ソルティはかた、かく語りき

東京近郊に住まうオス猫である。 半世紀以上生き延びて、もはやバケ猫化しているとの噂あり。 本を読んで、映画を観て、音楽を聴いて、芝居や落語に興じ、 旅に出て、山に登って、仏教を学んで瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

クレオパトラ

● オクタビウスの謎 映画:『クレオパトラ』(ジョゼフ・L・マンキーウィッツ監督)

クレパトラ 1963年アメリカ映画。

 最初に言及すべきは、リズことエリザベス・テイラーの美しさ。
 撮影当時31歳、共演のリチャード・バートンとの始まったばかりの恋に身も心も潤って、匂い立つような女らしい艶やかなオーラーを発散している。リズが出ているシーンでは、リズしか目に入らないほどである。古代エジプト最期の女王、史上随一の美女の役だけあって、どんなに着飾っても、どんなにメイクアップしても、どんなに宝石で身を固めても、どんなに尊大に振る舞っても、やりすぎることはない。その保証を手にしてリズは自らの人生の美しさの頂点をここに焼き付けた。
 自分はブラウン管でしか観たことないが、スクリーンの大画面で見たら、この美は世界遺産ものだろう。

 物語のスケールの大きさ、豪華な衣装やセット、エキストラの多さ、制作会社(20世紀フォックス)を破産寸前まで追い込んだ巨額な制作費、美貌の大スターをめぐるゴシップや逸話の数々。女優を主役とした映画では『風と共に去りぬ』(ヴィクター・フレミング監督、1939年)と並び、バビロンの如き栄華を極めた大ハリウッドの威光を伝える作品と言えるであろう。

 とりわけそれが顕著に表れているのが、クレオパトラのローマ入城シーンである。

 クレオパトラがシーザーとの間にできた未来のアレキサンダーたる(とクレオパトラは目している)息子シザリオンを、初めてローマ市民に披露するこのシーンは、物語全体からすればどうってことない一つのエピソードに過ぎない。シーザーの暗殺、アクティウムの海戦、クレオパトラの自殺・・・など、物語的に重要な、絵になるシーンは他にある。
 だが、作品中おそらく最も豪奢を極め、手間も金もかかっていて、エキストラも多く、シーン自体も一番長く、もっとも印象に残るのが、このローマ入城なのである。
 最初に登場のファンファーレがあって門が開かれてから最後にクレオパトラ(とシザリオン←添え物)が登場するまで何分かかっているだろう。延々とアフリカ風の踊りやら、槍を使った戦闘の舞いやら、火を使ったリンボーダンス風な曲芸やら、カラフルな煙幕やら、これでもかとばかりに見せ物が続く。映画では当然それぞれの見せ物は部分的に紹介されカットつなぎで次の見せ物にバトンタッチされるわけだが、おそらく実際の時間にすると軽く2時間はかかるのではないだろうか。
 観ていて連想するのは、昨今のオリンピック開会式である。
 各国の選手入場の直前まで延々と開催国をアピールする催し物が行われるのが定番となっている。その国の成り立ちを伝える神話の再現とか、歴史上の有名な出来事とか、伝統舞踊や伝統工芸や民族衣装とか、果てはその国出身の世界的歌手やスポーツマンが花を添える。オリンピックがなりふり構わぬ商業主義に走ったロス五輪以降、それがどんどんエスカレートして明らかな国力の誇示ショーになっている。
 それはどうでもいいんだが、開会式の演出家たちは、演出家を志した少年時代か青年時代にまず間違いなく、リズの『クレオパトラ』を観ていることだろう。「ローマ入城シーン」に影響されていることだろう。
 で、「ローマ入城シーン」自体は、まず間違いなく、マンキーウィッツ監督がそれまでに観たオペラ『アイーダ』第二幕の「凱旋の場」の演出を意識してつくられたはずだ。
 逆に、この『クレオパトラ』から影響を受けて、その後の『アイーダ』演出家は「凱旋の場」をつくることにもなったであろう。(とりわけフランコ・ゼフィレッリあたり。)
 『アイーダ』と『クレオパトラ』と『オリンピック開会式』は、相互に影響し合って手に手を取ってゴージャスと拝金主義とナショナリズム高揚を推し進めていると言えよう。(昨今はそこにサッカー競技も加わっている。)

 リズにばかりに目がいってしまう『クレオパトラ』であるが、今回改めて面白さを感じたのは、クレオパトラをめぐる3人の男――シーザー、アントニウス、オクタビウスーーのキャラクターの違いである。クレオパトラにとって、シーザーは父のような庇護者的存在、アントニウスは自分をひたすら賛美崇拝してくれるアッシー君(古い!)みたいな存在、そしてオクタビウスは・・・? オクタビウスとの関係が謎である。
 歴史上の権力争いの観点から言えば、次のように比較できるだろう。

 シーザー   =織田信長(最初の国家統一者)
 アントニウス =豊臣秀吉(その跡を継いだ者)
 オクタビウス =徳川家康(最終的に長期政権の基盤をつくった者) 

 ついでに
 ブルータス  =明智光秀(言わずもがな・・・)

 すると、クレオパトラは誰だろう? 
 淀君か、ネネか?

 3人の男のうちクレオパトラが最も(真に)愛したのはアントニウスらしい。自らが大将をつとめる闘いで、逃げる女の後を追って船をも部下をも見捨てるアントニウスは、天下のうつけ者(やっぱ織田信長?)であるが、「私と仕事とどっちが大事なの?」という女の究極の問いに迷わず「お前に決まっている」と答えられる男は、世の女にとってはアレキサンダー以上の英雄なのかもしれない。
 名優リチャード・バートンは、実に人間くさいアントニウスを好演して、リズでなくとも母性本能をくすぐられる。


 オクタビウスはクレオパトラの毒牙にかからなかった(フェロモンに迷わされなかった)。結果として、初代ローマ皇帝アウグストゥスとなった。
 なぜだろう?
 
1.男色家説


 この説は結構好まれている。 
 この映画でも、当時のハリウッドの規制もあって、はっきりそうとは描かれていないが、オクタビウスが女に興味がないことを示すシーンがところどころ出てくる。


アントニウス 「君も仕事ばかりしないで少し遊んだらいい。あそこにいる女達はどうだ。よりどりみどりだぞ。」
オクタビウス 「無駄なことです。」

 手塚治虫の『クレオパトラ』(1970年)ではもっと顕わである。
 朋友アントニウスを殺されたクレオパトラは、次の手段としてオクタビウス籠絡に取り掛かろうとする。フェロモン100%放射。

 オクタビウス「お前の魅力など私にはまったく効かない。」
 戸惑うクレオパトラ。 
 そこへ、クレオパトラの家臣である力自慢の闘志(グラデュエイター)が現れる。
 とたんに目の色を変え、オカマキャラ丸出しになってしまうオクタビウス。
 「きゃあー。素敵な肉体。あの日あなたを見て以来、この体に抱かれることを夢見ていたのよ。あとで、連絡先教えてね~?」
 すべてを諦めるクレオパトラ。

 男色家説は話としては面白いが、実際にはどうだろう。
 オクタビウス=アウグストゥスは、生涯に何度も結婚して子供も作っている。もちろん、後継者を作るための、あるいは勢力基盤を磐石にするための政略的結婚であったとは思う。病弱であったためかどうか、血を享けた子供は結局一人しかできなかった。それも娘だった。あまり子作りには積極的でなかったようだ。
 生涯の友であったアグリッパとの篤い関係から同性愛の匂いを嗅ぎ取ることもできる。自分の娘ユリアとアグリッパを結婚させて(アグリッパを義理の息子にして)、そこにできた息子に帝位を継がせようとしたところなんか、現代の大物ホモ政治家がやりそうな手口である。
 ともあれ、なんと言ってもキリスト誕生以前(BC)である。この時代のローマ人にとって同性愛はタブーではなかったはず。若きジュリアス・シーザーも「すべての男の妻」と呼ばれていたのである。
 曰く「オクタビウスがゲイでなかったら、世界の歴史は変わっていただろう。」 


2.クレオパトラが本気を出さなかった説


 里中満智子の漫画『クレオパトラ』がそうである。
 シーザーとの世紀の恋に破れ、アントニウスとの運命の恋の成就と死別を経験した女王はもはや政略的な結婚などしたくなかった。人生にも野望にも疲れていた。愛するエジプトを守るためでも、もう奥の手を使う気にはなれなかった。
 リズの『クレオパトラ』もアントニウスとの真実の恋に目覚めたために、後を追って自害するのである。


3.クレオパトラの魅力に翳りが・・・・説


 さて、ここで主要人物の生年没年である。


シーザー  (紀元前100年――紀元44年) 56歳で死去
アントニウス(紀元前83年――紀元30年)  53歳で死去
オクタビウス(紀元前63年――紀元14年)  76歳で死去
そして、
クレオパトラ(紀元前69年――紀元30年)  39歳で死去


 クレオパトラとシーザーの年齢差は31、アントニウスとは14、オクタビウスとは6つでクレオパトラが年上である。
 クレオパトラが3人の男をたらしこもうとした時のそれぞれの年齢を推定する。


 シーザー(52)×クレオ(21)
 アントニウス(41)×クレオ(27)
 オクタビウス(33)×クレオ(39)


リズ シーザーとアントニウスは、クレオから見れば「すっかりおじさん」だったのである。若さと美貌と奸智とエジプトの富とで彼等をたらしこむのは赤子の手をひねるようなものであったろう。また、中年クライシスを感じていたであろう「両おじ」にとって、若く夢に燃えるクレオはまたとないオアシスであり活力源であったろう。
 一方、オクタビウスから見れば、アラフォーのクレオは「もうおばさん」である。とくに、女性の容姿とフェロモンは35を過ぎると急速に衰えていく(by幸田來未)。自身「ローマ一の美少年」と言われ年上の男女からもてはやされたオクタビウスにしてみれば、クレオの美貌なぞ「どうってことない」「なに若作りしてんだか」「首の皺は隠せねえぞ」だったのかもしれない。
 証拠がある。リズがクレオパトラを演じたのは31歳の時である。それからわずか3年後『ヴァージニア・ウルフなんか恐くない』(マイク・ニコルズ監督、1966年)のリズを見よ。もはや美の衰えは隠しようもない。その代わりに演技派女優としての名声を確立していくのだが。(この作品でオスカーを獲っている。)

 子供の頃この映画をテレビで見たとき、リズのアテレコは小川真由美だった。
 これが実に素晴らしかったのである。まろやかで、色っぽくて、品があって、知性を感じさせ、女王としての風格に不足はない。しかも小川真由美は、声で芝居をすることのできる芸達者。
 お蝶夫人やオードリー・ヘップバーンの声が池田昌子で決まりであるように、クレオパトラの声は小川真由美で決まりというのが実感である。
 うれしいことに、DVDの日本語音声は小川真由美である。
 日本でのテレビ放映時の録音テープを使ったためか、テレビ放映の際にカットされたシーン(特にお色気シーン)では突然英語になる、つまりリズの肉声に切り替わるという面白いことになっている。
 ぜひぜひ日本語音声で観て(聞いて)ほしい。
 絶世の美女エリザベス・テイラーも決して声は美しくないんだなあ、喋りに品がないんだなあ、と知ることができる。声や話し方がいかにその人の魅力を引き立てるかをまざまざと知ることができる。
 小川真由美という女優を語る上で、欠かすことのできない作品である。


評価:A-

A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 
        「東京物語」「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
        「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」
        「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」
        「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」
        「スティング」「フライング・ハイ」
        「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」     

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
        「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」
        「ギャラクシークエスト」「白いカラス」
        「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
        「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」 
        「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」「ボーイズ・ドント・クライ」
     
C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
        「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」
        「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
        「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
        「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!




● 映画:『クレオパトラ』(セシル・B・デミル監督)

 1934年アメリカ映画。

 古代史大作が得意なデミル監督の『クレオパトラ』をやっと観ることができた。
 もちろん、オールカラーで金のかけ方も特撮技術も全然レベルの違うエリザベス・テーラーの『クレオパトラ』(1963年)に比べれば見劣りするもやむなしであるが、これはこれで良くできた史劇と言える。
 クローデット・コルベール演じるクレオパトラの造形が見事であると思う。

 リズ・テーラーのクレオパトラは、当時世界一と言っても過言ではないリズの美貌とハリウッドの女王が放つゴージャスなオーラーで、リズ=クレオパトラという等式をなんの不自然さもなく観る者に受け入れさせることができた。クレオパトラを「演じる」必要など特になかった。リズであれば良かったのである。美しくて、尊大で、威厳があって、魅惑的で、女王の風格がある。リズが古代エジプトの衣装を身につけて、古代エジプト風のメイクをすれば、もうクレオパトラがそこにいた。

 コルベールは、クレオパトラを「演じて」いる。
 コルベールは美人ではあるけれど、絶世の美女というにはコケティッシュなところがある。フランスのコメディエンヌといった感じがある。風格の点でもリズ・テーラーやヴィヴィアン・リーほどのカリスマ性はない。
 そのぶん、コルベールは自らのクレオパトラ像を作り上げ、カエサルやアントニウスなど名だたる男達が骨抜きになっても無理はないと思わせるに十分な魅力と説得力を観る者に感じさせることに成功している。

 クレオパトラの魅力はその容貌よりも話術と美しい声にあったと言われるが、コルベールのクレオパトラはそれに近い。
 クレオパトラがカエサルに出会うシーンを観ると、これは歴然とする。
 リズもコルベールもあの有名な’じゅうたん攻撃’でカエサルの前に文字通り転がり出る。
 リズはじゅうたんから立ち上がった瞬間にカエサル(リチャード・バートン)を魅了する。それはまったく観客にとっても不自然でない。じゅうたんから立ち上がるリズは、開いた貝殻から立ち上がるミロのヴィーナスそのもののまばゆさと美しさと色気を放つ。
 コルベールも同じ登場の仕方をするけれど、カエサル(ウォーレン・ウィリアム)は仕事に夢中で、まったくコルベール=クレオパトラに注意を払わない。
 そこからがコルベールパトラの本領発揮である。巧みな話術と機転とで、カエサルの気を次第に自分に惹きつけてしまう。実際は(史実では)おそらくこっちに近かったんじゃないかという気がする。

 カエサルもアントニウスも、ローマであるいは占領地でそれこそ類いまれな美女たちを手に入れてきたはずである。ただの美女などもう飽き飽きしていたであろう。
 クレオパトラの魅力は何かもっと違った、独特のものだったような気がする。



評価: B-


A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 
        「東京物語」「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
        「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」
        「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」
        「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」
        「スティング」「フライング・ハイ」
        「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」
        ヒッチコックの作品たち

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
        「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」
        「ギャラクシークエスト」「白いカラス」
        「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
        「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」 
        「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」
        「ボーイズ・ドント・クライ」
        チャップリンの作品たち   

C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
        「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」
        「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
        「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
        「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!

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