
とりわけ、国立博物館前の噴水広場は、ログハウスのようなスターバックスができて、噴水を取り巻くベンチも新たに作り直され、木々の間を抜ける風も爽やかに、居心地の良い癒しの空間になっていた。
なんと言っても、ブルーシートの家々が見あたらない。
東京都や台東区のホームレス対策が効を奏しているのか、NPOなど民間支援団体の尽力なのか。
「彼等はいったいどこに行ったのだろう?」
単に上野公園から追い出されて、別の人目につかない場所に居所を移しただけでなければよいが・・・。
展示物はどれも興味深い。
チュニックと呼ばれる、アルパカなどの毛を染色した糸で編まれた色とりどりの貫頭衣が実に見事で、色合いもデザインもクール。インカの男衆は伊達っぷりを競っていたらしい。
もっとも人がたかっていたのはミイラであった。日本人のミイラ好きは大英博物館でも有名である。
一番感動したのは、最後に観ることができるマチュ・ピチュの3D映像である。コンドルの目線になってマチュ・ピチュを天空からまた地を這うようなアングルから探検することができる。まるで、実際にマチュ・ピチュに行き街の中を移動している錯覚が起きるほど、臨場感あふれる映像。素晴らしい技術である。
目の前の手の届くところをハチドリがぶんぶん音を立てて飛んでいく。
隣のおばさんが体をよけながら呟いた。
「映画で良かった。刺されるかと思った。」
(ハチドリは刺さないって・・・)
平日(木曜日)の午前中という、もっとも人出が少なそうな時間を狙って行ったにもかかわらず、終始人垣の後ろから展示ケースをのぞかなければならなかった。
一日の来場者数は4000人~5000人位、大盛況である。
順路の最後に開始日からの日ごとの来場者数が標してあって、少ない日でも3000人を超え、一番多い日(5/6だったと思う)は8000人を超えていた。
面白いのは、この来場者数を表すのにインカ帝国の数の表記方法であるキープという結び縄を用いているところ。結び目の数や結び方によって、数を記録するのである。(十進法)
このことが何を意味するかというと、インカ帝国には文字文化がなかったのである。
15世紀に栄えた文明としては不思議なことである。
それだけではない。
貨幣文化も持っていなかった。物々交換である。
マチュ・ピチュに代表される高度な石積みの技術からすると、文化度の高さはかなりのものである。他国との交流がまったくなかったわけでもない。
これはもう意図的に文字と貨幣を持たなかったとしか思われない。
合わせて、土地の私有も認められていなかったというから、「財産」という概念がなかったのではないだろうか。
もちろん、ホームレスなどいるわけがない。
