2011年オーストリア映画。

 原題はMein bester Feind「我が最良の敵」
 『ダ・ヴィンチ・コード』の向こうを張って二匹目三匹めのドジョウ狙いの邦題である。
 ミケランジェロが描いたモーゼの素描(400年前にバチカンから盗まれたという設定)を巡って、ナチスドイツと決死の駆け引きをするユダヤ人画商の息子を主役とした娯楽サスペンス。――という説明が過不足なく言い切っている。


 この物語には三つのストーリが絡んでいる。
 一つ目は、くだんの幻の絵画の在り処を探すミステリーであり、その熾烈な争奪戦。最も『ダ・ヴィンチ・コード』に近い部分である。
 二つ目は、裕福なユダヤ人画商の息子ヴィクトル(モーリッツ・ブライプトロイ)と、一家の使用人の息子でヴィクトルとは25年間共に暮らしてきたドイツ人の親友ルディとの愛憎・確執の物語。原題はここから来ていよう。
 三つ目は、ナチスドイツによるユダヤ人迫害の物語。

 三つの流れを絡ませて、ユダヤ人にとって最も過酷な時代に、親友に裏切られ、恋人を奪われ、アウシュビッツで父親を殺されながらも、「一休さん」ばりの機知で幾度も生命の危機を潜り抜け、最終的には友(=敵)を出し抜いてフィアンセと絵画を手に入れることに成功した男の物語を小気味良く描こうとしているわけである。
 その意図はわかるが、「かなり無理があるなあ~」という気がする。


 まず、一つ目のミステリー部分であるが、謎が凡庸である。絵画の隠し場所がポイントなのだが、これが見抜けない者がいるだろうか。「木を森の中に隠す」じゃないが、これを見つけ出せないナチスの輩はよっぽど馬鹿じゃなかろうか。あまりの意外性のなさは、かえって意外であった。
 二つ目の友情ドラマについては、描き方があまりに粗雑過ぎる。ルディは25年間お世話になってきたユダヤ一家を、幼馴染の親友をナチスに入党することで裏切るわけである。それなりの心のドラマがあってしかるべきである。それがまったく描かれない。
 なるほど、ルディとヴィクトルは同じ女性レナ(ウーズラ・シュトラウス)を好きになり、レナは権力を笠に着るドイツ人のルディでなく、身ぐるみはがされる宿命にあるユダヤ人ヴィクトルを選ぶ。それはルディがヴィクトルを憎む理由の一つにはなるかもしれない。しかし、それならそれで嫉妬から憎悪に至る心の過程が描かれるべきである。
 ルディの半生を描くだけでも深い人間ドラマ足りうるはずなのに、それをあっさりと片付けてしまう。あまりにも不自然、というかお座なり。
 三つ目のユダヤ人迫害は、映画に扱われる古今東西のテーマのうちもっとも重いものの一つと言える。ヴィクトルの両親はアウシュビッツに収容される。父親は殺されてしまう。ヴィクトル自身も今や虫けらのような存在である。十分シリアスである。
 しかし、シリアスさが伝わってこないのである。父親を殺されたヴィクトルの怒り・悲しみ、婚約者をルディに奪われた怒り・苦しみ、たくさんの同胞を虐殺された怒り・無念さ、ナチスドイツへの憎しみ・恨み、自身の無力への苛立ち、未曾有の悲劇を前にした絶望と神への懐疑と信仰の揺らぎ・・・。当時のユダヤ人なら抱いたであろう感情がヴィクトルからはほとんど感じ取れない。ヴィクトルは本当にユダヤ人なんだろうか?と思ってしまうほどだ。


 これは役者の演技の拙さというより、設定そのもの、脚本自体の拙さのせいだ。
 それぞれ一つだけでも十分語り甲斐のあるストーリーを一緒くたにしてしまったところ、つまり盛り込みすぎ、欲張りすぎたのが失敗の一因。
 しかも、それらのストーリーの比重が違いすぎてバランスが悪い。盗まれた絵画ミステリーとしての軽やかな娯楽性と、親友の裏切りやアウシュビッツの惨劇といった重いシリアス性とは一緒くたにできなかろう。たとえて言えば、「南京大虐殺を舞台に従軍慰安婦A子がラストエンペラー(愛新覚羅溥儀)の所有していた秦の始皇帝の秘宝を探す娯楽ミステリー」なんて感じだ。
 ラストで絵画を手に入れたヴィクトルが母親とフィアンセ共々、あっけにとられるルディを尻目に得意満面に立ち去るシーンなど、虐殺された父親や同胞の悲劇や恨みを背負っていないかのような颯爽とした表情のヴィクトルが鉄面皮か薄のろに見える。

 なぜこんな不具合が起こったのか。
 筋の面白さ、巧みさを優先して、人間の心理をなおざりにしてしまったからである。
 『ダ・ヴィンチ・コード』のように、純粋に絵画ミステリーに焦点を絞って、背景ももっとフィクショナルなものにしておけば良かったのに・・・。

 カメラを回す前の時点での失敗である。


評価:D+

A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 
        「東京物語」「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
        「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」
        「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」
        「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」
        「スティング」「フライング・ハイ」
        「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」   

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
        「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」
        「ギャラクシークエスト」「白いカラス」
        「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
        「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」 
        「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」「ボーイズ・ドント・クライ」
     
C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
        「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
        「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
        「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!