ソルティはかた、かく語りき

東京近郊に住まうオス猫である。 半世紀以上生き延びて、もはやバケ猫化しているとの噂あり。 本を読んで、映画を観て、音楽を聴いて、芝居や落語に興じ、 旅に出て、山に登って、仏教を学んで瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

ホスピス

● 本:『新ホスピス宣言 スピリチュアルケアをめぐって』(山崎章郎、米沢慧対談)

新ホスピス宣言 著者の山崎章郎(ふみお)は、ホスピス医としてターミナル(末期)の患者が自宅で療養できるように訪問診療している医師である。
 と同時に、特定非営利活動法人コミュニティケアリンク東京の理事長として、東京都小平市に、「広く一般市民を対象とし、がんなどの終末期にある方や高齢者の方など地域社会で様々な困難に直面している人々を支援し、医療、福祉、教育等の事業を通して安心して住み続けることの出来る地域社会づくりに寄与すること」を目的に、訪問看護ステーション、ヘルパーステーション、宅介護支援事業所、デイサービス、賃貸住宅、クリニック等が集合したケアタウン小平を開設、運営している。
 日本のホスピスケアのあり方を模索し、提言し、行動し続けるパイオニア的存在である。


 そもそもホスピスケア(緩和ケア)とは何か。
 日本ホスピス緩和ケア協会によると、「治療不可能な疾患の終末期にある患者および家族のQOL(Quality Of Life=生活の質)の向上のために、様々な専門家が協力して作ったチームによって行われるケア」である。あまり具体的でない。というかぶっちゃけ、まったく中味のない定義である。「死にそうな人をチームで支える」なんて、なんの目新しいこともない、当たり前の話ではないか。
 これに対し、山崎はこう定義する。
「様々な専門家やボランティアがチームを組み、自力だけでは自立(自律)することや、自分の尊厳を守ることが難しくなってしまった人々の、自立(自律)を支え、尊厳を守り、共に生きること。」
 自立(自律)、尊厳、共生―この3つのキーワードがホスピスケアにとって重要だと山崎は主張しているのである。

 では、上記のキーワードに基づいて展開されるホスピスケアとは具体的にどのようなものなのか。
 山崎はまず「痛みをコントロールすること」の重要性を声を大にして訴える。
 

 緩和ケアの領域では、がん性疼痛の除痛率は90%なのに、一般の病院や大学病院では痛みを取る割合が、まだ50%以下なんです。(山崎)
 
 がんの痛みで、方法はあるのに取れていないのなら、それは取らないほうが悪いんだということを明確にしていく。それはもう犯罪と同じことなので、たとえば患者さんたちに「痛みがとれなかったとしたら、医師を訴えてください」と言っていく。法廷の場で争っていくなら、私が原告側の証人になってもいいと思っています。(山崎)


 身体上の痛みをコントロールできて初めて、末期にいる患者はスピリチュアルな痛み(ペイン)を訴えることができる。スピリチュアルペインに対して行うスピリチュアルなケア、それこそがキリスト教圏で発達したホスピスケアの面目躍如たるところなのである。
 では、スピリチュアルペインとは何か。

 

 スピリチュアルペインは、身体的、社会的、精神心理的な痛みはみんなはぎ落とされてしまって、存在自体がスピリチュアリティそのものとしてむき出しになってしまった段階ということになります。(米沢)


 患者さんたちがスピリチュアルペインを感じるのは、死が近いことだけではなく、むしろ衰弱した結果として、自律した尊厳ある存在としての自分の日常生活が破綻したことに起因することが多いのです。・・・・
 決定的だなと思うのは、自力でトイレまで行けなくて、途中で失禁してしまったりすることです。(山崎)



 一言で言うならば、「アイデンティティの危機」ということになろうか。
 これまで何十年とかけて築き上げてきた「自分」という存在が、意味を失い始める局面である。
 そして、この局面にいたって初めて、人はスピリチュアリティに目覚めるという。
 関西学院大学神学部の窪寺俊之氏によると、「スピリチュアルペインに至るのは、スピリチュアリティという人間の持っているもう一つの機能が目覚めるから」「スピリチュアリティは、いろいろな困難に直面してしまってどう生きていいか分からないときの意味づけについて、たとえば神や自然などの自分以外の大きなものにそれを見つける機能であり、自分の内面の中にそれを求めていって、この状況で生きる意味を自分なりに見つけていく機能」だそうである。
 であるから、患者の持っているスピリチュアリティが適切に機能するようにサポートすることが、スピリチュアルケアということになる。

 では、ホスピスの現場で具体的なスピリチュアルケアとはなんなのだろう?

 

 身体衰弱の結果、自立した生活が破綻してきたときに、意味を見つけられなければ、「早く死にたい」と言うことになります。しかし、日常の具体的なケアを誠実におこなっていくことで、かつ並行しておこなわれる傾聴を中心としたケアを継続していくことで、もう死にたいとは言わなくなってくる人が多いんです。状況が悪化しているにもかかわらず、「早く死にたい、生きる意味が感じられない」という表現が消える。(山崎)
 
 「傾聴」の大切さは誰にでも分かる。カウンセリングの基本は「傾聴・共感・受容」である。それが、クライアント(患者)のスピリチュアルペインを癒す手助けとなることは理解できる。もっとも、本当に傾聴できる人は滅多にいないものだが・・・。
 一方、「日常の具体的なケア」とは、排泄・入浴・食事・移動・更衣などの一つ一つの介助のことを指す。それを誠実に行うこともまたスピリチュアルケアの重要な一部だと言っている。
 これは、介護職に就いている自分にとって目から鱗であった。
 もちろん、普段から丁寧な、かつ利用者に負担を感じさせない介護をしようと心がけてはいるが、それは利用者のQOLを高める為、あるいはADL(Activities of Daily Living=日常生活動作)の幅を広げる為という意味合いが強かった。こちらが誠実な介護をすること自体が、利用者のスピリチュアルケアにつながる可能性を持っているとは!
 実を言えば、介護の仕事を始めたはいいが、あまりの業務の忙しさで利用者の話を聴く時間さえ取れないという本末転倒ぶりに幻滅していた矢先であった。上記のことが本当であるならば、できる限り丁寧な介護をしていきたいと思うのである。

 死が近かろうが近くなかろうが、いまの現実のこの自分を受け入れられる人は、その大事な状況を受け止められるようになるんです。つまり、それまでの自分から考えると、とても耐え難いような惨めな状況になっても、いまを生きる意味を見つけられるステージに立てると思うわけです。・・・・・
 その人にとっていまを生きていることに意味を感じられれば、いつ死ぬかはあまり問題でなくなってきます。(山崎)


 スピリチュアルペインを脱した患者の多くは、死後について語り始めると言う。スピリチュアルケアはまた、患者が自由に死生観を語れる雰囲気をつくることである。
 死んだらどうなるのか。天国や地獄はあるのか。一足先に亡くなった愛する人々と再会できるのか。生まれ変わりはあるのか。・・・・・
 死ぬことを受け入れた患者が抱くいろいろな疑問や希望に付き添っていくのである。
 この部分は、日本のホスピスケア(緩和ケア)に決定的に不足している部分であろう。
 欧米のホスピスには必ずチャプレン(牧師、神父、司祭、僧侶などの聖職者)がいる。固い信仰を持ち、苦しんでいる人の話を聴く訓練を受けたチャプレンは、患者達の死への不安や恐怖を受けとめ、患者の死生観・死後観に付き添い、安らかな気持ちで最期を迎えることをサポートする。
 ここは医療が宗教にバトンタッチされる場面、あるいは医療と宗教が共生する場面なのだ。
 医療と宗教との共生がこれからの日本の緩和ケアの最も大きな課題であろう。
(→ブログ記事医療と宗教のかかわり参照)

 

● 講演会:『医療と宗教のかかわり~ビハーラの現状と課題~』(講師:田宮仁)

 (財)日本仏教讃仰会主催の仏教セミナーに参加した。

 講師の田宮仁(まさし)氏は、淑徳大学の先生であり、仏教を背景としたターミナル施設の呼称としてそれまで使われていた「仏教ホスピス」という表現に替わって「ビハーラ」という言葉を提唱した人で、1992年には実際に新潟県長岡市に臨床の場としてのビハーラを日本で初めて開設した。いわば我が国のビハーラの生みの親である。

 講演は、まず日本でターミナルケアが重要視されるようになった背景についてから始まった。
・ 生まれる場所、死ぬ場所が、家の畳の上から病院のベッドの上になった。(後者が8割を占める)
・ 死亡原因の1位が、結核→脳血管障害→癌、と変わってきた。特に、働き盛りの世代の癌死が多い。
・ 癌における痛みの問題が浮上してきた。
・ 癌死の増加と共に「ターミナルケア」「ホスピス」という言葉がマスコミに登場するようになった。

 これまで1分1秒でも延命させる(生体反応を持続させる)ことを使命としてきた医療のあり方が問われるようになり、最期をどう看取るのが当人のために良いのかが議論されるようになってきた。同時に、「生きている間はお医者さん、死んだらお坊さん」という医療と宗教の棲み分けが当たり前の現状に疑義が呈されるようになった。

 もともと医療と宗教は分かれていなかった。
 歴史を振り返ると、僧院の役割の一つに、患者とくに末期の患者の看病をし極楽往生できるように取りはからうことがあった。平安時代の源信僧都の著した『往生要集』には、いかにして死ぬか、いかに看取るかを細かく取り決めた臨終行儀というものがあるそうだ。
 また、僧になるための修行の中に医学が組み込まれており、武士が戦地に赴く時は常に陣僧(従軍僧)が同行し、戦いで怪我をした者を治療し死者を看取り弔ったとのことである。
 医療と宗教は、時代を下るにしたがって分業化し専門家していったのである。

 一方、海外では、欧米のキリスト教系のホスピスの例を挙げるまでもなく、人の死に逝く場所には宗教者の存在が欠かせない。この世の罪を懺悔し天国に行くことを望むには死んでからでは遅いのである。
 自分が数年前にエイズの調査でイギリスの公立病院を見学した時、エイズ患者をケアするスタッフチームの中に、医師や看護師や栄養士や薬剤師やカウンセラーと並んでチャプレン(牧師)が入っているのを知ってびっくりしたことがある。
 同じアジアに目を向けると、韓国や台湾の国立病院の中には仏間があり、入院患者が好きな時に読経したり祈ったりすることができるそうだ。

 なぜ、日本だけがこんなにも医療と宗教とが分離してしまったのだろうか。
 なぜ、病院に僧侶がいると「縁起でもない」と忌避され、僧侶の仕事は死んだあとからになってしまったのか。
 田宮氏はこう言う。 

太平洋戦争で多数の死を経験したことにより、日本人の中に「死」に対する忌避感が形成されていったのではないか。
 
 これは戦後生まれの自分には思ってもみなかった見解であった。
 確かに、物心つく頃から周囲の大人達はじめ日本の社会全体が「死」を忌避し、語りたがらず、日常的に見えないものにしていく傾向は感じていた。だが、それは「明るく、前向きで、合理的で、欲望に肯定的であること」をモットーとするアメリカ文化(及び資本主義)の影響のためかと思っていた。
 昭和30年代の高度経済成長と足並みを揃えるように、畳の上から病院のベッドでの死へ、家の仏間やお寺から専用の斎場での告別式に、近所の墓地での土葬から郊外の火葬場へ。「死」は日常から隠され、日本人が持っていた「死の文化」が消失していった。
 自分はそういう傾向にどちらかと言えば奇異なものを感じていた。誰の人生にも100%やってくることが確実な「死」について、なぜそんなに向き合うことを避けるのかが若い頃からの不可解であった。大学生の頃、最初に行った海外旅行がインドであるのも、ベナレスの河岸でいわゆる‘不可触民’の男が死体を焼くのを飽かず眺めていたのも、人が生きる上で最も大切な2つのものをタブー視する日本社会の軽薄さに解せぬものを抱いていたからである。
 2つのタブーとは、一つはもちろん「死」、もう一つは「性」である。(このタブーに対する反骨が後年エイズのボランティアにつながった。)


 田宮氏は、戦後日本人がこのように「死」をタブー視し向き合おうとしない風潮に渇を入れたのは、ほかならぬ昭和天皇であったと言う。
 これも卓見である。
 1989年の正月、すべての日本人は、政府の都合で植物人間として生かされつづける昭和天皇を哀れに思い、ターミナルケアのあり方について問いを突きつけられたのであった。

 「死」に対する忌避観の形成は、宗教心の欠落を意味している。
 古来から日本人の宗教基盤は、神道(神社)と仏教(お寺)の二大柱であったことは今さら言うまでもないが、戦後このどちらも日本人の心を御することができなくなった。
 神道はそれこそ戦前・戦中の天皇を神とする国家神道が、敗戦と同時に崩壊したことで大きなダメージを食らってしまった。仏教は、金儲けや権威主義に走る仏教者の堕落で信を失ってしまった。
 その上に、現代日本人は、オウム真理教やら統一教会やらの影響で、宗教そのものに対するイメージが良ろしくない。
 また、西欧の近代合理主義や近代科学を小さな頃から学んでいるので、「神」や「天国」や「輪廻転生」など存在を証明できないものに対しては、はなから近寄らない。
 かくして、宗教心のない日本人があまた誕生している。

 これは、しかし、たいへんな悲劇である。
 宗教心とは、人の生き方の問題であり、死に方の問題であるからだ。
 それが「無い」人は、生きるための指針を持たず、その場その場の欲望に突き動かされて生きることになるし、老いや病や死に際してどう臨んだらよいかが全く分からないということになる。何かを「獲得すること」をのみ目的に生きてきた人ほど、つらい晩年が待っていることになる。老いも病も死も「喪失すること」にほかならないからである。
 超高齢化社会を迎える我が国の、最大の問題がここに立ちはだかっている。

 ビハーラは、その一つの解決策になるであろうか。


 「ビハーラ(VIHARA)」という言葉はサンスクリット語で「休養の場所、気晴らしすること、僧院または寺院」を意味する。

 田宮氏は「ビハーラ」の理念として次の3つを掲げる。
 

1. 限りある生命の、その限りの短さを知らされた人が、静かに自身を見つめ、また見守られる場である。
2. 利用者本人の願いを軸に、看取りと医療が行われる場である。そのために、十分な医療行為が可能な医療機関に直結している必要がある。
3. 願われた生命の尊さに気づかされた人々が集う、仏教を基礎とした小さな共同体である。(ただし、利用者本人やその家族がいかなる信仰をもたれていても自由である)

 要は、個人が仏教を基盤として「老・病・死」と向き合う場であり、そういう人たちが集う場であり、そういう人たちをサポートする場である。
 

 また、一つの基本姿勢を掲げている。

「超宗派の活動である。一宗一派の教義に偏ったものでない。」

 この理念と基本姿勢に基づいて、1992年の5月から新潟県の長岡西病院ビハーラ病棟(22床)が開設し、これまでに約2000名の人をそこで見送っている。敷地内には身寄りのない死者のために「無縁墓」ならぬ「有縁墓」がある。

 素晴らしい活動だと思う。
 仏教的空間、すなわち「慈悲」の雰囲気の中で、昔のように、心安らかに最期を迎えられる人が増えれば良いなあと思う。

 ただ、利用者の宗教心と必要性あってのホスピスでありビハーラであるのは言うまでもない。ビハーラを先に作って、「さあ、ここにいらっしゃい」というのは本末転倒であろう。
 その意味では、先に書いたように、日本人の宗教心が今後の動向を決めるのである。

 もっともありそうな可能性として、たとえば、創価学会専用の老人ホームやホスピス、幸福の科学専用の老人ホームやホスピスといったような、同一の固い信仰によって結ばれた信者たちケアする特定の宗教団体や宗派の運営する施設の登場が予想される。同じ信仰を持つ、同じ死生観を持つ仲間と最期の時を深い共感と理解のうちに過ごせるのは、それだけでも幸福であろう。ケアするスタッフ(医師や看護師や介護職など)も同じ信者であれば、患者や利用者の価値観や要望を理解できる良いケアが生まれるはずである。

 すべての人間に襲い来る「老」「病」「死」。
 そこに最初に光を当て、その苦しみからの解放の道を発見したのがブッダであった。ブッダは、『大般涅槃経』の中でターミナルをどう迎えるべきかを自分自身で模範を示している。ブッダが最期に弟子達に言い残した言葉がある。

「もろもろの事象は過ぎ去るものである。怠ることなく修行を完成させなさい。」


 ビハーラには輝かしい未来がある。



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