ソルティはかた、かく語りき

東京近郊に住まうオス猫である。 半世紀以上生き延びて、もはやバケ猫化しているとの噂あり。 本を読んで、映画を観て、音楽を聴いて、芝居や落語に興じ、 旅に出て、山に登って、仏教を学んで瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

ヴィットリオ・デ・シーカ

● 映画:『ウンベルト・D』(ヴィットリオ・デ・シーカ監督)

 1951年イタリア映画。

 年金暮らしのウンベルト・Dは20年来住み慣れたアパートで愛犬と暮らしている。安い年金では値上がりした家賃を払うことができず、所有物を売って何とか工面しようとするが、なかなかうまくいかない。冷酷な家主から最後通牒を突き付けられる。このままいけばホームレスか、施設に収容されるしかない。
 体調もすぐれないなか、なんとかして部屋=最後の砦を守ろうとするウンベルトの死にものぐるいの孤独な闘いをリアルに描く。

 このままいけば孤独な貧困老人になるであろう自分にとって、身につまされる話である。
 とりわけ身につまされるのは、ウンベルトがあくまで施設に収容されることを拒み続ける点である。その最悪を避けるために、路上で物乞いすらしようと試みるのである。(結局、人目が気になってできなかったのだが) 愛犬を道連れに列車に飛び込もうとすらするのである。(結局、愛犬に逃げられてできなかったのだが。) それほどまでに施設収容を厭うウンベルトの姿を見ると、老人介護施設で働く自分としては複雑な気持ちにならざるを得ない。
 もちろん、施設にもよる。
 1950年代のイタリアのホームレス収容施設がどのようなものであるか分からないが、おそらく‘刑務所より幾分マシ’というレベルではないかと思われる。個人の尊厳など弊履のごとく捨て去られるだろう。ペットを飼うことなどできるわけない。(それは現在の日本の介護施設も同様だが・・・。)
 そのような「生」より、物乞いや死を選ぶウンベルトの気持ちは痛いほど分かる。
 現在の介護施設は50年代に比べれば天国であると思う。人権意識が世界的に高まっているし、周囲の視線(行政監査やマスコミなど)も厳しい。介護施設に入れる=姥捨て山、とは言い難い。
 しかし、介護施設で働いている職員の間でよく話題になるのは、「自分が年を取って介護が必要になったとき、自分の働いている施設に入りたいと思うか」あるいは「自分の年老いた親を入れたいと思うか」ということである。たいていの場合、答えは「NO」である。

 自分はどうだろう?
 排泄や食事が自分でできて認知症がなければ、なんとかやっていけると思う。決められた施設のスケジュールやルールをできる限り守りながら、一日を快適に過ごす方法を見つけるだろう。居室で読書したり、持ち込んだパソコンで映画を見たり、ブログを書いたり、瞑想したり、若いイケメン介護職員をからかったり・・・。(今とあまり変わらないか・・・・・)
 介護度が進んで排泄も食事もままならなくなったら、どうしよう。
 目や耳が悪くなって、楽しみである読書も映画鑑賞もブログもできなくなって、瞑想しかできることがなくなったら? 何十歳も年下の職員に失禁や頻尿を叱られ、フロアでトイレや就寝介助の順番を待たされていることに耐えられるだろうか。
 仏教と瞑想が支えてくれれば何とかなるかもしれない。
 認知が進んで瞑想すらできなくなったらどうだろう。
 自分がどこの誰で、今日が何月何日で、ここが何処だか分からない、そんな不安定なアイデンティティと付き合っていけるだろうか。夕刻になると「家に帰りたい」と徘徊する、そんな自分を受け入れられるだろうか。受け入れるも何も最早、外側から自分を観察することなどできないだろう。ただただ、わけも分からず不安で苦しいだけだろう。

 老人ホームで働いていながら、利用者が少しでも長く生きられるようサポートすることを使命としながら、こんなことを言うのは何だと思うが、「どこか適当なところでコロリと逝きたい」と思ってしまう自分がいる。

 どう老いるか。
 どう死ぬか。
 やはりこれからの最大のライフワーク、もといデスワークである。


評価:B+


A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 
        「東京物語」「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
        「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」
        「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」
        「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」
        「スティング」「フライング・ハイ」
        「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
        「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」
        「ギャラクシークエスト」「白いカラス」
        「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
        「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」 
        「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」
        「ボーイズ・ドント・クライ」
  
C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
        「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
        「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
        「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!

● 映画:『少年と自転車』(ジャン=ピエール・ダルデンヌ監督)

 2012年ベルギー、フランス、イタリア制作。

 父親に捨てられた少年の話である。
 養護施設から抜け出した少年シリルが、父親と住んでいた家に自分の自転車を取り戻しに行くところから物語は始まる。
 自転車は・・・・・父親によって売られていた。

 父、息子、自転車の三題噺と来れば、どうしたってヴィットリオ・デ・シーカの『自転車泥棒』(1948年)を想起せずにはいられない。実際、ネオレアリズモ(新写実主義)のかの名作と合わせ観ることによって、この作品はより深い感慨をもたらす。単品として観ても素晴らしいものではあるが・・・。

 『自転車泥棒』で盗まれた自転車は父親のものであった。
 仕事を得るためになくてはならない自転車を取り返すために、父と息子は必至に街を走り回る。自転車も盗人もなかなか見つからず、親子は途方に暮れる。絶望の淵に追いやられた父は、ふと魔が差して、放置してあった他人の自転車を盗み、息子の目の前で捕まってしまう。
 第二次大戦後のイタリアを舞台に、貧困にあえぐ庶民を活写したこの作品は、社会の厳しさをリアルに映し出す一方で、父と子の強い絆を描き出し、その対比が涙を誘うのである。父親は貧しくとも一家の長としての責任と誇りを担い、息子に対して毅然たる態度で接しつつ、強い愛情を持っている。息子は父親を尊敬し、自転車泥棒を捜すのに進んで協力する。目の前で大衆に捕らえられた父親の姿にショックを受けるが、それでもなお父親を愛することに躊躇しない。
 社会は厳しい。世間は厳しい。
 けれど、親子の絆は生きていた。

 60年以上経った現在、家族をめぐる事情はどれほど変わってしまったことか。
 『少年と自転車』では、少年の自転車を盗む(勝手に売ってしまう)のは父親である。それを知ってもなお父親と一緒に暮らすことを願うシリルは、週末だけの里親となったサマンサと共に父親を探しに行く。面会の約束さえ守らない父親。やっと居所を探し当てて会ってみれば、「連絡するな。もう二度とここには来るな」と息子を切り捨てる。
 もはや社会や世間の厳しさが問題なのではない。親子の絆は完全に断ち切れている。責任も誇りも愛情もない父親の姿には、観る者も、里親のサマンサ同様、怒りを通りこしてあきれるばかり。
 現代の子供たちの生きる環境はかくも過酷なのである。

 様々に揺れ動くシリルの心情が、役者の演技ではなく、シリルの乗り回す自転車の軌跡やスピード、そのハンドル操作によって見事に表現されている。画面を縦横無尽に引っ掻く自転車の運動は、少年の心のもがきそのままである。
 少年の着ている赤いジャケットも印象的である。あたかも、対象物の位置を示すレーダーの赤い点を見ているかのように、観る者は少年の居所を追尾している気になる。肉親に捨てられ自暴自棄となったシリルの、どこにも落ち着くことのできない心の行方を、ハラハラしながら見守ることになる。

 シリルは最後にはサマンサの元に落ち着く。
 新しい家族の誕生である。
 里親制度というのはフランスではありふれているのだろうか。
 サマンサは、普段は養護施設で過ごすシリルを週末だけ預かり、親代わりをする。別に、親戚でも何でもないのだが。
 このサマンサの関わり、というか忍耐がすごい。自分勝手で礼儀知らずで言うことを聞かない強情なシリルに振り回され、「自分の時間」を奪われ、恋人と別れることになり、取っ組み合いの挙げ句に腕を傷付けられる。それでもシリルを見捨てない。シリルがケガをさせた親子の賠償金を肩代わりすることも厭わない。
 なぜ、ここまで・・・? と思うのである。

 おそらく、サマンサにもシリルのような少年を見守りたいという欲望というかカルマ(業)があるのだろう。恋人よりもシリルを選ぶのだから。単なる善意だけではできない話である。
 だが、サマンサがその関係に依存している(例えば、自分の母性本能を満たすためにシリルを利用している)かと言えば、そういうふうでもない。あくまでサマンサは「大人」である。
 サマンサの姿を見ていると、人が人に「関わる」ことの大変さを思う。一過性の、その場限りの関係ではない。自分の気が向いた時だけ可愛がればいい愛玩動物を飼うのとも違う。
 それは互いに対して「愛情」だけでなく、「責任」を持つということなのである。
 言葉を換えて言えば、互いの成長を願うということである。

 それこそこれからの「家族」の定義なのかもしれない。



評価:B+

A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 
        「東京物語」「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
        「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」
        「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」
        「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」
        「スティング」「フライング・ハイ」
        「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
        「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」
        「ギャラクシークエスト」「白いカラス」
        「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
        「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」 
        「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」
        「ボーイズ・ドント・クライ」

C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
        「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
        「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
        「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!


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