ソルティはかた、かく語りき

東京近郊に住まうオス猫である。 半世紀以上生き延びて、もはやバケ猫化しているとの噂あり。 本を読んで、映画を観て、音楽を聴いて、芝居や落語に興じ、 旅に出て、山に登って、仏教を学んで瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

佐田啓二

● 瀬戸内晴美になれなくても 映画:『遠い雲』(木下惠介監督)

1955年松竹

監督 木下惠介
脚本 木下惠介、松山善三
音楽 木下忠司
出演
  • 高峰秀子 : 寺田冬子 
  • 佐田啓二 : 寺田俊介 
  • 高橋貞二 : 石津幸二郎 
  • 田村高廣 : 石津圭三

 美しい風景と古くゆかしい町並みが画面に映える飛騨高山を舞台に、子持ちの未亡人・冬子(=高峰秀子)と東京から帰省した幼馴染みの青年・幸二郎(=高橋貞二)の結ばれずに終わる一夏の恋を描く。正統派の純愛ドラマと言っていいだろう。
 愛し合っている二人が結ばれなかったのは、冬子側の躊躇による。一度は人妻になった身であること、まだ幼い子供がいること、嫁ぎ先で頼られ大切にされていること、亡くなった夫の弟・俊介(=佐田啓二)から好意を寄せられていること、そして何よりも世間体である。とくに悪い噂の広まりやすい田舎の風土は大きな枷となる。これらすべての枷を薙ぎ倒して、家も子供も捨てて愛する男の胸に飛び込んでいく勇気(と言っていいのか分からないが)を、フェミニズムのフェの字もなかった当時の女性に望むのは無理と言うものだろう。誰もが瀬戸内晴美になれるわけではない。
 現代なら同じ飛騨高山の地であろうと、この二人が付き合い結婚することに、眉を顰め、目くじらを立てる者は、二人に心理的に深く関係する者意外はいないであろう。不倫でも浮気でもないのだから、なんの問題もない。その意味で、時代性・地域性を感じさせる映画である。
 しかし、木下惠介がやはり一筋縄でいかないと思うのは、冬子と幸二郎の恋の成就を最後の最後で阻む枷に、上記以外の理由を用意しているところである。
 
 思い余った幸二郎は冬子に駆け落ちを持ちかける。
 「明日の朝の汽車で一緒に東京に行きましょう」
 幸二郎は拒絶の返事をもらい、傷心を抱え、早朝の汽車にひとり乗り込む。汽笛が鳴り、発車せんばかり。
 そこへ、手提げ一つで着の身着のままの冬子が走ってくる。駅舎に飛び込み、東京への切符を買い、愛する男の胸めがけて改札を抜けようとする冬子。
 「ああ、結局、冬子は瀬戸内晴美派だったんだなあ」と、観る者が思った瞬間、冬子は改札から出てきた一人の男とぶつかる。
 それは、仕事で地方に行っていた義理の弟・俊介であった。
 なんという偶然か!
 二人の事情を知っている俊介は、問い糾すことなくこう告げる。
 「後ろのほうの車両にいますよ」
 俊介の言葉を耳にした途端、冬子の気持ちは萎えてしまう。
 彼女は悟る。
 「やっぱり、行ってはいけない」
 
 人は時に、自らの感情や欲望や思考を超えたところにある「なにものか」の声を聞く。「なにものか」は大概、偶然とか予期せぬ出来事とかシンクロニシティといった形で、人に啓示をもたらす。その声を謙虚に受け止めることで、誤った道に踏み入ることが回避される。これを宿命と言ったり、恩寵と言ったり、天の配剤と言ったりするのだろう。
 
 停車場をあとにしながら、俊介は冬子に言う。
 「行かないでくれて、ありがとう」
 冬子は答える。
 「いいえ、私こそ・・・・・ありがとう」
 
 この映画は一見、古い因習と世間体に阻まれて自らの感情や欲望を押し込めざるを得ない女性の不幸を描いているように見える。遠い雲のような幸福・・・・・。
 が、ラストシーンの早朝の高山の空は、雲ひとつなく晴れて美しい



評価:B-

A+ ・・・・めったにない傑作。映画好きで良かった。 
「東京物語」「2001年宇宙の旅」「馬鹿宣言」「近松物語」

A- ・・・・傑作。できれば劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」「スティング」「フライング・ハイ」「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」   

B+ ・・・・良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」「ギャラクシークエスト」「白いカラス」「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・純粋に楽しめる。悪くは無い。
「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」「ボーイズ・ドント・クライ」

C+ ・・・・退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」


D- ・・・・見たのは一生の不覚。金返せ~!!





● ゲイチックな週末1 映画:『喜びも悲しみも幾年月』(木下惠介監督)

 この週末(4/15,16)は木下惠介とチャイコフスキーを鑑賞した。とくに意識的に選んだわけではないのだが、両者ともゲイである。
 
1957年松竹
原作 木下惠介
音楽 木下忠司
上映時間 160分

 日本の僻地に点在する灯台を転々としながら厳しい駐在生活を送る灯台守夫婦(佐田啓二、高峰秀子)の戦前から戦後に至る25年間を描いたもの。
 四季折々の日本各地の美しい海岸風景の中に、喜怒哀楽こもごもの人間ドラマ、夫婦愛、家族愛が丁寧に描かれ、最後は感動のクライマックスで終わる。160分の長さを感じさせないストーリーテリングはさすがというほかない。大ヒットした主題歌を含む音楽も見事に作品に溶け合っている。
 
 作品自体はなんの文句もつけようもない傑作であるけれど、観ていて気になってしまうことがある。それはこれを撮った木下監督の心情のほどである。
 木下惠介がゲイであったことはまず疑いなかろう。結婚はしたが相手の女性とは入籍せず、新婚旅行で見切りをつけ夫婦生活もないままに別れたという。その後、独身を貫いている。養子は取ったが実子はなかった。日本初のゲイ映画と言われる『惜春鳥』(1959)を筆頭に、木下作品には男性同士の親密な関係を描いたものが少なくない。
 むろん、同性愛そのものずばりを描くことなど当時考えられなかった。‘そのものずばり’と言えるのは、おそらくピーター主演の『薔薇の葬列』(1969年、松本俊夫監督)が本邦初だと思うが、これは非商業主義的な芸術作品を専門とするATG製作・配給であった。木下惠介は最後まで‘そのものずばり’を撮ることはなかったし、松竹もそれを望まなかったろう。木下惠介と言えば、やはり夫婦や親子の機微を克明に描く家族ドラマの名手というイメージが強い。ソルティが子供の頃にTBS系列で放映されていた「木下惠介アワー」がその印象を強めている。
 
 天才肌のプロフェッショナルとして、大衆が望み喜ぶもの(=客が呼べるもの、視聴率が良いもの)を作るのは木下監督にとってお茶の子さいさいであったろう。男と女の恋愛や葛藤や別れ、夫と妻の信頼や裏切りや破綻、親と子の愛情や憎しみや衝突。こうしたものを木下惠介は、時にシリアスに、時にユーモラスに、時に詩情豊かに、時に皮肉たっぷりに、時に激しく、時にしみじみと、包丁さばきも鮮やかに描き出している。大衆的な人気もうべなるかな。
 しかるに、これらは言わば「マジョリティの世界=ヘテロの世界」の出来事である。ゲイであり子供を作らなかった木下惠介にとってみれば、男女の恋愛も親子の愛憎も他人事だったのではなかろうか。‘外野に置かれている’感覚を伴いながら、これらの作品を撮っていたのではなかろうか。
 むろん、外野にいたからこそ内野の様子がよく見えたのであろうし、感情的に巻き込まれることなく冷静な視点を保ちながら鋭い人間観察ができたのであろう。加えて、ゲイセクシュアリティの利点を生かし、男の立場と女の立場の両方を理解し、その相克をリアルに描き出すことができたのかもしれない。
 一方で、常に外野から他人事(=ヘテロ)の人生ばかりを描いていて、ある種の欲求不満にはならなかったのであろうか? 芸術家にとって何よりの創作モチベーションであるはずの自己表現欲求を、木下監督はどう始末していたのだろう? 単に、自らの作品中に‘熱き友情’と解されうる男同士の絆を添え物的に挿入することで満足していたのだろうか?
 気になるところである。
 
 とりわけ、この『喜びも悲しみも幾年月』は、長年連れ添った夫婦の絆がテーマである。最も木下惠介自身からは遠い題材であると言わざるをえない。それは、彼が望んでも得られないものであったし、自らの実体験をもとに深い理解と共感をもって描き出せるテーマではなかったはずである。(原作と脚本も木下監督の手になる)
 いったい何故こんな芸当が可能だったのだろう?
 彼が心から欲しいと願っていたもの、理想として胸に秘めていたものをリアリティもって創造したからこその離れ業だったのだろうか。
 それとも、自らの両親の姿が念頭にあったのか。 
 
 ウィキによると、日本においては長崎県五島市の女島灯台が最後の有人灯台であったが、2006年(平成18年)12月5日に無人化され、国内の灯台守は消滅したそうである。
 


評価:B-

A+ ・・・・めったにない傑作。映画好きで良かった。 
「東京物語」「2001年宇宙の旅」「馬鹿宣言」「近松物語」

A- ・・・・傑作。できれば劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」「スティング」「フライング・ハイ」「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」   

B+ ・・・・良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」「ギャラクシークエスト」「白いカラス」「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・純粋に楽しめる。悪くは無い。
「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」「ボーイズ・ドント・クライ」

C+ ・・・・退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・見たのは一生の不覚。金返せ~!!




● 映画:『お嬢さん乾杯!』(木下恵介監督)

1949年松竹。

 自動車修理工場を経営する商売上手な34歳の石津圭三(=佐野周二)は、没落した元華族の令嬢・池田泰子(=原節子)とお見合いする。圭三は泰子に一目惚れし、デートを重ねる。が、そう簡単には事は運ばない。
 ラブコメディと言ったところか。
 新藤兼人が脚本、監督の弟である木下忠司が音楽を担当している。
 
 原節子が木下恵介作品に出演したのは、後にも先にもこれ一本だけだったとか。
 どんな理由があったか知らないが、もったいない話である。
 そのくらい、ここでの原節子は美しく、演技達者で、重すぎも軽すぎもせず、木下色に見事に染まっている。没落した一家を救うために半ば打算的に付き合い始め、単なる‘好意’から始まった圭三への思いが、徐々に‘愛情’へと変わり、しまいには‘惚れております’と口走るようになる。その女心の変容をまったく過不足なく、品を損ねることなく演じている。この芝居は主演女優賞ものである。
 
 途中、圭三と弟分の五郎(=佐田啓二)とがバーで肩を組んでダンスを踊るシーンが出てくる。関口宏と中井貴一が踊っているようなものか。
 こういうシーンを見ると、「やっぱり木下恵介はゲイだったんだなあ。男女の恋愛を描くだけでは自身物足りなくて、自分のためのサービスショットが欲しかったんだろうなあ。」と想像する。
 
 安心して楽しめる、文句なしにいい映画である。



評価:B+

A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 
        「東京物語」「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
        「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」
        「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」
        「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」
        「スティング」「フライング・ハイ」
        「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」     

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
        「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」
        「ギャラクシークエスト」「白いカラス」
        「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
        「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」 
        「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」「ボーイズ・ドント・クライ」

C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
        「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
        「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
        「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!

 

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