2011年アメリカ、カナダ製作。


 小説や映画に接するとき、通常、我々は物語の主役あるいは語り手の視点に同調する。
 主役や語り手の目を通して見られたものを共に見、耳を通して聴かれた言葉を共に聴き、経験する現実を共に(と言っても当然バーチャルではあるが)経験し、語り手や主役の心情を察しながら、共感しながら、共鳴しながら、物語を味わっている。
 たとえ、それがハンニバル・レクターのような猟奇殺人者であってその行動には到底共感できないとしても、物語に浸っている間は、読者はハンニバルの体験している現実を自分のものとし、彼の思考や心情にのっとって、彼の見方にしたがって物語の中の現実を見ている。いわば、主役や語り手の心の中を旅している。
 物語に接する際の前提として、我々は主役や語り手の経験する現実を信用できるものとしてとらえる。「詐欺師の告白」といった物語であってさえ、よもやこの詐欺師が「嘘を語る=読者までだます」はずがないと、何の確証ないのに信じて疑わない。
 その理由は、我々のだまされやすさ、人の好さにあるのではなくて、「物語」そのものが持っている機構だからである。つまり、あえて作者が読み手(観る者)にあらかじめ保証するまでもない「お約束」なのだ。このお約束があればこそ、我々は安心して物語の中に入っていくことができるのである。

 この機構に最初にひびを入れたのはアガサ・クリスティなのではなかろうか。
 寡聞にしてよく知らないのだが、クリスティの入れたひびが文学史上もっとも大きく、もっとも巧みで、もっともよく知られているのは間違いあるまい。
 もちろん、『アクロイド殺し』のことを言っている。
 実はあれと同じような「語りのトリック」を子供の頃モーリス・ルブランの作品中に読んで驚いたことがある。タイトルは忘れたが、語り手は豪華旅客船の中で起きた盗難事件騒ぎについてあたかも第三者の如く述べていくのだが、結局、語り手=真犯人=ルパンであったことが最後の最後に明かされる。びっくりしたものである。
 ポワロよりルパンのほうが古い。
 ただ、クリスティのほうがもっと狡猾に、もっと大胆に、もっと意識的に、このトリックを使っているので、桂冠はやはりクリスティに捧げるべきであろう。
 以来、ミステリーにおいてこの類のトリックは枚挙にいとまないほど連発することとなった。

 さて、映画ではどうだろう。
 やはり寡聞にしてよく知らないのだが、思いつくもっとも古いのは『未来世紀ブラジル』(テリー・ギリアム、1985年)である。全編ではなくて途中からの部分的ではあるが、主人公の経験する現実は実は妄想だった・・・・というトリックが仕掛けられていた。
 見事なのは、そのトリックが、『アクロイド殺し』はじめ大抵の推理小説においてはトリックのためのトリックにしかならない(読者を「ぎゃふん」と言わせるのが最大の目的である)のにくらべ、『ブラジル』ではトリックが明かされた瞬間、観る者は非常に切ない、非常に哀しい、非常にやり切れない感情を抱くことになる。なぜなら、主人公の現実が実は妄想だったという事実そのものが、作品そのものが持つテーマ(=権力に思考まで支配される管理社会)の恰好のサンプルとして提示されるからである。トリックが物語のテーマと有機的な結合を果たしているのだ。
 次に思い出すのは、ミッキー・ローク主演の『エンゼルハート』(アラン・パーカー監督、1987年)である。主人公は連続殺人事件を捜査する刑事であるが、真犯人はほかならぬ自身であった・・・という話である。観る者をだましていると言えないのは、主役の刑事自身が無意識のうちに殺人を重ねているので、自分が犯人だということに最後まで気づかないからである。
 映画における「語りのトリック」は、その後SF作家フィリップ・K・ディックの小説が次々と映画化されるに及んで一気に花開いた。
 いわゆるディック感覚である。
 『シックスセンス』(1999)や『アザーズ』(2001)あたりがディック感覚氾濫へのきっかけになったのではないかと思うのだが、今となっては犯罪サスペンスやサイコスリラーやオカルト映画を観るとき、頭の中でディック感覚ふうトリックを想定せずに観ることがないと言ってよい。そのくらいこの手のトリックが3番煎じ、4番煎じになった。

 『ドリームハウス』もまたそうなのである。
 観ている途中で、トリックに気づいてしまった。
 「あ~あ、またか」という感じで、そこにもはや意外性に対する驚きも、だまされた悔しさも、ましてや快感もないのであるが、よくできてはいる。
 そして、「語りのトリック」が観る者に明かされたあとに、もう一つトリックが用意されている。 
 ひねったな。
 ディック感覚がもはやマンネリであることにアメリカ映画界も分かっているのだろう。

評価:C+


A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 
        「東京物語」「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
        「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」
        「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」
        「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」
        「スティング」「フライング・ハイ」
        「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」   

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
        「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」
        「ギャラクシークエスト」「白いカラス」
        「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
        「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」 
        「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」
        「ボーイズ・ドント・クライ」

C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
        「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
        「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
        「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!