ソルティはかた、かく語りき

東京近郊に住まうオス猫である。 半世紀以上生き延びて、もはやバケ猫化しているとの噂あり。 本を読んで、映画を観て、音楽を聴いて、芝居や落語に興じ、 旅に出て、山に登って、仏教を学んで瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

ブッダ

● 本:『ブッダの実践心理学 第一巻 物質の分析』(アルボムッレ・スマナサーラ、藤本晃共著、サンガ文庫)

アビダンマ 001 孫悟空(『西遊記』)に出てくる三蔵法師と言えば夏目雅子を思い出す。
 三蔵法師とは名前ではない。モデルとなったのは玄奘(げんじょう)という名の中国(唐時代)の実在の坊さんである。三蔵法師とは「仏教の三蔵に精通した僧侶」を意味する尊称である。

 三蔵とは何か。
 三蔵は仏教の聖典である三つを言う。


経蔵 (sutra) ・・・・・ 釈迦の説いたとされる教えをまとめたもの。いわゆる「お経」。
律蔵 (vinaya) ・・・・ 出家集団(サンガ)の規則・道徳・生活様相などをまとめたもの。いわゆる「戒」。
論蔵 (abhidharma)・・・・ 上記の注釈、解釈などを集めたもの 。いわば「仏教哲学」。

 上の二つはわかりやすい。読みやすい。
 多くの「経」は、ブッダが庶民に向かって相手のレベルに合わせてやさしく説いたものだから当然である。ブッダはまた、こむずかしい抽象的な議論を好まなかった。「戒」は集団の日常生活を規定するものだから、わかりにくかったら困る。
 「論蔵」はなんだか難しいのである。
 それもそのはず。論蔵はブッダが説いたものではなく、その死後に頭のいい僧侶達によって記述され、まとめられていったものだからである。
 論蔵とはアビダルマ。アビとは「最勝の」と言う意味の接頭辞、ダルマは「ブッダの教え」であるから「ブッダの最勝の教え」という意味である。

お釈迦様は、悟りを開いてから亡くなるまでの四十五年間、いろいろなところでいろいろな相手にいろいろなふうに話しましたが、四十五年間さまざまに説き続けた教えを全部まとめて、その内容は結局どんなものであったか、と学問的にエッセンスだけを取り出してみると、簡単に、明確になります。そのエッセンスを、お釈迦様の教えの基本的論理という意味で、アビダンマと言うのです。


 この本(シリーズ)は、日本テーラワーダ仏教協会のスマナサーラ長老が、会員たちを前にアビダルマの講義をしたものをまとめたものである。
 本があるのは知っていたが、なかなか手をつけようとは思わなかった。ざっとページをめくるだけでも仏教用語がたくさん並んで難しそうであったし、ハードカバーの一冊一冊が厚くて、それが7巻まである。値段も高い。
 何より、知識よりも智慧の方が大切である。座学よりも坐禅である。そうでなくとも「頭でっかち」になりやすい自分なので、興味はあったけれど近づかないようにしていた。

 スマナ長老の教えを受けてヴィパッサナー瞑想と慈悲の瞑想をはじめて丸4年。
 毎日熱心にやっていた時期もあれば、だらけていた時期もある。五戒をちゃんと守っていた期間もあれば、自分を甘やかした期間もある。(今は甘やかしている期間だ。特に仕事後、山登り後の酒が止められない)。転職したり体調が変化したりストレスがあったりで、同じレベルの熱心さで瞑想を続けるのは難しい。
 とは言え、4年間続いたのはそれなりに成果を感じているからである。
 体調が良くなった(特に腰痛と痔)。以前より気持ちが安定し、ささいなことで悩まなくなった。怒らなくなった。よく眠れる。頭も冴える。他人の悪口を言ったり聞いたりするのが自然とイヤになり、「ありがとう」という言葉が自然と口をついて出るようになった。人間関係も家族関係もまず良好である。コンビニの店員など見知らぬ人から親切にされることが多くなった(気がする)。年を取ったせいもあろうが、「我ながら落ち着いたなあ~」と思う。若い頃は、晴れた休日など外に(街に)出かけないでいると罪悪感を覚えるほどの落ち着かなさ(ムラムラ感)に衝かれていたが、今はなるべく賑やかなところは遠慮したい。
 一等の成果は智慧につながったことである。
 これは瞑想をはじめて一年経った頃から感じられるようになった。
「ぬあ~んだ。結局この世にはナーマ(認識、心)とルーパ(対象、物)しかないんだ」とか「認識があるから対象が存在し得るんだ」とか、いろいろ見えてきた。
 こういう智慧は本で読むだけでは、頭で理解するだけではダメなのである。身をもって知るには瞑想するしかない。身をもって知ってこそ心は変容するのである。

 智慧が出てくると、今度はその智慧がどのように仏教では説明されているか、どのような言葉でブッダや過去の阿羅漢たちが語っているのかが知りたくなる。或いは、自分はこう悟ったけれど、それが正しいのかどうか確認したくなる。

 どこかに書かれていないのか?
 
 そう思っていたところ文庫版が出た。
 で、やっとアビダンマに手をつけてみようと思ったのである。

 まあ、書いてある、書いてある。
 瞑想をしていて自分が発見したことが、当たり前のように其処かしこに散りばめられている。以前は難しいと思っていた記述が水が砂に染みこむようにすらすらと入って来る。以前ならきっと特に引っかかることなく読み流していたであろう部分で、奥深い意味に気づいてハッと息が詰まる。「そうだったのか~」と唸ることしきり。


 アビダルマってこんなに面白かったのか!
 
 むろん、秘密はスマナ長老の説法にある。長老自身が序文の中で、共著者の藤本晃に感謝してこう言っている。

 「アビダルマ説法」はそれほど難しくはありません。強いて言えば喉が渇くくらいです。人が気楽にやりたい放題、話を脱線させながらおこなった講義を、整理整頓されたまともな本にすることは気が遠くなるほど難しい作業だと思います。

 「やりたい放題、話を脱線させながら」の部分が滅法(笑)面白いのである。スマナ長老の他の本や普段の講演でも時にドキッとするほどストレートな発言に触れる瞬間がある。そのたびに「そこまで言い切ってしまうのか」「初期仏教ってこんなにも過激なのか」と驚く。それ以外の部分は、直截的表現を厭う日本人に合わせてか、在家信者や一般読者を対象としているせいか、オブラートに包んだように曖昧で穏やかな物言いになっている。
 この本でのスマナ長老は、おそらく少人数の気のおけない会員を相手にした講義であったせいだと思うが、自由闊達、融通無碍に仏法を語っている。そこが一番の魅力である。
 とりわけ、本題に入る前の長い長い序章「アビダンマ早分かり」は、仏教の真髄が凝縮された驚くべき部分であると思う。まったく1ページ、1行たりとも疎かには読めない。ポイントにマーカーを引こうと思ったら、全ページ真っ黄黄になってしまいかねない。


以下、引用。


● アビダンマの目的

 ものごとの真理をとことん納得したら、自分がやりたい快楽を追いかける道が、馬鹿馬鹿しく見えるのです。欲望、快楽、知識、名誉、財産、ありとあらゆるこの世のものを目指していく道が、馬鹿馬鹿しく見えるのです。嫌になるのです。本能的に嫌になりますから、それからは自分の意思で、正しい道を歩んでみよう、励んでみようという気持ちが生まれます。
 アビダンマの目的は、修行する気持ちを起こさせること、そして、修行の過程において自分の心をどう理解してどう進むのかと、その道筋を示すことです。 


● 我々が生きている世界は3つだけ

 認識機能(心)があって、認識機能と同時に生まれるありとあらゆる感情(心所)があって、それから、認識機能がそこで機能する物質的な世界(色)があります。

 我々が生きているすべての世界はその三つだけです。世界にはそれ以外何もないのです。


●初期仏教は煎じ詰めれば「認識論」

 人間の問題は認識することから生まれるのですから、認識の範囲の中だけで、心と物質のはたらきを徹底的に分析するのが、初期仏教の立場です。
 
 我々が分かっているのは、眼、耳、鼻、舌、身に触れる色、声、香、味、触という五つのエネルギーだけです。我々が知っている「客観的な世界・宇宙」はその五つだけなのです。その五種類以外の物があるかないかさえ、私たちは知りません。

 生命のはたらきといえば、認識することだけなのです。他のことには何の関係もありません。


●悟り(涅槃)とは

 認識の仕組みが、苦しみ、無常であると分かったら、心が何か変わるはずです。その変わる瞬間に、現象でない状態、現象の超越という状態を、その瞬間だけ体験する。この瞬間が涅槃です。


●我々は変化するものしか認識できない(=諸行無常) 

我々が認識するものは、変化だけです。もし何も変化しないなら、何も認識しなくなります。同じ状態が繰り返し続くだけでも、認識できなくなります。例えば同じ音をずーっと聞いていると聞こえなくなります。同じ味をずーっと味わっていると、その味さえ分からなくなります。変化しないと認識できないのです。


●性格について 

性格を構成しているものは、ほとんどカルマです。・・・ですから人に「あなたの性格を変えてください」と言っても、そんなことはできることではありません。

●「無」について 
仏教で言う無は、物質が物質でいられなくなって、宇宙が消えて、エネルギーがいっぱい溜まっている状態ですから、何もないという意味の無ではない。


●人として生を受けたこと 

悪業や罪を犯せば、人間には生まれることはできません。人間に生まれたということは、前世で間違いなく善いカルマを作ったということなのです。


●自由意思について

人間には、善いことをすることも悪いことをすることも可能です。それは自由だからではなく、悪いことをしようとする原因を抑えると、善いことができるようになり、善いことをしようとする心を育てずにいると、悪いことをするようになるのです。因果法則でそれぞれ違った結果になります。


 繰り返し熟読玩味したい本である。
 文庫版第二巻の発売を修行しながら待つことにしよう。


 それにしても、玄奘が命を賭してガンダーラに求めた三蔵を、日本にいながらこんなに手軽に学習できるとは、我々は何と良いカルマを持っていることか!



●  本:『仏の発見』(五木寛之、梅原猛対談、学研M文庫)

仏の発見 「ここまで語った対話があっただろうか。仏教の常識が根底から覆る!」と帯にある。
 過大広告もいいところ。そんな大層な本ではない。

 どちらの話者も博覧強記にして仏教に関する造詣の深さでは日本有数の人である。学者や僧侶とは違った自由自在な発想も楽しい。
 中国からやってきた仏教が日本古来の神道=アニミズムと出会った時、自ずから変貌して「山川草木悉皆成仏」思想が生まれたという見解などは「なるほど」と頷けるところである。宗教は伝播する時にその土地の土着の信仰と大なり小なり融合して住民に受け入れられていく。一神教が砂漠に生まれたように、その土地の神の形態や性質は風土や気候と切り離せないものだからである。もし大乗仏教ではなく、小乗仏教が日本に直接入ってきたとしても、それはやはり日本風に変質していたことであろう。いや、禅こそがその姿なのかもしれない。

 この対談は話題が広く豊富で、「聖徳太子は両性具有ではないか」などに見られる発想の自在さもあって面白くはあるけれど、とりたててエキサイティングなものではなかった。 
 それは二人の話者とも、孫悟空が釈迦如来の手のひらの中から抜け出せなかったように、大乗仏教の中から一歩も出ていないからである。
 二人がそれぞれの出自や生い立ち、子供の頃の悲惨な経験を語っている部分がある。二人とも「苦」「心の闇」を味わい、それが後年仏教に引き寄せられるきっかけとなったことが分かる。
 だが、二人が必要としている仏教は、あくまでも大乗仏教それも親鸞や蓮如や空海なのだ。

梅原 釈迦の仏教には、共感できないところがあるんです。輪廻を脱するというが、親鸞の仏教なんかとはちがっているんですよ。釈迦の仏教は「人生は苦である」という、それが基本ですね。
五木 そうなんですね。
梅原 その苦の原因も、愛欲で、愛欲から争いが起こっていく。争いのもっとも酷いのは人殺しだと。結局、そういう人間の運命を克服しないといけない。
五木 はい。
梅原 それには愛欲を滅することが必要だ。戒律を守り瞑想をし、知恵を磨くことによって、愛欲を滅ぼす。完全に愛欲を滅した状態に達するのがニルヴァーナ、涅槃だ。ニルヴァーナに入るのは、生きているときは難しい。だから、生きているときに、そういう状態に達したのを「有余涅槃」といい、死んでからを「無余涅槃」という。そういう思想が釈迦仏教ですね。
五木 ええ。
梅原 「人生は苦であるか」という釈迦仏教に、疑問を提出したのが、大乗仏教ではないでしょうか。
五木 なるほど。

 
 親鸞の仏教という言い方は矛盾している。「親鸞教」と言うのが本当だろう。

 思うに、幼い頃に飢餓や戦争や親の死などの現実の「苦」を経験してしまった者は、かえって「人生=苦」というブッダの教えを理解しがたいのではないだろうか。というのも、ブッダのいう「苦」とは現実の苦しみよりもむしろ「虚しさ」「実存的不安」に近いように思うからだ。
 ブッダは釈迦国の王子として、生まれながらにすべてをー金も地位も権力も女も容姿も立派な両親もー手にしていた。普通の人が味わうような人生の「苦しみ」からもっとも遠いところにいたのである。そんなブッダの「苦しみ」とは現実的なものではなかったろう。
 出家後の荒行で、ブッダは肉体的・世間的・社会的な現実の「苦しみ」も十二分に味わうことになったけれど、それでも彼は悟りを追い続けた。現実の「苦しみ」では覆い隠せない、質の異なる「苦しみ」を感じていたと見るべきだろう。

 日本で生き続けてきた大乗仏教は、現実の「苦しみ」に対処するための心の薬だった。貧しさ、差別、病や死の恐怖、愛する者との別れ、嫌な者との出会い、戦争、自然災害・・・。避けることのできない事態を受け入れるべく、「仏という物語」が心を整えてくれたのである。
 現代日本人、五木や梅原などの世代ではなく戦後生まれの豊かさを享受しながら育った世代の抱える「苦しみ」は、出家前のブッダの感じていた苦しみにより近いのではないだろうか。それは伝統的な大乗仏教では癒されないのではなかろうか。
 テーラワーダ(原始仏教)が若い人を中心に急速に広がりつつある背景には、そのあたりの事情があるような気がする。



 

● 摩天楼法話会:『真理を喜ぶものは、安らぎを得る』(講師:アルボムッレ・スマナサーラ長老)

常圓寺 004 9月25日(火)西新宿駅にある常圓寺祖師堂にて。

 こんな繁華街のど真ん中、新宿駅から目と鼻の先にお寺があるとは知らなんだ。青梅街道をはさんだ向かい側には都庁はじめ高層ビルが林立している。相当な地価だろう。
 境内には墓園もあって、お彼岸最終日のこの日、墓参りに訪れた人々の姿がちらほらと見えた。便利なところにお墓があったものである。

 常圓寺は日蓮宗のお寺であ常圓寺 002る。
 日蓮というと他宗派をいっさい認めない排他的イメージがあるのだが、昨今の日蓮宗はそんなこともないらしい。
 それでも、それがどんなに偉くて有名であろうとも、大乗仏教の他宗派のお坊さんを講師に招くことは考えられまい。やはり、小乗仏教すなわち原始仏教(テーラワーダ)の長老だからこそ、スマナサーラ氏は招かれたのだろう。何というか、分家の行事に本家の長男がよばれてご挨拶みたいな感じだろうか。仏教の根本を今一度見直そうという、日本大乗仏教の焦りと反省みたいなものだろうか。

常圓寺 001 祖師堂というだけあって、お堂の正面には仏像ではなく日蓮上人が祀られている。
 参加者は80名くらい、ほぼ満席だった。
 法話の前に、全員で法華経を唱える時間が設けられていた。


 今日の話のポイントは、真理を知ることで平和が訪れる、というタイトルどおりの内容であった。(とわざわざ書くくらい、その日のタイトルとスマナ長老が実際にする話とはギャップがあることが多いのである。)
 以下、概略する。


● 人々が争ったり喧嘩したりするのは、曖昧なこと、はっきりと事実が判明していないことについてである。
 例)真の神はエホバかアラーか?
   聖書とコーランどちらが正しいか?
   尖閣列島は日本のものか中国のものか?
● 私たちは事実については喧嘩をしない。
 例)地球は丸い。
   ガンになったら病院に行って治療する。
   人の死亡率は100%。
● ゆえに、真理を知ったら最早争う必要がない。平和である。安らぎに満たされる。
● 真理を喜ぶ生き方とは、何が真理か自分で調べて確かめてみようとする姿勢のことを言う。
● ブッダの伝えた真理とは、「一切行苦」「諸法無我」「諸行無常」などである。
● 仏教は、しかし、上記の「真理」を押しつけることはない。ブッダの言葉が本当かどうか各自で徹底的に調べてみなさい。挑戦してみなさい。


 というような骨子であった。


 そうなのだ。キリスト教徒とイスラム教徒とが争うのは、神の正体が曖昧だからである。いつの日か大空から全知全能の神が降りてきて、全人類の前で生命や自然を創り出す奇跡を行い、「私が神です。当然名前はありません。エホバもアラーも神ではなく、私が地ならしに派遣した弟子たちです。」とでも言明すれば、最早宗教戦争はなくなるだろうに。
 事実については誰もが納得せざるを得ない。
 あるいは、誰もが納得せざるを得ない事実が、真理なのである。

 では、我々は真理をどうやって知ることができるのだろうか?
 肝心なのはそこである。
 「ブッダの言ったことが真理だから、それをよく学んで信じなさい。」と言うのでは、キリスト教やイスラム教と何ら変わりはなくなる。あらかじめ真理(の書)があって、それに従うのは信仰である。それではいっこうに問題が解決しないのは見てきたとおりだ。

 そもそも、「私」が「真理」を発見する、という言い方自体に誤謬がある。
 受動態にすると分かりやすい。

 「真理」は「私」によって発見される。


 つまり、この「真理」は、発見された時点ですでに「私」というバイアスがかかっているのである。そこには、「私」の過去の経験、知識、欲望、怒り、コンプレックス、プライド、トラウマ等々が、多かれ少なかれ投影されてしまっているのである。それは、「私」にとっての「真理」であって、他人が見たら「真理」どころか「誇大妄想」「危険思想」「トンデモ本の世界」に過ぎないのかもしれない。
 実際、新興宗教の最終解脱したとか言う教祖が語る「真理」を見れば、この構造は手に取るようにわかる。
 「真理」が誰もが納得し誰にでも通用する事実の謂いであるのなら、「真理」は断じて「私のもの」「誰それのもの」であってはならないのである。
 結論として、「私」は「真理」を知ることはできない。


 では、どうやって・・・???


 「私」にできるのは、「私」の中味を観察し吟味し、その構造を調べ尽くすこと、そして、これまで「真理」として語られてきたこと、唱えられてきたこと、信じられてきたこと、伝えられてきたことについて否定もしくはペンディングすること、だけである。もちろん、それが仏教だろうとも・・・。
 クリシュナムルティはこう述べている。

 信ずるな。ただし、諸君自身をも含むいかなるものも。
 諸君の不信と共にぎりぎりまで歩め。
 そうすれば、疑い得たあらゆるものは虚偽であったことを、そして最も激しい<懐疑の炎>に耐えうるもののみが真理であることを見出すであろう。
 なぜなら、そうなってもなおかつ残るものが、懐疑をその自己浄化過程とする<生>にほかならないからである。(ルネ・フェレ著『クリシュナムルティ 懐疑の炎』より)



 仏教においては、カーラーマ経の中の10項目の教えが有名である。

 大乗仏教と原始仏教の最大の違いは、おそらく、大乗仏教が仏教を「信仰」にしてしまったところにあると思う。
 本来の仏教は、信仰とはかけ離れた実証主義の精神そのものなのである。(大乗の中では禅が実証主義だと思うが、禅は「悟り」を信仰にしてしまったように思う。)

 仏教の性質は、テーラワーダ仏教を学ぶ者が日常唱える「法の六徳」の中に明確に表されている。



 世尊の法は
1. 善く、正しく、説き示された教えです。
2. 実証できる(いつでも誰でも体験できる)教えです。
3. 普遍性があり、時の経過に耐えうる教えです。
4. 何人も試して、確かめてみよ、と言える教えです。
5. 実践者を涅槃に導く教えです。
6. 賢者たちによって各自で悟られるべき(他力救済を説かない)教えです。



常圓寺 003




● 初期仏教月例講演会:「正しい自己診断(セルフチェック)~自分で自分をチェックするための方法~ 」(講師:アルボムッレ・スマナサーラ長老)

 9月9日(日)夜、新宿区牛込箪笥区民ホール。
 大江戸線の「牛込神楽坂駅」真上にある新しいホールである。
 400名近い席はほぼ満席であった。

コスモス 008 タイトルからすると、仏教的に正しい自己診断の方法を教えてくれるものかと期待するが、スマナ長老はのっけからこれを否定する。

「自分を正しく診断するのは現実的には無理です。」


 なぜならば、
・ 一回の自己診断ですべてがうまくいくというのは誤解である。
・ すべての人はそもそも自分自身を最大に評価している。
・ 完璧な診断リストは存在しない。
・ 診断リストは多数存在し、リストを作った人の能力にも限界がある。
・ 多数のリストの中から一つを選ぶとき、「自我」というバイアスがかかる。(自分にとって都合の良いリストを選びがち)
・ リストを持つ時点で、自分の人生を他人にまかせてしまうことになる。
・ 自分でリストを作る場合でも、結局は世間の考え方を参考にせざるをえない。(すなわち、世間の評価を基準とすることになる) 


 リストとは何のことか?
 生きる上での指針であり、哲学・思想であり、信条であり、主義であり、宗教である。
 どういったリストを選ぼうとも、上記のような理由があるため、人は正しい自己診断には至らないと言うのである。
 だが、生きていく上で自己制御は必要である。自分自身をどのようにコントロールし、どう身を処すればよいのだろうか?

「to do リストも、not to doリストも役に立ちません。」


 と、スマナ長老は言う。
 仏教の五戒やモーゼの十戒のような「~するな」という教えも、カント倫理学のような「~すべし」という定言命令も、根本的な解決にはならない。
 なぜなら、新たな時代の新たな環境のもと、新たに起こってくる事態に対して、新しい命令を次々と追加していかなければならないからである。(国会で一年間に制定される法律の数は50本以上である!)


 「仏教は、心そのものを根本的に改良する方法を伝えます。」


 と、ここからが本日の講演の主眼である。
 いつも前置き部分に時間をかけるのがスマナ長老の話の特徴と言える。もっとも大事なところを時間に追われるようにサラッと流してしまうのである。

 さて、お釈迦様が語る自己診断法には、出家のためのものと、在家信者のためのものがある。
 出家のためのものとして「十項目の経典(DASA DHAMMA SUTTA)」がある。在家信者のためのものとしてスマナ長老が挙げたのは、「カーラーマ経典」であった。

 このように私は聞いた。あるとき、世尊(お釈迦さま)はカーラーマ族の町に入られた。そこでカーラーマ族の人々は、世尊にこのように訊ねた。
 「世尊よ、ある沙門、バラモンたちがやってきて、彼らは自分の説だけを正しいと言い、他の説を罵(ののし)り、誹(そし)り、けなし、無能よばわりいたします。さらにあるとき、またちがう他の沙門、バラモンたちがやってきて、彼らもまた、自分の説だけが正しいと言い、他の説を罵り、誹り、けなし、無能よばわりいたします。
 いったい、だれが誠を語り、だれが偽(いつわ)って語っているのか、という疑いがあります。どうぞ、私たちにだれが正しいのかを教えてください。」


 お釈迦様は答える。

 「カーラーマ族の人々よ、あなたがたが疑うのは当然のことである。そして、疑いのあるところに惑(まど)いは起こるものである。あなたがたはある説かれたものを真理として受け取るときに、
① 人々の耳に伝えられるもの、例えば秘伝や呪文(じゅもん)、神の啓示などに頼ってはいけない。
② 世代から世代へと伝え承けたからといって頼ってはいけない。
③ 古くからの言い伝え、伝説、風説などに頼ってはいけない。
④ 自分たちの聖書や教典に書いてあるからといって頼ってはいけない。
⑤ 経験によらず頭のなかの理性(思弁)だけで考えることに頼ってはいけない。
⑥ 理屈や理論に合っているからといってそれに頼ってはいけない。
⑦ 人間がもともと持っている見解等に合っているからというような考察に頼ってはいけない。
⑧ 自分の見方に合っているからというようなことだけで納得してはいけない。 
⑨ 説くものが立派な姿かたちをしているからといって頼ってはいけない。
⑩ 説いた沙門が貴い師であるというような肩書などに誤魔化されてはいけない。 


 この経典は、「真理か否か他人に頼らず自ら実践して確かめよ」という仏教の基本姿勢を示すものとしてつとに有名なのであるが、上記の対話には続きがあって、そこで自らの心を改良するやり方について説いていると言うのである。 

 その方法とは、「潜在衝動をチェックする」ことである。

1. 貪・瞋・痴のどれか一つが潜在衝動として心の中に表れてきたら、すかさずチェックする。衝動をチェックできると、それが消える。
   例)「いま私の心に上司に対する怒りの感情が出てきたゾ」
2. 貪・瞋・痴に動かされたしまったときに起こる可能性ある行為とその結果を思い浮かべる。
   例)「相手を殴ったらその瞬間は気分がいいけれど、会社をクビになって家族が困るだろう」
3. このように自己診断したあと、慈悲の瞑想で治療する。
    上司が幸せでありますように、
    上司の悩み苦しみがなくなりますように
    上司の願い事が叶えられますように
    上司に悟りの光が現れますように。
4. 四方八方の無量の生命に対して慈悲喜捨を念じる。
    生きとし生けるものが幸せでありますように、
    生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように、
    生きとし生けるものの願い事が叶えられますように、
    生きとし生けるものにも悟りの光が現れますように。
5. すると、心の闇(=自我)が破れ、平安が訪れる。 

 この方法は、他人に頼ることなく、自分で判断し、自分でチェックできる心の制御法であり、心を根本的に改良する方法である。
 
 と、自分の理解できる範囲で講話をまとめてみた。
 「潜在衝動をチェックする」とは、別の言葉で言えば「気づき」であり「サティ(念を入れる)」であろう。自らの心の中を観察して、浮かび上がってくる衝動(感情)に流されず、その尻尾をつかまえて、その正体(怒りか、欲か、無知か)を暴き出し、すかさず楔(くさび)を打て、ということと理解する。

 別の経典中にずばりそのものを見つけた。

 比丘達よ。まだ大悟していない正覚前の菩薩のとき、思念を二つに分けてはどうだろうかという考えが起こった。欲尋と瞋尋と害尋とを一方に、出離尋と無瞋尋と無害尋と一方においた。
 不放逸に、精進し努力しているとき、欲尋が生じると、私に欲尋が生じたと知った。この欲尋は自分を苦しめるために、他人を苦しめるために、自分と他人を苦しめるためにある。これが慧を消滅させ、涅槃に行くのを抑えるものである、と知った。
 それが自分を苦しめるためにあることを思慮してみていると、欲尋は消滅した。他人を苦しめるため、両者を苦しめるためのもので、慧を消滅させ、抑圧するもので、涅槃にならない、と思慮して見ていると、欲尋は消滅した。私は欲尋を捨て、生じた欲尋を軽くし、すべてをすっかりなくすことができた。(第9巻中部根本19)


 これは面白いことに、有能なカウンセラーがカウンセリングを行う際に行っていることと同じである。
 クライエント(相談者)の語る話の中味や態度について、カウンセラーも人間である以上、肯定的であれ否定的であれ、何らかの感情を抱かざるを得ない。その感情があまりに強くなると、クライエントをありのままに受け止めるのが難しくなる。その感情は自然とカウンセラーの表情やそぶりや話し方に現れて、クライエントに何らかの影響を与えることになる。転移や逆転移を起こすきっかけになる。
 熟練したカウンセラーは、相手の話を聴きながら、自分の心の声も同時に聴いているのである。
「あっ、いまちょっとムカってきた。」「あっ、いまうんざりしている。」「あっ、いまクライエントに欲情している。」e.t.c
 このように気づくことによって、カウンセラーは浮かび上がってきた衝動(感情)に無自覚に身を任せることなく、その衝動をコントロールする位置に立てるのである。


 現代カウンセリングで用いられている技法を2000年以上も前にブッダは説いているのである。
 それどころか、最近はブッダの瞑想法(ヴィパッサナー)をベースにした「マインドフルネス認知療法」というのが世界的に注目されているらしい。

 心に浮かぶ思考や感情に従ったり、価値判断をするのではなく、ただ思考が湧いたと一歩離れて観察するという、マインドフルネスの技法を取り入れ、否定的な考え、行動を繰り返(自動操縦)さないようにすることで、うつ病の再発を防ぐことを目指す。(ウィキペディア「マインドフルネス認知療法」より抜粋)


 やっぱりブッダはすごい。


コスモス 001 ところで、今回会場となった神楽坂は、20年以上前に5年ほど勤めていた職場がある。
 実に、20年ぶりに界隈を散歩した。
 勤めていた会社の建物も、社員がよく利用していた喫茶店やそば屋もちゃんと残っていたけれど、先輩とよく行った飲み屋やたまに独りでランチを食べたカフェなどが無くなっていた。神楽坂全体がすっかりオシャレになり、華やいでいた。
 会社を辞めた時、20年後の自分をまったく想像できなかった。生きているかどうかも確信できなかった。(そんなに長生きしたくないと思っていた。)

 まさか、介護の仕事をやるとは・・・!
 20年前の自分が「もっともやりそうにない」仕事の一つである。

 まさか、仏教の講演を聴くようになるとは・・・!
 20年前の自分は完璧に無宗教であった。


 不思議なものだ。

● 本:『一生、仕事で悩まないためのブッダの教え』(アルボムッレ・スマナサーラ著、知的生き方文庫、三笠書房)

一生仕事で悩まない 人が仕事に関して抱える様々な悩みについて上座仏教(テーラワーダ)の立場から回答したものである。
 すなわち、ブッダならこう答えるだろう。

 この本を手にしたのは、自分が一ヶ月ほど前から介護という新しい職種、老人ホームという新しい職場に飛び込んで、いろいろなストレスを感じている真っ最中だからである。
 仕事を覚える大変さ、同僚や利用者の顔と名前を覚える大変さ、職場の雰囲気に馴染むまでの緊張感、次第に見えてくる人間関係とそこへの配慮、何もできないことの焦りと苛立ち、年下の先輩から叱りつけられる情けなさ・・・・。転職にあたって予想はしていたので「まあ、こんなものだろう」と思うくらいの余裕はあるが、何度重ねても新しい仕事、新しい職場に馴染むのは一苦労である。
 そう。いつの間にか転職の多い人生になってしまった。
 アルバイトも含め一年以上続いたものをピックアップすれば、これで7回目となる。40代後半という年齢ではきっと多いほうだろう。一番長く続いたもので8年ちょっとである。
 「転がる石に苔生さず」ということわざは良くも悪くも解釈できるというが、自分はどっちだろう。

 振り返ってみると、自分の転職は常に人生のリセットのようなものであった。積み上げてきたすべてをチャラにしてゼロから再スタートするみたいな。前職で蓄積された経験や技術を踏み台にして次の職場を選択するという考えがハナからないし、一つの職場を辞めるときに次の職場が決まっていたことも一度もない。
 だから、仕事と仕事の合間には無職の日々が入る。失業保険や退職金で生計を立てながら、人生の中休みとかうそぶきながら次の仕事を探すのである。綱渡りの人生、というよりも空中ブランコの人生である。
 よくまあ、やって来られたなあと思う。

 一つには、養うべき家族がいないことがある。自分一人を食わせれば良いので腰が軽いのだ。
 一つには、地位や名誉や贅沢には関心がないことがある。金のかかる趣味もないので、生活保護レベルの収入があれば快適に暮らせる。
 将来への不安、老後の心配はあるにはあるが、こればかりは金があっても家族があっても決して安泰できるわけではないと知っている。むしろ、健康が重要である。いまのところあちこちにガタは来ているものの、まずまず健康と言える。
 
 一つの職場である程度働いて仕事をそれなりにこなせるようになると、どういうわけか次に駒を進めなければという思いが募ってくる。「ここで自分ができること、やるべきことは終わった」という声が胸の奥から聞こえてくる。そうなると、次なる道も確かに見えていないのにリセットボタンを押してしまうのである。
 それは、思慮の結果ではなく、直感に近い。
 世間一般からすれば、愚か者なのだろう。

 しかし、この年齢になって気づいてきたのだが、個々の間では一見何の脈絡もないように思われる過去の仕事やそこで得た経験の一つ一つが、こうやっていくつか揃ってみると、ジグゾーパズルのピースが埋まっていくように一つの大きな絵が浮かび上がってくるような気がするのである。
 その図柄が何かはまだ明瞭にはなっていないが、「こうなるべくしてなったんだな」という受容の気持ちは、過去の自分、今の自分を肯定する力になる。
 思考よりも直感のほうが賢いのかもしれない。

 さて、新しい職場に飛び込むときは、自分をサラにして臨まなければならない。過去の仕事で得た地位や肩書きやプライドは邪魔にこそなれ役には立たない。それを振りまいていたら新しい職場に馴染むことはできまい。人間関係もうまくいくはずがない。

 新人というのは、何でもいいから勉強し、少しでも役に立つ人間になれるよう、ひたむきに努力しなければなりません。
 新人が我を張って「ああだ、こうだ」と不満をいうなど、あり得ない話なのです。
 人に何かを教わるときは、そのくらい徹底した意識が必要です。

 学校を卒業したら、もう学ばなくていいとでも思っているのでしょうか。
 そんなことは絶対にあり得ません。
 生きている限り、一生学び続ける。それが、人間の本来の姿です。

 
 幾つになっても学ぶことができる。誰からでも学ぶことができる。
 その幸せを噛みしめなければいけないなと思う。

 ブッダの教えは常に心強い指針となる。


● 講演会:『医療と宗教のかかわり~ビハーラの現状と課題~』(講師:田宮仁)

 (財)日本仏教讃仰会主催の仏教セミナーに参加した。

 講師の田宮仁(まさし)氏は、淑徳大学の先生であり、仏教を背景としたターミナル施設の呼称としてそれまで使われていた「仏教ホスピス」という表現に替わって「ビハーラ」という言葉を提唱した人で、1992年には実際に新潟県長岡市に臨床の場としてのビハーラを日本で初めて開設した。いわば我が国のビハーラの生みの親である。

 講演は、まず日本でターミナルケアが重要視されるようになった背景についてから始まった。
・ 生まれる場所、死ぬ場所が、家の畳の上から病院のベッドの上になった。(後者が8割を占める)
・ 死亡原因の1位が、結核→脳血管障害→癌、と変わってきた。特に、働き盛りの世代の癌死が多い。
・ 癌における痛みの問題が浮上してきた。
・ 癌死の増加と共に「ターミナルケア」「ホスピス」という言葉がマスコミに登場するようになった。

 これまで1分1秒でも延命させる(生体反応を持続させる)ことを使命としてきた医療のあり方が問われるようになり、最期をどう看取るのが当人のために良いのかが議論されるようになってきた。同時に、「生きている間はお医者さん、死んだらお坊さん」という医療と宗教の棲み分けが当たり前の現状に疑義が呈されるようになった。

 もともと医療と宗教は分かれていなかった。
 歴史を振り返ると、僧院の役割の一つに、患者とくに末期の患者の看病をし極楽往生できるように取りはからうことがあった。平安時代の源信僧都の著した『往生要集』には、いかにして死ぬか、いかに看取るかを細かく取り決めた臨終行儀というものがあるそうだ。
 また、僧になるための修行の中に医学が組み込まれており、武士が戦地に赴く時は常に陣僧(従軍僧)が同行し、戦いで怪我をした者を治療し死者を看取り弔ったとのことである。
 医療と宗教は、時代を下るにしたがって分業化し専門家していったのである。

 一方、海外では、欧米のキリスト教系のホスピスの例を挙げるまでもなく、人の死に逝く場所には宗教者の存在が欠かせない。この世の罪を懺悔し天国に行くことを望むには死んでからでは遅いのである。
 自分が数年前にエイズの調査でイギリスの公立病院を見学した時、エイズ患者をケアするスタッフチームの中に、医師や看護師や栄養士や薬剤師やカウンセラーと並んでチャプレン(牧師)が入っているのを知ってびっくりしたことがある。
 同じアジアに目を向けると、韓国や台湾の国立病院の中には仏間があり、入院患者が好きな時に読経したり祈ったりすることができるそうだ。

 なぜ、日本だけがこんなにも医療と宗教とが分離してしまったのだろうか。
 なぜ、病院に僧侶がいると「縁起でもない」と忌避され、僧侶の仕事は死んだあとからになってしまったのか。
 田宮氏はこう言う。 

太平洋戦争で多数の死を経験したことにより、日本人の中に「死」に対する忌避感が形成されていったのではないか。
 
 これは戦後生まれの自分には思ってもみなかった見解であった。
 確かに、物心つく頃から周囲の大人達はじめ日本の社会全体が「死」を忌避し、語りたがらず、日常的に見えないものにしていく傾向は感じていた。だが、それは「明るく、前向きで、合理的で、欲望に肯定的であること」をモットーとするアメリカ文化(及び資本主義)の影響のためかと思っていた。
 昭和30年代の高度経済成長と足並みを揃えるように、畳の上から病院のベッドでの死へ、家の仏間やお寺から専用の斎場での告別式に、近所の墓地での土葬から郊外の火葬場へ。「死」は日常から隠され、日本人が持っていた「死の文化」が消失していった。
 自分はそういう傾向にどちらかと言えば奇異なものを感じていた。誰の人生にも100%やってくることが確実な「死」について、なぜそんなに向き合うことを避けるのかが若い頃からの不可解であった。大学生の頃、最初に行った海外旅行がインドであるのも、ベナレスの河岸でいわゆる‘不可触民’の男が死体を焼くのを飽かず眺めていたのも、人が生きる上で最も大切な2つのものをタブー視する日本社会の軽薄さに解せぬものを抱いていたからである。
 2つのタブーとは、一つはもちろん「死」、もう一つは「性」である。(このタブーに対する反骨が後年エイズのボランティアにつながった。)


 田宮氏は、戦後日本人がこのように「死」をタブー視し向き合おうとしない風潮に渇を入れたのは、ほかならぬ昭和天皇であったと言う。
 これも卓見である。
 1989年の正月、すべての日本人は、政府の都合で植物人間として生かされつづける昭和天皇を哀れに思い、ターミナルケアのあり方について問いを突きつけられたのであった。

 「死」に対する忌避観の形成は、宗教心の欠落を意味している。
 古来から日本人の宗教基盤は、神道(神社)と仏教(お寺)の二大柱であったことは今さら言うまでもないが、戦後このどちらも日本人の心を御することができなくなった。
 神道はそれこそ戦前・戦中の天皇を神とする国家神道が、敗戦と同時に崩壊したことで大きなダメージを食らってしまった。仏教は、金儲けや権威主義に走る仏教者の堕落で信を失ってしまった。
 その上に、現代日本人は、オウム真理教やら統一教会やらの影響で、宗教そのものに対するイメージが良ろしくない。
 また、西欧の近代合理主義や近代科学を小さな頃から学んでいるので、「神」や「天国」や「輪廻転生」など存在を証明できないものに対しては、はなから近寄らない。
 かくして、宗教心のない日本人があまた誕生している。

 これは、しかし、たいへんな悲劇である。
 宗教心とは、人の生き方の問題であり、死に方の問題であるからだ。
 それが「無い」人は、生きるための指針を持たず、その場その場の欲望に突き動かされて生きることになるし、老いや病や死に際してどう臨んだらよいかが全く分からないということになる。何かを「獲得すること」をのみ目的に生きてきた人ほど、つらい晩年が待っていることになる。老いも病も死も「喪失すること」にほかならないからである。
 超高齢化社会を迎える我が国の、最大の問題がここに立ちはだかっている。

 ビハーラは、その一つの解決策になるであろうか。


 「ビハーラ(VIHARA)」という言葉はサンスクリット語で「休養の場所、気晴らしすること、僧院または寺院」を意味する。

 田宮氏は「ビハーラ」の理念として次の3つを掲げる。
 

1. 限りある生命の、その限りの短さを知らされた人が、静かに自身を見つめ、また見守られる場である。
2. 利用者本人の願いを軸に、看取りと医療が行われる場である。そのために、十分な医療行為が可能な医療機関に直結している必要がある。
3. 願われた生命の尊さに気づかされた人々が集う、仏教を基礎とした小さな共同体である。(ただし、利用者本人やその家族がいかなる信仰をもたれていても自由である)

 要は、個人が仏教を基盤として「老・病・死」と向き合う場であり、そういう人たちが集う場であり、そういう人たちをサポートする場である。
 

 また、一つの基本姿勢を掲げている。

「超宗派の活動である。一宗一派の教義に偏ったものでない。」

 この理念と基本姿勢に基づいて、1992年の5月から新潟県の長岡西病院ビハーラ病棟(22床)が開設し、これまでに約2000名の人をそこで見送っている。敷地内には身寄りのない死者のために「無縁墓」ならぬ「有縁墓」がある。

 素晴らしい活動だと思う。
 仏教的空間、すなわち「慈悲」の雰囲気の中で、昔のように、心安らかに最期を迎えられる人が増えれば良いなあと思う。

 ただ、利用者の宗教心と必要性あってのホスピスでありビハーラであるのは言うまでもない。ビハーラを先に作って、「さあ、ここにいらっしゃい」というのは本末転倒であろう。
 その意味では、先に書いたように、日本人の宗教心が今後の動向を決めるのである。

 もっともありそうな可能性として、たとえば、創価学会専用の老人ホームやホスピス、幸福の科学専用の老人ホームやホスピスといったような、同一の固い信仰によって結ばれた信者たちケアする特定の宗教団体や宗派の運営する施設の登場が予想される。同じ信仰を持つ、同じ死生観を持つ仲間と最期の時を深い共感と理解のうちに過ごせるのは、それだけでも幸福であろう。ケアするスタッフ(医師や看護師や介護職など)も同じ信者であれば、患者や利用者の価値観や要望を理解できる良いケアが生まれるはずである。

 すべての人間に襲い来る「老」「病」「死」。
 そこに最初に光を当て、その苦しみからの解放の道を発見したのがブッダであった。ブッダは、『大般涅槃経』の中でターミナルをどう迎えるべきかを自分自身で模範を示している。ブッダが最期に弟子達に言い残した言葉がある。

「もろもろの事象は過ぎ去るものである。怠ることなく修行を完成させなさい。」


 ビハーラには輝かしい未来がある。



● 本:『なぜ、脳は神を創ったのか?』(苫米地英人著、フォレスト出版)

なぜ、脳は神をつくたのか なんと言っても本のカバーに記された著者プロフィールの量に圧倒される。
 老眼には厳しすぎる細かいポイントで43行×25字=1000字びっしり、苫米地氏の輝かしい経歴とこの世における成果の数々がここぞとばかり刻まれている。同じようなプロフィールは、ドクター中松と深見東州に見た覚えがある。
 だからなんだ、というわけではないが、自身をここまでアピールする人間に反感とは言わないまでも胡散臭さを感じてしまうのは、日本人である証拠だろうか。それとも単なる羨望か。こういった燦然としたプロフィールを見ると、イソップに出てきた他の鳥の羽根で自らの体を飾り立て自慢していたカラスの話を思い出すのである。
 いずれにせよ、著者のなんたるかはその著書が何よりも語ってくれよう。

 一読、苫米地氏の言っていることには同感できるものが多かった。(なんのこった!)
 自らの主義主張を押しつけるというものでは全然なく、客観的・論理的に神とは何か、宗教とは何か、宗教の役割とは何か、といったことを、いくつかの興味深いエピソード(広島・長崎に原爆を投下したエノラゲイには実は乗員達の心の安定をはかるべくカトリックの神父が乗っていたなど)を織り交ぜ、分かりやすく説明している。

 著者の意図はどこにあるのか。

 本書では、
・ なぜ、人は宗教(信仰)を求めてしまうのか?
・ なぜ、幸せを求める信仰心が人殺しにつながるのか?
これらのことを、脳科学、認知科学、分析哲学の視点から解明し、これからの時代、宗教に頼らなくてもいい幸福な生き方を探っていきたいと思います。

 
 著者は、人が宗教(信仰心)を求めてしまう3つの理由を挙げている。

① 人間が(自分自身が)不完全な情報システムであることを自覚して、完全な情報システムに対する憧憬や畏怖の念が生まれるから。
② 自分が持つ自我と情動を祖先から受け継いだものととらえ、祖先崇拝(シャーマニズム)が生まれるから。
③ 死への根源的な恐怖によって、死後の世界に対する何らかのストーリーが生まれるから。 

 完全な情報システム(=神、主義、思想)に対する信仰心が宗教現象を生み出していくが、組織化した宗教は政治や戦争に利用され、世の中を混乱に貶めていく。キリスト教徒もイスラム教徒もそれぞれの「神の名のもとに」闘って殺戮を繰り返している現況を見れば、宗教というものが人類にとっていかに愚かな、危険なおもちゃであるかが分かろうものである。

 苫米地はそこでニーチェばりに「神は死んだ」と述べ立てる。
 いや、苫米地が血迷って勝手にほざいているのではない。現代数学でそのことが証明されていると言う。

 宗教哲学者のパトリック・グリムは、1991年にグリムの定理を発表し、神は存在しないと証明しています。
 彼の証明は、数学で記述されているのですが、簡単に言葉でまとめれば、「神を完全な系として定義するとゲーデル=チャイテンの定理により、神は存在しない」という非常にシンプルなものです。

 グリムの定理が発表された1991年は、神が正式に死んだ年だといわなくてはなりません。

 次なる疑問はこうなる。

 我々は神(信仰心)なしで生きられるのだろうか?

 ここで苫米地が持ち出してくるのは、釈迦=仏教である。

 およそ2500年前に、釈迦は、「ブラフマンはいない」と唱えました。人々がみな神を信じ、その権威のもとに生きていた時代に、その存在を真っ向から否定したのです。

 ブラフマンとは、当時インドで支配的であったバラモン教において「宇宙の根本原理」とされる究極で不変の存在である。

 釈迦は、神を否定した結果、人々が神を必要とする理由を全部解決してしまいました。
 神を必要とする理由のひとつは、部分情報である人間が完全情報に憧れることです。そこで、釈迦が「完全情報はこの世にありません」といえば、あこがれは消えてしまいます。
 また、死を恐怖する人に対しては、「死んだら、その怖がっている君はいないんだよ」の一言で終わりです。


 釈迦の教えは、神が人間に寄せる無条件の愛といった、人間の心に強烈に突き刺さる幻想を売り物にはしていません。むしろ、人間にまとわりつくそうした幻想を徹底的に剥ぎ取り、その足かせや頸木から自由になることを教えています。
 その意味で、宗教的には非常に貧弱かもしれませんが、神の存在が科学によって正式に否定されたいま、思想的には非常に強烈な生命力を放ちつつあります。

 まさに革命的なブッダの思想は、今もテーラワーダ(いわゆる小乗仏教)に伝え続けられているが、その昔根本分裂によって分かたれ生まれた大乗仏教が、中国を経て日本に到来する間に、いかに変貌したか、なぜ変貌したかを分析している章は非常に面白い。日本の仏教では読経と苦行が重視されているが、そのどちらもブッダは重視しなかった。ブッダが出家達に勧めたのは瞑想であるが、この肝心な瞑想のノウハウは日本には伝えられなかったのである。

 さて、人々が宗教にたよらない世界、精神的に完全に自由である世界、絶対的な唯一の価値が存在するという幻想が否定された世界において、なにが一番大切か。
 苫米地は語る。  

 私が真っ先にイメージする世界は、餓死する人間が1人もでない世界です。
 日本国憲法をはじめ、たいていの国の憲法で保障されていることに、生存権があります。これをまず。世界的に保障することです。
 そして、もうひとつ必ず保障しなければならないのは、機会の均等です。

 ここにいたって、苫米地英人という人物が極めてグローバルな視点を持つ、博愛主義者であることが知られる。
 プロフィールの長さだけのことはある人なのかも・・・・・。



● 本:『小さな「悟り」を積み重ねる』(アルボムッレ・スマナサーラ著、集英社新書)

001 よく本を出す人である。

 前に書いたものの改定新版を別にしても、毎月数冊ずつ新著が出ているのではないだろうか? 日々の講話がそのまま本になるからであろう。
 在日30年、日本語の能力も驚くべきものだ。
 母国語とは異なる国に行って、仏教という壮大にして深遠な思想をその国の言葉で大衆に伝えるという、想像するだに難儀な仕事をやって、今のところ成功をおさめているのであるから、フランシスコ・ザビエルや欧米に禅を広めた鈴木大拙に比肩できるような天才と言ってよいのだろう。
 その場合、日本がもともと大乗仏教の国であったということは伝道に際してプラスにも働いただろうが、テーラワーダ(原始仏教)と大乗仏教の齟齬ゆえに逆風もすさまじかった(すさまじい)だろう。日本の伝統仏教を信奉する者にしてみれば、「お前たちの仏教は偽物だ。仏の教えではない」と批判されているようなものだからである。
  
 とはいうものの。
 キリスト教の国、とりわけアメリカやラテン国家でテーラワーダを伝道することに比べれば、まだ日本はやりやすいと思う。それらの国では、国民の有する価値観や人生観が、東アジアの伝統的なそれとは違いすぎるからだ。

 テーラワーダ、というよりブッダの教えは、近代西欧文明の志向するものとはほとんど真逆に位置する。それは、近代西欧文明の出発点が、ルネサンスの人間中心主義やデカルトの「我思う、ゆえに我あり」にある以上、どうしてもそうならざるをえない。
 なぜなら、ブッダの教えは生命中心主義であり(最終的には生命からの脱却を目指しているが)、自我の否定にあるからだ。

 現代日本に生活する我々の価値観や人生観は、すっかり近代西欧文明に洗脳されている。その中には「平等」や「人権」のように大切な概念もある。が、一方、個人個人の欲望の追求と実現こそが幸福であるとする考え方が、終わりのない戦争と貧富の拡大と環境悪化と人権侵害と深い孤独を生んでいるのも事実である。

 この本で語られる言葉が、我々が通常正しいと思っている概念をすべてひっくり返していくように見えるのは、スマナサーラ長老が稀代の天邪鬼のように思われるのは、戦後日本人がいかにアメリカナイズされてしまったかの証左なのである。
 たとえば、こんなふうだ。

 
・ 人が考えるのはバカだからである。
・ 運命という考え方は間違っている。
・ 人生は尊いものではない。
・ あきらめる力が幸福をもたらす。
・ 自分探しは最後に自分を見失う。
・ 生きることに本来自由はない。
・ ポジティブすぎると人は成長しない。
・ 人間は本来自立できない生き物である。
・ 豊かすぎると人は奴隷の生き方を強いられる。
・ 愛はほんとうは悪いものである。
・ 「何もしない」という刺激こそ求めよ。
・ 過去の経験と記憶は思っているほど役に立たない。
・ 矛盾を当たり前として生きる。

 
 かくのごとし。

 心に留めるべきは、近代西欧文明によって洗脳され条件付けられた「自分」に気づいて、そのプログラムを解除し、新たに仏教というプログラムをダウンロードせよ、と言っているのではないところだ。

 プログラムをダウンロードすべき「自分」などそもそも存在しない、と言うのである。



 

● 講演:「人生はつらいことだらけだけど」(演者:アルボムッレ・スマナサーラ)

 日本テーラワーダ仏教協会主催の月例講演会に参加。
 東京代々木・国立オリンピック記念青少年総合センターにて。

 講師のアルボムッレ・スマナサーラは、スリランカ出身の上座仏教(テーラワーダ)長老である。
 『怒らないこと』(サンガ)、『心がスーッとなるブッダの言葉』(成美文庫)などのベストセラーを含む膨大な数の著書がある。押しも押されもせぬ日本の上座仏教界のリーダー的存在、というか今や日本人の精神的指導者の一人と言ってよいだろう。
 300名定員の会場はほぼ満席であった。

 今なぜスマナサーラ長老がこれだけ人気を集めるのか。今なぜ上座仏教なのか。

 会場に集まった一人一人に、それぞれの理由と求めるものがあるのだろう。
 だが、共通しているのは、既成の仏教教団(いわゆる大乗仏教系)では飽き足らないものを感じていること。かといって、キリスト教やイスラム教は文化基盤があまりに違いすぎる。近代以降の新興宗教は、統一協会やオウム真理教の事件以降、どうしても「うさんくさい」感じをぬぐいきれない。でも一方で、心の拠り所はほしい・・・。
 そこへ颯爽と現れたのが、スマナサーラ長老であった。

 もっとも、上座仏教自体は、明治時代に主要な経典が翻訳され研究されるようになっていたし、母国で上座仏教を信仰する在日のタイやミャンマーの人々を中心として、各地にお寺やサンガが存在してはいた。
 しかし、広く一般の日本人に紹介され、浸透するきっかけとなったのは、やはり、すぐれた語学力と他文化理解のセンスを持ち、スピーチ能力に長け、カリスマ性を宿すスマナサーラ長老の来日(1980年)、そしてその教えを広めるべく、1994年に日本テーラワーダ仏教協会が設立されたことが大きいだろう。

 「1994年」という年は、もしかしたら、第2の仏教伝来の年として、将来の歴史教科書に掲載されるかもしれない。そのくらい、大乗仏教と上座仏教は、別物なのである。

 近代化の進む中、廃仏毀釈して国家神道への道を歩み出した日本人は、敗戦で「神」を喪った。その後、「金」という神様に乗り換え、経済復興を果たしたけれども、バブル崩壊でその信仰も潰えてしまった。そこへ起きたのがオウム真理教事件であった。これで、決定的に宗教は「禍々しいもの」「うさんくさいもの」に堕ちてしまった。
 もはや特定の宗教を信仰していること自体が、他の人には大っぴらには言えないような「隠れキリシタン」ならぬ「隠れ信者」にされてしまったのである。何を信仰するか、あるいは信仰を持つ持たないの是非は別として、これは国際的には異常なことといっていいだろう。
 そうして、隠れ信者以外の多くの日本人は、確かな宗教的基盤を持たない存在の相対性の不安の中に置かれることになった。鬱や統合失調やパニック障害など、2000年以降の日本人の精神疾患の増加はこれを抜きにしては考えられないと思う。
 そこへ不意打ちしたのが、今回の震災・津波・原発事故である。

 上座仏教は、希望や目標を失い暗い森をさ迷う日本人に、新たな希望の光を、足場とする確かな梯子を与えてくれるのだろうか?

 スマナサーラ長老は言下に否定する。
「夢や希望を持つこと自体が大きな間違い」
「夢や希望という幻想と、現実とのギャップが、不満・落ち込み・怒り・妬み・憎しみ・失望・嘆きの原因」
仏教は信仰ではない。論理的で実践的な心の科学。仏教は理解し、実践するもの」
「生きることに意味はない。存在というのはもとから無価値」

 1500年の歳月を経て、我々日本人がはじめて知った仏教の真髄、お釈迦様の言葉は、想像を遙かに超えたとてつもない言説のオンパレードであった。
 それは、コペルニクスも真っ青の、存在意義の大転換を我々に迫る。
 これだけの哲学(哲学と言っていいのかどうかはわからないが)は、空前絶後だ。19世紀の西洋人が仏教を理解できず、「虚無の信仰」と怖れたのもまったく頷ける。

 果たして、どれだけの日本人が仏の教えを理解し、実践し、納得し得るだろうか?
 正直、まだ自分はその衝撃を受けとめ切れていない。
    

テーラワーダ仏教協会のホームページは
http://www.j-theravada.net/


2012秋の関西旅行 002

● 東と西とが出会う時 本:クリシュナムルティ・懐疑の炎(ルネ・フェレ著、瞑想社)

 久しぶりのクリシュナムルティの本。クリシュナムルティ・懐疑の炎

 と言っても、クリシュナムルティ自身が書いたものではなく、クリシュナムルティの教えの熱心な共鳴者にして理解者であるルネ・フェレが、クリシュナムルティについて解説した本である。

 第一部では、インドの貧しい家庭に生まれた少年が、いかにして「世界教師」の器として英国のブルジョワのスピリチュアリスト達に見出されたか。青年時代にどのような精神的成長を遂げていったか。そして、どのようにして覚醒したか(悟りに至ったか)を紹介する。
 そこに、著者は何にもまして「懐疑の精神」を認める。既存の伝統、宗教組織、教義、哲学、霊的体験(それがいかに神秘的なものであろうとも)、権威、イデオロギーについて、鵜呑みにするのではなく、むしろ徹底的に否定する。その否定につぐ否定の道行きの先にしか真理はあらわれない。
 結果、クリシュナムルティは自らを営々と養い育ててくれた母体自体(神智学協会、星の教団)をも最終的に否定し、決別することになる。

 第二部ではクリシュナムルティの教えの核心を、彼と長年の知遇を得た著者の理解のままに、著者自身の言葉で語る。
 「異様なまでに凝縮され、研ぎ澄まされたクリシュナムルティ論」と訳者である大野純一があとがきで書いている通り、実に考え抜かれ、時の中で熟成され、言葉も引用も選び抜かれ、無駄な説明を徹底的に省いた、高い緊張感と緊密な論理をはらんだ文章である。一行たりともおろそかには読めない。ルネ・フェレのクリシュナムルティ理解が半端でないことが知られる。たんなる解説書とか伝記の域を超えて、この本自体が一つの哲学書というか思想書と言うべきであろう。

 序文を書いた英訳者は愚かにも、「本書をクリシュナムルティの教えの入門書とみなされたい」と述べているが、なかなかどうして入門書のレベルではない。適切な喩えではないかもしれないが、大乗仏教の真髄を凝縮している般若心経みたいなものだ。般若心経を大乗仏教の入門書とは言えまい。
 クリシュナムルティを相当読んできた読者が手にしてはじめて、真価を発揮する本である。一文一文があたかもタグであるかのようで、そこをクリックすれば、クリシュナムルティという広大なサイバースペースにある、膨大な彼の著書の中の他の言葉群や、他の人間が記した彼の伝記中のエピソードにつながる、そんな感じである。
 
 自分も一時、相当クリシュナムルティを読んだ。クリシュナジーにイカれたと言ってもよい。
 覚者、光明を得た人、現代の仏陀、孤高の哲人、世界教師、真理を知る人・・・。
 その神秘的な生い立ちと、古代ギリシャの哲学者のような印象的な風貌、そして、世界的な学者であろうと宗教家であろうと政治家であろうとマスコミであろうと、いかなる対談相手をも凌駕する、洞察力と観察力と存在感。また、詩人としての才能も豊かであり、同じ大野純一が訳している『生と覚醒のコメンタリー』(春秋社)などは、自然描写と彼の哲学とが客観的で抑制の効いた詩的な文体のうちに見事に融合した、第一級の随筆である。ことあるごとに本棚から抜いては、あちらこちらのエピソードを読み返し、しばし黙想にふけったものである。(いまこれと同じことをナンシー関の本に対してやっている。)
 
 しかし、あるとき、引越しを機に、持っていたすべてのクリシュナ本を友人の経営している古本屋に売ってしまった。
 なぜか?
 「もういいや」と思ったのである。
 
 亡くなって25年になる今も依然としてクリシュナムルティの人気が高いのは、どの程度本気なのかは問わず、「悟り」を求める人が多いからであろう。「真理」と言いかえてもよい。自分もまたその一人である。それが、個人においても、社会においても、唯一の「苦」からの離脱の道だと思うからだ。
 悟りとは何なのか、悟った状態とはどんなものなのか、悟るためには何をすればいいのか、悟った人は世界をどのように見ているのか・・・・。
 そういうことを知りたくて、クリシュナムルティの本を何冊も購入しては熟読してきたのであった。それが、どの本も結局、同工異曲、同じ言説の繰り返しに過ぎないとわかっていても。(真理は一つなのだから、当たり前の話なのだが)

 しかるに、たった一つ、疑問があった。
 クリシュナムルティは一切、真理にいたる手段、方法について語っていないのである。自分自身が悟りながら、世界中を旅して悟ることの重要性について膨大な聴衆に伝え、自己変容を促しながらも、「そこに至る道はない」と無情にも言い放つのである。
 
 これは最初からわかっていたことだった。
 
 クリシュナムルティが、孤高の覚者として、何ものにも縛られない一人の世界教師として、最初の咆哮を放ったのは、いわばクリシュナムルティが「クリシュナムルティ」になったのは、1929年オランダのオーメン集会。何千人という会員の前で、自らが長であった「星の教団」の解散宣言をした時である。
 彼の第一声がこうである。 

 「私は言明する。<真理>は道なき領域であり、いかなる道をたどろうとも、いかなる宗教、いかなる教派によろうとも、諸君はそれに近づくことはできない。これが私の見解であり、私はそれを絶対かつ無条件に支持するものである」。

 この言葉がクリシュナムルティ自身を縛ってしまった、とは言わない。
 しかし、クリシュナムルティは執拗に(と言っていいだろう)方法論を語ることをその後の生涯にわたって拒否した。結果として、クリシュナムルティの周囲で、またはクリシュナムルティの言葉を聴いて「悟った」人間の話はまったく聞かないのである。
 むろん、悟った人間は「私は悟った」とは言わないからかもしれない。自己主張や自己定義や自己顕示の欲望から自由なのが「悟っている」ということであるならば。
 
 ある意味では、「一切の方法論に懐疑の目を向け、それが内包する欺瞞~自我(エゴ)が存続するための巧妙な手口~を徹底的に暴き、それを否定する」という方法論を提唱したと言ってもよいのかもしれない。そうやって、すべてを徹底的に洞察し、虚偽を虚偽として見抜き、退けたさきに、「それ」が訪れる可能性がひらける。

 人が、自分自身の避けがたい問題から逃避しようとする一切の企ては失敗に帰着するということを悟るに至るとき、彼は真の孤独の何たるかを知るであろう。クリシュナムルティが単独性(aloneness)と呼ぶものは、たんなる寂しさではなく、真の、根源的孤独である。彼は全的裸形と全的責任の苦悶を経なければならない。彼は己の最も内奥の苦痛であり、そしてそのなかで彼が生きている社会風土に助けられて無数の自己欺瞞の下にひた隠しにしてきた、基本的恐怖に直面しなければならない。彼はいまや、この恐怖に充分に気づく。それは彼の骨髄までしみ通り、彼をその氷のような手で締め付ける。けれども、この死の苦悶は新生の陣痛に他ならない。彼の恐怖の叫びは、突如として最終的な解放の歌になる。苦悩はそのクライマックスに達し、そして突然消え去る。人は、一切の<私>意識が置き去りにされた後の、ある新しい、名状しがたい状態のまばゆい光のなかへ入る。

 筋道は明瞭だ。
 しかし、誰がこの困難極まりない道程、自分が正しい方向に進んでいるのかどうかさえ検討がつかないような道を、たった独りで、誰の助けも、何の手段も用いることなく遂行できるだろう? それができるのは、クリシュナムルティのように「選ばれた」人のみではないか、と皮肉の一つも言いたくもなる。
 そしてまた、こうも思う。
 いかに生来の資質に恵まれていようとも、クリシュナムルティ自身もまったく独力で「そこ」に達したわけではない。少年の彼を見出し、然るべく教育した人々がいて、何がしかの霊的知識を与えつつ、世界教師への道を整えてくれた組織が存在し、個人的にもヨガや瞑想を指導してくれた師がいたはずである。それらがなければ、彼は生まれ故郷のインドにいて、バラモンの伝統のままに生き、ちょっとぼんやりした、仕事のできない貧相な男のままで一生を終えていたことだろう。・・・・・

 言いたいことは分かった。もう言葉は十分だ。
 要は、頼りにする杖を持つなということだろう。
 ならば、まずクリシュナムルティを片づけよう。
 そうして、自分はクリシュナムルティのすべての本を手放したのであった。


 クリシュナムルティの教えは、よく革命的と言われる。
 その通りである。
 しかし、実のところ、それは西洋人にとって革命的なのであって、東洋人、とりわけ仏教徒にとってはなんら目新しいものではない。もっと断定的に言えば、仏陀の教えをそのままに伝える南方系の仏教を学ぶものにとっては今さらの言説のオンパレードである。
 クリシュナムルティの教えは、まったくのところ仏陀のそれとかわりがないのである。(その意味では、両人がインドから出たということは何か因縁を感じる)
 たとえば、上記の引用文は、そのまま仏陀の教えの中核となる「四聖諦」と重なる。
 まず、一切行苦に対する認識があり(苦諦)、そこには渇愛という原因があることを見抜き(集諦)、それを終わらせることができることを確信し(滅諦)、そのための道を示す(道諦)。仏陀もまた「苦」こそが、解放への手がかりになることを説いたのである。
 しかも、仏陀にあってクリシュナムルティにないものがある。そう、4つめの道諦、真理へ至るための方法論である。仏陀は、道諦の具体的な内容として八聖道を伝えたのであった。

 クリシュナムルティが革命的と称えられる最大のポイントは、近代西洋文明の根本基盤となっている「自我」を否定したところにあろう。確固たる自我があると考えることがそもそもの誤りであって、その自我の固定化と拡張傾向こそが諸悪の根源と喝破したのである。そして、自我の形成にあずかるところ大である「思考」を、害悪以外の何ものともみなさなかった。

 これもまた仏陀の専売特許である。
 諸法無我。そして、思考を退治するための修行方法としての観冥想(ヴィパッサナー)。


 クリシュナムルティは、幼くして東洋(インド)から西洋(イギリス)に渡り、上流階級の間で西洋文化の洗礼を受け、西洋的学問やマナーを基礎から身につけた。日常会話も講話もクイーンズイングリッシュだったと言う。
 だからこそ、西洋的概念と語彙を使って、古くから東洋に伝わる教えを、西洋人に理解しやすいスタイルのうちに伝え広めることができたのだ。
 だからと言って、別にクリシュナムルティを貶めるつもりは毛頭ない。仏陀と同じ真理にほとんど独力で達した。それは、圧倒的に偉大なことである。

 そうして、西洋はクリシュナムルティを通じて、ようやく仏陀を発見するのである。

 

● 受動意識仮説の衝撃 本:『脳はなぜ「心」を作ったのか』(前野隆司著)

前記事の続き。

心と脳との関係についての3つの見解。

1. 心(意識)と脳(体)はまったくの別物である。(心身二元論)
2. 脳が心を作り出した。心(意識)は脳(体)の産物である。(身的一元論、唯物論)
3. 心が脳を作り出した。脳(体)は心(意識)の働きによって生み出された。(心的一元論、唯心論)

 偏見を承知で言うと、1は文系の人が、2は理系の人が、3は宗教系(スピリチュアル)の人が抱きやすい考え方だと思う。
 そして、1と3は、ある意味、魂の存在を信じることや、肉体上の死後の生を夢想することにつながる。2は、「死んだら終わり。はい、それまでよ~。」である。

 自分はどうか。1と3の中間くらいである。(2というわけではない。1のような気もするし、3のような気もするってことだ)
 もちろん、なんらかの根拠があるわけではなくて、「2が本当だったら、なんか嫌だなあ~」と思うからである。
 なんで嫌かと言うと、いまある「私」という意識は肉体によって産み出されたものにすぎず、肉体の崩壊=死とともに消失し、あとには何も残らないというふうに考えることが、「つまらない」「冒涜的」「屈辱的」「人間の尊厳を壊しかねない」「社会的にリスキー」と思うからである。要は「わたしがかわいい」のである。
 「社会的にリスキー」というのは、天国も地獄も来世の存在をも否定することは、「生きている間に好き勝手しよう」という刹那的な考えを蔓延させると思うからだ。21世紀の現代でも、やはり人々の心のどこかには天罰とか因果応報とか自業自得という観念が巣くっている。(例:震災についての石原慎太郎発言) それが、やけになって他人を傷つけたり自殺したりせずに、なんとか最期までまっとうに生き抜くためのよすが、砦となっているからだ。

 しかし、「そう思いたい」という願望や幻想、「そういうふうにしておいたほうが無難」といった方便と、科学的事実とは、分けて扱われなければなるまい。

 前野は、徹底した身的一元論者。2番である。
 茂木健一郎は、著書を読む限り、世に華々しく登場した最初のうちは明らかに2番だったが、徐々にあやしくなってきて「魂」とか言い始めている。今では1番に近いのではないか。(なるほど、この人には文系に対する憧れのようなものを感じる。)
 
 ところで、ここまで、「心」と「意識」を同一のもののように扱ってきたが、前野の見方に従って、次のように分別しよう。これは、脳科学者の松本元の説だそうだ。
 
心を成り立たせる部品は5つ・・・・ 知(知性、知力)、情(感情)、意(意図、意思決定する働き)、記憶と学習、意識 

 これ以外に「無意識」がある。無意識を心に含めるかどうかは微妙なところだ。無意識だけで生きている生物、たとえば微生物に「心がある」とは言いにくい。

 さて、意識とは、「知・情・意・記憶と学習」全体を主体的に統合する作用だと一般に考えられている。これは普段、我々が「私が知る」「私が考える」「私が感じる」「私が意図する」「私が決定する」「私が記憶する」「私が思い出す」「私が学ぶ」と認識していることを考えれば、首肯できるところだ。5つの部品のうち、上の4つはどれも「私」すなわち意識において起こっていると実感できる。

 知・情・意・記憶と学習については、脳科学の進歩によって、ある程度、そのシステムが解明途上にある。少なくとも、脳のどこの部分で働きを担当しているかがマッピングされている。
 一方、意識については、一体どこにあって、どんなふうに働いているのか(どのような生化学的作用が意識を立ち上げているのか)がまったくわかっていない。
 なぜ、科学的な法則で説明可能であるはずの肉体(脳)から、科学的にその存在すら証明できない心(意識)が生まれたのか。どうやってそれは他の部品を統括できるのか。「私」が認識する対象の生々しさ(夕日の赤、鳥の声、お好み焼きの匂い、アイスクリームの甘さ、絹の下着の肌触り、いわゆるクオリア)は一体なぜ、どうやって生まれるのか。「私」という感覚はなぜ、どうやって生まれたのか。
 わからないことだらけである。
 まさに、お手上げ。

 この人類最大の謎の一つに、前野が出した答えが、「受動意識仮説」である。

 自分とは、外部環境と連続な、自他不可分な存在。そして、「意識」はすべてを決定する主体的な存在ではなく、脳の中で無意識に行われた自律分散演算の結果を、川の下流で見ているかのように、受動的に受け入れ、自分がやったことと解釈し、エピソード記憶をするためのささやかな無知な存在。さらに、意識の中でもっとも深遠かつ中心的な位置にあるように思える自己意識のクオリアは、最もいとしく失いたくないものであるかのように感じられるものの、実は無個性で、誰もが持つ錯覚に他ならない。

 
 クオリアとは、エピソード記憶のどこを強調するかを決め、索引をつけるためのものなのだ。
 
 <私>とは、記憶とも「知」「情」「意」の多様さとも関係なく、ただ単に、ピュアに、「<私>というクオリアは<私>である」、という決まりが脳の中に定義された結果、作り出されたクオリアに過ぎないと考えられる。 (標題書より、以下同)


 ポイントは、心と体を合わせもった途轍もなく見事な「自分」というシステム全体の、主役であり、主体でもあるとこれまで考えられていたイシキ君について、『いや、そうではない。あいつは実は主役ではなくて脇役に過ぎない。本当の主役はムイシキ君だ。ただ、上演の関係上、都合がいいからイシキ君には自分が主役だと思わせておこう。』というところにある。
 真の主役は、舞台と客席と舞台裏で起こるすべてのことを把握して統括管理している演出家ムイシキ君である。そして、イシキ君の正体はと言えば、演出家の思うがままにしゃべり演じることができる、イケメンだけが取り柄のスター気取りの看板役者のようなもの。

 無意識のできごとを単純化して、錯覚し、わかったような気になっている井の中の「私」というのが、生命の真実なのだ。

 一体全体、なぜ、生命は、自然は、そんなことをしたのか?

 「無意識」の小びとたちの多様な処理を一つにまとめて個人的な体験に変換するために必要十分なものが、「意識」なのだ。「意識」は、エピソード記憶をするためにこそ存在しているのだ。「私」は、エピソードを記憶することの必然性から、進化的に生じたのだ。

 生物は進化の過程において、記憶力を発達させてきた。それは生き残るために有利な条件だからだ。サケが生まれ育った川に帰ってくるような本能による記憶装置だけでは、環境の大きな変化に対応できない。敵に襲われた場所と時間と状況を覚えておくことができなければ、予防することができず、また同じ状況を繰り返し作ってしまう。虫歯の痛みを覚えておけなければ、毎食後に歯を磨くという面倒くさい行為をやり続けることができず、健康を害してしまう。
 記憶力が優れている類人猿ほど、高い確率で生き残っていく。
 そして、記憶をエピソードとして、「物語」として脳内に残すことができるようになったのが人間なのである。まさにそのために、物語を体験し記憶に残すために、巧まずして生じたのが「意識」であり、「私」なのである。
 つまり、単に記憶力が向上した結果として、「意識」や「私」が生まれただけであり、そこに何も「ミッシングリング」とか、宇宙人による類人猿ロボトミー(脳手術)を持ち出してくる必要はない、ということだ。

 どうだろう?
 
 コロンブスの卵というか、コペルニクス的転換というか。
 あまりにも単純な説明なので、かえって真実らしい気がしてこないだろうか?
 意識に関するさまざまな難題、ゴルディアスの結び目を一挙に断ち切る説ではないか。
 自分は一読、感嘆の声を挙げた。

 この説のなんともビックリするところは、これがまたしてもブッダが言ったことに符合していることだ。

諸法無我。
「私」というのは幻想に過ぎない。心と体の中のどこを探しても「私」の実態はない。

 ブッダの言葉を現代までそのままの形で伝え続けるテーラワーダ仏教の長老アルボムッレ・スマナサーラはこう述べている。

人は、感じたものは、認識します。そして認識があるから、「私が知った」ということに自動的になるのです。「私は知った」という気持ちは一生続くので、「私」という概念、「私に魂がある」という強烈な誤解が、この「受(感覚)」から生まれるというわけです。この「感じる」というはたらきから、「私」という考え方が出てきます。なにかを感じるから「私はいる」と思ってしまうのです。(『心の中はどうなってるの?』サンガ) 


ブッダ、すげえ~!!
 

 前野がブッダの説いたところと同様の結論に至るのは、もはや不思議でもなんでもない。

あぁ、何十億人もの我が人類は、何千年もの長い時間、死を恐れ続けてきた。それは<私>という存在のこのあまりのはかなさを知らずして、その存在の終焉を恐れていたということだったのだ。なんという無知。
・・・・・私たちが理解したいと願い、失うことを心から恐れていたものは、なんと、無個性でだれもが持つ、単なる<私>という錯覚のクオリアだったのだ。

 ただし、前野説と仏法には大きな違いがある。

 ブッダは輪廻転生を伝えた。生まれ変わりのシステムから抜けることを「解脱」と言ったのである。これは、肉体の死後もなんらかの現象が引き続いていることを含意している。ブッダはそれが何であるか言明していないようだが、少なくとも「私」でないことだけは確実である。ともあれ、ブッダは一元論者ではない。
 もう一点。
 前野の説は、「すべてを決定しているのは無意識である」と言い切ってしまうことで、結果的に宿命論に陥ってしまいかねない。なにしろ、「私の意志」すら、私のものではなく、無意識による民主主義的多数決の結果というのだから。人間が向上するも堕落するもすべて無意識のせいになりかねない。
 それとも、無意識は常に個人や社会の向上を、種としての生き残りを目指して良心的に働いているはず、という前野自身の楽観主義のなせるわざか。
 現実の社会を見る限り、どうもそうとは思えない。
 ブッダは、輪廻からの解脱方法として、あるいは幸福への必須条件として修行や智慧や慈悲を重んじた。なぜなら、人間が何の努力もしないで心の赴くがままに(無意識のなすがままに)生きていれば、人も社会も必ず堕落すると考えていたからだ。
 ブッダは宿命論者ではなかったのである。


 ひとつだけ確かに言えることは、前野説を受け入れるための最大の反対者は、二元論者でも唯心論者でもなく、「私(意識、心)」そのものだという点である。
 有史以来、人類が、それこそ古今東西の偉大なる宗教家や哲学者や科学者が、「私」や「心」について考え続けた挙げ句、最後に到達した答えが、「私も意識も心もイリュージョン(錯覚)である。そもそも、そんなことを考えること自体、無意識のしわざであって、残念ながら、あなたはそれに気づかないで、自分が高尚なことを考えていると錯覚しているだけのオメデタい奴にほかならない。」では、あまりにお間抜けではないか!
 いったいどんな卑屈な「アイデンティティ(私)」が、この結末を素直に受け入れられるだろうか?


前野の受動意識仮説。
トンデモ本と取るか、意識の本質に迫る画期的なパラダイム転換の書と取るか。


より深い洞察を期待して、次作を待ちたい。




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