2012年イギリス映画。

 予想と違ってミュージカル映画であった。
 アン・ハサウェイやヒュー・ジャックマンはともかく、よもやラッセル・クロウがミュージカルを歌うとは思わなかったから、普通に小説のドラマ化と思っていた。
 歌は・・・・やはり本職ではない。その分、演技とスターの存在感とでカバーしている。特に、テナルディエ夫人を演じるヘレナ・ボナム・カーターは見事なはまり役ぶりで楽しめる。本当に才能ある女優だ。(日本の女優で言えば、さしずめ大竹しのぶだろう)。

 ミュージカル「レ・ミゼ」人気は世界でも日本でも不動であるが、なぜこんなにも愛されているのだろう?と常々不思議に思っていた。
 が、今回見て分かった。

 このドラマには、およそ思いつく限りの、人間の抱くさまざまな感情が詰め込まれているのである。

 たとえば、こんなふうだ。


ジャン・バルジャン・・・・自暴自棄、絶望、屈辱、裏切り、罪悪感、後悔、改心、秘密の過去、怯え、虚しさ、生きがいの発見、父親の娘への愛情、娘を若い男に取られる父親の苦痛、自己犠牲

ファンテーヌ・・・・母親の娘への愛、女であることの苦痛、屈辱、恥、人生への失望、追憶


コゼット・・・・初恋、恋人との別れの苦しみ、父親への愛、愛する人と結ばれた喜び


エボニーヌ・・・・片思い、失恋、嫉妬、自己犠牲

ABC(体制に立ち向かう若者達)・・・・怒り、反抗、正義、友情、勇気、連帯、夢、情熱


ジャベール・・・・愛を知らない心、孤独、怒り、虚無、自己破壊

 老若男女だれが見ても、登場人物の抱く何らかの感情にひっかかる。いずれかの役に共感できる。これだけいろいろな感情のメニューを取りそろえた文芸作品は他に思い当たらない。あえて言えば『旧約聖書』か『ギリシア神話』か。


 奇妙なことに自分はどの感情にもさしてひっかからなかったのである。
 ところどころ涙は出たが、それは「年を取れば涙もろくなる」のと同じで、脳細胞の記憶を司る部分が物語によって刺激され涙腺が勝手に緩むという感じであった。決して心の奥底で感じ入っているのではなく、「こういうシーンでは泣くもの」という身に付いたしきたりに従って泣いているようなものである。その証拠に劇場を出てしまえば、思考はあっという間に「ハラ減った。今夜のご飯は何にしよう」に切り替わる。(若い頃は映画を観て感動すると一昼夜その気分を引きずったものである。)


 感性が摩滅した。というと何だか悲しいけれど、感情の恐さを知って、より冷静になったのだと思う。
 それに、既存の物語には免疫ができているってのもある。


 そんな自分を心底感動させ、魂の震えるほどに泣かせる物語があるとしたら、それはジャベールの救いの物語だろう。
 ヴィクトル・ユーゴーとその時代にはジャベールのような登場人物は救われることがなかった。ジャベールに暗く重たい過去(牢獄で生まれた罪人の子)を持たせたことは大文豪ユーゴーの比類無い創造力・洞察力と感嘆至極だけれども、キリスト教仕込みの勧善懲悪精神がどっかに生きていて、やっぱり悪役ジャベールは最後に破滅する。イエスを裏切ったユダが木に首をつって自殺したと伝えられているように。
 自分にはそれが何よりもレ・ミゼラブル(哀しい)。


 いっぱしの男役者なら、ジャン・バルジャンよりジャベールの方にやりがいを見出すだろう。オセロよりイアーゴを選ぶように。イエスよりユダを選ぶように。
 この役を引き受けたのは、ジャベールの中にこそ最も現代的な感情が萌芽していることをラッセル・クロウは知っているからだと思う。


評価:B-

A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 
        「東京物語」「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
        「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」
        「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」
        「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」
        「スティング」「フライング・ハイ」
        「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」     

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
        「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」
        「ギャラクシークエスト」「白いカラス」
        「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
        「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」 
        「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」「ボーイズ・ドント・クライ」
       
C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
        「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
        「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
        「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!