ソルティはかた、かく語りき

首都圏に住まうオス猫ブロガー。 還暦まで生きて、もはやバケ猫化している。 本を読み、映画を観て、音楽を聴いて、神社仏閣に詣で、 旅に出て、山に登って、瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

  三島由紀夫

● 離隔のひと 本:『金閣を焼かなければならぬ 林養賢と三島由紀夫』(内海健著)

2020年河出書房新社

IMG_20251017_071808~2

 水上勉の『金閣炎上』、三島由紀夫の『鏡子の家』と立て続けに読んだのは、実は本書が読みたかったからである。
 ソルティの読書傾向を解析したネット上の何者か(AI?)が薦めてくれた、いわゆるターゲティング広告に教えてもらった本である。
 著者の内海健は1955年東京生まれの精神科医。分裂病、うつ病、自閉症などに関する本を書いている。
 広告で見た限りでは、金閣寺放火事件の犯人である林養賢と、事件を題材に『金閣寺』を執筆した三島由紀夫――この2人の精神医学的分析がなされているらしく、著者の視点に興味が惹かれた。
 三島由紀夫の著作では、主に『仮面の告白』『金閣寺』のほか、『鏡子の家』も言及されているらしい。
 そこで、未読であった『金閣炎上』と『鏡子の家』を読んだのであった。

 結論を先に言ってしまえば、内海は、小説『金閣寺』の主人公溝口が三島由紀夫の分身であることを前提に、林養賢と溝口(=三島由紀夫)の共通点を「離隔」と指摘している。
 聞き慣れない言葉であるが、精神医学における「離隔(detachment)」は、解離症の主要な症状の一つで、自己の意識や身体、あるいは周囲の現実とのつながりが希薄になる感覚を指す。
 AIアシスタントが教えてくれるところによれば、その特徴は、
  1. 離人感:自分の身体や精神が自分のものではないように感じたり、自分を外部から傍観しているかのように感じる。
  2. 現実感消失:周囲の出来事や環境が非現実的で、夢の中にいるように感じたり、ぼやけて感じられる。
 養賢と三島に共通するのは「離隔」である。それゆえ、彼らが邂逅するポイントがあるとすれば、まずはそこになる。とはいうものの、二人がかかえた離隔はその性質を異にする。似て非なるものである。
 養賢の離隔は二つある。一つは元来の気質に含まれるものである。彼のそもそものテンペラメントであった分裂気質は、現実との間に長い心的距離、間合いを要する。それが離隔の正体である。その距離は安全保障感を与えるものであり、心底には他者に対する秘められたおびえがある。彼もまた親密さをどこかで希求しているのだが、恐れのほうがまさる。こうして分裂気質には、鈍麻、近さと遠さが共存している。
 もう一つの離隔は、のちに病の発動とともに彼の中に宿ったものである。実存の励起とともに、彼の存在は浮き上がり、世間から、そして生きている現実から隔てられる。誰とも気持ちが通じなくなり、世界は自分から遠ざかる。同時に、外界は何かが起こりそうな予兆をはらむものとなり、内面には他者が侵入してくる不安がつきまとう。ここでも近さと遠さが共在しているが、よりパラドキシカルな様態をとり、彼を困惑させるものとなる。(本書より、以下同)

 いささか乱暴に要点を言ってしまえば、林養賢は分裂病患者だったのであり、分裂病の主症状としての離隔に取り憑かれた挙句、金閣寺に火をつけたということである。
 なので動機を探しても無駄である。病気だからと言うほかない。

 分裂病は、その前駆期において、つまりは症状が顕在化する手前において、もっとも唐突な行為へと突き抜けるポテンシャルをもつ。その典型が自殺であり、稀に殺人である。それには動機がない。徹底的に「無動機」である。それゆえにこそ、驚天動地、人々の耳目を驚かせるものとなる。

 養賢についてのこの解釈は、水上勉が『金閣炎上』で試みたものと異なる。
 水上は、逆に、養賢を分裂病とみなすことに不合理なものを感じていたらしく、養賢の生来の吃音からくる劣等感や、金閣寺の実態を間近で見ての絶望、将来への悲観など、世間一般が理解しやすいところに動機を求めている。

金閣寺

 一方の三島であるが、内海は、離隔こそが三島由紀夫に「生涯にわたって取り憑いた宿痾」であり、その正体は三島と現実の間に横たわっている「言語」であると述べる。

 三島の言語の特異性は、リアリティへの回路が半ば閉ざされているところにある。現実はいつも一歩遅れてやってきて、鮮度の落ちたものとして与えられる。むしろリアリティは言語空間の内部で作り出されなければならなかったのである。

 これもまた乱暴に言い換えてしまえば、生まれついての三島の言語の美に対する突出した天才が、三島を生の現実から締め出してしまった。普通の幼児なら、肉体(=なまの体験)を通して世界の豊饒と出会ったあとに言語を獲得するが、三島の場合、言語空間が先に成立してしまったため、長じてから、現実世界をリアリティあるものと感じられにくくなったということである。
 その結果として、三島文学に特徴的な形質が備わる。

 つまり三島の精神世界は、論理的なものと感覚的なもので成り立っており、その間にあるはずの感情や心理的なものが抜け落ちている。その欠落を両者で補っているのである。

 本書の白眉はこの一文にあると思う。
 まさに、三島文学の、三島由紀夫という人間の肝をついてあまりない。
 『鏡子の家』や『朱雀家の滅亡』において身もふたもないまでに曝け出された三島自身のニヒリズム(虚無)の本質も、『鏡子の家』が失敗作と文壇でけなされた原因も、三島が小説よりもむしろ戯曲においてその輝かしい才能を発揮できた理由も、この一点に秘められている。
 「感情や心理的なもの」につながる回路が遮断されているがゆえに、周囲の世界をリアリティある生き生きとしたものと感じられない、すなわち、「生きているという実感」が得られにくかったのである。
 
朝霧の大洲

 養賢と三島は「離隔」という点ではつながっているが、二人を分かつものがある。三島の離隔は、分裂病ゆえのものではなく、ナルシシズムに出来するものだから、と内海は述べる。
 なるほど、三島由紀夫の晩年の行動にはナルシシズムと言うほかないものが多い。
 ボディビルで鍛えた肉体を見せつけるがごとく、ギリシャ彫刻やキリスト教絵画の人物のようにポージングしたヌード写真集を出版したり、映画や舞台に似合わないチンピラ役で出演したり、有名デザイナーに注文したボディコンシャスな制服をまとって軍事パレードを行ったり、文豪の酔狂にしては行き過ぎの趣味の悪さ。当時、三島のナルシシズムに辟易した人も少なくなかったろう。(ソルティはリアルタイムで見ていない)
 だが、ここで内海が言うナルシシズムは、フロイトのナルシシズムや上記のような一般的な自己愛とは異なる。

世界に起こる出来事は、彼とは無関係であり、自分はそこに居合わせない。だが、それが彼の世界のすべてである。そこには彼の心的世界に食い入ってくる異質な他者はいない。

 三島のナルシシズム世界において、決定的に欠けているのは他者に対する意識である。この点において、ひりひりした他者意識を隠し持つ分裂気質とは決定的に異なる。もちろん、三島は他者の心理がわからないわけではない。それどころか、異常心理も含めて、通暁しているといっても過言ではない。彼の言語は瞬時にその機微をさばいてみせることだろう。だがそれは知解しているに過ぎない。あまりに見事な手さばきでやってのけるので、人の心に精通していると勘違いされることもあるだろう。
 だが、いくら精妙に理解したとしても、いや、むしろすればするほど、それらに実感が伴っていないことが、彼自身に浮き彫りになる。恋愛の身悶えする苦しみも、胸にこみ上げる切なさも、所詮は他人事である。

 『仮面の告白』『愛の渇き』から始まって、『沈める滝』『音楽』を経て、『サド侯爵夫人』『豊饒の海』に至るまで、三島文学が他者との関係の不毛を描くことにおいて秀でていた理由はまさにここにある。
 内海はその様相をたとえて、「ナルシシズムの球体に閉じ込められている」と言う。
 その球体は、感じやすく壊れやすい平岡公威少年を守り、美に対する研ぎ澄まされた感受性と類まれなる言語能力を有する芸術家を育み、世界的作家三島由紀夫を誕生せしめた。
 だが、その見返りとして要求されたものは過酷であった。
 他者との関係によって生じる感情や心理的な味わい、すなわち「生きている実感」が奪われたのである。
 後年になって、そのことが自覚されたとき、三島にとって、ナルシシズムの球体は、愛すべきものであると同時に呪うべき対象となる。まさに、溝口にとっての金閣寺がそうであったように・・・・。
 だが、ナルシシズムの球体を突破しようとあがいても、結局は徒労に終わる。
 なぜなら、それは自我そのものだから。
 離隔からの解放を求めてその球体を壊すことは、自らを滅ぼすことにほかならない。

三島由紀夫

 世にはたくさんの三島由紀夫論がある。
 右翼的解釈もあれば、オカルト的(憑依霊)解釈もあれば、LGBT解釈もあれば、 兵役回避によって大戦を生き残ってしまったことへの慚愧の念という解釈もあれば、才能の枯渇や老いに対する不安という解釈もある。 
 本作はそこに新たな解釈をつけ加えるものに過ぎない。
 精神医学的解釈とでもいったところの・・・・。
 このうちのどれを正しいとするかは、もはや、三島文学の愛読者ひとりひとりの好みの問題であろう。
 ソルティは、内海の提出したこの精神医学的解釈はかなり真相を突いているのではないかという気がする。
 ただ、あえて付け加えさせていただくならば、三島の宿痾である離隔の主要な原因として内海は「言語」を上げているが、そればかりではないと思う。
 自らの切実なる欲望(=ゲイセクシュアリティ)が社会に位置づけられていないところからくる感情抑圧、すなわち「仮面」の装着を、幼いころから習い性としてきたことも無視できない要因なのではないかと、三島と同じく昭和時代に青少年期をすごしたLGBTの一人として思うのである。

滝にかかる虹

 さすがに精神科医だけあって、本作で論じられる分裂病(統合失調症)の説明はえぐいほど面白い。
 分裂病患者の行動に動機がないことを説明するのに、ベンジャミン・リベットの自由意志に関する実験を持ち出したり、分裂病の症状が事後的に形成されることを説明するのに、量子論で有名な「シュレディンガーの猫」の話を持ち出したり・・・・。
 あるいは、分裂病患者がしばしば訴える思考伝播(「私の思考が他人に盗まれている」)が、乳幼児期の母親との関係を通して誰もが経験し意識の基層にもっている構造であると言ったり、分裂病の発症はすでに回復の始まり(復路)であると言ったり・・・・。
 これが現在の統合失調症治療の標準的パラダイムなのか、それとも内海ひとりの考えなのかは知るところでないが、とても興味深く読んだ。
 さらには、本書ではさらりと言及されるにとどまっている、無視できない一節がある。

世俗的成功の絶頂に支えられ、四年後、満を持して「鏡子の家」が発刊される。この作品の運命についてはすでにみた。おそらく、この小説に描かれたいくつかの類型と主体のあり方は、半世紀後の人間像を先取りしている。俗にいうなら、早すぎたのである。複数化と劇化の中で、ニヒリズムとナルシシズムの牢獄から抜け出し、歩みだそうとした夏雄は、嬰児のまま、川に流された。三島の精神病理はむしろ現代的だったのであり、今においてこそアクチュアルなものである。

 つまり、ナルシシズムの球体に包まれた「離隔」は、令和の日本人に一般化していると言っている。
 これは単に、分裂病もとい統合失調症患者が増えていることを意味しているのではあるまい。
 察するに、他者と向き合って対話する能力を欠く人間が増えているという示唆なのかもしれない。
 あるいは、「生きている実感」をつかむために、その場限りの全体主義的な昂揚に身をまかせる人間が増えているという警句なのかもしれない。
 ひょっとしたら、来たるべきAI社会においては、人間の感情や心理的なものは邪魔になるばかりで、情報の出入力(感覚的なもの)とアルゴリズム(論理的なもの)のみが有用になるという予言なのかもしれない。
 あなたはどう読むだろうか?

DSCN6592




おすすめ度 :★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損






● Mishima in Mirror House 本:『鏡子の家』(三島由紀夫著)

1959年新潮社
1964年文庫化

IMG_20250901_131216

 この小説をこれまで読んでいなかったのは、「三島の失敗作」という評判を聞いていたからだ。
 そのうえに文庫で600頁を超える厚さ。
 いつかは読もうと思いつつ、数十年が経ってしまった。

 時は昭和30年前後。
 戦後10年経って、焼け跡が急速に失われつつある頃。
 名門の資産家の令嬢である鏡子の家に集まる4人の青年の数年間を、2部構成で描いている。
 世界の崩壊を信じる貿易会社エリート社員の清一郎
 有望なボクシングの選手である俊吉
 新進の天才画家の夏雄
 美貌の無名役者である
 4人はともに遊ぶことはあれど、深く干渉しあうことはなく、互いの苦境も遠くから見守る間柄。
 鏡子もまた、集う場所を提供し4人の聞き役に徹するも、余計な口出しせず、超然としている。
 言ってみれば、4人は鏡子をかすがいにして繋がっている4枚の扉のようなものである。

 第1部はたしかにつまらない。
 失敗作という評価も仕方ないと思える。
 5人の主人公の日常が同時並行にたんたんと描かれ、とりたてて言うほどの事件も起こらない。
 「たんたんと」ではあるが、そこは三島由紀夫。いつもながらの過剰に装飾的で小難しい心理分析と、皮相な人間観察と社会批評が紙面を蔽う。
 それがわずらわしい。
 「なんでこんな退屈な小説書いたんだ?」
 読者は忍耐力を試される。

 第2部に入って、俄然、面白くなる。
 5人の主人公はあいかわらず深く関係することなく物語は進行する。が、一人一人に事件が持ち上がり、人生行路が大きく変わっていく。
 清一郎は重役の娘と結婚し、アメリカ赴任で出世の階段を昇る。
 俊吉はチャンピオンとなった夜に暴漢に襲われ、選手生命を絶たれ、右翼活動に身を転じる。
 夏雄は神秘主義にかぶれて一時絵筆を断つも、芸術家として新たな視点を獲得し、メキシコに向かう。
 収はボディビルに目覚め、筋肉美を極めた挙句、サラ金の女社長に飼われて心中をはかる。
 そして鏡子は、別居していた夫とよりを戻す。親子3人で暮らすことになり、鏡子の家は役目を終える。

 5人の行路は最後まで交わらない。
 発表当時に評価が低かった主たる理由は、「人物同士間の絡み合いやドラマがない」という点にあった。
 たとえば、日本文学研究者として名高いエドワード・G・サイデンステッカーは、人物たちが「空虚な群像に終わっている」とし、「作中人物たちのシニシズムと暴力は、青っぽく空虚なもの」に見えると評した。
 評は当たっていなくもない。
 長編小説というものに、トルストイやヴィクトル・ユーゴーやチャールズ・ディケンズのような「壮大で濃密な人間劇の展開」を期待する人にとっては、5つの人物スケッチを並べただけの本作を、まったく物足りないものと感じるのも無理はない。
「いったい三島は何を書きたかったのか?」と、頭をひねるのも無理はない。
 失敗作という烙印も当時としては致し方なかった。

IMG_20240407_175542

 この作品の真価に世間が気づいたのは、1970年の三島自決以後である。
 いや、「失敗作」という評価はその後も消えなかったので、「気づいた」のは一部の人間だけだったのかもしれない。

 こんなに重要な作品と知っていたら、もっと早く読んだのに・・・・!

 というのも、本作ほど三島由紀夫の肉声が聞かれ、三島由紀夫のその後が暗示され、三島由紀夫の死の謎に迫っている作品はほかにないと思うからである。
 三島由紀夫の自画像がここにある。
 本作の魅力は、一個の小説としてのそれというより、三島由紀夫という人物を解読する必須テキストとしてのそれなのである。

 自画像を描くにあたって三島がとった手段、それは、自らの分身を5人の主人公に投影することであった。
 たとえるなら、三島を多重人格者と設定したとき、5つの異なった人格を5人の登場人物に振り分けて造型したのである。
 主人格が鏡子。交代人格が清一郎、俊吉、夏雄、収の4人である。
 世間的な成功者の仮面をかぶった人格1(清一郎)は、売れっ子作家となりマスコミの寵児と囃し立てられ、かつそれを自覚的に演じた三島由紀夫。
 思弁を嫌う行動家の人格2(俊吉)は、ボクシングや剣道にかぶれ、右翼団体「楯の会」を立ち上げた三島由紀夫。
 神秘主義にかぶれる天才画家の人格3(夏雄)は、UFOを信じるような童心をもった天才作家としての三島由紀夫。
 ボディビル(肉体改造)にはまり刃物で自決した人格4(収)は・・・・説明するまでもない。
 4人の青年を統合する鏡子は、自らの分身(交代人格)を認識しつつ、だれか一人が均衡を破らないよう、一歩引いた位置で4人を見張る。
 見事に三島由紀夫という人間のさまざまな側面をキャラクター化している。
 それが一人の人間の中にある交代人格である以上、当然、主人格が破綻しない限り、人格間で絡み合い関わり合うはずがない。

 ソルティの妄想だが、三島は遊園地のミラーハウスに入ったときに、この小説を思いついたのではなかろうか。
 左右前後の壁に鏡が貼られた四角い部屋に入って、4つの鏡に映し出された自身の異なった姿を目にした瞬間、自身を4人の人物に分割して開示することを思いついたのではなかろうか。
 だから、ミラーハウス(鏡子の家)と題したのではなかろうか。

women-8472535_1280
Respostas com VocêによるPixabayからの画像

 鏡子を含めた三島の5つの分身は、基本的に「俗世間に対する嫌悪や違和感」を共有している。
 とくに、戦後民主主義社会の凡庸な日常生活を憎み、ニヒリズムに陥っている。
 あるいは、敗戦と国家体制の瓦解という、あらゆる価値が逆転しニヒリズムが輝きを帯びた“自由な”時代にとらわれている。
 ニヒリズムを神とする三位一体ならぬ五位一体。
 第1部では、5人の主役それぞれのニヒリズムの様相と戦後社会(俗世間)に対する身の処し方が描かれ、第2部ではそれぞれのニヒリズムの行く先あるいは落ち着き先が描かれる。

 清一郎は世界の破滅を信じることで日常を軽侮し、逆に、俗世間に称賛される模範的青年像になりきることによって世間的価値をコケにする。
 次期社長の娘婿という洋々たる未來を手にした清一郎は、ニューヨークの財界人が集う秘密のパーティに招待される。
 そこは、世間向けの仮面をはずした成功者らによる倒錯した饗宴の世界であった。
 清一郎を招待した在日本人会の女王たる元男爵夫人は言う。
「因果なことに人間は、一つの顔では我慢できないのね。身を滅ぼしてまで滑稽に奉仕するのね。それも喜んで」
 清一郎は答える。
「自分自身になろうとすれば、滑稽地獄に身を落とすほかはないんですかね」
 ニヒリズムの果ての滑稽地獄、という清一郎の将来が暗示される。
 世界の破滅を願うとは、裏返しの自殺願望にほかならない。

 物を考えないことをモットーとする行動家の俊吉は、ボクシングに打ち込むことで、ニヒリズムも俗世間の騒音も遮断する。
 しかし、ボクシングという生き甲斐を失った俊吉は、精神的な危機に直面しかける。
 そこへ右翼団体幹部の正木が現れ、俊吉をリクルートする。

「われらは建国の理想を明らかにし、日本精神の昂揚を計り、共産主義を排し、資本主義を是正し、敗戦屈辱の亡国憲法の改正を期する。国賊共産党の非合法化を達成し、平和・独立・自衛のための再軍備を推進する。・・・・」

 しかるに、正木自身はまったくその思想を信じておらず、俊吉にも信じる必要などないと言う。なぜなら、

「信じない奴ほど有能だからだ。俺が第一そうだ。俺を見ろ。俺が信じていないということをたしかに俺は知っている。ところがその思想をはっきりと自分の外に見て、そいつを道具に使って、えもいわれぬ陶酔を獲得して、自分の死と他人の死をたえず身近に感じること、それが団員の資格だということを俺は知っている。・・・・」

 物を考えずに行動できる新たな投身先を得た俊吉は誓約を交わし、筋金入りの右翼活動家になる。

 生まれついての天才で世界に「美」を見ることのできる夏雄は、芸術というオブラートに身を包み、俗世間の汚濁から守られてきた。
 そのオブラートが破れる危機感が、夏雄を不安にさせ、神秘主義に誘う。
 だがその効果は長く続かない。
 神秘主義から立ち直った夏雄は、病床で見た水仙の花をきっかけに新たな世界認識を得、日本を離れる。
 メキシコに旅立つ前、夏雄は鏡子に語る。

「世間の人は、現実とは卓上電話だの電光ニュースだの月給袋だの、さもなければ目にも見えない遠い国々で展開されている民族運動だの、政界の角逐だの、・・・・そういうものばかりから成り立っていると考えがちだ。しかし画家の僕はその朝から、新調の現実を創り出し、いわば現実を再編成したのだ。われわれの住むこの世界の現実を、大本のところで支配しているのは、他でもないこの一茎の水仙なのだ。・・・・」

 ある意味、4人の青年の中で夏雄がもっとも“健全な”ニヒリズムからの着地点を見つけたと言えるかもしれない。
 芸術家として自覚的に生きるという・・・・。
 
 舞台役者という、仮面をつけて自分でない人間を演じる、ニヒリストの天職を選んだ収。
 だがなかなか役が回ってこない。
 ひょんなことからボディビル(肉体改造)にはまった挙句、その肉体を傷つけるエロチシズムに溺れる。

自分の脇腹に流れる血を見たときに、収は一度もしっかりとわがものにしたことのなかった存在の確信に目ざめたのである。ここに彼の若々しい肉があり、それを傷つけずにはやまない他人の強烈な関心があり、絶望的な愛の情緒が彼に向けられ、かくてつかのまの爽やかな痛みがあり、まぎれもない彼自身の血が流れているということ、・・・・これで存在の劇がはじめて成立し、痛みと血が彼の存在を保証し、彼の存在をめぐる完全な展望がひらけたといえる。

 収は、母親のつくった借金のかたにサラ金の女社長に買われ、女と心中する。
 収の自死を知ったニューヨークの清一郎は、鏡子への手紙の中でこう綴る。

死はいろんな仮面をかぶって、あいつの前に立ちふさがった。彼は一つ一つその仮面を取って、自分の顔にかぶった。最後に仮面をとったとき、そこには死の怖ろしい素顔があらわれていたが、それさえ彼にとって怖ろしかったのかどうかわからない。彼はそれまで死を意志するあまり、熱狂的に仮面を意志したのだ。

 収の自死のありさまが、脱稿11年後の三島を予見していることは言うまでもない。

 戦後の焼け跡の時代を、夏の太陽が瓦礫を輝かしていた「明日を知らぬ」時代を愛し、その破片をめいめいの内に蔵しているがゆえに4人の青年たちを愛していた鏡子は、物語の最後では別れた夫とよりを戻し、凡庸な日常生活を受け入れる。

――再び真面目な時代が来る。大真面目の、優等生たちの、点取虫たちの陰惨な時代。再び世界に対する全幅的な同意。人間だの、愛だの、希望だの、理想だの、・・・・これらのがらくたな諸々の価値の復活。徹底的な改宗。そして何よりも辛いのは、あれほど愛して来た廃墟を完全に否認すること。目に見える廃墟ばかりか、目に見えない廃墟までも!

demolition-14824_640
PublicDomainPicturesによるPixabayからの画像

 『鏡子の家』の執筆中、三島は、画家杉山寧の娘である杉山瑤子と見合い結婚し、脱稿直前に第一子(長女)の誕生を経験した。すなわち、昭和時代に標準とされた“一人前の社会人”としての体裁を整え、一家をかまえた。
 卑見だが、本作品は三島由紀夫のニヒリズムとの決別宣言だったのかもしれない。
 鏡子のように世間並みの日常生活を受け入れながら、夏雄のような超然とした位置に立つ芸術家として戦後日本を生きるための・・・・。
 しかるに、実際には、俊吉のように右翼活動に身を投じた挙句、収のようなスキャンダラスな自死に至った。
 当時のマスコミの扱いを見ればわかるように、まさに滑稽地獄に身を落とした

 『鏡子の家』は、三島由紀夫を理解する上できわめて重要な作品である。
 小説としての出来とか芸術性とか完成度を超えて、それは三島の血肉と化しているがゆえに、三島生誕100年、没後55年を迎えた今こそ、読まれるべき作品である。




おすすめ度 :★★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損







● 若尾文子と三島由紀夫 本:『美徳のよろめき』(三島由紀夫著)

1957年講談社
1960年新潮文庫

IMG_20250618_105056

 初読である。
 「美徳のよろめき」というタイトルからソルティがいつも連想するのは、若尾文子であった。
 本作が映画化されたときに主演の倉越節子を演じたのは、若尾ではなく、月丘夢路である。TVドラマでは、川口敦子(1961)、藤谷美和子(1993)が演じている。
 若尾が主演した三島作品は、『長すぎた春』、『お嬢さん』、『獣の戯れ』の3作であり、いずれも若尾の代表作たりえなかった。
 ほかに、三島由紀夫と共演で『からっ風野郎』というヤクザ映画の珍品に出ているが、これは三島原作ではない。

 若尾文子はむしろ、谷崎潤一郎と相性が良かった。
 『瘋癲老人日記』、『卍』、『刺青』は、いずれも若尾文子の魅力全開の傑作である。
 これらの作品の中で、若尾は、「自らの若さとセックスアピールを武器にその虜になった男や女を手玉にとる」キャラクターを演じている。
 つまり、谷崎のようなマゾヒストにとって、理想の“女王様”である。

 20歳のときに出演した『十代の性典』がヒットし、若尾は一躍人気女優の仲間入りしたが、その際に「性典女優」という有り難くないニックネームを奉られた。
 若尾自身はその名称を嫌ったようだが、その後、溝口健二監督『祇園囃子』、『赤線地帯』によって鍛えられ本格的な女優への道を歩むようになってからも、エロチックなイメージは常にまとわりついていた。いや、むしろ、濃厚になったというべきか。
 今度は、「確信犯的に」そうしたイメージを自らの“売り”にしたようにさえ思える。

 ソルティが女優としての若尾文子をいつ認識したのかよく覚えていないのだが、思春期の頃には、「性的な匂いのする、PTAに嫌われる大人の女優」と位置付けていた。
 休日の昼下がりにテレビ東京あたりで放映された水上勉原作×川島雄三監督『雁の寺』を、こっそり観たせいかもしれない。(同じ水上なら小柳ルミ子主演『白蛇抄』のほうがエロかった)

 一方、若尾文子には着物の良く似合う大和撫子風“耐える女”のイメージや、黒川紀章によっていみじくも譬えられた“バロック”風貴婦人のイメージもあり、大女優として侵しがたい気品を備えていた。
 三島作品に適合するのは、若尾のこの気品あるたたずまいである。
 淑女や貞女と言うにふさわしい美しい女性が、ふとしたきっかけで道を踏み外し、秘められていた女の情念を暴発させる。
 このギャップ(=美徳のよろめき)こそ、若尾文子という日本を代表する映画女優の持ち味であり、かつ三島作品の女主人公の典型であると思うので、ソルティは若尾にこそ、『鹿鳴館』の朝子、『愛の渇き』の悦子をスクリーンで演じてもらいたかったのである。(浅丘ルリ子の朝子や悦子も悪くはなかったが)

IMG_20250615_145544
  
折り目正しい家庭に育った有閑夫人のほんの火遊びが、いつの間にか本気の恋にかわっていく。彼女は妊娠・堕胎するところまで行くが、運よく、破綻が来る前に身を引くことができた。

 単純化すれば、これだけの話である。
 令和の現在なら物語の種になりえようもない、陳腐な不倫妻ストーリー。
 本作が刊行された1957年では、相当スキャンダラスに受け取られたのだろうか?
 この本はベストセラーとなり、「よろめき」という言葉が流行ったというから、夫の浮気は「男の甲斐性」でも、妻の浮気は――「不倫」と言う表現は80年代以降である――世間的には許されない、マスメディアの格好の餌食になり得る、それゆえ話題沸騰のテーマであったのだろう。
 ソルティが十代の時分(70年代)、芸能ニュースを騒がせたゴシップの一つに、藤間紫の不倫騒動があった。彼女は、藤間勘十郎という立派な亭主がいて一男一女をなしているにもかかわらず、16歳年下の市川猿之助と関係を持ち、同棲するに至った。
 世間の藤間紫に対するバッシングの凄まじいことったらなかった。
 80年代になるとバブル景気とフェミニズム旋風の中、女性の性の解放が進んだ。  
 テレビでは『金曜日の妻たちへ』はじめ人妻不倫ドラマが大流行りした。そこでは、“不倫”とは名ばかりで、ホイホイと浮気する人妻たちに罪悪感や背徳感などほとんど感じられなかった。
 世間には、「不倫してこそ女は磨かれる」と言わんばかりのファッション感覚すら漂っていた。(バブル期トレンディドラマの人気男優だった石田純一の「不倫は文化だ」も当初は名言扱いだったはず)
 「美徳」も「よろめき」もすっかり死語になったのである。

 本書の解説で山田詠美も触れているが、令和の現在のほうがよっぽど人妻の不倫に対する世間の目は厳しい。
 不倫が発覚した女性有名人に対するバッシングのさまは、一周回って60~70年代に戻ったかのようである。
 CMを下ろされたり、ドラマを降板したり、芸能生命を絶たれかねない勢いである。
 もっとも、浮気した家庭持ちの男性有名人に対する目もずいぶんと厳しくなったので、その点では男女平等になったと言えるかもしれない。
 要は、性道徳に関する世間の目が硬化した(ように見える)のである。

 その原因や背景を考察するのは一筋縄ではいかない作業なので別の機会に譲るが、現代の性を巡る言論空間(特にSNS)の面白いと思う点を一つ上げると、旧統一教会を代表とするような保守的・父権主義的な価値観を持つ人のコメントと、セクシュアルライツ(性の人権)やフェミニズム(女性の権利)を訴える革新的・平等主義的な価値観をもつ人のコメントが、妙に一致するように見えることである。
 たとえば、前者の「純潔を守り、家庭を大切にせよ」という理念から発しられたコメントは、後者の「男の浮気やDVを批判し、女性と子供の権利を守る」という理念から発しられたコメントと、表面上は一致する。
 100字前後の短いコメントからは発言者の思想背景まで見えないので、「この人はどういう立場の、どういった所属の人だろう?」と頭をひねること度々である。

IMG_20250511_150514

 話がどんどん『美徳のよろめき』から逸れていく(笑)。
 本作、途中までは面白かった。
 主人公の節子と不倫相手の土屋とが“男女の関係”に至るまでが面白くて、そこから先は妙に理屈っぽさが勝って、「三島の悪いところが出ているなあ」という感がした。
 節子が、自らの恋の悩みを相談しに、酸いも甘いも知り尽くした年長の男女の一対を訪れる場面なんか、小説と言うより論文のような生硬さである。
 『美しい星』しかり、『音楽』しかり、『仮面の告白』しかり、『禁色』しかり、『豊饒の海』しかり、三島の長編小説は、後半になると質や勢いが落ちる傾向がある。(戯曲はこの限りでない)
 本作でも、心臓を鷲掴みされるような見事な比喩やレトリックは、ほぼ前半に集中していた。たとえば、
  • 節子の月経は毎月遅れ気味で、大そう長くつづいた。そのあいだには得体の知れぬ悲しみが来る。その期間はいわば真紅の喪である。(P.16)
  • 冬の明け方の白い空は石女を思わせた・・・・(P.40)
  • 美徳はあれほど人を孤独にするのに、不道徳は人を同胞のように仲良くさせる・・・(P.75)
  • どんな邪悪な心も心にとどまる限りは、美徳の領域に属している、と節子は考えていた。(P.57)
 『美徳のよろめき』の節子は、あまりものを深く考えない、考えられない、状況に流されやすい、お人形さんのような女性である。(不倫相手の子供を孕む可能性を考えていないあたりが抜けている、というかキャラとしてのリアリティが薄弱。)
 それゆえに、一瞬の「よろめき」で事は済み、退屈な日常に復帰できた。
 思うに、若尾文子が演じてきた女性たちは、日常を打ち壊して、常識的世界を超えてしまう強さとしたたかさを秘めていた。
 節子は若尾文子の役ではなかった。


P.S. 現在、若尾文子映画祭が角川シネマ有楽町で開催中である。未見のものを何本か観たい。
  


おすすめ度 :★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損


● 本:『三島由紀夫を巡る旅』(徳岡孝夫&ドナルド・キーン著)

1981年中央公論社
2020年新潮文庫

IMG_20250311_223603~2

 日本文学研究者&海外への紹介者として、錚々たる昭和の大作家たちと親交のあったドナルド・キーンは、2019年に97歳で亡くなった。ニューヨーク生まれのアメリカ人だったが、東日本大震災を機に日本国籍を取得した。
 一方、毎日新聞記者だった徳岡孝夫は、1930年生まれなので現在満95歳である。
 両者の共通の友人にして本書の主役である三島由紀夫は享年45歳。
 両者は三島の2倍以上を生きたことになる。
 100年に届くほどの長い生涯において、両者ともにもっとも忘れ難い人物が三島由紀夫だったのである。
 実際、日本の近現代には、国語教科書の常連である夏目漱石や芥川龍之介や太宰治、ノーベル文学賞をとった川端康成や大江健三郎など、偉大な作家はたくさんいるけれど、死してなおこれだけ語られる作家は三島を措いていない。
 人々に忘れられることなく話題にされ続けることが三島の狙いであったとしたら、その目論見は見事に成功したと言うべきだろう。

 本書は、三島由紀夫自決から丸一年経った1971年11月に、ドナルド・キーンと徳岡孝夫がはじめて二人で旅行した記録をもとに、徳岡が綴った紀行エッセイである。
 二人は、三島の遺作『豊饒の海』のラストシーンの舞台となった奈良の円照寺(作品中では月修寺)を皮切りに、倉敷、松江、津和野、京都と気の向くままに移動しながら、いろいろなことを語り合った。
 話題の中心が、二人の共通の友であり一周忌を間近に控えていた三島のことになるのは、当然の成り行きである。
 8歳年下の徳岡が、三島と15年間にわたる付き合いのあったキーンに問いを投げかけ、キーンはさまざまな三島のエピソードを引き合いに出しながら答え、それを徳岡が道中の見聞を折り混ぜながら、13篇にまとめている。(初発は1972年1月から『サンデー毎日』に連載)

 文学はもとより、能や歌舞伎や文楽や新派など日本文化全般についてのキーンの造詣の深さは驚くべきものである。
 三島の代表作である『近代能楽集』、『宴のあと』、『サド侯爵夫人』を英訳し海外に紹介した立役者だけあって、キーンの三島文学に対する理解および三島由紀夫という人物に対する洞察は、非常に深く、その言葉には含蓄がある。
 キーンはおそらく三島同様、ゲイだったと思う。
 キーンの三島に対する理解の深さは、生来の文学的感性の豊かさにも増して、同じセクシュアル・マイノリティとして、同じ時代――クローゼット(隠れゲイ)であることを強いられた時代――を生きてきたゆえのものであろう。
 キーンが本書の中で幾度も、「三島さんともっと腹を割って話せばよかった」と言っている真意は、そこらあたりにあるのではないかと思う。
 お互いに、お互いがゲイだと察していながら、カミングアウトし合わなかったのだろう。
 それができていれば、豊かな芸術的感性をシェアできる三島とキーンは無二の親友になれたかもしれないし、ひょっとしたら三島の自決は防げたのかもしれない。
 歴史に「もし」はないけれど・・・・。

 親しかった、しかしよそゆきだった――という表現は、生前の三島と交遊のあった人ほとんどの述懐だといってもいい。十五年間も、しかも翻訳を通じ、また共通の趣味を通じて彼と非常に親しかったキーンさんでさえ、個人的なことについては語り合ったことがなかった。

 晩年の三島に気に入られ、1970年11月25日の事件当日、三島から手紙と檄を託されるほど信頼されていた徳岡もまた、キーンほどではないにしても、文芸通であり、教養豊かな男である。
 文面からは誠実でまっすぐな人柄が伝わってくる。
 三島やキーンのような極めて繊細な感性をもつ人間が、気を使わなくて済むような、気のいい話しやすい相手だったのだろう。
 ただ、次のような“老い”に対する偏見はいただけない。
 95歳の現在、過去に自分の書いた文章を見てどう思うだろう?

三流ホテルのロビーの日だまりに、日がな一日すわっている老人たちの群れを見てぞっとした経験は、欧米へ旅行したたいていの日本人が持っている。それは、まさに「生ける屍」以外のなにものでもない。医学の発達と福祉政策の普及が、もうすぐ日本にもそのような光景を創出するに違いないと、頭の中では知っていながらも、伝統的に散りぎわの美しさ、いさぎよさに無意識にもせよ共感をおぼえている日本人の心は、老醜に目をそむけさせずにはおかないのだ。
 
manhattan-5280895_1280
DanielによるPixabayからの画像

 以下、キーンによる三島由紀夫評を引用する。
 ソルティが三島について思うところとほぼ同じである。

 矛盾のない人間は、つまらない人間じゃないでしょうか。矛盾が多ければ多いほど、その人物は面白いと言うことができます。三島さんは、まさにそうだったのです。

 とにかく、あの人は、すごく意志の強い人でした。強い意志の力を借りて、自分の夢を計画的に一つ一つ実現していったのです。人によって、場合によっては、ごく自然に、夢がつぎつぎに成就することもあります。しかし、三島さんの場合は、不自然なこともありました。三島さん自身としては不自然には感じなかったのでしょうけれど。
 まあ、あの人の夢の中で、なにか一つ現実にならなかったものがあったとすれば、それはノーベル賞だったといえます。

 仮面――たとえば太宰治も、いつも仮面をつけて、自分が道化のような役割を果たしているのだと思っていました。しかし、太宰の場合は、仮面の下にほんとうの自分の顔があったのです。もし、だれかが自分の素顔を見たら、どんなに驚くだろう、とね。だが、三島さんの場合は、仮面の意味がこれとはまったく違います。・・・・・・(中略)
 太宰には、仮面をつけることがどんなに苦しいかという気持ちがありました。しかし、三島さんは、異なった顔になるように自分を訓練したのです。仮面を自分のからだの一部にし、最後には、それが仮面なのか自分のほんとうの顔なのかわからなくなってしまったのだ、と、ぼくは思うんです。

 あの人の政治観には、いろいろな矛盾がありました。あの人自身も、とりたてて矛盾を解決、整理しようとはしませんでした。ただ、天皇という個人と天皇制という制度の矛盾については、非常に深刻に考えていたものと思われます。結局は、「天皇」は「日本」にほかならないという結論に達したようです。

 なぜ、三島さんは、あれほど鴎外にあこがれたのか。それは、おそらく、鴎外の世界が、自分のそれとはまったく違うものだったからでしょう。鴎外にも鴎外の感受性があったことはいうまでもないんですが、それは三島さんの感受性とはまるっきり異質のものだったです。
 だが、三島さんは、絶えず自分とは異質のものにひかれていました。あの人は、自分に似たものを、かえって嫌っていたんです。

mardi-gras-7730289_1280
SecouraによるPixabayからの画像




おすすめ度 :★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損


● 本:『文学者とは何か』(安部公房、三島由紀夫、大江健三郎対談)

2024年中央公論新社
初出
1958.11 『群像』
1964.09 『群像』
1965.07 『世界』
1966.02 『文芸』
1990.12 『朝日新聞』

IMG_20250209_152254

 今年は三島由紀夫生誕100周年(没後55周年)。
 いろいろな関連イベントや出版企画が打たれることだろう。
 本書はその先駆と言っていい。

 昭和を代表する3人の小説家のおこなった5回の対談を収録したものである。
 もっとも、3者揃ったのは最初の1958年『群像』誌上だけで、あとの4回は、三島v.s.大江、安部v.s.大江、三島v.s.安部の組み合わせである。(最後の1990年の対談は当然、安部v.s.大江である)

 ソルティが20代の頃によく読んだのは、まさにこの3人の新潮文庫版だった。
 本書の表紙に3人の名前が並んでいるのを見て、なんだか青春懐古というか、昭和ノスタルジーというか、80年代によく通った池袋TOBUの旭屋書店の店頭にタイムスリップしたような気がした。
 3人の対談を読むのははじめてである。

 まず、3人の共通点として、東大卒であることが上げられる。
 3人とも非常に頭が切れる。回転が速い。
 読書量は言うに及ばず、知識量も記憶力も連想力も理解力も語彙力もすごい。
 『三島由紀夫 vs 東大全共闘50年目の真実』(豊島圭介監督)を観た時にも感じたが、東大生(卒)同士の会話は難しすぎて、ソルティのような凡人にはついていけないと思った。
 とりわけ、最初(1958年)の対談では、まだ東大に在学中で作家デビュー間もない23歳の大江が、一回り年上で時代の寵児となっていた三島と安部に伍して、まずまず対等に喋っているのだから、感心した。 
 まさに天才の出現、だったのだなあ。

 いま一つ共通点を上げると、3人とも国際的評価が非常に高い。
 三島は欧米で、安部はソ連をはじめとする(旧)社会主義国で、生前から評価が高く、よく読まれていた。
 3人ともノーベル文学賞候補に上げられていて、結局、93年の安部の死を待って、翌94年に大江が受賞した。
 90年代に吉本ばななと村上春樹がブレイクするまでは、この3人が海外でもっとも読まれていた日本人作家であった。
 日本人以外にも通じる普遍性があるってことだ。

 一方、小説のスタイルは三者三様。
 安部公房は『壁』、『砂の女』、『箱男』に代表されるように、SFチックで無国籍で寓意的。
 三島由紀夫は『潮騒』、『金閣寺』、『サド侯爵夫人』に見られるように、人工的で虚構性が強く論理的。
 大江健三郎は『飼育』、『万延元年のフットボール』、『洪水はわが魂に及び』にあるように、私的世界の混沌が神話的世界につながるフォークロア風。
 これだけ重なり合うところがないのも面白い。

 政治的立場の違いとなると、さらに画然としている。
 天皇制国粋主義者で自衛隊決起を促した三島と、戦後民主主義の信奉者で護憲論者の大江、そこに元共産党員(1950-1961)だった安部が絡む。
 晩年の三島の政治的な思想や言動を、安部と大江はまったく理解できなかったことであろうが、それでもこうして仲良く文学談義できるところが、不思議と言えば不思議。
 それはもしかしたら、三島亡き後の安部v.s.大江の対談(1990年)にある次のくだりが関係しているのかもしれない。

大江 :この秋にヨーロッパに行きましたが、日本に先だって三島由紀夫ブームでした。三島さんの芝居がやられている。あわせて安部さんの戯曲の話がよく出た。いま思うと、三島さんと安部さんは一番の対立項でしたね。

安部 :確かにそう。でも三島君って、変わり者だった。思想と人格が、完全に分離していた。思想は気に入らなかったけど、人格は好きだったな。

 自決の4年前の1966年の対談では、次のような箇所がある。

三島 :僕という人間が生きているのは、なんのためかというと、僕は伝承するために生きている。どうやって伝承したらいいかというと、僕は伝承すべき至上理念に向かって無意識に成長する。無意識に、しかしたえず訓練して成長する。僕が最高度に達したときになにかをつかむ。そうして僕は死んじゃう。
・・・・(中略)
それにしても、僕はしかし、自分が非常に自由だという観念は、伝統から得るほかないのだよ。僕がどんなことをやってもだよ。どんなに西洋かぶれをして、どんなに破廉恥な行動をしてもだね、結局、おれが死ぬときはだね、最高理念をね、秘伝をだれかから授かって死ぬだろう。

安部
:きみ、死ぬときに授かるのか。

三島
:そう、死ぬときに授かる。(笑)

 やっぱり、なんだかんだ言って、主役は三島由紀夫になる。

三島由紀夫

 3人揃った最初の対談で、「もはや、戦前にあったような“文壇”は存在しない」という点で、3人は意見の一致を見ている。
 1958年(昭和32)の時点で、純文学作家たちはそういう感慨を持っていたのだ。
 しかるに、現在、本書を読むと、「ここにちゃんと文壇があるじゃないか」と思わざるをえない。
 つまり、自ら文学者を名乗り、小説技法や批評や政治やセックスや世界を語れる作家がいて、かれらの対談が設けられる場があって、それを掲載した『群像』、『世界』、『文芸』といった文学専門誌が町の本屋にならんでいて、毎月の発行を心待ちにしている読者が日本中にいた。
 
 三島由紀夫生誕100周年。
 文学は遠くなりにけり、とつくづく思った。




おすすめ度 :★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損


● すかんぽ畑の中のきみ 本:『手長姫/英霊の声』(三島由紀夫著)

IMG_20241114_215815~2

2020年新潮文庫
収録作品
 酸模――秋彦の幼き思い出(1938)
 家族合せ(1948)
 日食(1950)
 手長姫(1951)
 携帯用(1951)
 S・O・S(1954)
 魔法瓶(1962)
 切符(1963)
 英霊の声(1966)

 三島由紀夫13歳から41歳までの軌跡を味わえる短編集。
 これはとても良い企画。
 宇能鴻一郎の2つの短編集、川端康成のBL小説『少年』など、新潮文芸部にはセンスのいい編集者がいるのだなあ。

 選ばれている作品も、ファンタジー風あり、私小説風あり、犯罪譚あり、現代風俗あり、怪談あり、檄文調あり、とバラエティに富んでいて、三島の圧倒的な文才に唸らされつつ、楽しく読むことができた。
 修辞の卓抜さ、表現の精度、語彙の豊穣、日本語に対する感覚の鋭敏さ。
 これだけの文章が作れる作家は、100年に1人と現れまい。

 とくに印象に残った作品について、発表時の三島の年齢とともに記す。

『酸模』(13歳)
 酸模(すかんぽう)とはスイバのことである。
 タデ科スイバ属の多年草で道端などに生え、丈は60~100cm。初夏から夏にかけて赤褐色の花穂をつける。
 春の山菜で天ぷらにすると美味しいイタドリ(虎杖)のことをスカンポという地域があるが、虎杖の花は夏から秋に咲き、花の色は白いので、この作品の酸模とは違う。

Rumex_acetosa_スイバ(スカンポ)_やしろの森公園_DSCF8797
スイバ
松岡明芳 - 投稿者自身による著作物, CC 表示-継承 3.0, リンクによる

Reynoutria_japonica6
虎杖(いたどり
KENPEI - KENPEI's photo, CC 表示-継承 3.0, リンクによる

 13歳でこれほどの小説が書ける早熟さには驚くばかり。
 泉鏡花『朱日記』を思わせる郷愁をあおる美しいファンタジーである。
 『朱日記』は美しい少年と山から下りてきた不思議な美女との邂逅を描いた作品で、一方『酸模』は6歳の秋彦少年と丘の上の刑務所から脱獄した男との出会いを描いたものである。
 『朱日記』から、泉鏡花の花柳界の女性および幼くして亡くした母親への尽きせぬ思慕の念を読み取ることができるように、『酸模』からは思春期の三島=平岡公威少年のすでに芽生えている同性愛志向をうかがうことができる。
 それも、『仮面の告白』でも吐露されたとおり、囚人や汚穢屋(糞尿汲取人)や鳶職人といった下層階級に属する、インテリとはほど遠い男衆に対する愛である。

 昭和の昔、同性愛者向けのエロ雑誌がいくつか発売されていた。
 老舗どころの伊藤文学編集長『薔薇族』が有名だが、ほかにも読者の性的指向に合わせて、『さぶ』、『アドン』、『サムソン』、東郷健編集長『The Gay』、遅れて『バディ』などの棲み分けがあった。
 後年、角刈りに褌、色黒、マッチョのスタイルを好んだ三島の性的指向は、「漢・野郎・SM・硬派」のハードコア路線で、読み物の中に下町の職人や飯場の土方や軍人が多く登場する『さぶ』だったのではないかと思う。
 『さぶ』は愛読者にインテリが多いことで知られ、紙面は圧倒的に活字が多かった。

『家族合せ』(23歳)
 三島の自伝的小説で出世作となった『仮面の告白』の素材が散らばっている点で興味深い。
 女中に囲まれた幼年時代、自慰の習慣に対する罪悪感、柔弱な体に対する劣等感、周囲の少年たちとの齟齬、初恋相手となった年上の青年近江を連想させる堀口、女郎屋での初体験と失敗の屈辱。
 この短編の発表後、大蔵省を退職し、『仮面の告白』執筆に専念した。

『手長姫』(26歳)
 お姫様(おひいさま)と呼ばれた高貴な出でありながら、少女の頃から手癖が悪く、万引き常習犯となった女性の半生を描いた異色作。
 ソルティが高齢者介護施設に勤めていたときに出会ったS子さんを思い出した。
 良い家柄の出で裕福な専業主婦であったS子さんは、白く細い腕で車いすを器用に操って、我々スタッフの目を盗んでは他の入居者の部屋に入り込み、物色した物を自分の部屋に持ち帰っていた。
 彼女が好んで集めるのは、カナリアの羽のような美しい色合いの仕立ての良い洋服であった。
 施設の相談員は、S子さんと同じフロアの入居者の家族に、「お持ち込みになる洋服には必ず名前を書いてください」と頼むことになった。
 じかにS子さんに言っても無駄なのは、認知症だったからだ。

『切符』(38歳)
 非常によくできた怪談。こんなものを書いていたとは知らなかった。矢本悠馬あたりを主演でショートドラマにしたら面白いと思う。名作!

『英霊の声』(41歳)
 ずっと「えいりょう」の声だと思っていた。
 「えいれい」である。

英霊
① 死者、特に戦死者の霊を敬っていう語。
② (英華秀霊の気の集まっている人の意)才能のある人。英才。
(小学館『大辞泉』)

 2・26事件で処刑された青年将校らと太平洋戦争で死んだ特攻隊員らの“霊言”という①の意味で使われているのだが、②の語義によって三島由紀夫の“肉声”という意味とも取ることができる。
 つまり、これを書いた時の三島由紀夫と青年将校と特攻隊員とは三位一体、後者二つの霊団が三島に憑依したかのような気迫が文面に漲っている。
 構成といい、表現といい、力強さといい、完成度といい、読後に残る強烈な印象といい、一編の短編小説として見たとき、これは三島の傑作のひとつと言っていい。
 なんとなく気色悪くて、これまでまともに読むのを避けてきたのだが、これほど見事な作品とは思わなかった。
 三島作品は英語をはじめ多くの外国語に翻訳され海外で読まれているけれど、この短編だけは翻訳不可能、というか外国語に変換したとたん作品の持つ魅力と価値が根こそぎ奪われてしまうと思う。
 言霊(ことだま)が充満しているゆえに。
 あたかも神社の祝詞のような作品である。

shrine-2379047_1280
Kohji AsakawaによるPixabayからの画像

 いろいろな読み方を可能ならしめる奥の深い作品という点でも秀逸である。

 まず、オカルト小説と読める。
 審神者(さにわ)と霊媒が出てきて降霊を行うという禍々しい設定が、ポーやホーソンやコナン・ドイルや『エクソシスト』といった西洋ゴシックの系譜を思い起こさせる。
 と同時に、おどろおどろしい中にも日本的な物悲しい湿気をまとった小泉八雲や泉鏡花の怪談に通じるものがある。
 寒気がするような結末の不気味さは言わんかたなし。 

 軍人が心情を吐露する、広い意味での戦争小説でもある。
 むろん反戦小説ではない。
 2・26事件、特攻隊の当事者として結果的に無益な死を遂げさせられた者の怒り、恨み、慚愧の念が渦巻いている。
 『平家物語』のような敗残者の呪詛に満ちている。

 政治小説でもある。
 天皇を現人神(あらひとがみ)に祀り上げ、皇国史観、尊王論、神風神話、武士道精神、玉砕上等を旨とする祭政一致の国体顕揚である。
 少なくとも晩年の三島由紀夫が、そうした思想の持主にして吹聴者であったことは確かである。
 その意味で、一種のプロパガンダ小説とみなすことも可能だ。

 ただ、プロパガンダ小説にありがちの生硬さはここには見られない。
 それは一水会の鈴木邦男(2023年没)が『右翼は言論の敵か』に書いているように、

もともと右翼は左翼との論争を嫌う。左翼は論理で迫るが、右翼は、天皇論、日本文化論などは日本人として当然の考え、常識と思っているし、それ以上に信仰的な確信をもっている。だから、左翼とははじめから相容れない。論争など無用と思っている。「言挙げ」を嫌うのだ。憂いや憤怒は和歌をつくって表現すればよい。

 左翼が理屈、理性、論理を振りかざすのに対し、右翼の言動は信仰に裏打ちされている。だから、言挙げ(プロパガンダ)を嫌う。
 大切なのは、プロパガンダではなくて、神託である。神の言葉である。
 それを無条件に信じ、それに従って“生き死に”し、自らの行動によって神への信仰の篤さを示すことが大切である。
 なので、この“右翼的プロパガンダ”は、檄文の形をとる。
 言霊となる。詩となる。
 本作の美しさは、これが一編の詩であるからだ。
 作中で、霊媒の若者の口を借りて青年将校や特攻隊員らが歌う「などてすめろぎは人間(ひと)となりたまひし」を畳句とする詩だけでなく、この短編小説は全体でひとつの詩なのである。
 理屈や理性や論理の介入する余地はそこにない。
 この美しさに共感できるか否か、この“耽美”を味わえるか否か、である。

生藤山&三国山 016

 天皇主義者でも国粋主義者でもないソルティは、共感できなかった。
 この作品の完成度の高さ、神レベルの表現力、全編に漲る気迫、行間に込められた作者の魂魄には恐れ入るけれど、ここに吐露された2・26事件の青年将校らや太平洋戦争の特攻隊員ら、ひいては三島由紀夫自身の思いは、ソルティの目には歪んだものとしか映らなかった。

 「などてすめろぎは人間となりたまひし」の言葉に象徴されるように、英霊たちの恨みの焦点は天皇の人間宣言にある。
 
 日本の敗れたるはよし
 農地の改革せられたるはよし
 社会主義的改革も行はるるがよし
 わが祖国は敗れたれば
 敗れたる負目を悉く肩に荷ふはよし
 わが国民はよく負荷に耐へ
 試練をくぐりてなほ力あり。
 屈辱を嘗めしはよし、
 抗すべからざる要求を潔く受け容れしはよし

 すなわち、敗北もGHQ占領も農地改革も財閥解体も日米安保条約も東京裁判も問題ではない。それこそ日本が共産主義国家となってもかまうところではない。

 されど、ただ一つ、ただ一つ、
 いかなる強制、いかなる弾圧、
 いかなる死の脅迫ありとても、
 陛下は人間なりと仰せられるべからざりし。

 昭和天皇が神たることをやめて人間になったことだけは許せない、というのである。
 なんとなれば、

 陛下がただ人間と仰せられしとき
 神のために死したる霊は名を剝奪せられ
 祭らるべき社もなく
 今もなほうつろなる胸より血潮を流し
 神界にありながら安らひはあらず

 天皇を神と信じればこそ捧げるに価値あった、自らの命が、人生が、いさおしが、男が、無駄になってしまったからである。
 いわば、“推し”アイドルの結婚によって裏切られた熱狂的ファンの心理である。

 勝手に祭り上げられ、神格化され、妄想の対象とされた昭和天皇こそ“いい迷惑”ではなかろうか?
 昭和天皇ご自身が「われは神なり。崇拝せよ。」と言ったわけではあるまいに。
 英霊たちが恨むべきは、そのような天皇の神格化を図って国民を洗脳した大日本帝国であり、元老たちであり、政治家であり、軍部であり、マスメディアであり、学校の教員たちであり、祖父母であり、父母であり、隣近所の大人たちであり、それを見抜けなかった自身のアタマであろうに。

 いま、旧統一教会のマザームーンこと韓鶴子が突然改心し、「自分は全人類の真(まこと)の母ではない。総裁は下りる。教団は解散する」と宣言したとして、それにショックを受けた信者がマザームーンを恨んで暴動を起こしたとしたら、世間に向かって、「マザームーンは真の母の座を降りるべきでなかった」と訴え出たとしたら、彼らに理があると思うだろうか? 彼らに共感するだろうか?
 たいていの人は「自業自得」と思うのではないだろうか。
 「いい機会だから、目覚めなさい」と諭すのではないだろうか。
 彼ら信者がマザームーンと教団のために費やしてきた時間やお金やエネルギーなどがあたら無駄になってしまったことについては、いささかの同情を寄せないものでもない。
 けれど、彼らが奪われた人生の補償を求めてマザームーンと教団を訴えるというのならともかく、「マザームーンは止めるべきでなかった」と憤るのは、到底受け入れ難いトンチンカンと思う。
 
 しかも、マザームーンや“推し”アイドルは、ある程度まで最初から自らを神格化すべき企図して、意識的にそのように振る舞っているわけだが、昭和天皇自身が国民に信者たることを強いたわけではあるまい。
 昭和天皇もまた、“国のため、国民のため”、元老や閣僚や御前会議が決めたように振る舞うほかなかったろう。
 つまり、英霊たちが昭和天皇を恨むのは「お門違い」と思うのだ。

壺を拝む女

 ソルティは、1970年11月25日市ヶ谷自衛隊駐屯地における三島由紀夫の映像や写真を見たり、自決までの経緯を記した記事を読んだりするたびに、いたたまれないような、目をそむけたくなるような居心地の悪さ、しいて言えば気色の悪さを感じてきた。
 本作を読んでそれがどうしてなのか、明確になった。
 英霊たちや三島由紀夫は、昭和天皇を、言わば、“ズリネタ”にしていたのだ。
 頭の中で勝手にこしらえた妄想という名の耽美小説の偶像(まさにアイドル)に据えていたのだ。

 2・26事件の青年将校らと太平洋戦争の特攻隊員らはまだしも、ホモソーシャルな愛の対象として、つまり天皇との精神的な紐帯を求めていたにすぎない。
 しかるに三島由紀夫の場合は、明らかにホモセクシュアルな愛(エロス)が潜んでいる。
 三島由紀夫の割腹自殺とは、「神への信仰のために犠牲となり、裸体を射抜かれた」聖セバスチャンの殉教の再現である。
 そのシチュエーションこそ、かつてグイド・レーニ作『聖セバスチャンの殉教』でマスターベーションを覚えた『仮面』の少年の至高のセクシャルファンタジー、すなわちズリネタであった。
 『仮面』の少年が三島由紀夫その人であることは、後年になって、カメラマン細江英公による『薔薇刑』において三島自身が聖セバスチャンに扮しているところからも明らかである。

 三島由紀夫の公開オナニー。
 ――それが三島事件の核心なのではないか。
 ソルティが感じる気色悪さの因はそこにある。

聖セバスチャンの殉教
グイド・レーニ作『聖セバスチャンの殉教』
 

 『英霊の声』は、霊媒となった青年が怨霊に命を奪われるところで終わる。

死んでいたことだけが、私どもをおどろかせたのではない。その死顔が、川崎君の顔ではない、何者とも知れぬと云おうか、何者かのあいまいな顔に変容しているのを見て、慄然としたのである。

 このラストが昔読んだ何かの小説を連想させたのであるが、それが何だったのかどうにも出てこない。
 死と同時に美青年から醜い老人に成り変わったドリアン・グレイか?
 人々が仮面を剥いだら、その下には何もなかった『赤死病の仮面』か?
 どうも違う。
 手がかりを求めてウィキ『英霊の声』を読んだら、次のようなエピソードがあった。

瀬戸内寂聴は、最後の〈何者かのあいまいな顔に変貌〉した川崎青年の死顔の、その変容した顔が天皇の顔だといち早く気づき、「三島さんが命を賭けた」と思い手紙を送ったと述べている。すると三島から、〈ラストの数行に、鍵が隠されてあるのですが、御炯眼に見破られたやうです。以下略。〉

 「あいまいな顔」とは人間宣言した天皇だというのだ。
 どうもソルティはこの解釈にはすっきりしない。
 百歩譲って、瀬戸内寂聴の見抜いた通り、三島が、「もはや神でなくなった天皇という存在の虚偽や空虚を比喩的に表現した」と認めるにしても、読者にはその奥に隠されている真相を想像し、自由に解釈する権利がある。  
 文庫の解説では、保阪正康が次のように書いている。

この最後の一節が語っていたのは何か。三島の中に「合一」した時の、自らの姿が予兆されていたという意味に解釈できるだろう。

 すなわち、この死んだ川崎青年は、この作品の書かれた4年後に自決した三島を予兆するものだったというのである。
 ソルティの感じたのも保阪説に近い。

 読後数日たったある晩、そろそろ眠ろうと布団に横になった瞬間、パッと脳裏に浮かんだ言葉があった。

 芥川龍之介『ひょっとこ』

hyottoko

 主人公の平吉は、いつも嘘ばかりついていて、酔っぱらうと、ひょっとこのお面をつけて馬鹿踊りする癖があった。
 あるとき、隅田川の船の上で群衆に野次られながらいつもの馬鹿踊りをしていた平吉は、脳溢血で倒れて、そのまま息を引き取ってしまう。
 駆けつけた人々がお面をとると、そこにはいつもの平吉の顔とはまったく似ても似つかぬ見知らぬ男の顔があった。

 「あいまいな顔」の死者とは、まさに『ひょっとこ』の主人公平吉のことではないか!
 嘘をつくのが習い性となったがゆえに、真実の顔が人から見分けられなくなった平吉。
 それと同じように、霊媒となって様々な霊たちに憑かれ、その代弁者となることを職としてきたがゆえ、おのれの顔を失った川崎青年。
 偽りの「仮面」をかぶり続けざるを得なかった人間の悲劇がそこには暗示されている。
 
 我々はこの珠玉の短編集を通して、いくつもの厚い仮面の下に埋もれた13歳の三島由紀夫と、そして6歳の秋彦少年と出会うことができる。
 一面のすかんぽ畑の中で。

meadow-56038_1280
HansによるPixabayからの画像 
 



おすすめ度 :★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損



●  わたしはとうに滅んでいる 本:『朱雀家の滅亡』(三島由紀夫著)

1967年発表、初演
2005年河出文庫(併録『サド侯爵夫人』)

IMG_20241028_210151~2

 三島由紀夫晩年(と言っても42歳!)の戯曲。
 ウィキ『三島由紀夫』によれば、同じ年に、『豊饒の海第2部 奔馬』連載開始、最初の自衛隊体験入隊、『平凡パンチ』の「オール日本ミスター・ダンディはだれか?」で第1位獲得(2位は三船敏郎)、空手を習い始め、自決の介錯人となった森田必勝と出逢っている。
 今から思えば、1970年11月25日の陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地での壮絶な最期に向けての“秒読み段階”に入った頃合いという感がある。
 そのせいか、「承詔必謹の精神の実存的分析」と三島自身が解題し、「滅亡」というタイトルを持つこの戯曲は、三島の遺書のようにも読める。
 承詔必謹(しょうしょうひっきん)とは「詔(みことのり)を承りては必ず謹め」で、「絶対君主としての天皇を仰ぎ奉り、その御言葉に無条件に従え」ということである。
 承詔必謹の精神のもと侍従として代々の天皇に仕えてきた朱雀家の滅亡を描いたこの戯曲は、忠臣愛国を掲げて自衛隊に乗り込み、自衛隊員を前に憲法改正を訴え、「天皇陛下、万歳!」を三唱し割腹自殺を遂げた三島由紀夫の、あたかも文学的リハーサルのような感じがする。
 ソルティは初読であった。

 時は1944年春から1945年冬にかけて。
 場所は朱雀家の庭園。
 登場人物わずか5人の4幕物。
 第37代朱雀家当主朱雀経隆は、天皇に忠義を尽くすことを生きがいとしている。
 妻の顕子は嫁いで来てすぐに亡くなり、経隆は側仕えの女おれいとの間に、朱雀家の後継たる経広をもうけた。
 顕子の姪にあたる松永瑠津子と経広は、幼馴染で許嫁の間柄にある。
 他家の婿養子となった経隆の弟宍戸光康は、兄とは違い、世慣れた実際的な男である。

第1幕(1944年春)
 次第に日本の敗色が濃くなっている。
 経隆は、天皇の意を汲み、首相更迭のために奔走し、成果を得た。が、分を超えた自らの行動を潔しとしない経隆は侍従職を退き、今後は遠くから天皇に仕えると宣言する。
 一方、経広は海軍予備学生に志願したことを家族に報告する。

第2幕(1944年秋)
 経広は海軍少尉を任じられ、沖縄(ある島、とぼかされている)への出兵が決まった。
 それは死地に赴くのと変わりない。
 朱雀家の血が途絶えることを憂慮する光康と、実の息子の命を守りたいおれいは、コネを使って経広の任地を変えてもらうよう、経隆に迫る。
 が、経隆は首を縦に振らない。
 おれいは一計を案じ、経広自らが任地替えを望んでいると経隆に思わせようと画策する。
 が、下手な思いつきはすぐ露見してしまう。
 おれいの画策を知った経広は誇りを傷つけられ、実の母であるおれいを罵倒する。
 一方、瑠津子は「今夜自分と経広は結婚する」と宣言するが、経隆はこれをよしとしない。

第3幕(1945年夏)
 沖縄は玉砕し、日本の敗北はもはや目前に迫っている。
 さすがの朱雀家も貧窮に陥り、庭は荒れ放題。
 経隆とおれいは、経広の戦死を電報で知る。
 ショックと悲しみから、おれいは経隆を責める。「あなたが息子を殺した」
 二人の喧嘩の最中に空襲警報が鳴り響き、防空壕に逃げたおれいは爆死し、庭に残った経隆は九死に一生を得る。

第4幕(1945年冬)
 一面の瓦礫と焼け跡。
 日本はGHQ配下に置かれ、国の行く末は混沌としている。
 いまや一人ぼっちとなった経隆のもとに、弟の光康が見舞いに来る。
 光康は、西洋人相手の新しい事業の計画に兄の参加をもとめるが、経隆は断る。
 光康が去った後、庭の高台の弁天社から琵琶の音が聞こえ、中から十二単を来た瑠津子が現れる。
 その姿に、亡くなった元妻・顕子の面影をだぶらせた経隆は、瑠津子が朱雀家の花嫁であることを認める。
 瑠津子はその言葉を喜ぶ一方、息子経広と妻おれいを見殺しにし、何もせず一家が滅びるにまかせた経隆を責め立てる。
 「今すぐこの場で滅びてしまいなさい」と迫る瑠津子。
 経隆は答える。
 「どうして私が滅びることができる。夙(と)うのむかしに滅んでいる私が。」

knight-7169531_1280
MollyroseleeによるPixabayからの画像

 この芝居は『鹿鳴館』、『サド侯爵夫人』、『わが友、ヒットラー』、『癩王のテラス』、『近代能楽集』など他の三島の代表的な戯曲にくらべれば、成功作とは言い難い。
 内容も内容なので、上演の機会も少ない。
 現在、「承詔必謹」「忠臣愛国」をテーマとし小難しいセリフが飛びかう芝居をわざわざ観に行きたがるのは、三島の熱狂的ファンかインテリ右翼くらいなものだろう。
 しかし、三島由紀夫という作家、平岡公威という人物、昭和を代表する一人の芸術家の衝撃的な最期を理解しようと試みるのであれば、この作品は非常に重要な位置を占めると思う。
 筋書きを記したのは、それゆえである。

 一読してすぐ思い当たることは、この戯曲はほとんど『鹿鳴館』の二番煎じである。
 二番煎じという言葉が作者に失礼なら、同工異曲である。
 『鹿鳴館』は明治の文明開化の政治がらみの話、『朱雀家』は昭和の太平洋戦争末期の家庭内の出来事という違いはあれど、男性原理と女性原理の衝突という点において両作は通じている。
 以前、ソルティは『鹿鳴館』について次のように書いた。

 この戯曲は男の論理(=政治、理想、計略)と女の論理(=愛、現実、感情)とが拮抗する物語である。あるいは、『サド侯爵夫人』同様、「女」の視点から描く「男」の姿である。むろん、女の典型が朝子、男の典型が影山伯爵や清原永之輔である。
 朝子と清原の息子久雄が、女(母親)の論理と男(父親)の論理との間で揺れ動き、最後には父親の手による銃弾を受けて殺されるというマゾヒスティックな筋書きに、作者三島由紀夫の分身と密やかなる欲望を見ると言ったら、うがち過ぎだろうか。 

 『朱雀家』で男性原理を体現するのは、むろん、当主の朱雀経隆である。
 ここでの男性原理は、「承詔必謹」「忠臣愛国」「滅私奉公」という形をとっている。
 “わたくし”より、妻や息子より、家系より、琵琶の名家としての伝統より、財産や世間的栄誉より、天皇に仕えることを優先する滅私奉公の他律的理想主義。明治天皇を追って殉死した乃木大将のような生き方である。
 『三島由紀夫 石原慎太郎 全対話』(中公文庫)において、「最後に守るべきものは何か」という問いに対して、石原が「自由」と答えたのに対し、三島が出した答えは「三種の神器」すなわち天皇制であった。
 こう言っている。

三島 形というものが文化の本質で、その形にあらわれたものを、そしてそれが最終的なもので、これを守らなければもうだめだというもの、それだけを考えていればいいと思う、ほかのことは何も考える必要はないという考えなんだ。
石原 やはり三島さんのなかに三島さん以外の人がいるんですね。
三島 そうです、もちろんですよ。
(ゴチックはソルティ付す)

 朱雀経隆という人物は、明らかに三島由紀夫の分身である。
 モデルは三島自身である。
 ただし、おれいや顕子ら女たちの口を借りて経隆を批判し責め立てていることから分かるように、必ずしも経隆の生き方、すなわち男性原理を全面肯定しているわけでも賞揚しているわけでもない。
 最後には「自分は夙うに滅びている」と経隆自身に告白させている。
 その意味で、経隆は三島の“自己戯画化”ということができる。

 一方、女性原理を受け持つのが、経隆の側妻(そばめ)にして大っぴらに名乗ることのできない経広の母親であるおれい、そして経広の許嫁である瑠津子である。  
 おれいは『鹿鳴館』の朝子の分身、瑠津子は朝子の息子久雄に恋する大徳寺顕子の分身である。(奇しくも、顕子という名は朱雀経隆の若くして亡くなった妻と同じであり、また瑠津子という名は17歳で亡くなった三島の妹美津子と響き合う)
 理想や観念を掲げそれに自己投棄するのを誉れとする男たちとは違い、近親者への情愛と日々の生活に生きる女たちは、常に男性原理によって圧迫される。
 我慢や忍耐を強いられ、あきらめることに馴れていく。
 父権社会の中ではとくに。
 戦争や内乱や革命がある混乱の時代にはとくに。

 『鹿鳴館』の清原久雄が、男性原理(父親)と女性原理(母親)の間で引き裂かれ、実の父親(清原栄之輔)の手によって殺されてしまうように、『朱雀家』の息子経広もまた、父・経隆と母・おれいの間で引き裂かれ、国体維持のための戦争という男性原理によって殺されていく。
 第2幕で経広は、大和男児たる誇りが傷つけられたことで生みの母おれいを罵倒し、任地替えを自ら拒否し、十中八九生きては戻れない沖縄へと旅立つ。
 柔弱な女性原理を拒絶し、武士道の男性原理をまっとうしたと言えば聞こえがいいが、無駄死には違いない。特攻同様の自殺行為には違いない。
 本来、経広は臆病でやさしい子供であった。
 脇腹の負い目を人一倍感じていた経広は、父親=朱雀家に認められんがために男性原理を内面化し、実の母親や愛する瑠津子よりも、父親が崇拝する天皇に身を捧げることを選び取ったのである。
 第3幕のおれいのセリフにある通り、

あの子は勇気があったのではなく、勇気を証明する必要があったのです。

 (間違いなく、戦死する直前の経広の言葉は「天皇陛下、万歳!」ではなく、「おかあさん!」だったろう)

ゼロ戦

 男性原理と女性原理の相克、その間で引き裂かれ犠牲となる息子。
 構造を同じくする『鹿鳴館』と『朱雀家』には、しかし、明らかな違いがある。
 それは終幕のニュアンス。
 『鹿鳴館』のラストでは、男性原理を象徴する影山伯爵は、朝子に象徴される女性原理に勝利し、日本の偽りの西洋化と列強仲間入りに向けて、ワルツのステップよろしく突き進んでいく。不敵な笑みを浮かべながら。
 一方、『朱雀家』のラストは悲愴そのもの。
 妻と息子を失った朱雀経隆は、朱雀家の滅亡を前になすすべもない。
 日本は敗北し、経隆の生きがいのすべてであった国体が崩れようとしている。
 GHQが天皇をどう処分するか、天皇制が存続するのか、見当もつかない。
 大和魂という男性原理は地に落ち、すべてが文字通り灰燼に帰した。
 戦争未亡人となった瑠津子に責め立てられるも、もはや返す言葉も知らない。
 ただ、「夙うに私は滅びていた」と呟くばかり。
 『鹿鳴館』が男性原理の勝利の物語なら、『朱雀家』はその敗北の物語である。

 この違いは、明治の文明開化と昭和の太平洋戦争敗戦という時代設定の違いだけが原因だろうか。
 ソルティにはどうもそうは思えない。
 『鹿鳴館』発表の1956年から『朱雀家』発表の1967年まで、11年間における三島由紀夫自身の内面的変化が関与しているように思われるのである。
 そこで気になるのが、朱雀経隆によって発せられる幕切れのセリフ。
 「どうして私が滅びることができる。夙うのむかしに滅んでいる私が。」

 「夙うのむかし」とはいつだろうか?
 日本の敗北=天皇制の危機?――ではない。それは最近の出来事だ。
 側女として仕えたおれいの爆死?
 息子経広の戦死と朱雀家の滅亡?
 あるいは、20年ほど前にあった妻顕子の死?
 その「とき」は、作品中にはっきりと明示されていない。
 だが、「夙うのむかし」はこの戯曲が始まる「とき」よりかなり前であることは、次の瑠津子のセリフから察しられよう。

あなたのうつろな心の洞穴が、人々を次第に呑み込み、何もなさらぬことを情熱に見せかけ、この上もない冷たさを誠と呼ばせ、あなたはただ、夜を昼に、昼を夜につないで生きておいでになった。そして朱雀家の37代を、御自分の一身に滞らせ、人のやさしい感情の流れを堰き止めておしまいになった。

 「夙うのむかし」とは、経隆の心が「うつろな洞穴」に成り変わった日、存在が虚無へと変容した日のことではないかと思う。
 そこで思い当たるのが、作家三島由紀夫の誕生を告げた長編『仮面の告白』のラスト近くにある次のくだりである。

「あと5分だわ」
この瞬間、私のなかでなにかが残酷な力で二つに引裂かれた。雷が落ちて生木が引裂かれるように。私が今まで精魂込めて積み重ねてきた建築物がいたましく崩れ落ちる音を私は聴いた。私という存在が何か一種のおそろしい「不在」に入れかわる刹那を見たような気がした。目をつぶって、私は咄嗟の間に、凍りつくような義務観念にとりすがった。

 『仮面の告白』の主人公(=語り手)の数十年後が、朱雀経隆ではなかろうか。
 もっとも、朱雀経隆には天皇への純愛を別とすれば、『仮面』の主人公のような同性愛志向はないけれど。
 「夙うのむかし」、存在が不在に入れかわった。
 それ以降、「うつろな心の洞穴」をつねに覗き込んでいた経隆がその空虚を埋めるのに役立てたのが、「承詔必謹」という生きがいであり、天皇制という男性原理だったのではあるまいか。
 そしてそれは、三島由紀夫自身についても言えることなのではなかろうか。

三島由紀夫
市ヶ谷自衛隊駐屯地の三島由紀夫

 自衛隊突入と自決という終着につながった晩年の三島由紀夫の言動について、ソルティもまた違和感をもつ一人である。
 石原慎太郎が述べているように、「三島さんのなかに三島さん以外の人がいる」としか思われない。
 芝居がかった幼稚性、柄にもなさ、すなわち“茶番”を強く感じる。
 前記の対談集のあとがきで、石原はこう述べている。

 結局、あの人は全部バーチャル、虚構だったね。最後の自殺劇だって、政治行動じゃないしバーチャルだよ。『豊饒の海』は、自分の人生がすべて虚構だったということを明かしている。最後に自分でそう書いているんだから、つらかったと思うし、気の毒だったな。三島さんは、本当は天皇を崇拝していなかったと思うね。自分を核に据えた一つの虚構の世界を築いていたから、天皇もそのための小道具でしかなかった。彼の虚構の世界の一つの大事な飾り物だったと思う。

 一見すると、三島由紀夫は乃木将軍のように天皇制という男性原理に殉じて死んだように見えるけれど、実際には、それを信じていなかった、それを虚構あるいは虚妄と知っていたというのである。
 ソルティは石原慎太郎が好きでなかったけれど、この説にはおおむね同意する。
 自分の人生が虚構であると知りながら、虚構の中核に天皇を据えた以上、それを信じ、それに殉じるしかなかった。
 その意味で、三島由紀夫のほんとうの分身は、朱雀経隆ではなくて、息子の経広である。
 経隆は息子についてこう語る。

一つの誉れの絵すがたに同化することを望んだのは経広自身だ。あれはこの世に生きるということの目的が、それ以外にないことを知っていた。若いながらにそれを知っている天晴な奴だった。

 だが、息子をそのように育てたのはほかならぬ経隆である。
 元来臆病でやさしい子であった経広は、父親に認められたいがゆえに、まぎれもない朱雀家の跡継ぎとして世間に認められたいがゆえに、自分の中の女性原理を否定し、男性原理を過剰に内面化し、男性原理を過剰に貫いて、しまいには男性原理そのものによって殺されたのである。それが虚構にほかならないことを目前の敗戦をもって悟りながら。

 三島由紀夫が敗戦によって失われた大和魂や日本古来の風土文化を偲び、天皇を「人間」に引きずり下ろした戦後民主主義を嫌悪していたのは事実であろう。
 なんといっても、平岡公威のアイデンティティは戦前につくられたのだから。
 しかるに、戦後保守派の言論人として発言するだけにとどまらずに、あのような過激な行動と終結に走ったのは、「うつろな心」が呼び込んだ男性原理への過剰適応が原因だったのではないかと思うのである。

 夙うのむかしに滅んでいる。

 幕切れのこのセリフは三島由紀夫の遺書の一行のようで、なんとも痛ましい。

IMG_20241026_144635



おすすめ度 :★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損






● 飯能の空、ふたたび 映画:『美しい星』(吉田大八監督)

2017年日本
127分

美しい星

 『桐島、部活やめるってよ』『紙の月』で、映像作家としての才とソルティ好みを感じた吉田監督。
 この作品を観んがために、三島由紀夫の原作をまず読んだのであった。

 結論から言えば、原作より映画のほうがいい!
 SF小説にも純文学にも詩にも娯楽小説にもなりきれていない、中途半端なぎこちなさがある原作に対し、本作には映画としての、映画ならではの、すっきりした美しさがある。
 『桐島』ほどの傑作ではないけれど、忘れ難い佳品である。

 時代設定を原作の1960年代から2010年代に変更するに伴い、人類破滅の危機をもたらす要因が、冷戦下の核戦争から地球温暖化に変えられている。
 人類救済の使命に目覚めた一家の父親の職業を気象予報士にしたのは、アイデアもの。
 60年代だったら機関誌や書籍や講演によって地道に訴えるしかなかった警告が、テレビを通じて一気に大衆に呼びかけられるという、まさに映像ならではの演出効果を生み、原作にはないコメディ色が強まった。
 原作では、地球平和のために立ち上がった4人家族に敵対する宇宙人として、仙台在住のダーク3人組を登場させ、小説の終幕において両者間で人類を原告とした疑似裁判が持たれる。飯能4人家族が弁護側、仙台3人組が検察側である。
 映画では仙台3人組は出てこない。
 よって、原作の主要場面をなす議論も割愛されている。
 言葉(活字)によってテーマを表現する小説と、映像によって表現する映画とは様式が異なるので、これは正解だったのではないかと思う。
 そのぶん、3人組の立場を集約した存在である謎の代議士秘書・黒木が重要キャラとなっている。
 黒木役の佐々木蔵之介は、地球人離れした不気味さを宿して、演技の幅の広さを見せつけた。

 一家の父親(火星人)役のリリー・フランキーの“真剣になるほどコメディになる”演技、娘(金星人)役の橋本愛の“真剣になるほど冷え冷えと美しくなる”演技。
 どちらも印象的である。
 本作は、カルト的人気作として後世に残るんじゃないかと思う。
 土星人ソルティ(by細木数子先生)はとても気に入った。

planetarium-5636945_1280
政徳 吉田によるPixabayからの画像>


おすすめ度 :★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損




● 飯能の空 本:『美しい星』(三島由紀夫著)

1962年新潮社刊行
1967年文庫化

IMG_20241013_153030
カバー装画:牧野伊三夫

 SF思弁小説とでもいった感じの三島文学における異端作。
 自分たちが地球人(=人間)ではなく、他の天体からやって来た宇宙人だと自覚した埼玉県飯能市に住む4人家族のドラマである。
 これが4人そろっての錯覚とか妄想とか精神異常とかであるなら、現代日本社会で生きる人間のストレスや心の闇を抉り出した、あるいは個人を狂気に追いやる社会の不条理を弾劾したといった態の、まさに純文学っぽい話になりそうなのだが、あきれたことに、4人はほんとうにUFO(空飛ぶ円盤)を目撃したのであり、それをきっかけに自らの正体や出自を思い出したのであり、実際に宇宙人であった、という大真面目な設定。
 本書が発表されたときの読者諸氏の戸惑いや驚きが想像される。
 早川書房『SFマガジン』刊行が1960年で、日本SF界の大御所にして礎石たる小松左京のデビューが1962年というから、本作はある意味、日本SF小説史における起爆点と言えるのではなかろうか?
 三島由紀夫のような時代の寵児たる純文学作家がSFをものしたという事実は、日本におけるSF小説の社会的認知度を高めるのに益したのではあるまいか?

 それはともかく、純文学におけるSF設定が奇抜でも画期的でもなくなった現在から見たときに、SFという機構はきわめて三島っぽい、三島文学と相性の良いものなのではないかと思う。
 三島文学の特質である「人工的、観念的、論理的(理屈っぽい)、修辞的」といった要素が、そのままSF小説の特徴と重なるからである。
 小島の漁師を主人公としながらも土着性、肉体性、生活臭を妙に欠いた『潮騒』の虚構性や、人工的な美への憧憬と破壊を描いた『金閣寺』の観念性などは、まさに三島文学の特質を物語っている。
 黄金色に輝く金閣寺と大気を橙色に染めるUFOの光は、なにかとても似通った三島的アイテムといった感じがする。

IMG_20240308_151033

 本作で三島が「SF、空飛ぶ円盤、宇宙人」という設定を用いたことについて、奥野健男が解説でこう書いている。

 三島由紀夫は、現実の泥沼をとび超え、いきなり問題の核心をつかむ画期的な方法を、視点を発見したのだ。それが『美しい星』の空飛ぶ円盤であり、宇宙人である。つまり地球の外に、地球を動かす梃子の支点を設定したのだ。宇宙人の目により、地球人類の状況を大局的に観察し得る仕組を得た。人間を地球に住む人類として客観的に眺めることができる。そこから自由に奔放に地球人の運命を論じることができる。問題の核心に一挙にして迫ることができるまことに能率のよい仕掛けである。これはまさにコロンブスの卵と言えよう。

 卓見である。
 ここで奥野が“問題の核心”と言っているのは、「人類の存在の根源を問う」ことであり、それは本書のクライマックスにおいて、核戦争から人類を救おうと平和の大切さを訴える太陽系宇宙人(4人家族の家長)と、人類の絶滅を目論む非太陽系宇宙人(仙台在住の3人組の男)の討論として描かれている。
 人類とは何か?
 その存在意義は?
 その未来は? 

 宇宙的観点、いわば悟りの境地からみたときの人類の姿がいささかの手加減なく指弾される。
 きわめて思弁的な、法廷におけるような議論の応酬を書かんがために、あえて宇宙人設定を用いてSF仕立てにしたというわけである。

 ソルティは同じような仕掛けとして『禁色』を想起した。
 ギリシア風美貌の同性愛者を主人公とし都会のゲイ社会を舞台とした『禁色』が、ホモセクシュアルという外野から通常社会(ヘテロ社会)の欺瞞や滑稽をあぶりだす仕掛けになっていたのと、『美しい星』の結構は相似形である。
 『禁色』において異端の観察者にあったゲイが、『美しい星』では宇宙人になっているのだ。
 宇宙という外野から、地球人類の欺瞞や滑稽や絶望的愚かさを、情け容赦なく――“情け”はまさに人類固有の特質なので――あぶりだす。一方、わずかながらの“美点”も指摘する。
 いわば、三島由紀夫裁判長による人類裁判という趣きである。

ハンマー
 
 大上段にして深遠なテーマの割りには、全般軽いタッチで書かれている。
 作中で、登場人物の一人の口を借りて「三島由紀夫という小説家」を揶揄させるなど、遊び心がうかがえる。
 修辞の素晴らしさは言うまでもない。
 戦後の、いや日本の小説家で、三島由紀夫と並びうる修辞の天才がいるだろうか?
 卓抜な比喩やレトリックに息が止まった。

 所沢をすぎると、すっかり暮色に包まれ、杜かげの水田ばかりが、夜道に落した一枚の手巾(ハンケチ)のように際立った。

 去年の薔薇は丸く、死んだ睾丸のようであった。

 栗田はじっと、向うの椅子にかけて大きな洋菓子を喰べている若い女の尻に注視していた。その尻は、タイトな薄緑いろの格子縞のスカートに包まれて、女自身からはみ出した法外な野心のような姿をしていた。

 暁子はうつむいて自分の財布の中を調べるような、地球人の賤しい自己分析の習慣をきっぱりと捨て、母の前に言い淀むべきことの、一つもないことを改めて確かめた。

 皮肉なことに愛の背理は、待たれているものは必ず来ず、望んだものは必ず得られず、しかも来ないこと得られないことの原因が、正に待つこと望むこと自体にあるという構造を持っているから、二大国の指導者たちが、決して破滅を望んでいないということこそ、危険の最たるものなのだ。(ソルティ注:二大国とはアメリカとソ連である)

ufo-3879499_1280
Peter LomasによるPixabayからの画像


 
おすすめ度 :★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損




● その火を飛び越して来い 映画:『潮騒』(森永健次郎監督)

1964年日活
82分、カラー

 三島由紀夫原作のこの有名なロマンスはこれまでに5回映画化されている。
  • 1954年(昭和29年) 監督:谷口千吉 主演:青山京子&久保明
  • 1964年(昭和39年) 監督:森永健次郎 主演:吉永小百合&浜田光夫
  • 1971年(昭和46年) 監督:森谷司郎 主演:小野里みどり&朝比奈逸人
  • 1975年(昭和50年) 監督:西河克己 主演:山口百恵&三浦友和
  • 1985年(昭和60年) 監督:小谷承靖 主演:堀ちえみ&鶴見辰吾
 ソルティ世代(60年代前半生まれ)は、百友コンビの1975年版に思い入れが深い。
 団塊の世代なら、当然、小百合サマ主演の本作であろう。
 同時上映が、石原裕次郎&浅丘ルリ子の『夕陽の丘』(松尾昭典監督)だったというから、今思えば最高に贅沢なプログラムである。
 他にも、個性的な風貌とたしかな演技力で気を吐いた石山健二郎、清川虹子、高橋とよ等ベテランが脇を固めており、伊勢湾にある神島の美しい風景や中林淳誠による抒情的なギターBGMと相俟って、質の良い映画に仕上がっている。
 半世紀以上前の日本の小島の漁村文化の風景は、記録としても興味深い。
 (神島に行ってみたいな)

神島
ウィキペディア「神島」より

 原作者である三島は第1作の1954年版を気に入っていたらしいが、本作はどう評価したのだろうか?
 気になるところである。
 とりわけ、主役の漁師久保新治を演じた浜田光夫をどう思っただろう?
 ソルティの受けた感じでは、浜田は演技は悪くないが、都会的な匂いが多分にあり(潮の匂いというより地下鉄の匂い)、漁師としての肉体的逞しさにも欠けるように思う。
 ふんどしも似合わないだろう。(有名な「その火を飛び越して来い」のシーンではふんどし姿にならない)
 個人的には過去5作の新治役の中では鶴見辰吾が一番イメージ的にしっくりくるが、まあ全作観ていないので何とも言えない。

IMG_20230115_132400
有名な「火越え」シーン
原作の書かれた50年代には神島にジーンズは入ってなかったろう

 小百合サマはあいかわらず可愛らしく華がある。
 美少女には間違いないけれど、角度によっては意外と芋っぽく見える瞬間があり、島の長者の娘初江として、それほど場違いな感じはしない。
 なにより溌剌としたオーラーが若さを発散して惹きつける。
 
 島の海女たちのリーダーおはる(高橋とよ)が、初江(小百合)が生娘かどうか確かめるため、仕事を終えた仲間と語らう浜辺で、初江の乳房を観察するシーンがある。
 80年代までなら上映に際して別になんら問題の生じなかったシーンであるけれど、令和の現在はなんらかの脚色(=取り繕い)が必要になって来よう。
 この小説が、85年を最後に映画化されていないのは、そのあたりの事情もあるのかな?
 昭和文学ってのは、ジェンダー視点からはかなり悪者になってしまった。
 
IMG_20230115_140855
小百合の乳房を確認する高橋とよ
このあと「おらのは古漬けだ」というセリフが来る






おすすめ度 :★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損






記事検索
最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ別アーカイブ
最新コメント
ソルティはかたへのメッセージ

ブログ管理者に非公開のメッセージが届きます。ブログへの掲載はいたしません。★★★

名前
メール
本文