- 著者のパーソナリティ
- 日本仏教界の内幕暴露
- ドイツ人から見た日本人
この不羈奔放さは著者の半生のあっちこっちで発揮されている。東京から京都までヒッチハイクしたり、山中に篭もって仙人のような修行生活を始めたり、大阪城公園でテントを張ってホームレスしながら青空坐禅会を開いたり・・・・・。
周囲の思惑や世間の目を気にせずに、自分の信念に従って突き進む純粋さと行動力はいっそすがすがしい。若さの特権ということもあろうが、周囲から浮いてしまうことを極度に恐れる日本の若者、否、日本人がもっと見習ってもいいところだと思う。ソルティの友人で、高校時代に日本に留学、日本人と結婚、その後神主になったオーストラリア女性を思い出した。
一人ずつ、金属製のボールにまず一杯のうどんが盛られます。「一杯」といっても、下の立場の人間になればなるほどその量が増えます。食べ終わると、やはりお代わりです。雲水は口が裂けても「もう結構です」と言えませんから、その場で吐いてしまう者もいます。吐いても許されるはずがありません。口から出た物を、胃袋に収めるまでは許してもらえません。それをしのぐコツはひとつ。いかにその場で我慢し、先輩が煙草を吸っている間にこっそり裏山で吐いてしまうか。「なぜそんな修行をさせられるのですか。食べ物をもっと大事にすべきではないでしょうか」と、私は恐る恐るリュッさん(ソルティ注:先輩の雲水)に聞いてみました。「お前は檀家さんに呼ばれた時、『もう結構です』と言えるのかよ。いくら出されても有り難く頂戴するのが礼儀じゃねぇか。そのための訓練だ」
本来は警策を頭の上ぐらいまでしか振り上げません。この僧堂で流行っていたのが「フルスイング」と呼ばれるもので、打つ方は警策を大きく振りかぶり先端は腰の下にまで垂れ下がります。そこから一気に、前方へ力任せに降り下ろすのです。何度も警策を受けていると、背中が腫れて「赤ちゃんを産む」状態になります。つまり、紫色に変色し腫れ上がる。そのうち皮膚が破れて、血が衣からにじみ出ることもあるのです。ある雲水は、今回の接心で警策を何本折ったか、競争しています。そのバカらしさをリュッさんに尋ねると、平気な顔で言います。「何を言っているのだ? 他の僧堂の接心では、毎回百本以上折れるところもあるそうだ。うちは一週間で二十本ぐらいだから、まだ少ない方だよ」

なぜ、かくも日本人は仏教に無関心なのか――。当時は不思議でなりませんでしたが、今から思えば、それも分かるような気がします。日本のお坊さんは、もはや一般の人に仏教を広める「聖職」にあらず、単にお寺の管理人兼葬式法要を執り行うサービス業に成り下がってしまっています。日本の若い人が既成仏教に救いを求めないのも、不思議でも何でもなく、当然のことです。それは、若い日本人が自分の生き方に悩み苦しんでいないからではなく、お坊さんが悩み苦しみを超えた生き方を提唱していないからです。
- 欧米人と日本人の仕事観の違い――「結果がすべて」の欧米、「がんばるのが一番」の日本。
- 身体感覚の違い――欧米人は「常にファイト・モード」で緊張している。日本人は放っておくとすぐにデレーッとする。
- 世界に名だたる日本人の十八番「イネムリ(居眠り)」についての考察――ドイツ人はイネムリできないそうだ。

さて、著者は坐禅によって何かを得たのだろうか? あるいは何かを捨てたのだろうか? 気になるところである。
若かりし頃の私は、人生問題の解決を坐禅に求めていました。坐禅と出会ってから、二十七年が過ぎましたが、「坐禅を噛み締める」ことによって、その解決を得られたかどうか、そこが知りたいという方もおられるでしょう。実は、「人生の意味とは?」という問いに対する答えを坐禅が導いてくれた、といえば嘘になります。「いや、坐禅そのものが解決であった」というのも、ちょっと違います。そうではなく、坐禅によって、私の求める方向性がガラッと変わったのです。人生においても、坐禅においても、一体何が正解なのか、私は未だに分かりません。しかし、「人生とは何か」「坐禅とは何か」というふうに、よそに向かって問うことだけは止めました。一瞬一瞬、この私自身の生きる態度が問われているのだ、ということに気づいたからです。私の禅修行は、「迷いの解決」を求めるためのものではありませんでした。坐禅に問われ、作務に問われ、家庭生活に問われ(ソルティ注:著者は2002年に結婚、現在父親になっている)、この日々こそ私の修行であったのです。そして、この「迷える者の禅修行」を人々と分かち合うことこそ、これからの私のつとめであり続けるのです。
道元(曹洞宗)や栄西(臨済宗)は何を言ったのか。
ソルティはよく知らない。
長年の厳しい修行によって著者の達した境地も、一日一時間程度の生ぬるい瞑想しか実践していないソルティの思い及ぶところではない。