1998年アメリカ映画。

 ホテルの浴槽の中で目を覚ますと、記憶をすっかり失っていた。
 自分は誰なのか。ここはどこなのか。今はいつなのか。
 部屋の中を見回してギョッとする。全裸の若い女の惨殺死体が横たわっている。
 これは誰なのか。いったい何があったのか、自分がやったのか。
 突如鳴り出す電話のベル。受話器から男の声がする。
「君は追われている。すぐにそこから逃げろ!」

 かくして始まるミステリー風、スリラー風、SFアクション。
 全編、悪夢のような閉塞感と陰鬱感と不安感とに満ち満ちている。
 その要因の一つは、この映画もまた「ディック感覚」、すなわち「自分」というアイデンティティの不確かさをテーマとしているからである。
 自分は何者なのか。指名手配中の娼婦連続殺人犯なのか。 
 過去の記憶を取り戻そうと手がかりを追い求める主人公ジョン(ルーファス・シーウェル)の前に不思議な現象が現れる。時計の針が12時をさすと、街中すべてが凍りついたように「一時停止」してしまうのだ。人も車も微塵とも動かない。その間にまたたく間に相貌を変えていく街の景色。しかも、この街には昼がない。
 いったい何が起きているのか。なぜ自分だけが免れているのか。

 謎は徐々に明らかにされていくのだが、その真相は衝撃的なものである。
 記憶(=アイデンティティ)の欠如に一人焦燥するジョンは、この街のすべての住人の記憶そのものが、12時の「一時停止中」に異星人によって作り変えられていることを知るのである。人々のアイデンティティ(自我)は彼等によって造られたものだったのである。
 そして、太陽の射さないダークシティの秘密が明らかになる。

 こうした「ディック感覚」を刺激する仕掛けはアメリカ映画に多いのだが、それはおそらく、近代個人主義を徹底させた国ほど「個」の崩壊に対する不安と恐怖が強い、サスペンスやホラーの素材になりやすいからなのだろう。日本を含むアジア圏の映画ではまず扱われない設定である。

 人間の「個」を破壊しアイデンティティを自在にコントロールする異星人は、逆に、個性や人格を持たない。一つの意識を共有する「種」として存在している。
 その形態や基地のデザインは、『メトロポリス』や『吸血鬼ノスフェラトゥ』などドイツ表現主義の影響を帯びていて映像的に斬新で興味深いが、一方これは意味深でもある。
 「個人主義の崩壊=個の埋没は、全体主義(ファシズム)への道につながる」という隠されたメッセージが読み取れるからだ。
 この命題が真なのかどうかは自分には分からない。
 ただ、洗脳のされやすさという点では、個人主義の発達したアメリカだろうが、そうではない国(たとえば「赤いクメール」時代のカンボジア)だろうが、関係なさそうだ。

 異星人と匹敵する驚異的な超能力を持っていることに気づいたジョンは、最後には壮絶な超能力対決の末、異星人を駆逐することに成功する。
 そして、闇夜の街に太陽を出現させ、海を作り出し、自分のイメージする新しい世界を創り出していく。
 すなわち、ジョンは神となる。

 人々は、結局、異星人の支配からは逃れたものの、引き続きジョンの支配下に置かれたのである。人類と異星人の先史的な闘いも王権交代も、人々がまったく気づかないうちに起こった。
 これが、ハッピーエンドだろうか?
 ジョンが良い神(=支配者)になる保証はあるのだろうか?


  「個」の崩壊の脅威に対する解決手段が「神」の出現だとしたら、人類は「暗黒時代(dark ages)」と呼ばれた中世に戻るよりないのでは・・・・?
 
 
評価:B-

A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 
        「東京物語」「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
        「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」
        「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」
        「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」
        「スティング」「フライング・ハイ」
        「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」
        ヒッチコックの作品たち

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
        「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」
        「ギャラクシークエスト」「白いカラス」
        「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
        「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」 
        「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」
        「ボーイズ・ドント・クライ」
        チャップリンの作品たち   

C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
        「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」
        「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
        「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
        「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!