「奥多摩むかし道」は旧青梅街道と呼ばれていた道で、氷川(奥多摩駅)から小河内(奥多摩湖沿岸)を結ぶ全長約9㎞、徒歩4時間のコースである。
道はくねくねと蛇行する多摩川に沿った崖の上につくられている。今はもちろん歩きやすく整備されているが、昔は旅人が馬ともども谷底に滑り落ちるような難所もある険しい道だったようだ。そんな昔を偲びながら、川のせせらぎと時折現れる壮麗な渓谷美を楽しみ、愛らしいお地蔵さまにほっと癒され、遠くの奥多摩の山並みに心ひらかれ、最初から最後まで快適な森林浴を味わうことができる。
単独行でも、山登り初心者でもまったく心配ない。 目に映る景色は単調なものではない。杉木立の爽やかな道あり、昔懐かしい集落あり、谷間を見下ろす高台あり、渓谷にかかる結構揺れる吊り橋あり、遠望豊かな日当たりの良い林道あり、沢音軽やかなひんやりした木陰あり、結構あなどれない息の切れる登りあり、そしてゴールには山々に抱かれた「眠れる美女」奥多摩湖が待っている。
4時間まったく飽きることない、歩きがいのある道程。
●歩いた日 11月6日(火)
●天気 晴れ
●タイムスケジュール
09:15 JR青梅線・奥多摩駅到着
歩行スタート
09:30 むかし道入口
10:40 白髭神社(天然記念物石灰岩大壁)
11:10 しだくら吊り橋
12:10 西久保の切り替えし
13:05 青目不動尊(ほぼ最高地点)
13:45 奥多摩湖
歩行終了
●所要時間 4時間30分(歩行4時間+休憩30分)
朝の青梅線下りはいつものごとく登山客だらけであった。終点の奥多摩駅で降りる人は多いが、ほとんどはそこからバスに乗ってそれぞれの目的の山へと散ってしまう。「むかし道」派はほんの数名であった。
氷川大橋のたもとにある氷川神社で、今日の安全を祈願する。境内の三本杉は樹齢650年とのこと。
むかし道入口から登りが続く。左手の山肌に「おくたま」の文字が植え込まれているのが見える。
ダム建設当時に使用された引き込み線の跡を過ぎると、集落に入る。
こんな辺鄙なところ、しかも崖っぷちによくもまあ家を建てて住んでいるなあという思いと、こんな素晴らしい環境で暮らしてみたいなという思いとが、交錯する。夜の星空はきっと素晴らしだろう。家の外にたくさん積まれた薪が冬の近いことを告げている。


白髭神社の石灰岩大壁(高さ30m×幅40m)を見上げながら一休み。御祭神は塩土翁神(しおつちのおきなのかみ)。潮流を司る神、航海の神である。『記紀』神話においては、登場人物に情報を提供し、とるべき行動を示すという重要な役割を担う神である。

しだくらの吊り橋から見る景色こそは、このむかし道の最初の絶景ポイント。紅葉の渓谷の底を清らかな多摩川が岩を洗いながら滑り去っていくのを恐々覗く。
吊り橋を渡ったところに謎の祠がある。その背後から不意に猫が現れた。ノラネコにしてはつややかなきれいな毛並みと品のある顔をしている。捨てられたばかりか・・・。
ほんの数分で仲良しになる。体中を撫でてやると気持ちよさそうに地面に身を横たえた。こちらの足に体を擦りつけて、行く手を邪魔する可愛さを振り切って山道に入る。



しばらくすると、伐採地となる。コンクリートの倉が建ち並ぶ不思議な光景が目に入る。いったいあの倉はなんなのだろう?
道が細く不明瞭になってきて、しまいには沢にぶつかってしまった。
(この沢を渡るのかな?)
大岩、小岩が点々と沢から顔を覗かせているので、渡ろうと思えば渡れないこともない。だけど、向こう岸を見てもどうも道らしいものが見えない。道標も、迷いやすい地点で正しいコースを示すのによく枝に巻かれている赤リボンもない。
奥多摩駅前の観光案内所でもらったマップを開く。
・・・・・間違えた。
吊り橋を渡らずに道なりに進むのであった。危ない、危ない・・・。
あの猫はどうやら「道が違う」ということを、体を挺して教えようとしていたらしい。
なんと利口な猫だろう!
感謝しなければと思い、吊り橋まで戻るが影も形もない。猫の鳴きマネで誘ってみても返事がない。
幻だったのか???
そう言えば、まるで祠から現れたような唐突な出現の仕方であった。
紅葉は奥に向かうほど、高さを増すほど、あでやかになる。楓がまだ赤く染まっていない。ピークは10日後くらいだろう。それでも今も十分に美しい。
このコースには途中2カ所、湧き水を汲める地点がある。空のペットボトルを用意して、奥多摩の水を持ち帰ることができる。


眺めの素晴らしい西久保の切り返しから、ややきつい登りとなる。登り道にはびびらないが、そこに立ててあった看板にはちょっと恐くなる。

11月5日、昨日ではないか。
こちとらラジオも鈴も持っていない。
仕方ないので、歌を歌いながら歩く。熊も逃げ出す音痴ぶりで。
登り切ったところに集落がある。
庭先の晩秋の花が美しい。
こんなところに暮らすようになるいきさつにはどんなものがあるのだろう?
もちろん煩わしい人間関係から逃れ自然に囲まれて静かに暮らしたいというヘンリー・デイヴィッド・ソローのようなナチュラリスト、このコースに歌碑がのこっている画家の川合玉堂のように奥多摩の自然に惹かれてわざわざ都会から移り住んだ人もいるだろう。
でも、昔から住んでいる人々には、はかりしれない事情があるのだろうなあ。
青目立不動尊で第二の絶景ポイントに到達する。
眼下に広がる、光あふれる穏やかな奥多摩湖。
4時間の歩きが報われる瞬間である。
やはり、到達の充実感といった意味からも、このコースは奥多摩湖を起点とするより、奥多摩駅を起点としたほうが良い。

青目立不動尊は修験道の験者である奥平家に祀られているが、他にも味噌蔵や昔の家屋の模型や山仕事や家事に使った様々な器具などが展示され、昔の山里の暮らしぶりを垣間見ることができて興味深い。味噌蔵に入ると、いまも味噌の香りが残っていた。

ゆるやかな下りを遠回りしながら、奥多摩湖に到着する。
ベンチで昼食をとり、しばし午睡。
バスで出発点まで戻る。
もえぎの湯であたたまって、生ビール。
