ソルティはかた、かく語りき

首都圏に住まうオス猫ブロガー。 還暦まで生きて、もはやバケ猫化している。 本を読み、映画を観て、音楽を聴いて、神社仏閣に詣で、 旅に出て、山に登って、瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

ヴィスコンティ

● ダーク・ボガートはサンジェルマンか? 映画:『銃殺』(ジョセフ・ロージー監督)  

 1964年イギリス映画。

  ロージーがハリウッドにいる時に撮った『緑色の髪の少年』(→ブログ記事緑色の髪の少年)は「戦闘シーンのない反戦映画」と言われるが、この『銃殺』もまた、戦場が舞台であるにも関わらず、登場人物全員が軍服 を着た兵士であるにも関わらず、「戦闘シーンが一切出てこない反戦映画」である。
 最もテーマに直結する主要な場面をあえて描かず、周辺を丁寧に描き込んでいくことでテーマをより効果的に表現するのは、実に洗練された、観る者の想像力を喚起する高度なテクニックと言える。すぐに思い浮かぶのはルネ・クレマン『禁じられた遊び』だろうか。
  ロージーの作品は、こういった寓意的な、暗喩的な、象徴的な、婉曲的な、煙幕的なスタイルを特徴としている。
 そして作家のスタイルというものは、多かれ少なかれ、作家のアイデンティティであるわけだから、ロージー自身が「赤狩りでハリウッドを追われた共産主義かぶれのアーティスト」以上の何かを当然持っていたのであろう。その「秘密」の存在ゆえに、彼の作品は表面上の物語を追うだけではすまされないような不可思議な魅力、奥行き、両義性に満ちていて、一筋縄ではいかない感じを観る者にそのたび与えるのである。
 その「秘密」が何なのかはよく知らないけれど、おそらく、ロージーの「秘密」をもっとも理解し、演技として表現する才能に長けていたのがダーク・ボガードであったのは間違いない。この映画を最後まで観て一番印象に残るのは、脱走の罪で銃殺刑となるハンプ二等兵(トム・コー トネイ)の不運でも、ハンプの刑を決める軍法会議のスリリングな展開でも、「反戦」といったテーマですらなく、ハンプの弁護人となったダーク・ボガードの演技、いや存在感そのものなのである。
dirk-bogarde-by-lubrightside ボガードの存在感が、他のすべての役者、すべての演技、すべてのセリフ、すべてのエピソード、すべての物語を超越して、画面になんだか一種なまめかしいような湿気を与えている。その湿り気は、駐屯地に降る雨の描写によって煙幕のように緩和されているけれども、そうでなければドライな空気が支配するのが通常である男だけの舞台に、ボガートの漂わすウエット感(色気と言い換えてもよいが)はただならぬ不穏を連帯に及ぼさずにはすむまい。物語をまったく別の方向に持って行きかねない破壊力である。

サンジェルマン伯爵 スピリチュアルの世界で有名な人物に、サン・ジェルマン伯爵という、ルイ15世に仕えた貴族で不老不死の力を持つ男がいる。(左肖像)   
ヨーロッパ史上最大の謎の人物とされている。
 映画の中のダーク・ボガードを見ていると、このサン・ジェルマンを思い出す。市井の人間とはかけ離れた、家族や恋人や故郷の存在をなぜだか思いつかせない、不可思議な魅力を醸している。
 その意味では、ダーク・ボガートにこそ、ヴァンパイアを演じてもらいたかったと思う。

 もっとも、彼の代表作である『ベニスに死す』(ヴィスコンティ監督)は、見ようによっては、若い美少年のエキスを追い求める老いたヴァンパイアの姿と言えるかもしれない。あの作品のボガートこそ、もっとも素の自分に近かったのかもしれない。


 ところで、ウィキによると、サン・ジェルマンは1984年から日本に滞在しているという。



評価:B- 

A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 
        「東京物語」「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
        「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」
        「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」
        「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」
        「スティング」「フライング・ハイ」
        「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」
        ヒッチコックの作品たち

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
        「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」
        「ギャラクシークエスト」「白いカラス」
        「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
        「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」 
        「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」
        「ボーイズ・ドント・クライ」
        チャップリンの作品たち   

C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
        「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」
        「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
        「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
        「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!

● ただただ傑作。映画:『近松物語』(溝口健二監督)

 1954年大映作品。

 つくづく50年代の日本映画って凄かったんだなあと思う。

 1951年『羅生門』(黒澤明)    ・・・ヴェネツィア国際映画祭グランプリ
 1952年『西鶴一代女』(溝口健二) ・・・ヴェネツィア国際映画祭監督賞
 1953年『生きる』(黒澤明)    ・・・ベルリン国際映画祭ベルリン市政府特別賞
 1953年『雨月物語』(溝口健二)  ・・・ヴェネツィア国際映画祭銀獅子賞
 1954年『地獄門』(衣笠貞之助)  ・・・カンヌ国際映画祭グランプリ
 1954年『山椒大夫』(溝口健二)  ・・・ヴェネツィア国際映画祭銀獅子賞
 1954年『七人の侍』(黒澤明)   ・・・ヴェネツィア国際映画祭銀獅子賞
 1954年『二十四の瞳』(木下恵介) ・・・ゴールデングローブ賞外国語映画賞
 1956年『ビルマの竪琴』(市川昆) ・・・ヴェネツィア国際映画祭サン・ジョルジオ賞
 1958年『無法松の一生』(稲垣浩) ・・・ヴェネツィア国際映画祭グランプリ

 あまり有名でない国際賞など含め抜けているものがあると思うが、まったく凄い勢いである。海外の賞を受賞すること=傑作、と素直に認めるのもどうかと思うが(例えば小津安二郎は現在の国際的評価の高さを考えると信じられないくらいこうした賞とは無縁であった)、50年代こそ日本映画の黄金期だったのは間違いない。
 特にヴェネツィアでの評価が高いのはなんか理由があるのだろうか?
 このうち、『羅生門』『雨月物語』『山椒大夫』の3本を宮川一夫が撮影している。本当にすごいカメラマンがいたもんだ。(宮川一夫は99年に亡くなっている)

 このブログでも取り上げた『祇園囃子』『赤線地帯』同様、『近松物語』もまた溝口-宮川コンビによるものである。悪いわけがない。
 どころか、水も漏らさぬ傑作である。
 演出、構成、撮影、演技、美術、音楽、脚本(セリフ)、編集、叙情性、ドラマ性・・・どれをとっても非の打ちどころがない。

 ブログを初めて以来、初の「A+」の誕生である。(溝口作品は『西鶴一代女』がA+、『雨月物語』『山椒大夫』はA-)

 ときに、溝口健二は日本のヴィスコンティなんだと思う。いや、ヴィスコンティがイタリアの溝口健二なのか。
 テーマや作風、スタイルが似ているというのではなく、監督としての映画への向き合い方、風格のようなもののことを言っている。妥協を許さぬ完全主義、本物にこだわる貴族主義、大時代的な(歌舞伎っぽい、オペラっぽい)演出を好むところ(とくに俯瞰にあらわれる)、何より芸術家としての揺るぎない矜持。ミラノの貴族であったヴィスコンティはヴェネツィアびいきであったけれど、ヴェネツィアと溝口作品の相性の良さはもしかしたら、この二人の相似にあるのかもしれない。
 あるいは、溝口作品にときおり印象的・象徴的に出てくる水のシーンのすばらしさがヴェネツィアンのプライドをくすぐるのだろうか。
 この作品でも、物語の重要な場面で水が出てくる。不義密通を疑われて屋敷から逃げるおさん(香川京子)と茂兵衛(長谷川一夫)が湿地を横切るシーン。素性がばれて宿から逃げる二人が手を取り合って湖岸をゆくシーン。心中を決意した二人が舟上で愛を確認するシーン。
 生きがたい浮き世から主人公が逃避する場面で、溝口はいつも水を用意する。『雨月物語』でも、妖魔にたぶらかされた主人公が、夫の帰りを故郷で待つ妻を忘れて湖水で遊ぶ圧倒的に美しいシーンがある。
 現実を忘れさせ、夢と幻想の世界に旅人を誘うヴェネツィアの魔力と、溝口作品には通じるものがあるのだろう。

 素晴らしい『第九交響曲』の演奏は、指揮者の名前よりベートーベンの凄さを再認識させる。感動的な『リア王』は演出家や俳優の名前よりシェークスピアの偉大さを再認識させる。同様に、この映画も見ているうちに次第に溝口健二の名前が薄れていって、近松門左衛門の息吹が肌身で感じられてくる。
 その中で、まぎれもない溝口印がありありと浮かび上がってきたシーンがどこかといえば、湖での心中シーンである。
 舟から一緒に飛び込むつもりで、茂平衛はおさんの足を縛る。「いまわの際だから許されましょう」と茂平衛はおさんに忍び恋を打ち明ける。とたんに、死ぬ覚悟を決めていたおさんが「生」へと立ち戻るのである。
 「わたしは死にたくない。」
 茂平衛に抱きつくおさん。戸惑う茂平衛。絡み合う二人をのせて、小舟は行方も知らぬ方へと漂流していく。(ここのところのカメラワークは本当に巧い!)

 男に愛されていることを知った瞬間に、「生」へとベクトルを逆転させる女の性(さが)。
 これを溝口は描きたかったんだろうなあ。

 女の溝口、男の黒澤か。



評価: A+

A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 
        「東京物語」「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
        「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」
        「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」
        「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」
        「スティング」「フライング・ハイ」
        「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」
        ヒッチコックの作品たち

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
        「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」
        「ギャラクシークエスト」「白いカラス」
        「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
        「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」 
        「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」
        「ボーイズ・ドント・クライ」
        チャップリンの作品たち   

C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
        「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」
        「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
        「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
        「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!


●  映画:『ヴェネツィア・コード』(ティム・ディスニー監督)

 2004年ルクセンブルク・オランダ・スペイン・イギリス・アメリカ・イタリア制作。

giorgione_tempesta01 原題は『TEMPESTA(嵐)』。
 ルネッサンスの巨匠ジョルジョーネの代表作にして、ヴェネツィア(ベニス)はアカデミア美術館所蔵の西洋絵画史上最も議論かまびすしい作品。
 この作品の盗難をめぐって、水の都ベニスを舞台に繰り広げられる連続殺人と贋作事件と運命的な恋とをミステリー仕立てで描いた映画である。

 まず、画面の美しさを讃えなければなるまい。
 それもそのはず。ベニス&世界的名画、である。美しくなければウソである。美しくなければ撮る意味がない。
 しかも、美しいだけでなく、ベニスという古都が持つ類いまれなる魅力―張り巡らされた水路、迷路のように入り組んだ街路、靴音の響く石畳、噴水のある広場、そこかしこに息づく暗がり、いくつもの瀟洒な橋、ゴンドラ、海に浮かぶ蜃気楼のごとき鐘楼、そして、マントと仮面の彩りとが旅人を中世にタイムスリップさせるカーニバル。こうした道具立てを上手に使って、ミステリーと恋という二つの物語をからませながら盛り上げていく。たいした手腕と感心する。
 そう、真の主役はベニスと言えるかもしれない。

 となると、やはり持ち出したくなるのは、ヴィスコンティ『ベニスに死す』である。
 世界的に有名な作曲家が旅先のベニスで出会った美少年タジオの虜となり、街を襲うコレラもものともせず少年の追っかけを敢行。ついには罹患し、浜辺で少年を眺めながら息絶えていく。テーマは、自然の「美」の前に屈する芸術、「愛」の前に投げ出す人生。

 『ヴェネツィア・コード』もまた、腕のいい絵画鑑定士(元画家)が出張先のベニスで出会った美女の虜となり、殺人犯の濡れ衣を着せられながらも危ない橋を渡り続け、女のためにまっとうな人生から転落し、最後には命を落としてしまう。彼が選んだのも芸術より人生より「愛」であった。『ベニスに死す』の高踏的な文学性(原作がトーマス・マンだから当然だが)とくらべると、センセーショナルで俗っぽくはあるが、狙うところは一緒であろう。

 人生の成功者となるよりも破滅的な愛を、平凡な日常の気の遠くなるような繰り返しよりもつかの間の甘美なる陶酔を。そんな選択を人にさせてしまう、そんな心の奥の願望を表に引っ張り出してしまう力が、ベニスという街にはある。
 それこそがベニス最大の謎であろう。

 ミステリーとしては底が割れていて、最後に明かされる真犯人に驚きもしなければ、盗まれた絵画をめぐる謎に『ダヴィンチ・コード』のような奇想天外な解釈が用意されているわけではない。
 そこはいいのだが・・・・。

 人生が破滅しても悔いはないと主役の鑑定士に思わせるほどの「運命の女」とやらが、ジョルジョーネの『嵐』に描かれている女はもとより、『ベニスに死す』のタジオの魅力にもまったく及んでいないのが、残念至極である。



評価: C+

A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 
        「東京物語」「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
        「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」
        「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」
        「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」
        「スティング」「フライング・ハイ」
        「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」
        ヒッチコックの作品たち

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
        「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」
        「ギャラクシークエスト」「白いカラス」
        「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
        「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」 
        「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」  
        「ボーイズ・ドント・クライ」
        チャップリンの作品たち   

C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
        「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」
        「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
        「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
        「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!


 

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