ソルティはかた、かく語りき

東京近郊に住まうオス猫である。 半世紀以上生き延びて、もはやバケ猫化しているとの噂あり。 本を読んで、映画を観て、音楽を聴いて、芝居や落語に興じ、 旅に出て、山に登って、仏教を学んで瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

ウッドハウス

● カブトムシ・ダンスィー 本:『ジーブズの事件簿 大胆不敵の巻』(P.G.ウッドハウス著)

初出1923~1930年。
2011年文春文庫より刊行。

 しばらく前にネットでお受験ママたちの間で「男子カブトムシ説」っていうのが流行った。最初に誰が言ったのかは不明だが、次のようなものである。

11歳の女の子は
新人OLだと思って
育ててください。

11歳の男の子は
カブトムシだと思って
育ててください。

 上手く言ったものだと感心した。
 この年頃の男女の精神面での成長差を表現しているのはもちろんだが、同時に男と女のジェンダーの違いを揶揄しているように思う。

カブトムシ
 
 カブトムシの生態を挙げてみよう。
  • よく食べる
  • オス同士よく喧嘩する(→どっちが上かやりたがる)
  • よく交尾する(→惚れっぽい、エッチ好き)
  • 結構臭い(→排泄物を飛ばす、不潔)
  • 一度転倒したら自分ではなかなか起き上がることができない(→挫折にもろい)
  • 夜行性(→夜になると元気)
  • エタノール(エチルアルコール)に引き寄せられる(→酒好き)
  • 完全変態である

 見事、人間のオスに当てはまるではないか!
 むろん、個別性・多様性ってのがあるから、これを男一般の性質としてステレオタイプ化するのは間違いである。が、ある程度の共通性が前提としてあるからこそ、そこから外れた男たちのオリジナリティなり孤独なり疎外感なりも存在するのである。
 男子カブトムシ説は11歳の男の子だけでなく、成人して社会で働く男たちにも、引退して地域で市民活動やサークル活動に邁進する男たちにも、障害を負って介護施設で暮らす男たちにも当てはまる。(ソルティが働く老人ホームにおいても、利用者のジェンダー差を否定することはできない。)
 もっとも、お受験ママたちの間で流行ったのは、男と女のジェンダー差に対する社会学的・生物学的・人類学的・恋愛的・福祉的興味からではなく、純粋に教育的見地からであろう。ママたちのもっかの関心や悩みは、中学受験を控える息子とどのように接したらいいのか、彼らをどのように扱えばもっと勉強に励んでくれるのか、というあたりにある。男子カブトムシ説の意義は、「おかあさん達よ。あまり難しく考えすぎないで。あまり子供に干渉しないで。管理しすぎないで。彼らの生態を理解してのびのびとさせなさい。昆虫を飼育しているくらいのつもりでお受験を一緒に楽しみなさい」といったところにあるのだろう。つまり、視野狭窄やノイローゼに陥りがちなママ達をリラックスさせるためのアドバイスである。

 さて、大好きなウッドハウスが知らぬ間に文庫になっていた。文庫化ははじめてではないだろうか。うれしい限りである。
 しかも、カバーデザインが素晴らしい。『non-no』や『anan』の装丁を手がけている森ヒカリ(1972年生まれ)というイラストレーターの作品である。本の中身の面白さを請合ってくれるような、書店で思わず手が伸びる楽しくおしゃれなデザインである。

カブトムシ男子 002
 

 あいかわらず、気はいいけれどちょっと抜けてる有閑階級の青年バートラム・ウースターと、才気煥発で頼りになる執事ジーブズの、田舎屋敷を舞台にしたドタバタ喜劇が繰り広げられている。バートラムの親友ですぐに女に惚れては失恋を繰り返すリトル・ビンゴ、悪戯と夜遊びが生きがいの従兄弟クロードとユースタス、賭け好きの仲間たちも登場し、暗さや深刻さとは無縁の楽観的世界が現出している。

 ウッドハウスの小説に出てくる男たちの生態は、まさにカブトムシである。
 カブトムシが右往左往にうごめき喧嘩に明け暮れ途方に暮れたりしている中で、ただひとり飼育箱の外に立ち、生態を十全に観察・理解しつつ、適度にえさをばら撒きながら、カブトムシを思いのままにコントロールしているのが、我らがジーブズである。


 



● 好きな作家を10人挙げよ 本:「感謝だ、ジーヴス」(P.G.ウッドハウス著)

好きな作家を10人挙げよ、と言われたら下のようになる。(順不同)

チャールズ・ディケンズ ・・・・「大いなる遺産」 「デービッド・コッパーフィールド」
ジェーン・オースティン ・・・・・「高慢と偏見」 「エマ」
ヘンリー・ジェイムズ  ・・・・・「鳩の翼」 「ねじの回転」
オスカー・ワイルド   ・・・・・「サロメ」 「ウィンダミア夫人の扇」
E.M.フォースター  ・・・・・「眺めのいい部屋」 「モーリス」
カズオ・イシグロ    ・・・・・「私を離さないで」 「日の名残り」
コナン・ドイル     ・・・・・「バスカービル家の犬」 「ボヘミアの醜聞」
G.K.チェスタトン  ・・・・・「ブラウン神父の醜聞」 「ブラウン神父の秘密」
アガサ・クリスティ   ・・・・・「そして誰もいなくなった」 「アクロイド殺し」

そして、P.G.ウッドハウス、である。

なんと日本の作家が一人も入っていない。
なんと全員、イギリス作家である。ヘンリー・ジェイムズはアメリカ生まれで、最後にイギリスに帰化したが、作風から言っても、作品に取り上げた舞台から言っても、イギリス作家とみていいだろう。

もっと若い頃なら、このリストに、

三島由紀夫
トルーマン・カポーティ
トーマス・マン
江戸川乱歩
エドガー・アラン・ポー
橋本治
大江健三郎

あたりが加わって、10個の枠をめぐってしのぎを削ったことだろうが、これらの作家は今では、若い時代に、若いが故にかかった流感みたいな存在になってしまった。人生いろいろあって、年をくって、世間を知って、いまだに読んで面白い、繰り返し読みたいと思うのは、上記10人だ。

それにしてもなぜイギリスなんだろう?

1. イギリス人のユーモアが好きだから。
2. 階級社会(特に上流社会)を垣間見る面白さがあるから。
3. どんな時でも冷静で自分スタイルを失わないイギリス人を「あっぱれ」あるいは「滑稽」と思うから。
4. イギリスならではの風景や慣習に惹かれるから。
 たとえば、霧と煙に包まれたロンドン、石畳を走る辻馬車、どこまでも続く緑なす田園、優雅なカントリーハウス、午後のお茶、謹厳実直な執事たち、噂好きのオールドミスたち、ガーデニングに精を出す主婦、世間知らずの牧師(ブラウン神父は別)、パブリック・スクールetc.

自分の数え切れない前世のうち、かなり濃厚なそれはイギリス人の時だったのかもしれない、と思う。
だが、何より自分が好きなのはイギリス人のユーモア感覚だ。これはしびれる。

ユーモアというのは、自らを客観視するところに生まれると言う。
絶体絶命のピンチ、思わず赤面する恥辱的な事態、にっちもさっちもいかない四面楚歌、急を要する危機的状況。そんなとき、人は緊張し、我を忘れ、顔はこわばり、体はガチガチ、目の前のことしか考えられなくなる。
まさにその瞬間、ふと自分からはなれ、第三者の目で自分の心と置かれている状況を観察して、自分自身を笑いとばし、状況を楽しむ。少なくとも、状況を受け入れる。
そこで口をついて出る言葉が、ユーモアとなるのだ。
だから、ユーモアは冷静さと対になっている。

そう、イギリス小説と言ったら、ユーモアと階級社会と言っていい。

10人の作家の中で、一番最近(ほんの3年前に)知ったのがウッドハウスである。
これは痛恨だ。こんなに面白い作家をなぜもっと早く知らなかったのだろう。イギリスでは皇室御用達の国民的人気作家だというのに・・・。

数年前から国書刊行会から森村たまきさんの訳でウッドハウスコレクションが出るようになって、今ちょっとしたブームになっている。特に、ちょっと脳みそは足りないが気のいいご主人バートラム・ウスター青年と、頭脳明晰で有能な執事ジーヴスの物語は、少女マンガ化されるほどの人気沸騰ぶり。自分もためしに一冊図書館で借りたが最後、あとは立て続けに10冊ばかり読んでしまった。
それくらい、文句なしに、掛け値なしに、圧倒的に、面白いのである。
こんな面白い本が今までわが国の本屋の一画を占めていなかったのは、ほとんど犯罪と言っていい。
ウッドハウスを読まずに「イギリス人とユーモア」を語るなかれ、ってくらいである。

中身はどの作品をとっても変わりは無い。
カントリーハウスを舞台にした、恋と陰謀と勘違いと主人公のドジが織り成すドタバタ喜劇(スラップスティック)である。読んだ本のタイトルをメモでもして残しておかないと、次に借りるとき、その本を読んだかどうか分からなくなってしまうほど似たり寄ったりだ。
水戸黄門と同じ、偉大なるワンパタン。
むろん、それでいいのである。
そして、黄門様の印籠の役目を果たすのが、ジーヴスの冴え渡る知恵である。


階級社会の面白いところは、本来なら一流大学を出て学者や政治家になってエリートコースを歩いていてもおかしくないほどの頭脳の持ち主が、下流階級に生を受けたばかりに、ちょっと脳みその足りない気のいい青年貴族の執事としての一生を終える、それで満足する、というところであろう。

社会的にはもったいない人材の不登用であるが、ジーヴスは置かれた境遇に愚痴の一つもこぼさない。ほんの1ミリ片方の眉の端を上げるだけである。

すぐには変えることが困難なものにぶつかったときの、もっとも高貴な人間の態度のとり方。
それがユーモアなのかもしれない。





























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