ソルティはかた、かく語りき

東京近郊に住まうオス猫である。 半世紀以上生き延びて、もはやバケ猫化しているとの噂あり。 本を読んで、映画を観て、音楽を聴いて、芝居や落語に興じ、 旅に出て、山に登って、仏教を学んで瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

前世への冒険 を含む記事

● ほとけは何故西からやって来たのか? 本:『深大寺の白鳳仏』(貴田正子著)

2021年春秋社

 東京三鷹にある深大寺の釈迦如来像が平成29年(2017)9月に国宝指定された。
 その一ヶ月後、ソルティは新そば目当てに深大寺を訪れ、拝顔することができた。
 思ったよりずっと小ぶり(83.9㎝)で可愛らしいお釈迦様であった。
 さび色に鈍く光るブロンズのなめらかな質感が、たおやかな顔立ちや体や衣装の柔らかな線とマッチして、美しかった。

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 この像は7世紀後半の白鳳時代に作られたもので、関東以北でもっとも古い仏像と言われている。
 数百年深大寺にあったにもかかわらず、いつの間にか同じ境内にある元三大師堂の縁の下にしまい込まれ、忘れ去られ、世間に発見され衝撃を巻き起こしたのは明治42年(1909)10月のことだった――という来歴の突飛さも話題である。
 仏像愛好家の間では、その美しさから白鳳三仏の一つに数えられている。
 すなわち、
  • 奈良・新薬師寺の香薬師如来立像(旧国宝)
  • 奈良・法隆寺の夢違観音像(国宝)
  • 東京・深大寺の釈迦如来倚像(国宝)
 著者の貴田によると、白鳳時代の仏像の特徴は直前の飛鳥時代にくらべ、「丸顔、入定相の目(半眼)、可憐な小さな鼻、口角が水平、写実主義が進みプロポーションが人体に近づく」というもので、「世界に誇る日本独自の“かわいい文化”の起源」とのこと。
 なるほど、深大寺の釈迦如来像は童子のように可愛い。

 上記の白鳳三仏のうち新薬師寺の香薬師如来像は昭和18年(1943)に盗まれ、現在行方不明になっている。国宝指定を受けていないのはそれ故だ。
 なんという罰当たりな人間がいることか!
 実は、ソルティの実家の産土神社もまた、祭神を象った像が盗まれて久しい。
 「神様を盗む人間などいるはずがない」という地域住民に対する神社の信頼が裏目に出たのだろう。 
 (祠の中に扉に鍵もかけず置かれてあった)
 最近はちょっと珍しい仏像や神像の画像が“インスタ映え”を狙ってネットで出回る時代だから、それを見つけて、良からぬ動機を抱いて外からやって来た者がいたのでないかと思う。
 早く返してくれ~! 

盗まれた宇賀神さま
行方不明中

 香薬師如来像はいまも行方知れずなのだが、盗まれた時に取れたのか、かろうじて右手だけが現場に残された。
 が、この右手もいつの間にか行方が分からなくなっていた。
 産経新聞の記者時代から香薬師如来像の行方を追い続けてきた貴田(1969年生)は、あふれんばかりの仏像愛と情熱と執念でこの右手探索に乗り出し、ついにその在りかを突き止め、平成27年(2015)に65年ぶりに新薬師寺に戻すのに一役買った。
 貴田は別の著書でその経緯をくわしく記しているが、本書もまた歴史ロマンであると共に仏像ミステリーである。

香薬師寺像の右手
同じ著者による
香薬師像の右手発見の経緯を描く

 では、深大寺の釈迦如来像に関するミステリーとは何か?
 言うまでもない。
  1.  なんで白鳳時代を代表する国宝級の素晴らしい仏像が、当時は未開の蛮地である関東のこんな草深い寺に存在するのか?
  2.  なぜそれが明治になるまで人知れず埋もれていたのか?

 関東随一の天台古刹、深大寺でもっとも著名といえば、なんといっても本書主役の「深大寺像」である。天平5(733)年とされる寺の開創よりも古く、関東最古の傑作白鳳仏である。
 繰り返しになるが、深大寺像について、その伝来を記した寺史はいっさい存在しない。

 見つけ出した考古学者の柴田常恵の回顧録によると、寺の梵鐘調査に訪れていた柴田ら三人が梵鐘の拓本をとり、帰り支度をはじめながら元三大師堂に回った。そばにいた年配の寺務員に「古い寺だから写経の大般若などないか」などと尋ねると、その寺務員は「たいしたものはない」と返しつつ、縁の下に仏像があることを教えた。柴田が二人がかりで引っ張り出してみると、あまりに見事な仏像で驚いたという。

 深大寺の創建は天平5年(733)、満功上人によると言われている。(762年の説もあり)
 大陸(高句麗)からの渡来人である福満が当地の豪族の娘と恋に陥り、娘の親の猛反対を押し切って二人は結ばれた。その助けをしてくれたのが深沙大王(じんじゃだいおう)であったことから、二人の間に生まれた満功上人はのちに大王を祀った。それが深大寺という名の謂れである。ちなみに、深沙大王とは『西遊記』に登場する沙悟浄のことらしい。
 一方、深大寺の如来像はその造りから、白鳳三仏の他の二像と同じ工房で作られた可能性が非常に高い。
 つまり、関西で生まれたのだ。
 それが、なぜ、いつ、誰の手によって関東に運ばれたのか?

深大寺
深沙大王堂

 貴田は国会図書館に何度も通い、様々な文献にあたり、実地調査を行い、仏像研究家や関連する寺の住職や同好の士との議論を重ね、自ら年表を作成し、謎の解明に向けて邁進する。
 その何かに憑かれたような情熱とふるまい、そして随所で起こる不思議な偶然のさまは、森下典子著『前世への冒険 ルネサンスの天才彫刻家を追って』(光文社、1995年)を想起させた。
 つまり、スピリチュアル・ミステリーの色合い濃く、書き手のワクワク感が読み手にも伝わってくる。


 貴田は、福満のいま一人の息子、満功上人の腹違いの弟に焦点を当てる。
 少年の頃に武蔵野から京に上り、持って生まれた才覚一つで出世の階段を駆け上がり、聖武天皇と光明皇后と孝謙(称徳)天皇の篤い信頼を得て生涯重用された一官僚、高倉福信がその人である。 
 当時、関東に深い縁を持ち、貴重で高価な仏像を手に入れられるほど中央政府に入り込んだ人間は彼以外にいないという。
 貴田探偵は、高倉福信が何らかの縁で手にした釈迦如来像が福信から兄の満功上人に渡り、深大寺に納められた――という至極納得いく仮説を立て、それをもとにさらに調査を進め、福信に仏像を託した人物および仏像の造られた由来にまで推理を深めていく。
 このあたり、上質な本格ミステリーのようなスリルと満足度が味わえる。
 
 ソルティは本書で高倉福信という人物をはじめて知った。
 深大寺のそばにある祇園寺(調布市)の重要性もまた。
 近いうちに深大寺像に会いに行き、深大寺そばに舌鼓を打ちたいものである。

 「如何なるか是れ祖師西来意」
 「庭前の蕎麦」



深大寺そば



おすすめ度 :★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損







 
 

● 冬眠中備忘録2月

★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
★     読み損、観て損、聴き損


2月3日 本:『忘れられた日本人』(宮本常一著、岩波文庫、1960年発表)
・・・・・江戸末期から昭和初期に辺境に生きた庶民の暮らしぶりや民俗を描いたもの。近代以前の日本人とはいかなる民だったのかをうかがい知ることができる。とりわけ、性に関する大らかさは特筆すべき。なんと日本人は矮小に偏狭になってしまったのか 
★★★

2月10日 本:『金閣寺』(三島由紀夫著、新潮文庫、1956年発表)
・・・・・数十年ぶりに再読。心理描写の観念的すぎるきらいが鼻についた。「人生」と「自分」の間に立ちはだかる「美」というテーマは『トニオ・クレーゲル』的な芸術家小説と言えるのかもしれない。「美」を創造すれば芸術家となり、破壊すれば犯罪者となるということか。
★★

2月11日 本:『NかM』(アガサ・クリスティ著、ハヤカワミステリー文庫)
・・・・・数十年ぶりに再々読。やっぱり面白い。伏線の張り方、人物の書き分けが実に見事。一晩で読んでしまった。
★★★★

2月12日 本:『前世への冒険 ルネサンスの天才彫刻家を追って』(森下典子著、光文社、1995年発表)
・・・・・出色の出来のノンフィクション! ここ最近読んだ本の中でトップクラスの面白さ。一気呵成に読んでしまった。前世鑑定家に、フィレンツェで活躍した同性愛の天才彫刻家デジデリオ・セッティニャーノの生まれ変わりと告げられた著者は、真偽を確かめにイタリアやポルトガルへ冒険を開始する。スピリチュアルミステリーとでも言うべきか。これが事実なら鑑定家の力量は並みでない。
★★★★★

2月14日 本:『男が語る離婚 破局のあとさき』(中国新聞文化部編、1998年、文藝春秋)
・・・・・20年前の本だが、結婚や離婚をめぐる状況は今もあまり変わっていない気がする。すなわち、男と女の関係があまり変わっていないのだろう。非婚者は確実に増えたであろうが。
★★★

2月14日 漫画:『永久保異聞 闇の考証』(永久保貴一、2011年、朝日新聞出版)
・・・・・寺尾玲子と永久保のコラボによる歴史的事件の霊視ファイル。薬子の変や邪馬台国の謎に迫る。面白いけれど、これだけの霊能力があるなら、狭山事件や3億円事件などの未解決の難事件を霊視してくれないものか。
★★

2月18日 本:『ありふれた祈り』(ウィリアム・ケント・クルーガー著、2013年、早川書房)
・・・・・500ページ近い文庫本。ミステリーというより『スタンド・バイ・ミー』のような少年のひと夏の経験と成長物語。味わい深いタッチの佳作であるが、何ら事件らしい事件の起こらない前半はちょっとかったるい。「このミス1位」はあてにならん!
★★

2月28日 本:『8エイト』(キャサリン・ネヴィル著、1988年発表、文春文庫)
・・・・・世界を支配する絶対的な権力を手にすることができるという伝説のチェスセット「モングラン・サーヴィス」の獲得をめぐって、フランス革命期のヨーロッパと現代(70年代)のアメリカとアルジェリアを舞台に展開する時空を超えた二人の若き女性の大冒険。ミステリー、ファンタジー、オカルト、サスペンス、伝奇小説、冒険小説、歴史小説、ハーレクインロマンス等々、さまざまな要素が盛り込まれた読書の醍醐味いっぱいの娯楽大作。ページをくくる手がもどかしくなるほど面白いのは確かであるが、ご都合主義の展開は少女小説の如き。知的興奮という点では『薔薇の名前』や『フリッカー』にはるかに及ばず。
★★★











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