2014年イギリス・アメリカ・フランス・スウェーデン共同制作。

 原題はBefore I Go to Sleep. 「私が眠りにつく前に」

 ニコール・キッドマン主演のミステリー&シチュエーションスリラーである。
 どんなシチュエーションかと言うと・・・・・
 クリスティーンは10年以上前の外傷が原因で記憶障害になり、朝目覚めると前日までの記憶をいっさい失ってしまい、20歳の自分に戻ってしまう。
 ベッドの横には見知らぬ中年の男が眠っている。
 (これは誰?)
 (ここはどこ?)
 (私は何をしているの?)
 パニクっているクリスティーンに見知らぬ男は言う。
「ぼくは君の夫のベンだ。ぼくたちは14年前に結婚して、それから一緒に暮らしている」
 ベンの説明を聞き、壁に貼られた結婚式以来の様々なツーショット写真を見て、クリスティーンはやっと気持ちを落ちつかせる。
 そんな朝が繰り返される。
 
 ニコール・キッドマンも、ベンを演じるコリン・ファースもベテランらしい確かな演技で観る者を惹きつける。少ない登場人物で、派手な演出もアクションもなく、おそらくCGもない? 度肝を抜かれるほどの‘どんでん返し’もなく、最後は‘母と子の再会’という永遠の涙腺弛緩テーマで感動を誘う。
 可もなく不可もなく、何も残らない。
 
 ・・・・・のであるが、連想したのは職場(老人ホーム)の認知症の進んだ高齢者たちである。
 「毎朝目が覚めると、昨日までのことをすっかり忘れている」
 というのは、まさに彼らのことなのだ。
 
 部屋のベッドで目が覚める。
 白い天井が見える。
 (はて、ここはどこだろう?)
 起き上がって、周囲を見回す。
 ベッド柵がある。ライトがある。カーテンの閉まった窓がある。ゴミ箱がある。自分のものらしい衣類が置かれた棚がある。
(昨日は家でなくここに泊まったらしい。どうしてだろう?)
 誰かがやって来る足音がして、部屋の扉がガラリと開く。
「○○さん、おはようございます。朝ですよ。今日もいい天気です。さあ、起きましょう」
 見知らぬ若い男が、わざとらしい愛想良さで声をかけてくる。
(これは誰? でも、私の名前を知っているようだ。ホテルの従業員?)
「は、はい。おはようございます。今起きます」
 男に渡された衣類に着替える。
(いつの間に寝巻きに着替えたんだろう?)
 男と一緒に廊下を歩いて、とりあえずトイレに向かう。
 同じような部屋がたくさん並んでいる。
(やっぱり、ここはホテル?)
 食堂に入ると、たくさんの見知らぬ顔が並んでいる。爺さん、婆さんばかり。車椅子に乗っている人もいる。みな、自分と同じようにわけが分らないような顔して押し黙っている。
(ここは病院らしい。自分は病院に連れてこられたのか・・・? どこか悪いんだろうか?)
 隣でお茶をすすっているお婆さんに聞いてみたいけれど、「私はなぜここにいるのですか?」なんて尋ねたら、なんと思うだろう。こちらをキチガイかなんかだと思うのではないだろうか? 
 お茶を配っているあの人に聞いてみようか。でも、なんだかとても忙しそうで、ゆっくり話ができる雰囲気じゃない。
 しばらく黙って様子を見ていよう。
(おや? あの人は見たことがある。名前は知らないけれど、前に話したことがある。とても親切な人だ。ああ、良かった。知っている人がいて・・・・・。そう言えば、お腹がすいた)
 
 こんな朝が繰り返されているのではないかと想像する。
 
 施設で働き始めたばかりのころ、認知症の人たちのレクリエーションでトランプの神経衰弱をやったら、まったくテーブルの上の札が減っていかない。いつまでたっても終わりが見えない。
 前の自分の番のときにめくった札の場所や数字はおろか、直前の人がめくった札の数字も覚えていないのである。記憶を頼みとする神経衰弱は、認知症の人の最も不得意なゲームなのだ。いきおい、2枚の同じ数字の札がめくられるのは、純粋に偶然か直感かに限られる。確率的にかなり‘起こりえない’。
 しまいには参加者全員飽きて、ゲームは中途終了となった。
 その次からは、数字をあわせるのではなく、スーツを合わせるやり方に変えた。ハート同士、クラブ同士、ダイヤ同士、スペード同士合えばOKというように。これなら偶然でも当たる確率は1/4となる。もっとゲームスピードを上げたいときは、色同士で合わせる。赤と赤、黒と黒ならOKというように。これなら目隠しでやっても1/2の確率で当たる。
 かくして神経衰弱は記憶力を競うゲームから、直観力あるいは‘その日の運’を競うゲームに変貌したのである。

 朝方、不安と疑問と心細さで一杯だった入所者たちも、朝食をすませ、トイレを済ませた頃には落ち着いてくる。近くの席の人たちと笑顔で世間話なんかを始める。
 その鮮やかな転換ぶりが4年経ったいまでも不思議なのだが、おそらく彼らは自分が朝方不安におびえたこともまた忘れてしまうのだろう。
 そうでなければ、本当に神経衰弱になってしまう。
 


評価:C+

A+ ・・・・めったにない傑作。映画好きで良かった。 
「東京物語」「2001年宇宙の旅」「馬鹿宣言」「近松物語」

A- ・・・・傑作。できれば劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」「スティング」「フライング・ハイ」「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」   

B+ ・・・・良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」「ギャラクシークエスト」「白いカラス」「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・純粋に楽しめる。悪くは無い。
「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」「ボーイズ・ドント・クライ」

C+ ・・・・退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・見たのは一生の不覚。金返せ~!!