ソルティはかた、かく語りき

東京近郊に住まうオス猫である。 半世紀以上生き延びて、もはやバケ猫化しているとの噂あり。 本を読んで、映画を観て、音楽を聴いて、芝居や落語に興じ、 旅に出て、山に登って、仏教を学んで瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

ダニエル・クレイグ

●  映画:『ドリームハウス』(ジム・シェリダン監督)

 2011年アメリカ、カナダ製作。


 小説や映画に接するとき、通常、我々は物語の主役あるいは語り手の視点に同調する。
 主役や語り手の目を通して見られたものを共に見、耳を通して聴かれた言葉を共に聴き、経験する現実を共に(と言っても当然バーチャルではあるが)経験し、語り手や主役の心情を察しながら、共感しながら、共鳴しながら、物語を味わっている。
 たとえ、それがハンニバル・レクターのような猟奇殺人者であってその行動には到底共感できないとしても、物語に浸っている間は、読者はハンニバルの体験している現実を自分のものとし、彼の思考や心情にのっとって、彼の見方にしたがって物語の中の現実を見ている。いわば、主役や語り手の心の中を旅している。
 物語に接する際の前提として、我々は主役や語り手の経験する現実を信用できるものとしてとらえる。「詐欺師の告白」といった物語であってさえ、よもやこの詐欺師が「嘘を語る=読者までだます」はずがないと、何の確証ないのに信じて疑わない。
 その理由は、我々のだまされやすさ、人の好さにあるのではなくて、「物語」そのものが持っている機構だからである。つまり、あえて作者が読み手(観る者)にあらかじめ保証するまでもない「お約束」なのだ。このお約束があればこそ、我々は安心して物語の中に入っていくことができるのである。

 この機構に最初にひびを入れたのはアガサ・クリスティなのではなかろうか。
 寡聞にしてよく知らないのだが、クリスティの入れたひびが文学史上もっとも大きく、もっとも巧みで、もっともよく知られているのは間違いあるまい。
 もちろん、『アクロイド殺し』のことを言っている。
 実はあれと同じような「語りのトリック」を子供の頃モーリス・ルブランの作品中に読んで驚いたことがある。タイトルは忘れたが、語り手は豪華旅客船の中で起きた盗難事件騒ぎについてあたかも第三者の如く述べていくのだが、結局、語り手=真犯人=ルパンであったことが最後の最後に明かされる。びっくりしたものである。
 ポワロよりルパンのほうが古い。
 ただ、クリスティのほうがもっと狡猾に、もっと大胆に、もっと意識的に、このトリックを使っているので、桂冠はやはりクリスティに捧げるべきであろう。
 以来、ミステリーにおいてこの類のトリックは枚挙にいとまないほど連発することとなった。

 さて、映画ではどうだろう。
 やはり寡聞にしてよく知らないのだが、思いつくもっとも古いのは『未来世紀ブラジル』(テリー・ギリアム、1985年)である。全編ではなくて途中からの部分的ではあるが、主人公の経験する現実は実は妄想だった・・・・というトリックが仕掛けられていた。
 見事なのは、そのトリックが、『アクロイド殺し』はじめ大抵の推理小説においてはトリックのためのトリックにしかならない(読者を「ぎゃふん」と言わせるのが最大の目的である)のにくらべ、『ブラジル』ではトリックが明かされた瞬間、観る者は非常に切ない、非常に哀しい、非常にやり切れない感情を抱くことになる。なぜなら、主人公の現実が実は妄想だったという事実そのものが、作品そのものが持つテーマ(=権力に思考まで支配される管理社会)の恰好のサンプルとして提示されるからである。トリックが物語のテーマと有機的な結合を果たしているのだ。
 次に思い出すのは、ミッキー・ローク主演の『エンゼルハート』(アラン・パーカー監督、1987年)である。主人公は連続殺人事件を捜査する刑事であるが、真犯人はほかならぬ自身であった・・・という話である。観る者をだましていると言えないのは、主役の刑事自身が無意識のうちに殺人を重ねているので、自分が犯人だということに最後まで気づかないからである。
 映画における「語りのトリック」は、その後SF作家フィリップ・K・ディックの小説が次々と映画化されるに及んで一気に花開いた。
 いわゆるディック感覚である。
 『シックスセンス』(1999)や『アザーズ』(2001)あたりがディック感覚氾濫へのきっかけになったのではないかと思うのだが、今となっては犯罪サスペンスやサイコスリラーやオカルト映画を観るとき、頭の中でディック感覚ふうトリックを想定せずに観ることがないと言ってよい。そのくらいこの手のトリックが3番煎じ、4番煎じになった。

 『ドリームハウス』もまたそうなのである。
 観ている途中で、トリックに気づいてしまった。
 「あ~あ、またか」という感じで、そこにもはや意外性に対する驚きも、だまされた悔しさも、ましてや快感もないのであるが、よくできてはいる。
 そして、「語りのトリック」が観る者に明かされたあとに、もう一つトリックが用意されている。 
 ひねったな。
 ディック感覚がもはやマンネリであることにアメリカ映画界も分かっているのだろう。

評価:C+


A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 
        「東京物語」「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
        「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」
        「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」
        「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」
        「スティング」「フライング・ハイ」
        「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」   

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
        「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」
        「ギャラクシークエスト」「白いカラス」
        「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
        「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」 
        「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」
        「ボーイズ・ドント・クライ」

C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
        「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
        「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
        「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!



  

● 麗しきニコール 映画:「インベージョン」(オリヴァー・ヒルシュビゲール監督)

 2007年アメリカ映画。

 お気に入りのニコール・キッドマンが主演しているのでレンタルしたはいいが、「もしかしたら前に借りているかも・・・」という一抹の不安。
 最近はこれが多くて困る。途中まで観て気づくことも多い。同じ作品を4回レンタルしたこともある。ブログをはじめたのも、実は記録の必要性を感じたことが大きい。年のせいもあるが、一方で、SFやオカルトやホラーでは、おんなじような趣向の作品が多いってのも事実。
 見始めたら、どうやら未見のようだったので安堵した。(すっかり忘れているだけなのかもしれないが。)

 
 二コールは現在最も美しい女優であるばかりか、演技も上手い。賢いのは確かだが、ジョディ・フォスターのように男勝りの感じはおくびにも出さず、あくまで女らしく、たおやかである。コバルトブルーの切なげな瞳と耳元に甘くささやきかけるような発声に秘密があるのだろう。
 彼女の頭の良さは出演作の選び方を見れば一目瞭然。凡庸な作品、ヒットだけを狙った空疎な作品がない。文芸、オカルト、ミュージカル、コメディ、サスペンス・・・いろいろなジャンルに果敢にチャレンジしている。タッグを組む監督(キューブリック、ラース・フォン・トリア)や男優(ジュード・ロウ、アンソニー・ホプキンズ)も彼女の新しい魅力を引き出す人ばかり。
 彼女の出る作品は、たとえ興行的には失敗しても「なにか光るもの」「なにか新しいもの」がある。『アザーズ』や『白いカラス』など、長く心に余韻を残すものも多い。

 なので、なぜニコールが『インベージョン』に出演したのか、最初不思議な気がした。
 SF小説『盗まれた街』の4度目の映画化(リ・リ・リメイク!)である。同様の設定(人間に寄生し地球人のふりをしながら仲間を増やしていく宇宙人)は、今では掃いて捨てるほどある。ダニエル・クレイグとの共演は確かに魅力的だろうが、いまさらこんな王道の物語をニコールが演らなくても・・・。

 もちろん、原作を現代風にアレンジしているので、宇宙人と言っても人の姿はしていない。飛沫感染で増える未知のウイルスである。感染すると、人間としての外見はそのままで、中身だけ変わってしまう。当人の考え方や記憶や能力や癖はそのまま残り、感情部分だけを喪失する。だから、感染した人間は一様に無表情になる。姿かたちは昨日と同じ家族・友人なのに、どこか変だ。その違和感の広がっていく様子が前半のサスペンスを醸成する。
 ちょっと工夫しているのは、このウイルスは人間のREM睡眠中の分泌物と化学反応を起こすことで発現するところ。前の夫タッカーから感染してしまったキャロル(ニコール)は、『エルム街の悪夢』のナンシーさながら、襲い来る睡魔との闘いに投げ込まれてしまう。(これはつらいよな)
 後半は、スリルとアクションの出番。タッカーに息子オリバーを奪われたキャロルは、同僚で恋人のベン(ダニエル・クレイグ)らと共に追跡捜査をする。キャロルの母性愛全開。実生活でも四児の母(うち二人は養子)であるニコールのリアルな演技も全開である。
 「ああ、ニコールってば母性を演じたかったんだな~」
と、ここで納得する。
 ゾンビのように増殖し、街を占拠する無表情人間。次から次へとキャロルに振りかかるピンチ。やっと愛する息子を取り戻し、ドラッグストアに立て籠もるキャロルの前に救いの神のごとく現れたベン。ほっとしたのもつかの間、ベンは感染・発症し、すでに別人に変貌していたのである。
 ベンは語る。
「我々が何をもたらしたかわかるだろう? 戦争のない世界、そして貧困も殺人もレイプもなく、苦しみのない世界だ。我々の世界は、お互いに傷つけあったり、奪い合ったり、破壊しあったりしない。他人というものがないからだ。それが正しい世界だ。
 一瞬、ためらうキャロル。
 (ベンの言うことが正しいのかもしれない・・・・)
 しかし、そのためにはウイルスに対して免疫力を持つオリバーは殺されなければならない。オリバーの抗体をもとにウイルスを無力化するワクチンが作られてしまうからだ。
 キャロルは拒絶し、死に物狂いの逃走を再開する。
 最終的には、キャロルとオリバーは助かって、ワクチンは出来あがって、人々は回復し、世界は元通りになる・・・。
 めでたしめでたし。

 最後のシーンは、キャロルの家の朝食風景。
 オリバーとベン(結婚した)との平和な日常を取り戻したキャロルの頭に、ふと、いつかパーティーで出会ったロシアの外交官の言葉が甦る。
 「犯罪も戦争もない世界では、人間はもはや人間ではなくなるだろう。」
 食卓からキャロルに微笑みかけるベンの手には、世界のいたるところで連日起きている殺人や戦争を伝える新聞がある。


 4度目のリメイクの肝がここで明らかになる。
 これまでの映画では宇宙人のインベージョン(侵略)を防ぐことは善であり、自明の理であった。結末で元通りの日常がよみがえってハッピーエンドだったのである。
 しかし、今回は必ずしも手放しで喜べない。なぜなら、もし人類すべてがこのウイルスに感染してしまえば、戦争も犯罪もない「理想の」世界が訪れていたかもしれないからだ。環境問題も飢餓も解決し、地球は人類だけでなく、ほかの生命にとっても素晴らしい惑星になっていたかもしれないのだ。その代償として人類が支払うのは、感情の喪失だけで良かったのだ。
 そのことが、人間という種の地球上での存在価値を逆から照射する。
 地球にとって、誰が「侵略者」か。
 「人間が人間である限り、平和も共存もありえない。」という苦い現実を観る者につきつけて、映画は終わる。
 
 やっぱり、ニコールの出る映画は、一筋縄ではいかない。


評価:B-

参考: 

A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 
         「東京物語」 「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
         「風と共に去りぬ」 「未来世紀ブラジル」 「シャイニング」 「未知との遭遇」 
         「父、帰る」 「フィールド・オブ・ドリームス」 「ベニスに死す」 「ザ・セル」
         「スティング」 「フライング・ハイ」 「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」
         「フィアレス」 ヒッチコックの作品たち

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
         「アザーズ」 「ポルターガイスト」 「コンタクト」 「ギャラクシークエスト」 「白いカラス」 
         「アメリカン・ビューティー」 「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
         「グラディエーター」 「ハムナプトラ」 「マトリックス」 「アウトブレイク」
         「タイタニック」 「アイデンティティ」 「CUBU」 「ボーイズ・ドント・クライ」 
         チャップリンの作品たち   


C+ ・・・・・ 退屈しのぎにはちょうどよい。レンタルで十分。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
         「アルマゲドン」 「ニューシネマパラダイス」 「アナコンダ」 「ロッキー・シリーズ」

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ~。不満が残る。 「お葬式」 「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
         「レオン」 「パッション」 「マディソン郡の橋」 「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。もう二度とこの監督にはつかまらない。金返せ~!!



 

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