P子さんとしよう。
そんな状態でも日中は食堂のご自分の席でバッチリと目を開けてスタッフの動きを物珍しそうに見ておられるし、耳元で大声で呼びかければ返事もするし、調子のよい時は近くの席の人を相手に昔話を始める。風邪で寝込んだり、肺炎で入院したりということもない。いたって元気なのである。
なんでも家が地方の庄屋だったらしい。繰り返される昔話の中に、「お手伝いさんがね・・・」とか「女学校の送り迎えのときに・・・」とか「家の蔵の中に着物がたくさんあって・・・」なんて言葉が当たり前のように出てくるのを聞いていると、箱入り娘として下にも置かず可愛がられた着物姿の少女が思い浮かぶ。長生きで健康なのは育ちの良さから来るのかもしれない。
今でも風貌はお嬢様というか「おひいさま」の名残をとどめている。豊かで艶があり櫛どおりのいい白髪、染み一つない白い肌、こじんまりした品のいい目鼻立ち。若い頃は相当の美人であったろう。他人の話には興味を持たず自分の話だけ一方的にするあたりも、単に加齢や認知のせいばかりではないのかもしれない。ほうっておいても周りがチヤホヤしてくれたのだろう。
100歳を超えると人間は天使になる。存在するだけで「奇跡がここにある」といった印象が生じる。80歳以上の高齢者があまた集う中でも別格といった雰囲気が漂う。何を言っても、何をやっても、もう憎まれるとか邪険にされるということがない。介護拒否が強くスタッフを悩ませムッとさせる90歳のうるさがたの婆さんが、101歳のP子さんの前ではしおらしくしているのを見ると、「世紀の力(century power)」ってすごいと思うのである。そのうえ、P子さんの場合、可愛らしい容貌とアルツハイマーならではの無邪気でトンチンカンな語りの持ち主なのだから、スタッフ人気は絶大である。20~30代の若い女性スタッフの間では「P子さんって可愛い」というのが口癖である。むろん、男性スタッフも同じように心の中で思っているだろう。「あと80歳若かったらなあ・・・」とか(笑)
「P子さん、おはようございます。今日もよろしくお願いします」
そう言って頭を下げると、P子さんはこちらをまじまじ見つめてこう言ったのである。
「あら、可愛い坊やだねえ~」
周囲は大爆笑。
齢五十を超えて「可愛い坊や」とは!