ソルティはかた、かく語りき

東京近郊に住まうオス猫である。 半世紀以上生き延びて、もはやバケ猫化しているとの噂あり。 本を読んで、映画を観て、音楽を聴いて、芝居や落語に興じ、 旅に出て、山に登って、仏教を学んで瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

佐藤純彌

● ブーム再来なるか? 映画:『空海』(佐藤純彌監督)

1984年東映。

監督:佐藤純彌
企画:全真言宗青年連盟
脚本:早坂暁
音楽:ツトム・ヤマシタ
キャスト
  • 空海:北大路欣也
  • 最澄:加藤剛
  • 薬子:小川真由美
  • 橘逸勢:石橋蓮司
  • 藤原葛野磨:成田三樹夫
  • 平城天皇:中村嘉葎雄
  • 嵯峨天皇:西郷輝彦
  • 桓武天皇:丹波哲郎
  • 泰範:佐藤佑介
  • 阿刀大足:森繁久彌

 弘法大師空海(774-835)入定1150年を記念し、全真言宗青年連盟映画製作本部が東映と提携して製作した映画である。青年連盟は映画公開前に前売券200万枚(総額20億円)を完売させ、巨額な製作費(12億円)を可能にしたという。
 真言宗のお墨付きで上映時間約3時間と来れば、敬遠したい向きもあるかもしれない。偉大なる開祖・空海上人を最大限持ち上げた真面目な(つまらない)布教映画であろうと想像するかもしれない。ソルティは半ばそうであった。そのうえ、空海を演じるのが北大路欣也と来ては「ミスキャストだろう」の思いがあった。北大路は三島由紀夫に愛されたほどの名役者であるのは間違いないが、あまりに濃い顔立ちと生々しい肉体性とが聖人・空海にはふさわしくないと思った。俗っぽ過ぎる。これが日蓮ならわかるのだが・・・。
 空海の生涯を復習するくらいの気持ちでさほど期待せずに見始めたのだが、開けてビックリ玉手箱。実に見応えあって面白かった。3時間モニターの前に陣取る価値は十分ある。三國連太郎監督『親鸞 白い道』同様、非常に良くできた、質の高い伝記&娯楽映画と言えよう。

 実際、空海の生涯はそのままで十二分に波乱万丈で面白い。
 四国(讃岐)の豪族の三男として生を享け、神童の名をほしいままにし、10代半ばで叔父を頼って上京。京都の大学を中退して四国の山野に修行。室戸岬で金星が口に入って悟りを開く。30歳を過ぎて京に戻るも遣唐使として中国に行き、密教の真髄を極める。帰国後は鎮護国家の要としてライバル最澄とともに朝廷に重用される一方、民衆のために治水工事を指揮し学校(綜芸種智院)を作る。62歳で高野山に没す。

 空海の生涯をおおむね忠実にたどりながら、そこに時代背景や天災や権謀術数をからませ、エンターテインメントしても一級の作品になっている。見所満載である。
 たとえば、
  1. 奈良(平城京)からの遷都風景 ・・・・行列する人々の衣装や小道具が凝っている。
  2. 薬子の変・・・・平安初期の政権争いの様子が分かりやすく劇的に描かれる。
  3. 遣唐使の困難な旅 ・・・・当時のままの遣唐使船を建造したという。嵐のシーン、広大な自然を背景にした中国ロケは潤沢な予算ゆえの本物の香りが横溢。大画面に耐える。
  4. 密教第七代の祖・恵果から密教の奥義を受ける ・・・・わずか3ヶ月で密教のすべてを習得した空海の天才ぶりが光る。
  5. 最澄と空海の出会いと別れ ・・・・平安仏教の2大天才の関係性の変化にドキドキする。最澄と空海の仏教観の違い以上に気になるのは、最澄の一番弟子であった泰範が最澄を捨てて空海に鞍替えしたエピソードである。泰範役に往年の美青年・佐藤祐介を配したあたりが「日本の男色の起源は空海」という伝承――むろんそんなことはない。男色は神代からあったはず――を思い起こさせ意味深である。
  6. 奈良仏教V.S.平安仏教 ・・・・経典研究と自己の成仏のみに勤しむ奈良仏教の僧侶たちと、あまねく人々の救いを重んじる平安新興仏教(最澄)との帝の面前での宗論シーンが、古代インドで起こったと言われる小乗仏教と大乗仏教の反目を思わせて興味深い。
  7. 万濃池の修築工事 ・・・・大量のエキストラを使ったスペクタクルシーン。
  8. 山の噴火と被災者の集団セックス ・・・・一番ビックリしたシーン。密教と言えばタントラ=性肯定ではあるが、被災し洞窟に避難した男女をその場で番わせて生きる意欲を湧き立たせるというエピソードの、そしてセックスに陶酔する男女の姿をインドの古い神々(シヴァとパールヴァティー?)に重ね合わせる演出が凄すぎ! 開いた口がふさがらない。よくまあ真言宗は許可したものだ。

 とまあ、次から次へと息つく暇もないほどに見応えある面白いシーンが続く。海外も含めた贅沢な野外ロケ、王朝時代のセットや衣装のリアリティ、大量のエキストラ、嵐や建築や火事などのスペクタルシーン。このバブリー感は80年代という時代の産物であると同時に、真言宗の意地とプライドの賜物であろう。東映の力だけではこうはゆくまい。

 見応えを底から下支えしているのが役者の魅力である。
 4人を挙げよう。
 まず、空海役の北大路欣也。
 観る前の予測を良い意味で裏切って気持ちいい聖人ぶりであった。濃い顔立ちと力強い眼力は空海の意志の強さに転換され、生々しい肉体性は不羈奔放の若さに書き換えられた。並み居るベテラン役者陣に食われることなく、最後まで主役を張っているのはさすが。
 空海の叔父・阿刀大足を演じる森繁久彌。
 ソルティは残念ながら舞台『屋根の上のヴァイオリン弾き』もコメディ映画の『三等重役』、『社長シリーズ』、『駅前シリーズ』も森繁の代表作と言われる『夫婦善哉』すら観ていないので、アカデミー賞の重鎮であった森繁久弥の役者としての技量のほどをよく知らなかった。とくにバイプレイヤーとしての力量が疑問であった。言葉は悪いが「はったり感」を持ってさえいた。
 しかし、この映画を観て印象が変わった。森繁はバイプレイヤーとしても勝れている。空海の叔父にして物語の語り部を担う阿刀大足の役を実に重厚に、存在感豊かに、分をわきまえながら演じている。自分を抑える演技の出来る役者なのであった。
 桓武天皇役の丹波哲郎。
 やはりただならぬ存在感と大物ぶりが漂う。『親鸞 白い道』にも重要な役で出演しているが、宗教映画には欠かせないスピリットを持っている人である。演技の質はともあれ、この人が出てくるだけで画面が引き締まる。
 一番印象に残るのは、薬子を演じた小川真由美である。
 悪女や妖婦を演じたら右に出る者はなし。『八つ墓村』でもそうであったが、素か演技か分からぬほどの自然体に見えながら、役になりきっている。ここでも時の帝をたらしこめ思うがままに朝廷を牛耳る稀代のヴァンプを美しくもしたたかに、妖しくも傲岸に演じていて、観る者を惹きつける。計略に失敗して自害するド迫力の狂乱シーンは、さすが文学座の大先輩・杉村春子をして「私の後継者は小川よ」と言わしめただけのことはある。圧倒される。その小川が70歳を過ぎて真言宗で出家したのはなんだか因縁めいている。

 最後までよくわからなかったのは、空海にとって仏教とは結局何だったのか、密教とは一体何かと言う点である。
 密教に関しては、「わからないから、秘密にされたままでいるから、密教なのである」と言われれば言葉の返しようもない。言葉で説明できるのであればそれは顕教である。映画を観ただけで理解しようと思うのがそもそも間違いである。
 一方、「ブッダに握拳なし」の言葉をそのまま受けとめれば、仏教は顕教であるべきだろう。秘密にされるべきものなどあろうはずがない。主客という二元性を越える悟りの境地は不立文字であって「言葉にできない」は仕方ないとしても、それは秘密とは違う。空海が恵果から授かったような伝法灌頂はブッダの教えにはそぐわない。
 真言宗が協力し認可したこの映画において、空海の‘仏教’は以下のようなポイントに収斂されよう。
  1.  生命讃歌(性の肯定)。生きている間に成仏しなければ意味がない。
  2.  自然讃歌。人間も自然の一部なので大宇宙(大日如来)の法則に随えば迷うことはない。
  3.  民衆の救いのための教え。
 
 なんとなく仏教というより原始神道に近い気がする。生(性)について、この世について、かなりポジティヴな見解である。
 一方、空海の残した有名な詩句がある。

三界(この世)の狂人は狂せることを知らず。
四世(生きとし生けるもの)の盲者は盲なることをさとらず。
生れ生れ生れて、生の始めに暗く、
死に死に死に死んで、死の終わりに冥し。(『秘蔵宝鑰』)

 この詩から受ける印象は、まさに「一切皆苦」であり「無明」である。仏教の根本と重なっている。
 ほんとのところ、空海はこの世をどう見ていたのだろう?


P.S.
 来年、日中共同製作映画『空海―KU-KAI―』(原題:妖猫伝)が公開されるとのこと。原作は夢枕獏『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』。監督は『黄色い大地』、『子供たちの王様』、『さらば、わが愛/覇王別姫』などの傑作を撮った陳凱歌(チェン・カイコー)。主演は染谷将太。ほかに黄軒(ホアン・シュアン)、阿部寛、松坂慶子らが出演する。宗教映画ではないと思うが、面白いのは間違いあるまい。
 空海ブーム到来なるか? 

空海
 


評価:B+

A+ ・・・・めったにない傑作。映画好きで良かった。 
「東京物語」「2001年宇宙の旅」「馬鹿宣言」「近松物語」

A- ・・・・傑作。できれば劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」「スティング」「フライング・ハイ」「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」   

B+ ・・・・良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」「ギャラクシークエスト」「白いカラス」「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・純粋に楽しめる。悪くは無い。
「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」「ボーイズ・ドント・クライ」

C+ ・・・・退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・見たのは一生の不覚。金返せ~!!



 


● 差別との出会い 映画:『人間の証明』(佐藤純彌監督)

1977年東映。

 八杉恭子(岡田茉莉子)は、戦後の混乱期、生きるためにパンパン(米兵相手の売春)をやっていて、知り合った黒人兵との間に男の子をもうけた。これが事件の発端となる。
 数十年後、大物政治家の妻となり、ファッションデザイナーとして頭角を現していた恭子のもとに、過去の亡霊が現れる。捨てたはずの息子ジョニーが、アメリカから恭子を慕ってやって来たのである。
 過去が世間に暴露されスキャンダルになれば、今の幸せが崩壊する。
 思い余った恭子はジョニー殺しを決行する。

 30年以上ぶりに観た。
 やっぱり、見ごたえある。
 主演の岡田茉莉子は当時44歳。10代のソルティの目には‘派手で年増のおばさん’という印象だったが、自分がその年齢を上回った今見ると、まぎれもなく美貌と貫禄あふれる大女優がそこにいる。三船敏郎、夏八木勲、長門裕之、鶴田浩二、峰岸徹、地井武男、ハナ肇、ジョージ・ケネディ・・・錚々たる豪華男優陣を足元にも寄せ付ず独り高みで輝いている。
 唯一匹敵すべき存在感を発揮しているのが松田優作。やはり子供の目には‘むさくるしい怖そうなオジサン’という印象だったが、当時28歳。今見ると青春の香りがふんぷんとするではないか。岡田茉莉子と互角に渡り合うのだから、やっぱり稀代の名優と言うべきだろう。
 そうそう。当時26歳の岩城滉一が岡田の息子役で出演している。本来の‘族’上がりの硬派イメージとは異なる「甘やかされ駄目になったお坊ちゃん」役で、そのギャップが楽しい。
 
 この『人間の証明』と並んで、少年ソルティが強い刻印を受けた70年代の日本映画に、松竹の『砂の器』(野村芳太郎監督、1974年)と、東宝の『犬神家の一族』(1976年)がある。いずれも大ヒットを記録し、森村誠一、松本清張、横溝正史の原作本は飛ぶように売れた。この3つの作品が、それまで『ゴジラ』や『モスラ』などの怪獣映画や、『地底探検』『人類SOS!』などの海外B級SF映画にしか興味なかったソルティが、日本の本格的大人映画に目覚めたきっかけであり、そこに共通して響いている重くて暗いテーマに愕然とし、「生きるって大変なのかも・・・」と洗礼を受けた最初であった。
 重くて暗いテーマとは、ずばり「過去」である。
 
 『人間の証明』『砂の器』『犬神家の一族』は、人に言えない悲惨な過去が、安穏にまた華やかに生きている現在の人間達を不意打ちする。主人公は、現在の生活と体面を守るために闇から立ち現れた過去を封じ込めようとして、殺人を犯す。そこが、単なる痴情のもつれや遺産をめぐる争いや衝動殺人とは違った、深い業とでも言うべき動機を主人公に担わせ、「犯人が捕まってよかった」「自業自得だ」という単純な勧善懲悪に終わらずに、観る者の胸のうちに犯人に対する哀れみと同情の念を催すのである。謎の解明は、決してすっきりした気分のいいものではなく、背景にある戦争・差別・偏見・因習に縛られた家制度などの不条理を浮かび上がらせ、映画館を出る観客たちは「人が歴史の中を生きることの重さ・不自由さ」について思いをめぐらせたのである。当時の大人たちは、その過去を、犯人たちの「物語」をリアルタイムで共有してもいた。
 
 パンパンもハンセン病もよくは知らなかった十代のソルティは、おそらく『人間の証明』や『砂の器』の真犯人の動機を十全に理解してはいなかった。主人公が過去を隠さなければならない理由を、大人の観客のようにはわかっていなかった。
 でも、差別というものがいかに残酷で、差別される人をどれほど苦しめ生きにくくするものなのかを、おぼろげながら感じとり、お茶の間ロードショーが終わって枕に頭をつけてもまだ物語を反芻していたのであった。
 後年自分もまた、差別を受ける側(マイノリティ)になるとは思いもせずに・・・。 

 そう、真の問題は「過去」ではない。「差別」だった。
 

評価:B-


A+ ・・・・めったにない傑作。映画好きで良かった。 
「東京物語」「2001年宇宙の旅」「馬鹿宣言」「近松物語」

A- ・・・・傑作。できれば劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」「スティング」「フライング・ハイ」「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」   

B+ ・・・・良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」「ギャラクシークエスト」「白いカラス」「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・純粋に楽しめる。悪くは無い。
「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」「ボーイズ・ドント・クライ」

C+ ・・・・退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・見たのは一生の不覚。金返せ~!!



 


 

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