ソルティはかた、かく語りき

東京近郊に住まうオス猫である。 半世紀以上生き延びて、もはやバケ猫化しているとの噂あり。 本を読んで、映画を観て、音楽を聴いて、芝居や落語に興じ、 旅に出て、山に登って、仏教を学んで瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

オイディプス

●  もう一人のオイディプス 映画:『マンク~破戒僧』(ドミニク・モル監督)

 2011年フランス、スペイン。


 何とも後味の悪い映画である。
 見終わってから記事を書くまでに中二日置かなければならないほど、気持ちの整理がつかなかった。この後味の悪さは、ミヒャエル・ハネケの『白いリボン』『ファニー・ゲーム』に匹敵する。さすが、発刊禁止処分を受けたマシュー・G・ルイスの暗黒小説を元とするだけのことはある。


 後味の悪さの要因は「救いの無さ」にある。
 厳格にして清廉な誉れ高い神父アンブロシオ(ヴァンサン・カッセル)が、女の姿をした悪魔の手によって醒まされた欲望の虜となり一気に転落していく様は、トシちゃんこと田原俊彦の転落劇をフラッシュバックさせる。あるいはオリンピック柔道金メダリスト内柴正人か・・・。その転落ぶりは「聖」から「俗」なんて生ぬるいものではない。「俗」を超えて一挙に「地獄」へと堕ちていく。神の手による救済もなければ、仏の手から垂れる蜘蛛の糸もない。「転落」こそこの映画(小説)のテーマなのであろう。
 アンブロシオが何かこの転落を招き寄せるような悪いことをしていたのならまだ「仕方ない」と思うこともできる。因果応報や天罰といった言葉で予定調和のうちに物語を収束することができる。
 だが、彼はいったい何をしたのだろう?


 たしかに厳格すぎて純粋すぎて罪人に不寛容・無慈悲なところはあったかもしれない。身籠もってしまった若き修道女に慈悲をかけてあげれば、彼女もお腹の子も死なずにすんだかもしれない。だが、それなら、彼女に監禁という罰を与えて母子ともども死に至らしめた修道院長の方が残虐である。また、顔に火傷を負い仮面をつけて現れたどこの馬の骨とも知らぬ孤独なバレリオを、他の僧たちの反対を押し切って同胞として迎え入れたのもアンブロシオではなかったか。(その行為が裏目に出たわけだが・・・)
 仮面の下に妖しい美貌を隠していたバレリオの魔の手に落ちて純潔を失ったアンブロシオは、坂を転げ落ちるように悪へと染まっていく。いったん火のつけられた欲望は、元々の素材(魂)が乾ききっていたためか、めらめらと燃え上がっていく。その舌の先は、汚れを知らぬ美しい乙女アントニエに向かう・・・。
 アンブロシオが捨て子だったのは彼の所為ではない。僧に拾われ修道院で文字通り「純粋」培養されたのは彼の所為ではない。世間知らずも、世間の人々の弱さに対して共感が乏しいのも彼の所為ではない。アントニエと出会ったのも、アントニエに惹かれたのも(惹かれるのは当たり前の間柄なのだが)彼の所為ではない。バレリオを悪の手先と見抜けなかったのも彼の所為ではない。欲望を御しきれなかったのは彼の所為だが、最初に罠を仕掛けたのはバレリオである。彼は誘惑に抗ったのだ。破戒して女と(男と)交わってしまう僧など珍しくも何ともない。罰を受けるか還俗すればいいことである。少なくとも、そのあとにアンブロシオを待ち受けていたかくも恐るべき運命に対して「因果応報」と突き放してしまえるほどの悪因をアンブロシオに帰すことはできない。
 だから「救いが無い」のである。


 この映画を見ていて、他のいろいろな映画や小説や作家の名前が思い浮かんだ。
 すぐ思い浮かぶのはもちろん、バレリオの薄気味悪い仮面姿から連想する『犬神家の一族』(市川昆監督)の佐清(すけきよ)である。中世の修道院という舞台から『薔薇の名前』(ジャン・ジャク・アノー監督)である。悪魔と美女という取り合わせからロジェ・バデムの『血と薔薇』(原作はレ・ファニュ『吸血鬼カーミラ』)である。ゴシック、異端、性という題材からケン・ラッセルやピエル・パオロ・パゾリーニである。とくに、明るく乾ききった、広がりを感じさせる屋外の風景はパゾリーニと近似している。そのショッキングなテーマから、立て続けに見たばかりの『灼熱の魂』『王妃の紋章』を思い起こす。カミュの『異邦人』も浮かんでくるのは不条理性ゆえだろうか。
 キリスト教という背景とゴシックという中世ヨーロッパ要素に目眩ましされてしまうのだけれど、『灼熱の魂』同様、やはり根幹で連関させるべきはギリシア悲劇であろう。
 自分ではどうにも抗いようのない運命の糸に操られて、人間世界におけるもっとも恐ろしい、もっとも悲劇的な罪を知らずに犯してしまう。
 アンブロシオはもう一人のオイディプスなのだ。


 時に運命は特定の個人に対してとてつもない物語(試練)を用意する。その勢いの前には個人の意志や良心や希望や目的など、大波にのまれる小舟のようなものである。
 過酷な運命に対する人間の脆弱ぶりは、ギリシアにおいては神々への敬虔を培い人間としての分を知る(傲るなかれ)ことが大切というテーマに帰結し、中世ヨーロッパにおいては悪魔の恐ろしさと神に背くことの愚かさ、そして教会権力への服従を啓蒙するソースとなった。
 だが、『灼熱の魂』にもこの『マンク』にも最早、神は居場所を持たない。

 運命は容赦なく人を襲う。すべてのものを奪い去る。
 そこに理由はない。(少なくとも人には因縁が読み取れない。)
 オイディプスやアンブロシオのようにあたかも運命に選ばれた人間の存在意義とは何だろう?
 ある意味では、運命と人間との関係を他の人々に考えさせるところに彼らの使命があるのかもしれない。
 とすれば、彼らは与えられた過酷な運命をそれなりに全うしたことで使命を立派に果たしたということになり、運命によって許されてしかるべきだ。
 断罪する神も救済する悪魔も必要ない。
 (むろん内柴正人を擁護するつもりはない。)

 
評価:B-


A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 
        「東京物語」「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
        「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」
        「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」
        「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」
        「スティング」「フライング・ハイ」
        「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」 

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
        「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」
        「ギャラクシークエスト」「白いカラス」
        「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
        「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」 
        「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」「ボーイズ・ドント・クライ」
        
C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
        「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
        「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
        「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!


● 映画:『灼熱の魂』(ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督)

 2010年カナダ映画。

 原題のIncendiesは「火事」という意味らしい。
 原題も邦題もあまりセンスが良いとは思えないし、作品の内容に合っているとも思えない。
 と言って、ではどんなタイトルがこの作品にふさわしいかを考えた時に、「う~む・・・」と腕を組んで唸ってしまわざるを得ない、そんな作品である。


 一言で言えば、「一人の母をめぐる恐ろしい愛の物語」ということになる。
 双子の姉弟が辿る亡き母の秘められた過去への旅、という意味でミステリーの範疇に入るのであるが、戦火の中東を舞台にしたドラマの壮大さと驚愕の結末は、この作品を一挙に叙事詩とも悲劇とも言いうる領域に押し上げる。
 とりわけ、思い出さざるを得ないのはギリシア悲劇『オイディプス』である。(オイディプスという名前は「腫れた踵」という意味がある。)


 運命の不条理に弄ばれる人間の脆弱さ、と共に、運命を甘んじて受け入れつつ愛することを全うする人間の(母親の)限りない強さ。
 
 というふうに「運命」という言葉を(二度も!)用いざるをえないほどに、この作品は深甚なのである。

 もう一つ思い出したのは邦画で『悪魔が来たりて笛を吹く』であった。
 ギリシア悲劇と横溝正史とは、思いがけない組み合わせであるが、考えてみると、上記の文は、まさに『犬神家の一族』や『悪魔の手鞠唄』にもあてはまるではないか。横溝作品とは、日本版ギリシア悲劇なのかもしれない。


 これ以上、ネタばれは避けるべきだろう。
  
 ただ、見終わった後に自問してほしい。
 登場人物の中で誰が一番つらいだろうか、と。
 母親か。双子の姉弟か。姉弟の父親か、それとも姉弟の兄か。
 そして、なぜそう思うのか。


 自分は双子の姉弟が一番つらいと思ったのだが、それは横溝的なものに象徴される日本の風土に洗脳されているからかもしれない。


 何を言っているのか、よく分からん?


 まずは映画を観てほしい。
 見ごたえのある映画であることは保証する。



評価:B+

A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 
        「東京物語」「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
        「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」
        「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」
        「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」
        「スティング」「フライング・ハイ」
        「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」
        ヒッチコックの作品たち

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
        「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」
        「ギャラクシークエスト」「白いカラス」
        「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
        「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」 
        「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」
        「ボーイズ・ドント・クライ」
        チャップリンの作品たち   

C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
        「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」
        「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
        「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
        「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!


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