実は仏教――それも大乗仏教ではなく、ブッダの教えに基づくテーラワーダ仏教(初期仏教)――に近似している。
19世紀にテーラワーダ仏教の存在を知った西欧人が、それを「魂の消滅(アネアンテイスマン)を志向し、すべてを否定する宗教=虚無の信仰(ニヒリズム)」と怖れおののいたことが、ロジェ=ポル・ドロワの本に述べられている。
この映画に出てくる“マルチバースの崩壊を導くブラックホール的ベーグル”は、あたかも初期仏教の比喩のようである。
しかるに、ニヒリズム(虚無主義)とは、「主義を持つ個人(自我)」の存在を前提にした西洋近代的自我から生み出された概念なので、諸法無我=自我の存在を否定する初期仏教とは異なる。
仏教は無主義なのである。
観ているうちに「一体、なにこれ?」と頭の中が疑問符だらけになり、予想のしようもない明後日方向のシュールな展開にあぜんとし、見終えた後もなんと人に説明していいか分からない類いの、ジャンル分けを拒む映画。
おすすめ度 :★★★★★
★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★ 面白い! お見事! 一食抜いても
★★★ 読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★ いい退屈しのぎになった
★ 読み損、観て損、聴き損