ソルティはかた、かく語りき

東京近郊に住まうオス猫である。 半世紀以上生き延びて、もはやバケ猫化しているとの噂あり。 本を読んで、映画を観て、音楽を聴いて、芝居や落語に興じ、 旅に出て、山に登って、仏教を学んで瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

ルキノ・ヴィスコンティ

● 神がなければ  映画:『イノセント』(ルキノ・ヴィスコンティ監督)

1976年イタリア、フランス制作
原作 ガブリエーレ・ダヌンツィオ
上映時間 129分

 『家族の肖像』に続くヴィスコンティの遺作である。
 これもまた20代で観たときはよくわからなかった。上流階級の特殊な夫婦関係、西洋の中年達のドロドロした恋愛模様といった内容で、上流階級でも既婚でも西洋人でも中年でもなかった自分には遠い話に思えた。

 中年の色男トゥリオ(=ジャンカルロ・ジャンニーニ)は、美しく従順な妻ジュリアーナ(=ラウラ・アントネッリ)を言いくるめて妻公認のもと、美しく奔放な女性テレーザ(=ジェニファー・オニール)とつき合っている。ところが、心寂しいジュリアーナがふとしたきっかけで知り合った当代の人気作家フィリッポ・ダルボリオ(=マルク・ポレル)と恋に落ちたことを知るや、焼けぼっくいに火がついて、狂ったように妻を愛し始める。
 すでにフィリッポの子を宿していたジュリアーナは、トゥリオと別れて子供を産む決心をする。一方、トゥリオは子供を堕すよう妻に迫る。
 フィリッポが旅先で客死したことを知ったトゥリオは子供を産むことを許すが、むろん生まれた赤ん坊を腕に抱くことすらできない。ジュリアーナが赤ん坊に注ぐ愛情を、亡きフィリッポへの愛と重ね、嫉妬に身もだえる。
 苦悩の果てにトゥリオは、雪の降る晩、家の者がミサに出かけている間に赤ん坊を戸外のテラスに置き去りにする。 
 そして・・・・

 一言で筋をまとめると、「自分勝手な中年男の節操のない恋愛模様と自業自得の末路」ということになろう。そこに主人公トゥリオの独り善がりな哲学風の自己正当化モノローグがしばしば入る。共感できなければ、ただうざったいばかり。
 20代のソルティは共感できなかったので、うざったかった。それでも、貴族の邸宅を舞台とする映像は豪華そのもので、家具や調度や衣装はもとよりちょっとした小道具まで本物の香りが漂い、ヨーロッパの上流階級の贅沢で典雅な生活ぶりに酔わされた。その贅沢は、「贅沢を贅沢と思わない域に達している」贅沢である。これみよがしのところがまったくない。むろん、監督のヴィスコンティが生まれながらの貴族であるがゆえ、彼にとっては「これが自然」「これが茶の間」なのである。
 配役もこれまでのヴィスコンティ映画と違って面白いと思った。
 ジャンカルロ・ジャンニーニは『流されて…』(1974)で女主人をレイプする野性的な使用人の役で一躍有名になった男で、当時のイメージとしては貴族の役柄は180度真逆であった。ラウラ・アントネッリと来た日には、全世界共通の少年の夢想映画『青い体験』(1973)のメイドである。当時、押しも押されぬヨーロッパのセックスシンボルだった。明らかに、ヴィスコンティはこの遺作にエロティックなる生命力を吹き込みたかったのであろう。

 年はとるものである。
 20代の時によくわからなかったこの映画が、今見ると非常にリアルに感じられる。
 ヴィスコンティにしては「静謐な地味な映画」という印象を持っていたが、とんでもない誤解だった。これは、自らの死を目前にしたヴィスコンティが、覚悟を決めた透徹した視点から、「神の非在と罪」について切り込んだ深遠なる意欲作だったのである。

 主人公トゥリオを理解するうえで欠かしていけないのが「無神論者」という点である。
 どのような育ちでそうなったのか作中で語られないが、無神論者のトゥリオは天国や地獄を信じない。この現世がすべてである。(うざったいと思った)モノローグに「この世のことはこの世で」というセリフがあるように、現世至上主義というか現世唯一主義なのである。となると、自ずから刹那主義・快楽至上主義に導かれる。
 道徳観念についても、現世での利害や体面のからむ「社会の法」を犯さないようには心砕いても、「神の法」は斟酌しない。だから、「社会の法」にふれないやり方で浮気や子殺しという罪を犯すトゥリオは、社会的にも神的にも「罪なき人間=イノセント」なのである。
 彼には神という掟、人の行動を律するモラル(良心)がはなからない。そのうえで、自分のしたいことが自由にできるだけのルックスや財産や教養や地位を持っている。結果、きわめて自己中心的な人間ができあがる。
 無神論で、快楽主義で、エゴイストの男。現代風に言うならサイコパスに近いかもしれない。そんな男が最後はどうなるかを描いたのが、この映画なのである。その意味では、きわめて近・現代的な、平成の日本の庶民でも十分に通じるテーマである。

 考えてみると、ヴィスコンティの映画には神なり宗教なりの影が希薄である。『家族の肖像』も『ベニスに死す』も、いやいや、デビュー作の『郵便配達は二度ベルを鳴らす』からしてそうだった。
 神の非在。
 この観点からヴィスコンティを見直してみるのも面白いかもしれない。

 それにしても、やっぱりヴィスコンティは凄いや。



評価:A-

A+ ・・・・めったにない傑作。映画好きで良かった。 
「東京物語」「2001年宇宙の旅」「馬鹿宣言」「近松物語」

A- ・・・・傑作。できれば劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」「スティング」「フライング・ハイ」「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」   

B+ ・・・・良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」「ギャラクシークエスト」「白いカラス」「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・純粋に楽しめる。悪くは無い。
「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」「ボーイズ・ドント・クライ」

C+ ・・・・退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・見たのは一生の不覚。金返せ~!!




● 老後の楽しみ 映画:『家族の肖像』(ルキノ・ヴィスコンティ監督)

公開 1974年
製作国 イタリア、フランス
音楽 フランコ・マンニーノ
撮影 パスクァリーノ・デ・サンティス
出演者
バート・ランカスター
ヘルムート・バーガー
シルヴァーナ・マンガーノ
上映時間 121分

 ヴィスコンティの長編映画は20代でほぼ観ている。本物のミラノの貴族ならではのゴージャスで格調高く芸術の香り馥郁たる映像世界と、ゲイならではの美的感覚と残酷さと美しき主演男優(アラン・ドロンやビョルン・アンドレセンやヘルムート・バーガー)への求愛ショットに酔わされたものである。
 しかし、ヴィスコンティが処女作『郵便配達は二度ベルを鳴らす』を発表したのは彼が36歳のときであり、晩年の傑作と言われるこの『家族の肖像』は68歳のときである。この2年後『イノセント』を発表した直後、ローマで亡くなっている。
 
●フィルモグラフィ
36歳 郵便配達は二度ベルを鳴らす Ossessione (1942年)
42歳 揺れる大地 La terra trema: episodio del mare (1948年)
45歳 ベリッシマ Bellissima (1951年)
48歳 夏の嵐 Senso (1954年)
51歳 白夜 Le notti bianche (1957年) 
54歳 若者のすべて Rocco e i suoi fratelli (1960年) 
57歳 山猫 Il gattopardo (1963年)
59歳 熊座の淡き星影 Vaghe stelle dell'orsa (1965年) 
61歳 異邦人 Lo straniero (1967年)
63歳 地獄に堕ちた勇者ども The Damned / La caduta degli dei (1969年)
65歳 ベニスに死す Death in Venice / Morte a Venezia (1971年)
66歳 ルートヴィヒ Ludwig (1972年)
68歳 家族の肖像 Conversation Piece / Gruppo di famiglia in un interno (1974年)
69歳 イノセント L'innocente (1976年)


 ヴィスコンティが上記14本の作品を撮ったときに、どんな心境でいたのか、どんな思いを映画や登場人物に託したのかを伺うには20代ではあまりに若すぎる。30年ぶりにこの映画を見てつくづくそう思った。
 年齢的にはソルティはやっと6作目の『若者のすべて』に達したところであり、これ以前のヴィスコンティ作品は語る資格があっても、これ以降の作品についての批評は的外れになりかねないなあと、正直思う。むろん、20世紀を生きたイタリア貴族の天才芸術家と、21世紀を生きている日本庶民の凡才介護職の違いは無視しての話である。単純に年齢(=生きた長さ)について問題にしている。
 というのも、ヴィスコンティの映画においてはこの「年齢」つまり「老い」というのが一つの主要なモチーフになっていると思うからである。特に54歳で『若者のすべて』を描き切ってからは、老いや世代交代や世代間ギャップや死が主要テーマになっていることは明らかであろう。その頂点を形作るのがトーマス・マン原作の『ベニスに死す』であるのは言うまでもない。

 『家族の肖像』も、独り者で落ち着いた生活を好む生真面目な老教授(=バート・ランカスター)が、自ら所有するアパートメントの間借り人として、欲望に忠実で騒々しい生活を当たり前とする若い現代的な家族(=ヘルムート・バーガー、シルヴァーナ・マンガーノら)を迎えることで、世代間や異文化間のギャップを肌身で感じることとなり、老いの孤独や陰鬱や固陋そして生への未練などが生々しく引き出され、描かれる。その演出は非の打ちどころない見事さ(残酷さ)。
 この映画を観たときのソルティは撮影時のヘルムート・バーガー(30歳)より年下であったわけで、当然老教授の心境など理解すべくもなかった。
 いまや、ヘルムートはもとより、往年の名女優であるシルヴァーナ・マンガーノの撮影時の年齢(44歳)も超えて、撮影時のバート・ランカスターの年齢(61歳)に近づいている。ようやくこの映画を、老教授の気持ちを、かたはしなりとも理解できる域に達しつつある。

 そんな目で見直してみたら、この映画は明らかに「ゲイ映画だなよあ~」と思ったのである。
 主役の独り者の老教授はおそらくゲイであろう。結婚していた過去はあるらしいが、回想の中で
快いイメージで現れるのは妻ではなくて母親である。生から隠遁し愛から身を遠ざけ絵画の中の“幻想の”家族とともに生きていた教授の前に現れたのは、若く美しく生のエネルギーを発散する無軌道な青年コンラッドである。磁石に惹かれる砂鉄のごとく、教授はコンラッドに惹かれてゆく。身の内に愛の起こりを感じる。芸術を解するコンラッドを養子にできたらと夢想すらする。
 しかし、現実はつねに残酷である。エゴイストの塊りである“現実の”家族はわがままをぶつけあった派手な喧嘩の挙句に瓦解し、未来の希望を見出せぬコンラッドは自害する。生へといったん振れた針が無残にも打ち砕かれ、教授もまた病の床に就く。待ち受けるは孤独死。“現実の”家族もまた幻想に過ぎなかったのである。

 病気のため車椅子でメガホンを取った68歳のヴィスコンティは、バート・ランカスター演じる老教授に自分自身を重ねたのではなかろうか。

 ともあれ、ヴィスコンティを本当の意味で鑑賞できるのはこれからだ、というのは嬉しい発見である。



評価:B+

A+ ・・・・めったにない傑作。映画好きで良かった。 
「東京物語」「2001年宇宙の旅」「馬鹿宣言」「近松物語」

A- ・・・・傑作。できれば劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」「スティング」「フライング・ハイ」「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」   

B+ ・・・・良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」「ギャラクシークエスト」「白いカラス」「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・純粋に楽しめる。悪くは無い。
「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」「ボーイズ・ドント・クライ」

C+ ・・・・退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・見たのは一生の不覚。金返せ~!!





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