神社の境内に泊まるのはさすがにはじめてだ(と思う)。


風呂から上がってお待ちかねの夕食。
箸袋に記してあった短歌。
朝宵の 物くふごとに 豊受の
神の恵みを 思へ世の人

食後はすでに布団の敷かれてある部屋でごろごろと至福の時を過ごす。
ふと見ると、テレビの下の棚にハードカバーの本が置かれている。普通のホテルなら「聖書」だが、まさかそんなはずは・・・。
手にとって見たら、「古事記」であった。
なるほど、そりゃそうだ!

と、やおら始まったのはカラオケ。どこか下のほうから演歌が聞こえてくる。
間違いなく‘講’の人々だ。
だが、旅先の宿における団体高齢客とカラオケの関係は、小学生と枕投げの関係に等しい。(最近の小学生は枕投げなんかしないって?)
大目に見よう。
なんといっても、酒と歌舞音曲は日本の祭りになくてはならぬもの。天岩戸の昔から、日本の神々はドンチャン騒ぎが好きなのである。
杉の梢から星がまたたいているのが見えた。


この導線は東西に伸びていて、ちょうどいま遥拝殿の向こうの山から顔を出した朝日の清らかな光線が、参道を照らして、随身門に当たっている。随身門の扁額に彫り込まれた「三峯山」の金箔が眩く輝く。
扁額の上にあるは真白き翼を広げた白鳥の意匠。ヤマトタケルの分身である。
能褒野(のぼの)――現在の三重県亀山市――で病死したタケルが生まれ故郷の大和を偲んで白鳥に姿を変えて飛び立ったというエピソードにちなんでいる。


生きとし生けるものが幸せでありますように生きとし生いけるものの悩み苦しみが無くなりますように生きとし生けるものの願い事が叶えられますように生きとし生けるものにも悟りの光が現われますように




宿に戻って、朝風呂に浸かって、大広間で朝ごはん。

部屋に戻って、窓際の椅子に座って外を見る。

「なぜ、こんな猛スピードで何十羽もが思い思いに旋回しながら、ただの一対も、ただの一回も衝突しないんだろう?!」
観察していると、二羽のツバメは正面衝突するであろう寸前で、敏捷に進行方向を変えている。
ツバメ同士は絶対に衝突しない。
これは奇跡である。おそらくは、それぞれが勝手気ままに飛行しているように見えながらも、互いの軌道が重ならないよう、群れとしてのプログラムが働いているのだろう。
野生動物をそのようにプログラミングしている自然こそは、魔術的プログラマーである。
永久保貴一のマンガは面白い。