2003年刊行。
本書で取り上げている禁忌とは、「犯罪」「道徳」「礼儀」「戒律」以外の「してはいけないこと」である。
だから、人殺しや人の物を盗ることは入らないし、嘘をつくことや葬式に派手な色の服を着ていくことは入らないし、イスラム教徒が豚肉を食べたり仏教の出家者が妻帯することも入らない。
近い言葉をあてるなら「迷信」だろう。
はっきりとした科学的根拠もないのに人が信じこんで従っているような言い伝えや因習。
小さい頃から聞いていて、すぐに自分が思いつくのは、
○ 黒猫が目の前を横切ると不吉なことが起こる。
○ 柳の下を通るときは親指を隠さないと親が早く死ぬ。
○ ミミズにおしっこをかけると腫れる。
○ 雷が鳴ったらおなかを隠さないとへそを取られる。
○ 北枕は不吉だから良くない。
といったものだ。
今ではどれもまったく信じていないし守ってもいない。子供の頃だって信じてはいなかった。これらの迷信が本当ならば、黒猫を飼っている人は不幸だらけになってしまうし、世の中にはへそのない大人がたくさんいるはずだと思っていた。けれど、こういう迷信があってそれを友達と教えあって、脅かしたり脅かされたりするのが面白かったのである。
「ミミズにおしっこ」はもしかしたらいささかの科学的根拠があるのかもしれない。ミミズがいるような不潔な場所で急所を出すと、汚れた手から尿道口を通ってばい菌が侵入する可能性があるから、ということなのかもしれない。もっとも、わざわざミミズに向かっておしっこをかけようとは今も昔も思わないが・・・。
本書にはこの手の日本人の暮らしの中に息づく迷信、禁忌がたくさん紹介されている。自分のはじめて聞くものも多い。
○ 便所に唾を吐いてはいけない。
→最近のヒット曲にもあったように便所には神様がいるから。汚物に含まれているばい菌が口から入る危険も示唆されている。
○ 夜に口笛を吹いてはいけない。
→悪魔が来るからではない。(by横溝正史『悪魔が来たりて笛を吹く』) 蛇が出てくるからだそうだ。(口)笛と蛇というと、インドの蛇使い、あるいはコナン・ドイル『まだらの紐』を想起するが、蛇は耳がないので笛の音を好むというのは有り得ない。
○ 七夕に畑に入ってはいけない。
→七夕の日には畑に神様がやってくると考えられていたから。なんだか、カボチャ畑でカボチャ大王を待っていた可愛いライナス(スヌーピーの友人)を思い出す。
○ 彼岸花を取ってはいけない。
→別名「死人花」というくらい恐れられた花である。鮮やかすぎる緋色(スカーレット)が禁忌の由来ではないかと本書では述べているが、これは科学的根拠がある迷信だ。彼岸花はアルカロイドを含む有毒植物なのだ。誤って口に入れたら死ぬこともある。
○ 墓場で転んではいけない。
○ 恋人同士で井の頭公園に行ってはいけない。(別れるはめになるから)
○ 箒を踏んではいけない。
今でもよくある禁忌に数字のタブーがある。
「4」とか「13」とか「42」とかの数字は好まれない。
実際、ホテルや病院では4号室や13号室のないところも多い。自分の働いている老人ホームでも3号室の次は5号室となっている。やっぱり嫌がる人がいるのだろう。
自分は逆に好んでこういった数字の振られた場所を使う。たとえば、飲み屋の下駄箱とかコインロッカーとか。
天邪鬼だからではなくて、ほとんどの人が使用を忌避するがゆえにもっとも清潔が保たれているからである。
なんて書くと、自分が合理主義者のように見えるが、先日家の近くのコンビニに行ったら、店内の天井の角から角に対角線にクロスするよう紐を張って、そこに運動会の万国旗よろしく大きなPOPが吊るされていた。期間限定の値引き商品の案内であったのだが、ギョッとしたのは、そのPOPが黒い紙に白抜き文字だったのである。
そう。まるでお葬式。
「縁起でもない」
と思わずつぶやいた。
子供の頃からの洗脳はなかなか解けるものでない。