ソルティはかた、かく語りき

東京近郊に住まうオス猫である。 半世紀以上生き延びて、もはやバケ猫化しているとの噂あり。 本を読んで、映画を観て、音楽を聴いて、芝居や落語に興じ、 旅に出て、山に登って、仏教を学んで瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

宮川一夫

● 田中絹代と市原悦子の共通項 映画:『お遊さま』(溝口健二監督)

 1951年大映。

 見るべきは田中絹代の気品ある姉様ぶりと、宮川一夫のカメラ。どちらも際立った瑞々しさと風格がある。この二人は日本映画の至宝として、あまたの名匠や名優を措いても「いの一番」に殿堂入りすべき二人であろう。

 それにしても、飛びぬけて美人でも華があるでもない田中絹代がなぜこうも存在感があるのだろう。
 美しさという点では、映画の中の妹・お静役の音羽信子の方が「べっぴん」だろう。だが、観る者は劇中の慎之助(堀雄二)同様、お静よりも後家である姉のお遊(田中絹代)に惹きつけられる。
 もちろん、田中の演技の巧さがある。宮川のカメラマジックも預かって力ある。

 観る者を惹きつけて止まないのは、実は田中絹代の喋りにあるのではないだろうか。
 あの余分な力がいっさい入っていない自然な(自然のように聞こえる)なだらかな口調と、声音に含まれる郷愁をそそるような深い滋味ある響きこそ、彼女の魅力の秘密にして武器ではなかろうか。同じタイプの女優を挙げるなら・・・そう、市原悦子である。
 市原が『まんが日本昔話』のナレーターとしてその真価を示したように、田中の語り口もまたどこか昔話の語り部のような響きがある。それは、観る者(聴く者)を母親の膝で物語を聞いた幼子の昔に戻す。幾重の時代も受け継がれてきた日本の庶民の哀しみと貧しさと大らかさを耳朶に甦らせる。
 その快楽に惹きつけられない者があろうか。
 幼くして母親を亡くした慎之助が惹かれるのも無理はない。

 我々は映画の中の役者を見るときに、どうしても視覚的魅力にこだわってしまうけれど、サイレント映画でない以上、聴覚的魅力というものも実は馬鹿にならない。気がつかないだけで、役者の魅力の半分は占めているのである。
 いやいや、映画の中だけではない。日常生活においても、自分で思っている以上に、声の魅力、口調の魅力、話し方の魅力に我々は影響されているはずである。
 
 史書によると、クレオパトラは確かに美女であった。けれど、周囲の男たちの心をとらえたのは、彼女のまろやかな話し声と、人の話を楽しそうに聞いてくれるその笑顔であったという。

 田中絹代や市原悦子はまさに「声美人」なのである。




評価: B+


A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 
        「東京物語」「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
        「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」
        「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」
        「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」
        「スティング」「フライング・ハイ」
        「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」
        ヒッチコックの作品たち

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
        「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」
        「ギャラクシークエスト」「白いカラス」
        「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
        「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」 
        「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」
        「ボーイズ・ドント・クライ」
        チャップリンの作品たち   

C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
        「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」
        「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
        「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
        「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!


●  映画:『祇園囃子』(溝口健二監督)

祇園囃子 1953年、大映作品。

 冒頭のタイトルバックで延々と映される京都の街並み。
 高いビルディングも広告も電線もなく、古い木造の家並みからすっと抜け出るように五重塔や鐘楼などが点々とそびえる。背景に黒々と迫るは北山、はたまた東山か。空が広い。
 このような幻想的な京都の光景は、もはや二度と目にすることができない。
 古き良き古都は喪われてしまった。
 永遠にー。

 芸妓の世界もまた能やお茶と同様、古き良き日本文化の伝統を伝えるものである。
 だから、舞妓になる決心をした少女・栄子(若尾文子)は、他の娘たちと一緒に師匠について芸事の稽古に明け暮れる。芸妓のなんたるかもよく知らないままに。
 いきなり抱きついてきた贔屓客の口を噛み切る、戦後育ちのアプレ(現代風)なじゃじゃ馬娘を演じる弱冠二十歳の若尾がなんとも可愛いらしい。デビュー当時、「低嶺の花」と言われ、庶民的な魅力で売っていたと言うが、後年の若尾にはその形容はまったくふさわしくない。わずか3年後の『赤線地帯』ではすでに大女優のきざしがうかがえる。
 これは、若尾が脱皮する前の初々しい姿をとどめた貴重なフィルムなのである。

 栄子の面倒を引き受ける先輩芸者・美代春(木暮実千代)。
 花街の風習にあらがい、特定の旦那をつくらない。凛とした美しさのうちに、情のもろさや女が一人生きる哀しみを漂わせる名演である。

 もう一人の主要な女は、置屋の女主人お君(浪花千栄子)。芸者達から「かあさん」と頼りにされ、客の男たちの欲望の裏も表も知り尽くした花街の伝統を体現する女だ。

 世代の異なるこの三人の女の生き方やふるまい方、そして栄子の不始末と男たちの欲望をめぐって仲違いする三人の関係を鮮やかに描いている。
 カメラの宮川一夫の丁寧な仕事ぶりも健在である。

 三人の生き方は、各々の花街との関わりの長さ、深さ、洗脳度によって異なる。
 お君の務めは茶屋を切り盛りし、花街をささえること。そのためには、客の男たちの企みの手先となって、抱える芸妓たちを駒のように動かすのは当たり前。
 売れっ子芸妓の美代春は、芸は売っても心は、いや、体は売らぬ。好きでもない男の手に落ちるはまっぴらごめんと一人頑張ってきたが、栄子の不始末が原因でお君からお座敷を干されてしまう。妹分の栄子を守るために、ついに大企業のお偉いさんに体を許す。
 「日本国憲法の基本的人権は、好きでもない客から私たちを守ってくれる」と息巻いていた栄子は、美代春の犠牲を知って、ついに「日本が世界に誇る伝統文化なんて嘘八百。芸妓とは結局、きれいなおべべを着た娼婦と変わりがない。」という事実を知る。
 三人の女はみな、花街という構造の、芸者遊びを求める男たちの欲望の犠牲者である。そこから抜け出すすべもなく、おのれに降りかかる運命をそれぞれのやり方で闘いながら受け入れるしかない。

 しかし、男たちもまた組織という構造の犠牲者である。自分の会社を守るため、大口の仕事を取るために、取引先のお偉いさんを接待するのに汲々としている。そのためには「女」を使うのが一番なのだ。
 では、取引先のお偉いさん、金持ちで地位ある男の一人勝ち、一番得するのだろうか。
 溝口は、美代春にこう言わせている。
 「どんなに金持ちだって、どんなに地位があったって、一人ぼっちはやはり寂しいもの。それより、貧乏でもこうやって仲間同士助け合って生きていくのが一番。」
 なんと美代春は深いことか。やさしいことか。

 そう。この構造は誰にとっても不幸なものである。

 この映画からすでに60年近く経った。
 構造は消えたのだろうか。
 好きでもない男に体を売らなければ生きていけない女たちは消えたのだろうか。
 会社のために女を利用して接待する男たちは消えたのだろうか。
 「花街」「芸者遊び」という体裁すらもはや必要としないところで、欲望があからさまに取引きされているのが現代ではないだろうか。

 古き良きものが失われた代償として、古き悪しきものも消えたのであればまだ救われる。
 古き良きものがなくなって、古き悪しきものだけが残っているとしたら、日本のこの数十年はなんだったのだろう?




評価: B-

参考: 

A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 

「東京物語」 「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。

「風と共に去りぬ」 「未来世紀ブラジル」 「シャイニング」 「未知との遭遇」 「父、帰る」 「フィールド・オブ・ドリームス」 「ベニスに死す」 「ザ・セル」 「スティング」 「フライング・ハイ」 「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」 「フィアレス」 ヒッチコックの作品たち

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。

「アザーズ」 「ポルターガイスト」 「コンタクト」 「ギャラクシークエスト」 「白いカラス」 「アメリカン・ビューティー」 「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。

「グラディエーター」 「ハムナプトラ」 「マトリックス」 「アウトブレイク」 「タイタニック」 「アイデンティティ」 「CUBU」 「ボーイズ・ドント・クライ」 チャップリンの作品たち   

C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)

「アルマゲドン」 「ニューシネマパラダイス」 「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ~。不満が残る。

「お葬式」 「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった

「レオン」 「パッション」 「マディソン郡の橋」 「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!


● 日本映画最良の布陣 映画:『破戒』(市川昆監督)

 1962年、大映制作。

 キャスト・スタッフの顔ぶれがすごい。
 主演の市川雷蔵は、生真面目な暗い眼差しが被差別部落出身の負い目を持つ瀬川丑松に過不足なくはまっている。正義感あふれる友人の土屋銀之助役に若き長門裕之。なるほどサザンの桑田そっくりだ。解放運動家・猪子蓮太郎役に三國連太郎。白黒の画面に映える洋風な凛々しい風貌が印象的。後年、三國は自らの出自(養父が非人であった)をカミングアウトしたが、抑制されたうちにも思いの籠もった品格ある演技である。中村鴈治郎、岸田今日子、杉村春子、『砂の器』ではハンセン病患者を名演した加藤嘉、落ちぶれた士族になりきった船越英二、この映画が女優デビューとなった初々しい藤村志保(原作者の島崎「藤村」+役名「志保」が芸名の由来だそうだ)。錚々たる役者たちの素晴らしい演技合戦が堪能できる。
 脚本(和田夏十)も素晴らしい。音楽はやはり『砂の器』の芥川也寸志。
 そして、そして、なんと言ってもこの映画を傑作に仕立て上げた最大の立役者は、撮影
の宮川一夫である。

 市川昆の映画というより、宮川一夫の映画と言ってもいいんじゃないかと思うほど、カメラが圧倒的に素晴らしい。この撮影手腕を見るだけでも、この映画は観る価値がある。
 下手に映像が良すぎると物語や演技を食ってしまい、全体としてバランスを欠いた残念なものになってしまうケースがおいおいにしてある。が、この作品の場合、もともとのストーリが強烈である上に、役者達の演技も素晴らしいので、見事に映像と物語が釣り合っている。丑松が生徒たちに自らの出自を告白するシーンなど、白黒のくっきり際立つ教室空間で丑松の背後に見える窓の格子が、まるで十字架のようにせりあがって見え、象徴的表現の深みにまで達しているかのようだ。
 市川昆監督が狙った以上のものを、宮川カメラマンが到達して表現してしまったのではないかという気さえする。


 「丑松思想」の悪名高き原作の結末を、いったいどう処理するのだろうと懸念していたら、やはり大きく変えていた。
 原作では、丑松は自分の教え子の前で出自を隠していたことを土下座し、アメリカに発つ。いわば日本から避げるのである。悪いことをしたわけでもないのに習俗ゆえに厳しい差別を受けてきた人間が、なぜ謝らなければならないのか。なぜ逃げなくてはならないのか。藤村の書いた結末は、当時としては現実的なものだったのかもしれないが、当事者にとってみれば希望の持てるものではない。

 時代は変わった。生徒の前で土下座するシーンこそ残されているが、友人である土屋が自らの偏見を反省し丑松への変わらぬ友情を表明するシーン、東京へ去っていく丑松を生徒たちが変わらぬ敬慕の眼差しで見送るシーン、丑松が猪子蓮太郎の遺志を継ぎ部落開放運動に飛び込む決心をするシーンなど、新たに作られた場面は感動的であると同時に、希望を感じさせる。

 差別する人々、無理解な人々がいかに沢山いようとも、理解し励まし一緒に声を上げてくれる一握りの仲間がいれば、人はどん底からでも這い上がり、前に向かって歩くことができる。
 そのメッセージが心を打つ。 
 



評価: A-

参考: 

A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 

「東京物語」 「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。

「風と共に去りぬ」 「未来世紀ブラジル」 「シャイニング」 「未知との遭遇」 「父、帰る」 「フィールド・オブ・ドリームス」 「ベニスに死す」 「ザ・セル」 「スティング」 「フライング・ハイ」 「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」 「フィアレス」 ヒッチコックの作品たち

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。

「アザーズ」 「ポルターガイスト」 「コンタクト」 「ギャラクシークエスト」 「白いカラス」 「アメリカン・ビューティー」 「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。

「グラディエーター」 「ハムナプトラ」 「マトリックス」 「アウトブレイク」 「タイタニック」 「アイデンティティ」 「CUBU」 「ボーイズ・ドント・クライ」 チャップリンの作品たち   

C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)

「アルマゲドン」 「ニューシネマパラダイス」 「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ~。不満が残る。

「お葬式」 「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった

「レオン」 「パッション」 「マディソン郡の橋」 「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!


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