ソルティはかた、かく語りき

東京近郊に住まうオス猫である。 半世紀以上生き延びて、もはやバケ猫化しているとの噂あり。 本を読んで、映画を観て、音楽を聴いて、芝居や落語に興じ、 旅に出て、山に登って、仏教を学んで瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

ポーの一族

● 自立する幽霊 映画:『アウェイクニング』(ニック・マーフィー監督)

 2011年イギリス映画。

 舞台は森と湖に囲まれたイギリスの田舎。
 時はヴィクトリア朝の匂いが残る20世紀初頭。
 頬白き少年たちが共に学び生活する堅牢な寄宿舎。
 そして幽霊譚・・・。


 これだけ揃って食指が動かぬわけがない。
 幽霊譚にはやはりそれなりの雰囲気が必要である。
 現代の都会のオフィスで起こる霊的現象も怖いにゃ怖い。ショートする蛍光灯、勝手に起動したパソコン画面に打ち込まれるメッセージ、突如鳴り出す電話のベル、空中浮遊する書類や文具。数年前上司との不倫がもとでビルから飛び降りた女子社員の座っていた席のあたりに人影が・・・・。
 怖いっ。
 だが、雰囲気に欠ける。
 自分が幽霊譚に望むのは「美しさ」「哀しさ」「時を超える愛惜」なのである。
 おそらく、こうした好みを作っているのは十代の頃に読んだ萩尾望都の『ポーの一族』であろう。もっとも、こちらは幽霊ではなく吸血鬼(ヴァンパネラ)であるが・・・。

 Awakening とは「目覚め、覚醒」という意味である。
 何を目覚めさせるのか。
 それは記憶である。
 意味深なタイトルだ。

 映像は悪くない。物語のプロットも凝っている。演技も手堅い。
 ニコール・キッドマン主演の『アザーズ』やスペインで大ヒットしたオカルトミステリー『永遠の子供たち』を思わせる。とくに、子供たちの寄宿舎という設定、ヒロインの過去が重要な鍵となるところ、そして哀しい結末などは後者に似ている。
 自分が望む3点セットを見事に満たしているので及第点を上げたいのだが、二番煎じ三番煎じなのが減点となる。

 この映画は、一連の「音」から始まる。
 重いドアをバタンと閉める音、厚いカーテンをシャーッと閉める音、石造りの床を打つ靴音、ドアの鍵をカチリと閉める音・・・。
 これらの音の連鎖に耳を傾けているうちに、自分の記憶も甦ったのである。
 それは、はじめて映画館で洋画を見始めた頃の印象である。
 何が驚いたって、西洋の日常生活において生じる様々な「音」の切れ味鋭さにビックリしたのである。日本の(自分の)生活空間にはない音が存在し、それらはこちらの心臓が止まるくらいの音量と鋭さとで自己主張する。
 ドアが閉まる音や鍵を閉める音、靴音などは、もろ生活様式、建築様式の違いから来る。日本の家屋は靴を脱いで上がる。西洋式のドアはもちろんあるけれど、普通それほど重厚なものではない。ふすまや障子やスライド式の扉も多い。室内で大きな物音を立てること自体、日本では一般に良くないとされる。自分の受けた躾の中にも「もっと静かに戸を閉めなさい」というのがあった。
 それまでに家のテレビでも洋画を見ていたけれど、テレビの音声、お茶の間の音量であったし、日本語吹き替えでもあったので、それほど気にならなかった。映画館の大画面、大音量を経験して、まず衝撃を受けることになったのである。

 衝撃の理由は、自分の生活の中にない音を発見したとか、音自体の鋭さ・喧しさに驚いたというだけではない。その「音」が暗に意味する西洋文化における「遮断」「断絶」「孤立」の感覚に畏怖したのである。
 たとえば、重い鉄の扉をバタンと閉める音には、きっぱりとした他者の排斥が聞き取れる。自他のテリトリーの固持または主張が感じられる。すなわち、西洋文化の根幹をなす「個人主義」が潜在している。
 その音は日本人の自分にとって、周囲の他者からの断絶の恐怖であり、自立を強いる社会からの圧力のように響いたのである。
 ひるがえって西洋の子供たちは、物心ついてからずっとこうした音の中で生活しているのだ。「自立」をあたりまえとしていくのも当然であろう。


 個人主義の文化における幽霊の恐怖は、おそらく、命や財産を脅かされることよりも、「他」によって浸蝕される「自我」の恐怖なのではないか。幽霊を最終的には退治したのはいいが、主人公が精神病院に収容されてしまうシーンで幕を閉じる映画を結構たくさん観た気がする。
 それにくらべると、日本の伝統的な(?)幽霊が常に「うらめしや~」と恨みを訴えて出てくるのは実に分かりやすい怖さである。
 「自立」とは、自分の足で立って歩くことである。伝統的な日本の幽霊には足が無くて、西洋の幽霊にはしっかりと足がついているのも面白い符合である。



評価:C+

A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 
        「東京物語」「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
        「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」
        「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」
        「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」
        「スティング」「フライング・ハイ」
        「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」      

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
        「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」
        「ギャラクシークエスト」「白いカラス」
        「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
        「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」 
        「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」「ボーイズ・ドント・クライ」

C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
        「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
        「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
        「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!


 
 

●  映画:『狩人の夜』(チャールズ・ロートン監督)

 1955年アメリカ映画。

 驚くべき映画である。
 今日では俳優としてほとんど名前が口にされることのないチャールズ・ロートンの生涯ただ一つの監督作なのであるが、この一作にして監督としてのロートンの名前は永遠に映画史の中にゴチック体で刻まれることになった。とりわけアメリカ映画史の中に置かれたとき、この真に独創的な実験映画的なスタイルは異彩を放っている。
 公開当時は不評で批評家にも大衆にも受け入れられなかったものが、現在ではカルト的な人気と高い評価をほしいままにしているという点でも、驚くべき作品である。日本初公開が本国に遅れること35年の1990年ということからもそれが知られる。
 
 リリアン・ギッシュ、ロバート・ミッチャムといったアメリカを代表する名優が出演していながら、なぜかアメリカ映画っぽくないところがある。
 モノクロの象徴主義的な映像は確かにヒッチコックやオーソン・ウェルズ(『市民ケーン』)の系統という気もするが、『カリガリ博士』や『吸血鬼ノスフェラトゥ』やフリッツ・ラングなどドイツ表現主義の流れをくむ作品のようにも思える。一方、全編(特に後半部)に漲っている幻想的でみずみずしい詩情は、『雨月物語』の溝口健二あるいは北欧の影絵のような印象を与える。
 ロートンの突出したオリジナリティは国籍を超えている。

 実際、いくつかのショットに想起したのは、なんと我らが「モー様」もとい萩尾望都の『ポーの一族』であった。
 たとえば、殺人鬼である義理の父親ハリー(ロバート・ミッチャム)から逃げる子供たちが農家の納屋の二階に隠れるシーン。わらのベッドに横たわり疲れた体を休める子供たち。大きな窓からのぞむ三日月の輝く美しい夜景、はるかな地平線。美しく、幻想的な、童話のような世界。と、豆粒のように小さく、画面左から現れて地平をゆっくり右へと移動していくのは、馬に乗ったハリーの黒い影。この美しさと恐ろしさのバランスはまさに「モー様」風。
 たとえば、ベッドに横たわる妻のウィラを殺そうともくろむハリー。天井の梁がベッドを底辺とした二等辺三角形を描いて、その中にたたずむハリーの月光を受けた姿は、これからアランに吸血の儀式を行うエドガー・ポーツネルのようである。
 萩尾望都がこの映画を観たとは思えない。むろん、ロートンが『ポーの一族』を読んだわけもない。
 二人に共通する芸術上の祖先がいると思うのだが、残念ながら見当がつかない。

 厳格な説教師にして妻殺しの男を演じるロバート・ミッチャム、不遇な子供たちを引き取って一人で育てる信仰に支えられた芯の強さと愛情深さとを合わせ持った女を演じるリリアン・ギッシュ。この二人にこの年のオスカーがいかなかったことは、アメリカアカデミー賞の歴史上、最大の失策だろう。
 真の価値が見出されるまで時間を必要とする作品があるということがその要因である。


評価: A-


A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 
        「東京物語」「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
        「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」 
        「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」
        「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」
        「スティング」「フライング・ハイ」
        「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」 
        ヒッチコックの作品たち

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
        「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」
        「ギャラクシークエスト」「白いカラス」
        「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
        「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」 
        「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」
        「ボーイズ・ドント・クライ」
        チャップリンの作品たち   

C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
        「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」
        「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
        「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
        「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!


 

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