ソルティはかた、かく語りき

東京近郊に住まうオス猫である。 半世紀以上生き延びて、もはやバケ猫化しているとの噂あり。 本を読んで、映画を観て、音楽を聴いて、芝居や落語に興じ、 旅に出て、山に登って、仏教を学んで瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

坪倉優介

● 悟りはどこにある? 本:『奇跡の脳』(ジル・ボルト・テイラー著、新潮社)

奇跡の脳 脳卒中によって左脳の機能の多くを失ったアメリカ在住のエリート神経解剖学者の体験記である。単なる闘病記と異なるのは、彼女が脳に関するプロフェッショナルな研究者であるがゆえ、自分の身に起こっていることを科学者の目で観察し、分析し、推論し、表現できる能力に恵まれていること、そのため一人の患者の体験談を超えて、人間の脳の機能を知る上での興味深いケースとなっている点である。
 母親との二人三脚による賢明にして懸命なリハビリの模様や、周囲からのあたたかいサポートを受けて社会復帰するまでの軌跡も感動的ではあるけれど、何より興味深いのは、左脳の機能を失ったときに彼女に起こった現象そのもの、そして回復の途上で左脳が復活する時に彼女に起こった現象そのものである。


 ある朝、目が覚めると同時に、著者は左目の裏から脳を突き刺すような激しい痛みを感じ、異変に気づく。

(何が起きてるの?)
 わたしは自問します。
(これと似たようなことを体験したことって、あった? こんなふうにかんじたことって、今までにあった? これって偏頭痛みたいな感じ。あたまのなかで、何が起きているの?)
 
 集中しようとすればするほど、どんどん考えが逃げていくかのようです。答えと情報を見つける代わりに、わたしは込み上げる平和の感覚に満たされていきました。わたしを人生の細部に結びつけていた、いつものおしゃべりの代わりに、あたり一面の平穏な幸福感に包まれているような感じ。・・・・・・・
 左脳の言語中枢が徐々に静かになるにつれて、わたしは人生の思い出から切り離され、神の恵みのような感覚に浸り、心がなごんでいきました。高度な認知能力と過去の人生から切り離されたことによって、意識は悟りの感覚、あるいは宇宙と融合して「ひとつになる」ところまで高まっていきました。

 驚くべきことに、左脳の制御から解かれて右脳中心で世界と関わることによって、悟りの境地に達したのである。 

 わたしは生まれて初めて、生を謳歌する、複雑な有機体の構築物である自分のからだと、本当に一体になった気がしました。自分が、たった一個の「分子の天才」と形容できる知性から始まり、細胞群が群がる生命の集合体になったことを、誇りに思いました。・・・・そして痴呆状態の知恵により、自分のからだの生物学的な設計のすばらしさからして、それが貴重で壊れやすい贈り物であることを悟ったのです。このからだは、わたしという名のエネルギーが三次元の外部の空間に広がってゆく扉なのです。

 このような不思議な体験を理解するには、右脳と左脳の違いを知る必要がある。脳の専門家である著者が同書の中で説明しているところを大ざっぱにまとめると、次のようになる。


左脳の働き
○ 時間の概念を司る。過去、現在、未来を作り出す。
○ 細部にこだわる。あらゆるものを分類し、比較し、組織化し、記述し、判断し、批判的に分析する。
○ 迅速に大量の情報を処理する。
○ 言葉を司る。定義し、分類し、伝える。
○ 入ってくる刺激に対してパターン化された反応をみせる(パターン認知)。思考パターンのループをつくる。
○ 境界をつくる。
○ 「わたし(アイデンティティ、自我)」を造る。絶え間なくおしゃべりすることで、人生の細部を何度も反芻する。
○ 「物語」をつくる。最小限の情報に基づいて外の世界を理解しようとする。
○ 道を踏みはずさず具体的に行動できる。
○ 完全主義者
○ 「正しいor間違っている」「良いor悪い」で判断する。
○ 財務や経済を重視

右脳の働き
○ 瞬間ごとに周囲の空間を把握し、空間との関係を築く。
○ 現在の瞬間以外の時間を持たない。「いま、ここ」の意識。
○ あらゆることが相対的なつながりの中にある。境界をつくらない。
○ 自発的、気まま、想像的、芸術的、自由奔放、好奇心旺盛
○ 他人に共感する、感情移入する、人類みな兄弟
○ 言葉のないコミュニケーションが得意
○ 変化に対して柔軟に対応できる。
○ 楽天的、社交的、直観的
○ ありのままに物事を受け取り、今そこにあるものを事実として認める
○ あらゆることへの感謝の気持ちでいっぱい
○ 深い安らぎと平和の感覚
○ 人間性を重視
 
 こうやってまとめていると、左脳はずいぶんと頑なでつまらないヤツという感じがする。右脳は子供っぽく、左脳は大人っぽいという気もする。人間はもともと右脳優位だったものが、成長するにつれて左脳優位に変わってゆくのだろうか。

 左脳を損傷した著者は、上記の左脳の働きのほとんどを失ったのである。
 身体上の障害はもちろんのこと(通常左脳が傷つくと右麻痺が起こる)、言葉も理解できなければ喋ることもできない。数字も理解できない。「合衆国の大統領は誰か?」「1+1は?」に答えることができない。三次元でものを見る(奥行きの概念を持つ)ことができず、色も見えない。赤ちゃんに戻ったような感じだろうか。このあたりの記述は、坪倉優介著『記憶喪失になったぼくが見た世界』(朝日文庫)を思い起こさせる。(→ブログ記事http://blog.livedoor.jp/saltyhakata/archives/5192951.html

 著者は、手術とリハビリによる回復への道を選択するのだが、もっとも困難だったことは、「回復する」という意志を持ち続けることであった。いったん、悟りの境地を味わった者がそこから抜けるのは容易なことではなかろう。左脳を回復させるとは、ある種の楽園喪失なのである。

 左脳が判断力を失っているあいだに見つけた、神のような喜びと安らぎと静けさに身を任せるのをやめて、回復への混沌とした道のりを選ぶためには、視点を「なぜ戻らなくちゃいけないの?」から、「どうやって、この静かな場所にたどり着いたの?」へ変える必要がありました。
 この体験から、深い心の平和というものは、いつでも、誰でもつかむことができるという知恵をわたしは授かりました。涅槃(ニルヴァーナ)の体験は右脳の意識の中に存在し、どんな瞬間でも、脳のその部分の回路に「つなぐ」ことができるはずなのです。

 このような洞察を周囲に伝えようという使命を持って回復への道を一歩一歩たどり始めた著者は、左脳が甦っていくのに連れて、待ちかまえていたように待っていた古い馴染み深い「自我」と遭遇する。

 何度もくりかえし頭をよぎった疑問は、「回復したい記憶や能力と神経学的に結びついている、好き嫌いや感情や人格の傾向を、すべてそのまま取り戻す必要があるの?」ということでした。・・・・・・
 回復するまでのわたしの目標は、二つの大脳半球が持っている機能の健全なバランスを見つけることだけでなく、ある瞬間において、どちらの性格に主導権を握らせるべきか、コントロールすることでした。 


 左脳が持っている言語中枢と物語作家としての機能がもたらすマイナス面の最たるものとして、彼女は「マイナスの思考パターンにつながろうとする」ことをあげている。
 これは頷ける見解である。
 自分の思考を、それにのめり込まないで客観的に観察し続けていると、連想ゲームのように一つの事柄から別の事柄へと思考がとりとめもなく移っていき、多くの場合、怒りか欲望かのループにはまることが分かる。意識していないと、思考は手垢のついたソフトを勝手にダウンロードし始め、負のプログラムを起動してしまうのである。それが生化学的な反応を体内に呼び起こし、行動に結びついてしまったら、もう後には引けない。というか、たいていの我々の行動はこの通りに進む。これが、我々の『条件付けられた生』のOS(オペレーションシステム)なのだ。
 このOSは、遺伝的な(先天的)モジュールと成育環境によって作られた(後天的な)モジュールとの組み合わせでできている。OSが幸福な明るいものであれば一般に幸福な明るい人生になるだろうし、不幸な暗いものであればそのような人生になるであろう。OSの上にいかに優れた機能満載のソフトを載せようが、OSに不備がある以上、結局はどこかで狂いが生じてくる。
 この不毛なループから脱出するためには、まずこの構造自体に気づき、OSの不備を認めること。そして、余分なアプリケーションソフトをはずし、OSのプログラムを調べ、バグを取り除き、誤ったコマンドを削除し、正しいコマンドに書き換えねばならない。
 だが、一番重要なのは、「気づくこと」である。

 冷静な第三者の目で脳の話を聞くためには、それなりの訓練と忍耐が必要になるでしょう。しかしいったん、そのことに気づいてしまえば、あなたは、物語作家が捏造する厄介なドラマやトラウマを自由に超えて行かれるようになるのです。

 脳卒中の前まで、自分なんて、脳につくられた「結果」にすぎないんだと考えていました。だから、押し寄せる感情にどう反応するかに口出しできるなんて、思ってもみなかったのです。頭では、認知的な思考を監視し、変えることができることには気づいていました。でも、感情をどう「感じる」かに口を挟めるなんて、まったく思いもよらなかったのです。


 著者は、左脳の絶え間ないおしゃべり、人を不幸に導きかねない思考のループを切断し、幸福感の源泉たる右脳にアクセスするための方法をいろいろ伝授している。
 それらのほとんどは、面白いことに、仏教における瞑想の極意と重なる。
 瞑想とは、左脳のおしゃべり(=思考)をストップさせる訓練なのかもしれない。

 おそらく、悟った人々は、いつも右脳中心で生き、必要な時にだけ必要な程度、左脳を働かせることができるのであろう。




● 本:「記憶喪失になったぼくが見た世界」(坪倉優介著、朝日文庫)

記憶喪失になったぼく 記憶喪失になってみたいと思うことがある。

 過去にあったいろんな嫌なこと、恥ずかしいこと、つらいこと、取り返しのつかないことの記憶が、今の自分を苦しめるとき。過去の自分が今の自分を縛り、制約し、頑固にし、臆病にさせているなあと思うとき。過去の重さにつぶされそうなとき。
 そんなとき、いっそ記憶喪失になって、ここ数十年間の記憶がなくなれば、どんなにか自由で楽チンでハッピーだろう、と思ったりする。
 「今ここ」にだけ生きることができたら、過去にとらわれず自由に未来を描くことができたら、きっと子供のように自由闊達に、軽やかに、日々笑って暮らせるだろう。なんて、想像したりする。
 もちろん、良かったことも大切な思い出も同時に消えてしまうことになるけれど、良い思い出より嫌な記憶の方が、深く現在に影響しているような気がする。
 性格のせいか?
 
 この本は、実際に記憶喪失になった青年の体験談。テレビのドキュメンタリー番組にもなったので見た人も多いだろう。(自分も見て、泣いた)

 18歳のときに、乗っていたスクーターがトラックに衝突。意識不明の重体に陥る。集中治療室に入って10日後、奇跡的に目覚めるが、両親のことも、友人のことも、自分自身のことも、何もかもすべてを忘れてしまった。
 
 テレビドラマや小説でも事故で記憶喪失という話はよくあるけれど、過去の数年間だけ空白というパターンが多い。言葉も生活の基本習慣も忘れてしまったら、その先のドラマが続かなくなってしまうからだろう。自分が妄想するのも、このパターンである。トイレのしかたまで忘れるのはちょっと・・・(まだ早い)。
 この著者の忘れ方は、半端でない。エピソード記憶はもちろんのこと、言葉や文字や家族の顔も、周囲にある事物(たとえば信号や植物や鏡や食べ物やお金)の名前や定義や働きも、母、父、死、女、友人といった概念も、顔を洗う、ひもを結ぶ、自転車に乗るといった基本的な生活習慣や技能も忘れてしまう。
 いわば、これまでの人生をチャラにして、赤ん坊からやり直すようなものだ。
 
 五感は正常に働いているから、いろいろな情報は次々と入ってくるのだが、その中で意味のわかるものが一つとしてないという、文字通り言語を絶した世界。
 むろん、我々は誰もみなその状況からスタートし、学習過程を経て、乳児から幼児、幼児から子供へと成長してきたわけだが、それと連動して脳の神経網や自意識や感情も相伴って徐々に豊かに複雑になっていくので、個体の意識や感情にとって耐えられない量や質の情報入力がいきなりあるわけではない。たとえば、「怖い」という感情が育っていない赤ん坊に野犬を近づけたところで、赤ん坊のストレスにはならない。
 しかし、この著者の場合、感情や自意識はほとんど以前のまま残っているので、周囲で見聞きするものすべてが、幼児が世界をはじめて見るのとまったく同じように、新鮮で面白くワクワクするものばかりである一方で、感情や自意識を脅かす多大なストレッサーにもなる。
 著者には悪いが、正直読んでいて面白いエピソードの宝庫である。
 

 興味深いのは、青年にとって、記憶を失った当初から、何より恐れ、気を使っているのが周囲の人間の視線や言動であり、周囲の人間との関係であるという点である。
 文字や言語や物の名前や機能は、脳が正常である限り、時間がたてば再び覚えていくことができる。ある意味、それは機械的作業、コンピュータにデータを入力するようなものである。
 一方、人間との関係は、一回一回その場その場で状況が異なる。同じ相手に対しても、一度うまくいったふるまいが、次にもうまくいくとは限らない。ましてや、相手が変われば別のふるまいが必要となる。しかも、人間関係は自分から相手への一方向ではなく、双方向であるので、相手から何が返ってくるのか予測がつかない。
 相手の顔色を見る、相手の言葉の裏を読む、相手の気持ちを斟酌する、空気を読む、こういうことは試行錯誤を通じて学び、融通のきくマニュアルを蓄積・記憶していくものである。社会生活を送るのに取り戻すべき必要な記憶の中で、もっとも獲得するのが難しいものなのかもしれない。 
  人間はかってに動いて、かってに話しかけてくる。それを目のまえでされたら、なにをするのもこわくなる。だから自分の部屋が好きだった。
 いつものように、あいつ(観葉植物のこと)のまえにすわっていた。すると、まるい物がおいてあるのに気がついた。これはなんだ。こちこち音がするのはなぜだ。形もゆっくりだけどかわっていく。
 ずっと見ていたら、とつぜんすごい音がして、手の中でびりびりゆれた。立ち上がって、もって歩いた。すると、きゅうにしずかになった。これはいったいなんなんだ。人間が作ったものなのか。
 ずっとこいつを見ていると、外がだんだん明るくなってきた。
 人間の声が聞こえてくる。どうしてだろう。ぼくも人間と話したくなってきた。それでかいだんを、おりていった。

 人間が怖いと思いながら、人間と話したいと思う不思議。
 しばらくして青年は大学に復学するが、周囲の学生に時に無視され、時にからかわれ、時にうざったがられながらも、一生懸命周囲に合わせ、溶け込もうとする。
 人間は社会的動物であるという言葉が浮かんでくる。
 
 青年は記憶を取り戻せないもどかしさや、周囲との関係がなかなかうまくいかないことに自暴自棄となって、家出を繰り返す。
 彼を献身的に支え見守った母親の手記。

 記憶を失くすということは、単に過去を忘れて今を生きるということではないのです。過去を失った人間は、こんなにもろいものかと、優介を見てつくづく思いました。

 優介は、本当に過去18年間の記憶を取り戻したくて仕方がありませんでした。誰だって365日、すべての記憶があるわけではありません。だから私は、昔にこだわるよりも、今日から何かを始めればいいと言いました。でも優介は、「今まで何をしようとしていたのか知らなければ、前に進むことができない。それを知らなければ生きている意味がない」と言うのです。

 ・・・・ぬあるほど。
 「今ある自分」というのは、過去そのものなのだ。過去をなくすということは「自分」をなくすということなのだ。そして、未来は過去の投影なので、過去をなくすと同時に未来もなくしてしまうのだ。過去の経験をもとに未来をつくっていく。人間が時間の中を生きるというのは、そういうことなのだろう。
 記憶喪失って、そんなに甘いもんじゃないのである。

 実は、自分の記憶喪失願望もナンセンスなのである。
 たとえ望み通りに過去の記憶を失ったとしても、そのときには「チャラにしたい」と思ったその過去の出来事と一緒に、そのとき受けた負の印象や感情の記憶さえも消えてしまっているわけだから、結局、失われた記憶があるという事実に不安といらだちを覚えることになり、何とか取り戻せないものかと必死になるだろうからだ。
 これを「記憶喪失のパラドックス」と言う。(言わないか)

 青年の記憶はついに戻らなかった。部分的に、瞬間的に戻ることはあっても、アイデンティティとしての過去の「自分」を取り戻すことはできなかった。
 どうなったか。
 結局、事故に遭ってからの日々を自らの過去として、そこを土台に新しい人生を築いていったのである。青年は、大学で絵や染色を学び、今は自ら設立した工房で草木染めをしている。その作品は、生命の力強さを感じさせる見事なものである。 

 今いちばん怖いのは、事故の前の記憶が戻ること。そうなった瞬間に、今いる自分が失くなってしまうのが、ぼくにはいちばん怖い。ぼくは今、この十二年間に手に入れた、新しい過去に励まされながら生きている。

 人間って不思議だなあ~って思わせてくれる一冊である。


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