ソルティはかた、かく語りき

首都圏に住まうオス猫ブロガー。 還暦まで生きて、もはやバケ猫化している。 本を読み、映画を観て、音楽を聴いて、神社仏閣に詣で、 旅に出て、山に登って、瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

三船敏郎

● 三船敏郎、ここに誕生す 映画:『銀嶺の果て』(谷口千吉監督)

1947年東宝
88分

 三船敏郎のデビュー作であり、私淑する先輩志村喬との初共演作である。
 となると監督は黒澤明か――と思うが、これが違ったのである。黒澤は脚本で参加していて、この作品によって三船の尋常でない魅力と才能を発見したのである。

 谷口千吉監督(2007年死去)は八千草薫の夫だった人。晩年夫婦で仲良く山登りを楽しんでいる様子をなにかの記事で読んだ記憶があるが、谷口は日本山岳会会員だったとか。雪山を舞台としたこの作品は、彼の趣味・特技・知識・経験が生かされた自信作であったろう。実際、山岳シーンのリアルな描写が話を大いに盛り上げている。

銀行強盗を働いた3人組(=志村、三船、小杉義男)は雪山へと逃げ込む。警察の追跡を逃れて、旅館から山小屋へ、そして山越えを果たそうと行動する。その巻き添えとなる山小屋の番人と孫娘、登山家の本田。決死の雪山登山の中で人々の運命が大きく変わっていく・・・・・。

 音楽を担当した伊福部昭はこれが映画音楽デビューだった。山小屋の番人を演じる高堂国典の爺ぶりは他の誰にも替えがたい風味がある。その孫娘を演じる若山セツ子は次の出演作『青い山脈』(1949年)で大ブレークをした。今から考えると、いろいろな才能が萌芽のうちに結集した奇跡のような一本である。

 ここでもやはり三船の存在感が凄まじい。主役たるべく生まれてきた人であることが一作目にして証明されている。ニューフェイス(新人)とは到底思えない不敵な面構え、堂の入った迫力ある演技、驚くほどの二枚目ぶりは、デビュー時の三國連太郎においてどうにか比肩できるくらいである。
 カメラの横で黒澤明はどれほど興奮したことだろう。


新文芸坐2



 
  
 

● Shōgun オーラー 映画:『お吟さま』(熊井啓監督)

1978年東宝
154分

 7/10~7/25に池袋の新文芸坐で三船敏郎特集をやっていた。『酔いどれ天使』、『蜘蛛巣城』、『無法松の一生』、『日本誕生』、『連合艦隊司令長官 山本五十六』、『上意討ち 拝領妻始末』、『男はつらいよ 知床旅情』ほか、三船が出演した33本の映画を一挙上映という凄いプログラムである。
 特集の最後を飾る2本立て、『お吟さま』と『銀嶺の果て』を鑑賞した。


新文芸坐1


 『お吟さま』は、侘び茶の完成者として知られる千利休の娘・吟と、幼馴染のキリシタン大名・高山右近との悲恋を描いた、今東光の同名小説の映画化。
 吟は一途に右近を恋い慕うも、右近の信仰の固さゆえ結ばれること叶わず、最後は豊臣秀吉に追い詰められて自害する。利休に吟という娘がいたことは事実のようだが、それ以外はフィクションらしい。
 カラー映画でなく、わざわざセピア調に画像処理しているのが意図不明。豪華な甲冑や着物がふんだんに出てくるだけにもったいない気がする。

 利休役の志村喬のそれこそ侘び茶のような深みある渋さ(当時72歳)、お吟役の中野良子の凛とした美しさ(28歳)、高山右近役の中村吉右衛門の滲み出る色気(34歳)、主役3名の甲乙つけがたい好演が手堅い演出とあいまって魅せる。
 なれど、やはり群を抜いた存在感と王様オーラーで画面に艶をもたらしているのは、豊臣秀吉役の三船敏郎(58歳)である。志村喬と同一画面にいると、完全にこの世界の名優を食ってしまっている。「名演 V.S. オーラー」ではオーラ―に軍配が上がる、という役者稼業の残酷な掟を示す証左のよう。

 高校生の頃(1980年)、ジェームズ・クラベルの小説 "Shōgun" を原作とした連続ドラマがアメリカNBCで制作・放送され、高い視聴率を上げて全米の話題をさらった。もちろん、すぐに日本でもテレビ放送された。そのとき徳川家康を演じた三船敏郎を観たのが、ソルティの三船デビューだった。
 あれほど徳川家康に、というか日本国の天下統一者に似つかわしい威厳とオーラーある役者は(勝新太郎、仲代達也、渡辺謙、高橋ジョージ含めて)その後観ていない。物語の主役三浦按針を演じたアメリカきっての名優リチャード・チェンバレンを、やはり共演シーンでは完全に食っていた。(三船)家康と同等レベルの存在感を放っていたのは、家康が腕に留まらせている巨大な鷹(本物)のみであった。
「こんな凄い俳優が日本にいるんだ」
と衝撃を受けた。 


鷹匠


 戦国時代のキリシタン大名の描写、若き中野良子の張りつめた美貌など、興味深く見甲斐ある作品だが、なにせ154分は長すぎる。120分内に収めて通常のカラー映画仕立てにしていたら、もっと評価は高かったであろう。(もしかしたら、カラーにすると(三船)秀吉が目立ちすぎて、物語を壊してしまうからだったのか? それなら分かる)







● 70年覚えてる 映画:『無法松の一生』(稲垣浩監督)

1958年東宝

 『無法松の一生』(原作は岩下俊作の小説)は、映画で4回、テレビで4回、制作されている。国民的人気のストーリーであり、無法松は愛されキャラなのである。村田英雄の歌でもよく知られている。
 が、ソルティはタイトルから森の石松みたいな任侠もの、あるいは子連れ狼みたいな殺陣中心の時代劇と勘違いしていたので、これまで食指が動かなかった。
 先日職場の老人ホームで利用者らとお茶を飲みながら雑談しているときに、なぜか和太鼓の話になった。と、90歳を超えた女性利用者Kさんが、「和太鼓と言えば、『無法松の一生』は素晴らしい映画だから、あなたぜひ観なさい」とおっしゃる。Kさんによれば、「若い頃に学校の先生に薦められ友人らと観に行って、とても感動した」のだそうだ。とすれば、1943年版(74年前)の阪妻主演の映画だろう。
 どうやらソルティの想像とは違い、人情物で‘忍ぶ恋’がテーマらしい。(だから、当時キャピキャピの女学生であったKさんは今もストーリーを空で言えるほど感動したのである)
 Kさんと同じ阪東妻三郎主演の1943年版を観たかったが、近所のTUTAYAには置いてなかった。同じ稲垣浩監督が撮ってベネチア国際映画祭金獅子賞(グランプリ)に輝いた三船敏郎主演の1958年版を鑑賞した。

 4回の映画化における主要スタッフとキャストを並べてみよう。

1943年版(大映)
監督 稲垣浩
脚本 伊丹万作
音楽 西悟郎
撮影 宮川一夫
出演者
  • 無法松(富島松五郎) 阪東妻三郎
  • 奥さん(吉岡良子) 園井恵子
  • ボン(吉岡敏雄の少年時代) 沢村アキラ
  • ボンの父 永田靖
  • 結城重蔵 月形龍之介
上映時間 99分(現存78分)

 脚本の伊丹万作は、『お葬式』『マルサの女』の伊丹十三監督の父親である。宮川一夫は、言うまでもなく日本が世界に誇る名カメラマン。『羅生門』『雨月物語』『近松物語』『破戒』など手がけた傑作は枚挙の暇が無い。園井恵子は宝塚出身の女優。作品公開の2年後に広島で被爆して亡くなっている。ボンの沢村アキラは長じての長門裕之。地域の顔役・結城重蔵を演じる月形龍之介は、往年の時代劇スターだが、水戸黄門役でも名を馳せている。モノクロ撮影で、戦時下のため検閲により20分程度削除されている。(どうやら肝心の恋にまつわるシーンがカットされたらしい)
 阪東妻三郎主演の『破れ太鼓』(木下恵介監督、1949)は、この作品屈指の名シーンである‘祇園太鼓の暴れ打ち’のパロディーだったのだな。 

1958年版(東宝)
監督 稲垣浩
脚本 稲垣浩、伊丹万作
音楽 團伊玖磨
撮影 山田一夫
出演者
  • 無法松 三船敏郎
  • 奥さん 高峰秀子
  • ボン .松本薫
  • ボンの父 芥川比呂志
  • 結城重蔵 笠智衆
上映時間 104分

 三船敏郎の演技達者ぶりに感心する。どんな役でもこなせる俳優、すなわち名優だったのだと今さらながら痛感する。高峰秀子も同様。銀幕スターとしてはけっして美人なほうではないが、深く印象に刻まれる。最も田中絹代に近づいた女優は高峰秀子なのかもしれない。芥川比呂志は作家芥川龍之介の長男である。笠智衆の出演はソルティのような笠爺ファンにはうれしいサプライズ。

1963年版(東映)
監督 村山新治
脚本 伊藤大輔
音楽 三木稔
撮影 飯村雅彦
出演者
  • 無法松 三國連太郎
  • 奥さん 淡島千景
  • ボン 島村徹
  • ボンの父 中山昭二
  • 結城豊蔵 松本染升
上映時間 104分

 三國連太郎&淡島千景の「無法松」も非常に気になる。ナイーブな芸術家気質の三國は豪快で竹を割ったような性格の無法松には向かないと思うが、鬼のような演技力でどこまでカバーしているか見物である。淡島の奥さんははまり役だろう。中山昭二はむろんウルトラセブンの隊長である。

1965年版(大映)
監督 三隅研次
脚本 伊丹万作
音楽 伊福部昭
出演者
  • 無法松 勝新太郎
  • 奥さん 有馬稲子
  • ボン .松本薫
  • ボンの父 宇津井健
  • 結城重蔵 宮口精二
上映時間 96分

 伊福部昭がどんな音楽をつけているかが気になる。ゴジラのテーマで有名な人だが、『日本誕生』で見る(聴く)ように民族的なオーケストレイションが冴える作曲家である。勝新はまんま無法松だな。三隅研次のスタイリッシュな映像も気にかかる。

 大映、東宝、東映と当時の大手映画会社がこぞって手がけているところに、『無法松』の絶大な人気を感じる。松竹が撮っていないのは路線が違うからか? 

 無法松のような男が、いまいったい日本のどこにいるんだろう?
 無法松が奥さんに抱いたような献身的な秘めたる恋が、どこを探せばあるんだろう?

 なんだか胸が痛くなるような切ない映画で、Kさんが70年間忘れずにいたことに納得した。
 ソルティは今から40年後、覚えている映画があるだろうか?
 そもそもそこまで生きているだろうか? 


 
評価:A-
 
A+ ・・・・めったにない傑作。映画好きで良かった。 
「東京物語」「2001年宇宙の旅」「馬鹿宣言」「近松物語」

A- ・・・・傑作。できれば劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」「スティング」「フライング・ハイ」「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」   

B+ ・・・・良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」「ギャラクシークエスト」「白いカラス」「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・純粋に楽しめる。悪くは無い。
「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」「ボーイズ・ドント・クライ」

C+ ・・・・退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・見たのは一生の不覚。金返せ~!!




● 映画:『黒部の太陽』(熊井啓監督)

1968年日活。

 黒部ダム建設の苦闘を描いた骨太の人間ドラマ。上映時間196分(3時間以上!)は破格の長さであるが、長さをまったく感じさせない脚本のうまさ、役者たちの演技の熱さ、セットのリアルさ、撮影技術や演出の見事さに舌を巻く。さすが、『地の群れ』、『サンダカン八番娼館』の熊井啓。
 ダム建設自体も大変な苦労だったろうが、この映画の撮影もまた相当な苦労だったろう。当時(50年代後半)の日本社会が持っていた人的・財的・技術的資源と巨大ダム建設に賭ける男たちのほとばしる情熱は、そのまま当時(60年代後半)の日本映画界が持っていた人的・財的・技術的資源と映画制作に賭ける男たちのみなぎる情熱そのものである。これが戦後の復興を可能ならしめたパワーというものだろう。
 ・・・どこかに消えて久しい(いい悪いは別として)。
 
 役者陣の充実ぶりも凄い。 
 石原裕次郎演じるキザな熱血男児・岩岡と、あこぎで破天荒なその父・源三(辰巳柳太郎)の父子相克は、『美味しんぼ』の山岡士郎と海原雄山のそれとダブる。リアリティあふれる辰巳柳太郎の土方の演技を見るだけでもこの映画を見る価値はある。
 父子と言えば、なんと宇野重吉・寺尾聰親子が共演している。これは寺尾聰(『ルビーの指輪』)の映画デビュー作(当時21歳)なのだ。
 
当時、石原プロの元にはスタッフ・キャスティングに必要な人件費が500万円しか無かった。石原裕次郎はこの500万円を手に、劇団民藝の主宰者であり、俳優界の大御所である宇野重吉を訪ね、協力を依頼した。宇野は民藝として全面協力することを約束し、宇野を含めた民藝の所属俳優、スタッフ、必要な装置などを提供。以降、裕次郎は宇野を恩人として慕うようになった。(ウィキペディア「黒部の太陽」より抜粋)
 
 この宇野重吉の相貌がいまの寺尾聰そっくりである――順序から言えば逆か。いまの寺尾聰が当時の宇野重吉そっくりなのだ。当たり前といえば当たり前なのだが、映画撮影当時はここまで相似するとは予期できなかっただけに、なんだか感動する。
 
 三船敏郎と石原裕次郎。
 やはり昭和が生んだ大スターの名に恥じない存在感である。
 相性も悪くない。
 二人を一緒に並べて観ることで、俳優としての二人の資質の違いを実感した。
 石原裕次郎は、何をやっても石原裕次郎である。それ以外にはなれない。裕次郎としての個性が強すぎて、役柄よりも個性が前に出てしまう。吉永小百合や高倉健と同じである。
 一方、国際的俳優でアクの強さでは本邦随一とも言える三船敏郎は、演じる役に同化することができる。‘大スター三船敏郎’はスクリーンのうちに存在を消して、役柄になりきることができる。この映画でも、誠実で娘思いで渋さの際立つ建設会社管理職そのものになりきっている。たとえば、三船が出演していることを知らずにこの映画を観た人が、「あれ?この役者確かにどっかで見たことあるけれど、だれだったかなあ?」と思ってしまうほどの、確かな役の造形力、演技力である。
 三船敏郎は演技派だったのだ。 
 
 それから、気になったのは音楽。
 ソルティが最近はまっているマーラーの交響曲になんだか似ている。いつくかの主要な動機(=メロディ)もそうだし、様々な楽器の――特に金管楽器の使い方がマーラー風である。
 「誰だ? 音楽担当は?」
 クレジットを見直したら、黛敏郎だった。
 なるほど、大自然を相手の人間の涙ぐましい死闘、人知を尽くして苦難を克服した輝かしい一瞬の栄光、その裏に隠された幾多の犠牲と悲劇、そしてその後(バブル崩壊後)わが国に訪れることになる、生きるパワーの停滞と不安と虚しさ・・・・・。これらを表現するのにマーラーの音楽ほど適したものはないかもしれない。トンネル開通の浮かれ騒ぎの中で娘の死を知った三船敏郎の深い苦悩の表情とともに、この音楽もまた、黒部ダム建設が「人間の勝利、技術の光輝」という単純な‘プロジェクトX’図式に回収される話ではないことを物語っているようだ。

 

 
評価:B-

A+ ・・・・めったにない傑作。映画好きで良かった。 
「東京物語」「2001年宇宙の旅」「馬鹿宣言」「近松物語」

A- ・・・・傑作。できれば劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」「スティング」「フライング・ハイ」「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」   

B+ ・・・・良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」「ギャラクシークエスト」「白いカラス」「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・純粋に楽しめる。悪くは無い。
「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」「ボーイズ・ドント・クライ」

C+ ・・・・退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 


C- ・・・・もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・見たのは一生の不覚。金返せ~!!



 

● 映画:『天国と地獄』(黒澤明監督)

日本映画150 1963年東宝。

 手元にある文藝春秋編『大アンケートによる日本映画ベスト150』(1989年発行)によると、『天国と地獄』は22位にランクされている。黒沢の作品では、
『七人の侍』(1位)
『生きる』(3位)
『羅生門』(4位)
『用心棒』(17位)
『酔いどれ天使』(18位)
に継いで6番目である。
 100位までになんと13本がランクインしているのだから、いかに黒澤作品が日本人に愛されているのかがわかる。ちなみに、同時代に活躍した巨匠達を見てみると、溝口健二7本、木下恵介6本、小津安二郎5本である。
 このアンケートの回答者は、文春が選定した映画好きを自認するマスコミ関連の業界人372名であるから、それなりのバイアスはかかっていよう。が、黒澤明こそが日本映画史上最大の監督であり、それを超える者はいまだに(永久に)現れていないという評価が動かし難いところなのであろう。 


 『天国と地獄』も実際文句のつけようがない。
 このレベルの作品を生涯に1本撮っただけでも、その監督の名前は永く映画史に刻まれることだろう。脚本、演出、撮影、演技、どれをとっても標準をはるかに凌駕し、第一級の娯楽作品に仕上がっている。本当に巧い。本当に面白い。
 前半の家の中の一室だけでドラマが進行する演劇的な手法は、ヒッチコックの『ロープ』(1948年)を思い出させる。おそらく、あれが黒澤の頭の中にはあっただろう。言葉の応酬と役者の演技、そしてカメラワークだけで緊迫感を生み出していく手腕には舌を巻く。三船敏郎の重厚な骨のある演技には惚れ惚れする。
 一転して、捜査陣の推理と犯人の追跡を描いていく後半では、ミステリーの醍醐味を十分に味わうことができる。警部役の仲代達矢もいいが、たたきあげの刑事らしい無骨さと逞しさと愛敬とをふりまく「ボースン刑事」こと石山健二郎が光っている。
 トーンの対照的な前半と後半とをつなぐ文字通り「橋」における身代金引き渡しのシーンこそ、日本映画いや世界映画における鉄橋シーンの白眉と言える。鉄橋周辺の空間の広がり、列車の走るスピード感をいっさい殺すことなく、何台ものカメラの使用によって角度を変えつつ切り替わっていくショットの生み出す緊張感は、登場人物(警察側)の心理状態とからんで、絶大な効果をもたらす。息を詰めて観るほかない。
 実際、その後の日本のすべての推理・刑事ドラマの原型は、映画・テレビ問わず、この一作にあると言っていいだろう。


 瑕瑾の見あたらない作品であるけれど、あえて難を言えば、エンドシーンがちょっと肩すかしな感じがした。
 誘拐犯である竹内(山崎努)と、脅迫され身代金を払った権藤(三船)との刑務所での対面シーンにおいて、物語はクライマックスに達する。見ている我々は、何らかの両者の対決あるいは犯人側の真情の吐露を期待する。なぜなら、そこに至るまでのドラマの中で、なぜ竹内が犯行を行ったのかがはっきりとは示されないからである。
 もちろん、「貧困=金」が動機ではある。
 地獄(スラムまがいの地区にある竹内のアパート)から天国(丘の上の瀟洒な権藤の邸宅)を来る日も来る日も眺め続けていた竹内が、権藤に対して嫉妬し、劣等意識をかき立てられ、やがて憎むようになるのはわからなくもない。金持ちに対する憎悪や貧富の差を生む社会に対する憤りが、いかにも金持ち然とした権藤に集約されることも不自然ではない。
 しかし、竹内も病院で働くインターンであるからには医者の卵、エリートである。いまは安い給料でこき使われているかもしれないが、末はドクター、前途有望である。しかも、どこかの院長の娘あたりをたらし込むことだってできそうなほどハンサムだ。
 そうした輝かしい将来を棒に振って、失敗するリスクの大きい誘拐脅迫のみならず、死刑になりかねない殺人にまで手を染める必要がなぜあるのか?
 竹内には、語られていない悲惨な過去、強烈な何らかのコンプレックスがあるに違いない。左手の深い傷はそれを暗示しているに違いない。それが最後には何らかの形で明らかにされることを期待していたのである。
 が、結局、竹内は刑執行を前にして自ら面会を希望したにもかかわらず、権藤を前に虚勢を張り続ける。内面は見せない。来たるべきものに怯え、身を震わせ、最後には絶叫して看守に連れ去られていく。また、警察署内の会議の席でも、竹内の生い立ちとか家族関係とかが語られるくだりはない。
 一体、竹内とはどういう人物だったのだろう?
 山崎努は、どういう解釈を持って竹内を演じたのだろう?

 同じ推理ドラマの傑作『砂の器』(1974年松竹、上記アンケートでは13位)と比較したとき、犯人の動機についての描写の浅さは歴然である。
 もっとも、黒澤が撮りたかったのは、純粋に推理&サスペンス娯楽作品だったのであり、山崎努(=竹内)に求められていたのは普通に「悪」役なのだ、と言われればそれまでだが・・・。
 それとも、リアルタイム(63年)でこの映画を観た世代は、あえて説明してもらう必要もないほどに、竹内の置かれている状況の悲惨さ、己のキャリアや将来を棒にふってまで金持ちを憎み犯罪行動に走らざるを得ない苦悩に対する、暗黙の共通理解のようなものを持っていたのであろうか。

 今は「天国」の側にいる権藤の前歴が靴職人であったことが何らかの暗示になっていると読むのは、いささか考え過ぎか?




評価:
 A-

参考: 

A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 

「東京物語」 「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。

「風と共に去りぬ」 「未来世紀ブラジル」 「シャイニング」 「未知との遭遇」 「父、帰る」 「フィールド・オブ・ドリームス」 「ベニスに死す」 「ザ・セル」 「スティング」 「フライング・ハイ」 「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」 「フィアレス」 ヒッチコックの作品たち

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。

「アザーズ」 「ポルターガイスト」 「コンタクト」 「ギャラクシークエスト」 「白いカラス」 「アメリカン・ビューティー」 「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。

「グラディエーター」 「ハムナプトラ」 「マトリックス」 「アウトブレイク」 「タイタニック」 「アイデンティティ」 「CUBU」 「ボーイズ・ドント・クライ」 チャップリンの作品たち   

C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)

「アルマゲドン」 「ニューシネマパラダイス」 「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ~。不満が残る。

「お葬式」 「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった


「レオン」 「パッション」 「マディソン郡の橋」 「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!

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