ソルティはかた、かく語りき

東京近郊に住まうオス猫である。 半世紀以上生き延びて、もはやバケ猫化しているとの噂あり。 本を読んで、映画を観て、音楽を聴いて、芝居や落語に興じ、 旅に出て、山に登って、仏教を学んで瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

水木しげる を含む記事

● 令和のはじまりに 漫画:『昭和史 全8巻』(水木しげる作画)

1988~89年講談社より刊行
1994年文庫化

IMG_20210703_093247


 時代区分から言えば、昭和は明治・大正・平成・令和と一緒に「東京時代」という風に、後世の歴史家から括られるんだろうなあと思うが、「大化」から始まった元号の歴史において、64年は最も長い。
 2番目が45年の「明治」、3番目が35年の「応永」(南北朝時代)である。
 1979年に定められた元号法により「一世一元」となったので、おそらくこの先も昭和を超える長さの元号は現れないだろう。
 昭和は長かった。
 
 昭和天皇が亡くなる前後に日本中を覆った自粛モードは、今のコロナ禍以上のものがあった。
 テレビは連日連夜、昭和天皇の在りし日の姿を偲び、昭和時代を総括する番組を流し続けた。
 その際に、ある識者が指摘した言葉で腑に落ちたものがあった。

 「結局、昭和というのは、昭和20年(1945年)8月15日だ」

 戦後生まれで高度経済成長のさ中に育ったソルティでさえ腑に落ちたのだから、戦前・戦中生まれの人間ならまさしく「その通り」と実感したことだろう。
 昭和とは、何より戦争の時代、日本が敗けた時代だったのだ。
 戦後の40年は混乱と復興と成長と爛熟の時代であったけれども、そうした平和で豊かな日常の底には常に暗く重い「戦争」という言葉が響いていたように思う。

原爆ドーム


 水木しげるは大正11年(1922年)生まれで、平成27年(2015年)に亡くなった。
 昭和を丸々生きた人で、二十歳のときに徴兵され南方の激戦地に送られ、片腕を失いながらも奇跡的に生還した。
 戦後は餓死すれすれの極貧生活から出発し、漫画家としてブレイクし、妖怪ブームに乗ってマスコミの寵児となった。
 昭和を語る資格も経験も見識も十分に備えた人と言える。

 もちろん、語り手として、絵描きとしてのテクニックは言うまでもない。
 本作でも、歴史漫画として政治や社会や世相の変遷を正確を期しながら客観的に描くのと並行して、水木しげる自身の個人史として自身や家族や仕事など身の回りの変化をリアルかつ主観的に描いている。
 それが「社会v.s.個人」あるいは「権力v.s.庶民」の構造を浮かび上がらせ、「下から見た昭和史」とでも言うような、非常に読者の共感を呼ぶものになっている。
 昭和を彩る様々な事件の概要も、水木のオリジナル人気キャラであるねずみ男をナレーターとして登場させ顛末を語らせるなど、教科書のような説明調に陥らない工夫がなされている。
 全8巻をぶっ通しで読んで、昭和を旅した気分になった。

ビンテージラジオ


 「あとがき」で水木も述べているが、全8巻のうち6巻の半分くらいまでは戦争(日中戦争~太平洋戦争)一色に染められている。
 戦後の長さを思えば、配分としては不均衡である。
 だが、それだけ戦争は、社会(国)にとっても個人にとっても比重が大きいものなのだ。
 老人ホームで働いていた時、齢九十を超える高齢者がほかのどんなことより戦時中のことを細かく覚えていて生き生きと語るのに接し、「やはり、そういうものなのか・・・」と得心がいったものである。
 
 水木しげるの個人史として読むとき、やはり水木のユニークな個性と運の強さが印象的である。
 のんきでマイペースで楽天的で好奇心旺盛で、周囲に対する忖度というものをまったくしない。(そのため軍隊では上官にビンタされ放題)
 水木自身がある種の妖怪のようで、漫画のキャラとして立っている。
 戦後、売れっ子になっても戦時中に知り合ったラバウルの原住民との交流を続けていたことが表しているように、金や名声や人気に溺れることも奢れることもなく、幼い頃のオリジナルな感性を大切にした。
 オリジナルとはつまり、自然の中で他の生きもの(妖怪含む)と共に生きるヒトとしての当たり前の感性である。
 国や社会や世間というものは、本当にいい加減で無責任で当てにならない。
 それは今回のコロナ騒動や東京オリンピック騒動を見れば一目瞭然であろう。
 そんなものに忖度する必要は全然ないのだ。




おすすめ度 :★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損





 
 
 

● 小豆はかりの教え 漫画:『のんのんばあとオレ』(水木しげる作画)

1997年講談社漫画文庫

IMG_20210508_194320


 1977年発表の同名の自伝エッセイの漫画化。
 「のんのんばあ」と呼ばれた信心深く妖怪に詳しいお手伝いのお婆さんと、少年時代の水木しげるとの触れ合いが描かれる。
 大らかな父親と母親の庇護のもと、海辺の田舎町(鳥取県境港)でガキ大将として元気に遊び回りながら、一方、妖怪や不思議な話に魅せられ、好きな絵ばかり描いて過ごした水木しげるの原点がここにある。
 昭和初期の日本の庶民の生活風景が興味深い。

 はしかや結核で幼馴染が亡くなったり、仲良くなった少女が人買いの手によって芸者として売られていったり、思いも寄らぬこと、思いどおりに行かないことがこの世にはたくさんあることを、少年しげるは学んでいく。
 彼の目にだけ見える妖怪・小豆はかりのセリフがいい。

IMG_20210508_194207


 この小豆はかりの教えを身につけて、後年水木しげるは太平洋戦争従軍中の絶体絶命のピンチを潜り抜けたのであった。



おすすめ度 :★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損




● 締切病 本:『幸福のモト 人生のモト』(水木しげる著)

2016年PHP研究所

 漫画家・水木しげるのエッセイ。
 ガキ大将で不思議な体験の多かった子供時代、九死に一生を得た戦争体験、戦後の混乱期のドサクサ、つげ義春や荒俣宏といった周囲の奇人変人・・・・・とにかく面白いネタの宝庫である。
 エッセイストとしても一流なのであった。

IMG_20201231_130005


 ときに、今年一年を振り返って思うことの一つは、「働かなかったなァ~」ということである。
 合計すると、365日のうち働いた日(=賃金を得た日)は65日しかない。
 週5日働く人の1/4しか働かなかった。

 1~3月は骨折のため労働保険の療養補償給付をもらい、家で養生していた。
 4月から職場復帰したが、結局、「この足で介護の仕事はもう無理」と判断し、6月いっぱいで退職。
 今の仕事が決まる10月半ばまで完全無職であった。
 失業保険はもらえなかった。
 というのも、失業保険の受給資格(最低、過去一年間納付が前提)は、労災をもらっている期間は組み入れられないため、該当しなかったからである。
 現在はパートタイムで、週3~4日の勤務である。
 
 こんな働き方でなんとかやっていけるのは、実家住まいだからである。
 無職の3か月間などは、ほとんど8050状態だった。
 これが独身でなくて結婚していて子供がいたら、こんな悠長なことは言ってられまい。
 独身バンザイ!
 
 しかし、働かなかったのはこの一年だけでなく、昨年も、一昨年も、実はそんなに働いていない。
 昨年は失業保険で始まり労災保険で終わるという“福祉ゴロ”のような一年だった。
 働いたのは都合120日ばかり。
 一昨年は8月まで働いて、その後は秩父巡礼や四国遍路に費やした。
 働いたのは都合130日ばかり。
 年々働く日数が減っている。
 それでなんとかやっていけるのだから、いい世の中である。

 子供の養育費や教育費はともかく、親の介護費用とか自分の老後資金のことを考えれば、今のうちにしっかり稼いで、ある程度まとまったお金を蓄えておくべきなのだろう。
 それは分かっているのだが、どうにもバリバリ働けない自分がいる。
 ほかの人と同じように週5日みっちり働くことが、しばらく前から億劫になってしまった。
 億劫というか、負担というか、意義を感じないのだ。
 週5日みっちり働いて心身を壊すよりも、給料は低くとも週4日パートで働いて自分の時間をより多く持ったほうがいい、という選択を自然としている。
 たとえば、一日多く働いて稼いだ分を何に一番使いたいかと問われたら、間違いなくこう答える。
 「そのお金で自分の自由になる時間を買います!」
 ならば、はじめから時間を買っておくことである。
 というわけで、ここ数年、週4日勤務に甘んじてきた。

 そうやって得た自由時間を何に使ってきたかといえば、読書や映画鑑賞や瞑想やボランティアやブログ作成や山歩きなどである。
 ボランティアを除けば社会的にはまったく意義がない活動で、もっぱら自己満足の世界である。
 ほんと贅沢な話で、独身貴族とはよく言ったものである。
(――と思ったのだが、コロナ禍の今、上記の活動は社会的意義ありありではないか!)

 昨今は「ワークライフ・バランス」という便利な言葉があるので、こうした働き方もある程度理解してもらえるようになった。
 非正規雇用の人が正社員になるため苦労している記事などを読むと申し訳ない気もするのだが、ソルティには正社員になりたいという強い思いは不思議とない。 

原住民



 水木しげるは戦時中にラバウルで出会った現地の人々(水木言うところの“土人”)の暮らしに終生憧れた。
 
 僕にとって土人の生活は天国だった。働かずとも自然はバナナとかパイナップルとかいうめぐみをあたえ、人は一日に二時間ばかり畑に行って芋を植えるくらいで、一生のんびりすごす。 

 しかしながら、売れっ子漫画家となった水木の実際の生活は、365日休みなしの昼から明け方までの働きずくめであった。
 いくつもの締切に追われ、しまいには“体がなんでも早く解決(締切)しないと、おさまらなく”なってしまう「締切病」になってしまう。
 墓場を買ってあの世行きの準備をして、早く人生を締切ってしまいたいという衝動にかられる。

 いや、マンガ家だけでなく、日本人は大なり小なり、この締切病みたいなものにとりつかれているのではないだろうか。
 だいたい、歩き方にしても、みな締切に追われているような歩き方だし、日常生活だって自由なんかない、みな何らかの締切に追われた生活だ。
 一つの締切が終わると、次の締切が待っているのだ。

 この感じ、よくわかる。
 ソルティも、たとえば休みの日に部屋を掃除しているときに考えるのは、「早く掃除を終えて、ゆっくりお茶でも飲もう」ということだ。
 で、掃除が終わってお茶を飲む。
 飲みながら考えているのは、「これから買い物に行って、あれを買おう、これを買おう」といったことである。
 お茶の味も香りももはや楽しまず、買い物リストなど作成している。
 で、買い物に行く。
 買い物しながら考えているのは、「早く家に帰って、ゆっくりお茶でも飲もう」といったことである。
 常に、先のことを考えている。
 これではいつになっても「ゆっくり楽しむ」時は訪れない。

 最近、働き方改革が叫ばれている。
 それは結構なことだが、ただ単に暇な時間を増やせばいいというだけではなかろう。
 「いま、ここ」にいられる感性を育みたいものだ。

 この灰色の文明社会、幼稚園からシケンに追われ、一生安らぎのない文明社会、はげしい競争して勝ったって幸福になれるわけでもない文明は、さまざまなものを作るが、それは人間にとって、必ずしも必要でないものなのだ。ただ生活を複雑にするだけのものだ。便利になったからって人間は幸福になれるものではない。僕はなにか世界の大半を占める文明というものが、知らず知らずのあいだに世界を地獄にしているのではないかと思う。

 小さい頃に見ていた『ゲゲゲの鬼太郎』の主題歌は、水木しげるの本心からの願いだったのだ。

 来年も、なるべく仕事に追われない一年でありますように。



おすすめ度 : ★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損





● 日本軍の稀に見る美談 漫画:『敗走記』(水木しげる作画)

1991年(株)コミックスより刊行
2010年講談社文庫

IMG_20201220_123619


 表題作他、『ダンピール海峡』、『レーモン河畔』、『KANDERE』、『ごきぶり』、『幽霊艦長』を掲載。
 『白い旗』同様、水木しげる自身の体験はじめ、友人・知人などから聞いた話をもとにしている。
 多少の脚色は施してあろうが、根本的にはノンフィクションと言っていいのだろう。

 なかで、ラバウルがあるニューブリテン島で出会った現地の美女姉妹をめぐる逸話『レーモン河畔』が興味深い。
 明日死ぬかもしれない第一線にひょっと現れた現地の美女たちが、無傷で後方まで下がり、無事戦後まで生きのびたという。

 姉妹の父親であるホセは食べるものに困り、日本軍に食糧を求めてきた。
 その見返りとして中隊長が求めたのが、姉妹たちが200名の兵隊のための性処理係になること、つまり従軍慰安婦になることであった。
 日本語は解せないものの趣意を察し、声を上げて泣き出す姉妹の母親。
 爆発寸前の欲望を抑えながらも、一家を可愛そうに思った兵隊たちの意見で、結局、ホセ一家は後方に送られることになった。
 若い女が目に見えるところにいることが、男の心をかき乱すからである。 

 戦後、姉妹の一人は日本人と結婚し、日本に移住した。
 ホッとする話であるが、これが日本軍の“稀に見る美談”として語られたというのだから、通常ならばどうであったか推して知るべし。



おすすめ度 : ★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損




● 妖怪大協定 本&絵:『水木しげるのラバウル戦記』

1994年筑摩書房
1997年ちくま文庫
 
 敗戦後ラバウルから帰還した水木しげるが、主として昭和24~26年頃に記憶を頼りに描いた絵に、文章を添えた従軍記である。


IMG_20201212_135529

 
 なによりもまず、水木しげるの映像記憶の凄さに感心する。
 まるで、目の前の光景をその場で素描しているかのような生々しさ、臨場感がある。
 頭のなかにシャッターがついているかのよう。
 やっぱり天性の絵描きなんだなあ~。
 
 次に思うのは、軍隊のキチガイぶりである。
 ビンタをはじめとする上官の日常的暴力、無意味な労働、無駄な行軍
 水木がラバウルに派遣された昭和18年末はすでに日本の敗色濃厚だったので、戦地には自暴自棄の空気が漂っていたとは思う。
 が、それにしても頭の悪い・・・・。

 ソルティの高校時代の部活動(軟式テニス部だった)を振り返ってもそうだが、つい最近まで、日本のスポーツ界というのは疑似軍隊であった。
 先輩・OBの命令は絶対で、意味のないシゴキが付き物で、どんな炎天下であろうが運動中に休憩をとらせず、水も飲ませない。
 そうやって精神を鍛えることが選手の身心を強くし勝利を導く、とマジで考えられていたのである。
 科学的かつ合理的精神にもとづき、エビデンスを元に効率的に選手を育成するという視点に欠けていた。
 「神風特攻精神」に象徴される頭の悪さが、日本の敗戦の主因であろう。

 が、頭の悪いのは日本に限ったことではない。
 日米は、ラバウルほか太平洋の島々で熾烈な殺戮合戦を繰り返すが、はた迷惑なのは現地の住民たちである。
 家や畑を焼かれ、食べ物を盗まれ、強制徴用され、銃撃や空爆の脅威にさらされ・・・・・。
 文明国を気取っている日本やアメリカが、文明は持たなくとも素朴に平和に暮らしている人々(水木しげるは敬愛の意を込めて彼らを“土人”と呼んでいる)を虐げる。

 彼らは、文明人と違って時間をたくさん持っている。時間を持っているというのは、その頃の彼らの生活は、二、三時間畑にゆくだけで、そのほかはいつも話をしたり踊りをしたりしていたからだ。月夜になぞ何をしているのかと行ってみたことがあったが、月を眺めながら話をしていた。
 まァ優雅な生活というやつだろうが、自然のままの生活というのだろうか。

 土人は“満足をする”ということを知っている、めずらしい人間だと思って、今でも敬意を払っている。

 我々文明国の人間は、金や土地や資源や栄誉や安全など欲しいものを手に入れ満足するために戦争するわけだが、文明国でない人々は最初から満足を手に入れている
 文明とはいったいなんだろう?

 もう一つ思ったのは、水木しげるのタフさ、大らかさ、運の良さである。
 若かった(当時23、4歳)こともあろうが、上官からの度重なるビンタをものともせず、初めて足を踏み入れた南の島の自然や動植物や昆虫や食べ物に多大なる好奇心を持ち、楽しんでいる。
 兵営近くの部落の土人たちとすぐ仲良くなって、終戦時には「畑をやるからこのまま島に残ってほしい」と彼らに哀願されるほどの関係を築いている。
 一体に先入観を持たない大らかさがある。

 水木が夜の見張りのために小屋を離れた時に、攻撃を受けた部隊は全滅する。
 その後も、一人ジャングルの中を命からがら逃走し、最後は爆撃によって左腕を失う不運に遭ったものの、九死に一生を得る。
 いや、左腕を無くし野戦病院に送られたがゆえに、命ばかりは助かったのだ。
 そのまま最前線に残っていたら、生きて日本に帰れなかった可能性が高い。

 水木しげるがラバウルで死んでたら、鬼太郎や河童の三平は生まれなかった。
 目玉おやじもねずみ男も猫娘も生まれなかった。
 きっと、荒俣宏も京極夏彦も『妖怪ウォッチ』も生まれなかった。

 水木しげるは、日本とラバウルの妖怪たちの協定により守られたに違いない。

ダイダラボッチ


おすすめ度 : ★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損


 

● トロイの木馬 マンガ:『白い旗』(水木しげる作画)

1991年(株)コミックスより刊行
2010年講談社文庫

 表題作ほか『ブーゲンビル上空涙あり』、『田中頼三』、『特攻』を含む戦記マンガ。
 ラバウルで戦った水木自身の体験や戦死した知人の話、伝聞などがもとになっている。

IMG_20201129_103928


 コロナ渦でいろいろと不自由や不安を強いられる現在であるが、齢80を超えるソルティの母親がよく口にするのは、「戦争のときにくらべれば全然マシ」
 食べ物も着る物もなく、いつ何時やって来るか分からないB29による爆撃の恐怖にさらされた子供時代(母は横浜に住んでいた)を思えば、「どうってことない」
 そりゃ、そうだ。
 おまけに、今回のコロナ戦争は、どこか特定の国だけが被害を受けているわけでなしに、全世界が平等に戦渦に巻き込まれている。
 日本だけが、日本人だけが苦しんでいるわけではない。

 あまり大っぴらに言うと不謹慎のそしりを免れないが、「もしコロナがなかったら、日本は今どうなっていただろう?」と想像することがある。
 2020 TOKYOオリンピックが大々的に開催され、(熱中症による死者を多数出しながらも)それなりに成功し、インバウンド効果で経済は活性化し、安倍政権は乗りに乗っていたことだろう。
 「ニッポン、チャ・チャ・チャ」のファッショな空気に乗じて国民投票法は成立し、憲法9条改正は既定路線に入っていたであろう。
 安倍政権の存続を願う世論が形成され、自民党の党則が改正されて党首の任期が現行の3期9年から無期限となり、首相の任期制限がないこの国において安倍政権は10年目に入り、ますます巨大な権力を獲得していたことだろう。
 あたかも中国の習近平国家主席さながらに。
 日本は、日本会議の理想とするところの「戦争ができる美しい国」に向かって、どんどん変えられていったことであろう。
 
 それを思うと、「美しい国」に反対のソルティは、今回のコロナを「100%悪い奴」とは受け取れないのである。(もっとも、今後どうなるかわからないが)

IMG_20201129_122142


 それにしても、今回のコロナ戦争においては、強大な軍事力を有し対外的に強い国家ほど状況をうまくコントロールできている、とは言えないところが皮肉である。
 対外戦争に一度も敗けたことのないアメリカは、26万人をも超える死者を出している。(11/28現在)
 すでにベトナム戦争時の死者数5万8千人を上回り、太平洋戦争時の29万人を超えるのも時間の問題であろう。(一番死者数が多いのは南北戦争時の49万人)
 外敵への攻撃には無類の強さを誇る全米だが、内部に侵入した20 nm (ナノミクロン=0.000 000 02 mm)のウイルスにかくもコテンパンにやっつけられるとは!
 ウイルスってのはまさにトロイの木馬だ。
 国民を守りたいのなら、何が本当に必要かつ大切なのかをコロナは教えてくれる。

 しばらく、水木しげるを読んでいきたい。



おすすめ度 : ★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損



 


● 戌年長月の覚え書

★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損

陣馬山 012


9月1日 映画:『エル ELLE』(ポール・バーホーベン監督、2016年フランス、ベルギー、ドイツ、130分)
・・・・・エル Elle はフランス語で「彼女」の意。ポール・バーホーベン監督は『ロボコップ』(1987)、『トータル・リコール』(1990)、『氷の微笑』(1992)と90年代に気を吐いた人で、とっくに一線を退いたかと思っていたら、見事な復活ぶり。しかも、90年代と違い、見事なまでに成熟した大人の映画である。主演のイザベル・ユペールは『主婦マリーがしたこと』(1988)、 『愛、アムール』(2012)ほか数多くの名作に出演している押しも押されぬフランスの名女優。この二人のベテランコンビでこれだけ魅せる作品に仕上がった。とにかく、主役の女社長ミシェルを筆頭に登場する女性たちの強さに圧倒される。つまるところ、男は女の手のひらの上で威張っているだけなんだと、バーホーベン監督はスランプ期間に学んだに違いない。
★★★

9月2日 秩父34ヵ所札所巡り 第4日
・・・・・秩父市から小鹿野に分け入り、山間にある札所31番を目指す。

9月3日 秩父34ヵ所札所巡り 第5日
・・・・・小鹿野に一泊し、峠越えして札所32番を、秩父市に戻って札所33番を目指す。

9月4日 映画:『戦艦大和』(阿部豊監督、1953年新東宝、104分)

・・・・・戦艦大和乗組員であり生還した吉田満が書いた『戦艦大和ノ最期』が原作。
★★★

9月7日 本:『後期高齢者 四国遍路を歩いてみれば』(狭間秀夫著、2016年風詠社)
・・・・・1934年(昭和9年)大阪生まれの著者が、2011年春から2012年秋の間に6回に分けて、四国八十八ヶ所を一人歩いて巡礼した記録である。タイトル通り、77歳のときに当たる。たいした体力、気力と感嘆する。昭和ヒトケタ世代の強さを思う。著者にはとりたてて信仰心もなく、計画性も事前準備もなく、行き当たりばったりの旅の様子が描かれている。本書を書く段にあたっていろいろ調べた結果、自分が素通りした名所や遍路お役立ち情報にはじめて気づいた、という述懐が多い。途中まで大師堂(ダイシドウ)を「タイシドウ」と思っていたとか・・・。これがこの人の性格であり生き方(生き癖)であり人生なのだろう。良くもなければ悪くもない。面白いなと思うばかり。人生が旅ならば、旅もまた人生の表現なのだろう。
★★

9月8日 マンガ:『方丈記』(原作:鴨長明 画:水木しげる、1212年原作、2013年小学舘)
・・・・・原作は1212年(建暦2年)に書かれている。火災、地震、竜巻、飢饉と次から次へと災難降り続く(今とよく似た)時代に、聖にも俗にも成り切れず、山中の方丈(四畳半)の庵に隠者のごとく住みなし最期を終えた鴨長明(1155-1216)。「行く河のながれは絶えずして、しかも、もとの水にあらず」は、誰もがどこかで耳にしたことあるフレーズだろう。同時代の『平家物語』とともに、日本人の無常観を表す代表的古典である。長明の父親は下鴨神社の神官であり、長明もその職を継ぐのを念願としていた。それが叶わず、また家庭生活も破綻し、社会的には成功者とは言い難く、本人にとって失意の人生であった。しかし、亡くなる4年前に執筆したエッセイが800年という歳月を超えて読み継がれ、その名を今に残しているのだから、世は不思議なものである。草葉の陰の当人がこれを知ったら、「無常観」がずいぶん薄らぐのではなかろうか。(多くの日本人が持つ「無常観」は、そもそもの仏教の「無常」とはずいぶんニュアンスが異なるのだが・・・) 水木しげるの画風は、乱世の悲壮さ、庶民の土臭さを表現するにうってつけである。
★★

方丈記マンガ


9月10日 本:『仏教は宇宙をどう見たか アビダルマ仏教の科学的世界観』(佐々木閑著、2013年化学同人社)
・・・・・大乗仏教の影響を受けていない仏教哲学・アビダルマ(論蔵)についての入門書。
★★★

9月14日 秩父34ヵ所札所巡り 第6日
・・・・・いよいよ満願

9月16日 本:『四国遍路の民衆史』(山本和加子著、1995年新人物往来社)
・・・・・四国遍路に興味を持った民間の歴史家による研究書。四国遍路の成り立ちから、江戸期の大衆化、お接待文化の興隆、病人や乞食や強盗の流入と遍路排斥の流れ、そして戦後の遍路ブームまで、四国遍路の長く深い歴史がまとめられている。四国という土地は、他所から来た様々な人々を、病気・貧困・差別・絶望・厭世など様々な苦しみに打ちひしがれている人々を、(庶民レベルでは)無条件に受け入れてお接待で支えてきた。その懐の深さ、お大師様信仰の篤さに感動する。江戸時代以降の様々な遍路たちの姿を、彼らが残した巡礼記から蘇らせる章が面白い。本当に死と紙一重の命懸けの旅だったのだ。スマホ遍路できる現代とは文字通り隔世の感がある。
★★★

9月19日 第193回すがも巣ごもり寄席(スタジオフォーにて)
・・・・・柳亭市弥、古今亭志ん松、柳家小んぶ、三遊亭美るくの二ツ目競演。
★★

9月20日 本:『空海の風景』を旅する(NHK取材班著、2002年中央公論社)
・・・・・空海の生涯を振り返りながら、過去と現在の空海ゆかりの土地を紙面で旅する。
★★★



★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損




記事検索
最新記事
月別アーカイブ
最新コメント
ソルティはかたへのメッセージ

ブログ管理者に非公開のメッセージが届きます。ブログへの掲載はいたしません。★★★

名前
メール
本文