劇場 ジュゼッペ・ヴェルディ劇場(イタリア、ブッセート)
演出 フランコ・ゼッフィレッリ
出演 ヴィオレッタ(ソプラノ):ステファニア・ボンファデッリ
アルフレッド(テノール):スコット・パイパー
ジェルモン(バリトン):レナード・ブルゾン
アルトゥーロ・トスカニーニ財団管弦楽団&合唱団
椿姫を演じた女優で、もっとも有名なのはサラ・ベルナール(1844-1923)であろう。スクリーンでのグレタ・ガルボも忘れがたい。
オペラ歌手では、やはりマリア・カラスにとどめをさす。
1955年ミラノ・スカラ座でのライブ録音(カルロ・マリア・ジュリーニ指揮)は、アルフレッドにカラスと相性のいいジュゼッペ・ディ・ステーファノ、ジェルモンに44歳という若さで世を去った名バリトンのエットーレ・バスティアニーニを配し、「体液が干されるほどの」歴史的名盤として知られている。このときの演出家は、フランコ・ゼッフィレッリの師であり(もしかしたら‘アニキ’でもあった)ルキノ・ヴィスコンティである。まさにオペラが輝いていた時代である。
カラスが椿姫を歌った映像は残っていないので、録音とスチール写真から舞台を想像するしかないのであるが、それでも入神の演技と観客を平伏圧倒したであろう凄まじい存在感を窺い知るのは難しくない。
DVDの時代になって、椿姫を演じるソプラノの美貌がものを言うようになった。アンジェラ・ゲオルギューは実に大人っぽく、エレガントで、憂いを秘めた椿姫を演じている。「高級娼婦」というにピッタリの感がある。名女優として誉れ高いナタリー・デセイは、歌詞の一つ一つ、表情や動きの一つ一つに実に細やかな配慮をして、恋に生き恋に死んだ一人の哀しい女を描き出すのに成功している。
そして、このボンファデッリ。
とにかく美人である。
「美しい」というそのことだけで舞台にリアリティをもたらしてしまう。純情な青年アルフレッドに慕われて当然、と観る者は納得してしまう。
誤解がないように言えば、ボンファデッリは歌も見事である。あたたかみのあるクリーミィーな声質に、安定感ある高音、テクニックも演技力も揃っている。天が二物も三物も与えたような歌手である。
アルフレッドのスコット・パイパーは張りのある輝かしい声と天性の人懐こい眼差しが、人を魅了する。(第一印象は「アルフレッドというより館の下男」)
しかし、このDVDの一番の魅力は、ジェルモンを歌っているレナート・ブルゾンである。
レナート・ブルゾンは80年代によく聴いた。実際の舞台にも(『ナブッコ』だったかな)接した。折り目正しい、正統的な歌い手というイメージがあった。ただ、面白くはなかった。タイトルロール(主役)を演じるだけの華もなかった。「性格暗そう」と思った。
同じバリトンなら、同時期に活躍したピエロ・カプッチッリのほうが華があり、面白かった。
今回しばらくぶりにレナート・ブルゾンの歌唱に接して驚いた。
「こんなに深みのある演技、こんなにメリハリある入魂の歌唱ができるようになっていたのか・・・」
ひとたび成功すると、その時点で成長がストップしてしまう歌手が多い中で、レナート・ブルゾンの円熟は本物である。実人生のさまざまな体験やそれを通して得た視点の深まりが、ジェルモンという役を解釈する上で生かされている。
それは舞台経験を重ねただけのベテラン歌手が、聴衆を感動させるテクニックや呼吸をマスターして、それを思うがまま駆使しているというのとは、明らかに次元が異なる、本物の名唱である。
「だてに歳を重ねていないなあ」