2013年スタジオジブリ。
物語の祖(おや)と言われ、日本人の心の源泉とも言えるこの不朽の名作を、スタジオジブリがどう脚色したのかが見所である。
絵についてはもう評するまでもなかろう。
思いもかけない展開だった。
しかも自分の最近の関心テーマと深くからんでいたものだから、驚いてしまった。
心がざわついてうまく文章にまとめる自信がない。
いくつか思い浮かんだことを書きとめるのみにする。
○ かぐや姫の出自
誰でも知っているように、かぐや姫の育ての親は竹取の翁・嫗である。
今は昔、竹取の翁といふものありけり。野山にまじりて竹をとりつゝ、萬(よろず)の事につかひけり。名をば讃岐造麿となんいひける。翁は讃岐の造麿(みやつこまろ)という名であり、竹を取り様々な竹細工をつくることを生業としている。
そのことは子供の頃に絵本で接したときから、高校時代に古典の授業で原文に接したときから、とりたてて不思議に思うこともなく、そのまま受け入れてきた。
しかし、ここ数年被差別部落のことを学んできて、はじめて「おや?」と気づいたことがある。
竹細工は昔から被差別部落がもっぱらとする仕事だったのである。特にこの物語の舞台である関西ではそうであった。
映画の中で、竹取の翁と嫗が、赤ん坊のかぐや姫のために近所の木地師の家まで乳をもらい受けに行く場面がある。そのお礼として嫗が用意したのは、翁がこしらえた箕であった。
箕は、農作業において穀物を主とする収穫物から不要な小片を吹き飛ばして選別するために古くから用いられてきた道具であり、また、とりあえずの容器としても使えることから、様々な伝統的労働における採り入れや運搬などにも流用されてきた。(ウィキペディアより)
筒井功の『新・忘れられた日本人』にも箕作りを専業とするサンカと呼ばれた人々の話が出てくる。箕作りは被差別の象徴であったのだ。
ちなみに、山から山へと渡り歩き、木を伐採してお盆やお椀の素地をつくりだす木地師もまた古来差別された民であった。
かぐや姫の幼馴染で初恋の人である木地師一家の息子に「捨丸」というぞんざいな名前を与えている。
竹取一家と木地師一家は、他の民衆(たとえば百姓)との交流をいっさい持たないで山奥に暮らしている。
これらのエピソードはもちろん原作にはない。
高畑監督はどうやら、かぐや姫の出自として被差別の民を意識したのではないか。見る人が見ればわかるように。
賤民の家に育った娘が、身分社会の最上位である貴族や皇族を袖にし、あまつさえ時の帝の求婚さえピシャリとはねつける。そんな胸のすくような筋書きなのである。(ただし、竹取物語の書かれた時代に部落差別、職業差別が存在したかどうかは不明)
一方、かぐや姫の幸せを願う翁は、竹取の仕事も家も山も捨てて「高貴な人々」の住まう都に居を構え、高貴な暮らしを装う。『マイ・フェア・レディ』のイライザよろしく、かぐや姫も女官の相模の躾のもと高貴な姫としての教育を受ける。礼儀やしきたりだらけの窮屈な生活で、かぐや姫の生来の活気や陽気さは次第に失われていく。翁を悲しませまいと自分を偽った生活が、かぐや姫も周囲の人間をも結局は不幸にする。
ここにまた一つのテーマが見える。
自分の幸せについて、他人に任せてはいけない。他人の価値観に合わせてはいけない。
○ かぐや姫の罪と罰
かぐや姫は月から来た迎えの者たちと共に地上から去っていく。
この天人降臨と翁・嫗との別れの場面がこの物語のクライマックス。涙に袖を濡らすところである。
どんなふうに演出してくれるだろうか。どんなゴージャスで神秘的な絵を見せてくれるだろうか。
期待して見ていたら、度肝を抜かれた。
天女たちの奏でる軽妙な調べとともに雲に乗って来迎したのは、天人に取り巻かれたお釈迦様だったのである。
優美な天蓋の下で悠然と微笑んで立ちあそばすのは、だれがどう見たって手塚治虫によってアニメ的に典型化されたブッダである。
これで物語の結構が露わになった。
月の世界とは悟りの世界、輪廻転生(生まれ変わり)から解脱した者たち(=聖者)の住む世界である。
そこには苦しみも悩みも争いもない。永遠の浄福に支配される楽土である。
一方、この地上は苦しみや悩みや争いの絶えない娑婆である。生き物は悟りを得ない限り、人や獣や虫や草木や霊や鬼に形を変えながら、永遠に輪廻転生を繰り返す。無明をエネルギーとして。
かぐや姫の罪とは、浄土にいながら輪廻転生のある地上の世界を望んだことであった。
かぐや姫の罰とは、その罪ゆえに穢土たる地上に下ろされたことであった。
幾度生まれ変わって、苦しみから苦しみへと何億の生を紡いでもかまわない。
差別されても、殺されても、病や老いに苦しんでも、親しい者との別れに心引き裂かれても、死の恐怖に何億回さらされてもかまわない。
それでもこの世に生き続けたいという願い。
この世に生を受けて、自然の美しさ、子供の笑い声、人を好きになる喜び、人の情けにふれる嬉しさ・・・を味わいたいという思い。(ブッダ側から見れば「無明」)
なんとも驚いたことに、この映画は仏教に対するオブジェクションなのである。
そう解釈したときに、映画の中でかぐや姫らによって繰り返し歌われるテーマソングが、輪廻転生を唄っているものであることに気づく。
物語の祖に仏教への懐疑を託す。
すごいことかもしれない。
だが、よく考えてみると、物語の誕生こそが「自我」の誕生なのであるから、物語と仏教は本質的に背反するものなのだ。
天人たちの調べがいまだに頭の中をぐるぐるしている。
評価:B+
A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。
「東京物語」「2001年宇宙の旅」
A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」
「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」
「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」
「スティング」「フライング・ハイ」
「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」
B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」
「ギャラクシークエスト」「白いカラス」
「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」
B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」
「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」「ボーイズ・ドント・クライ」
C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」
C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
「お葬式」「プラトーン」
D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」
D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!