●歩いた日  7月9日(火)
●天気     晴れ、ときどき曇り
●行程
09:05 西武秩父駅発「吉田元気村行」バス乗車(西武観光)
10:00 「万年橋」停留所着
      歩行スタート
10:35 加藤織平の墓
11:30 城峰神社大鳥居
11:50 男衾登山口
12:30 休憩所
13:00 城峰神社
13:30 山頂
      昼食休憩
15:00 下山開始
16:30 西門平登山口
16:50 「小前」停留所
      歩行終了
17:30 秩父鉄道「皆野」駅着
●所要時間  6時間50分(歩行4時間40分、休憩2時間10分)

 西武秩父駅ロータリーは、強い日差しに焙られていた。
 セメント採掘のため露わになった山肌が、皮膚を剥かれた因幡の白兎さながら痛々しい武甲山が、陽炎の向こうに揺らめいて見える。

城峰山 001


武甲山


 万年橋バス停で降りると、道路わきには城峯神社の入口を示す立派な石柱が立っていた。 
 しかし、ここからが長い。車道を1時間40分も歩かなければならない。

城峰山 002


 35度を超える炎天下に山登りに行く自分とはなんだろう?
 マゾか? 苦行好きか? 罪ほろぼしか?
 せっかくの休日。クーラーの効いた自分の部屋か落ち着いた雰囲気の喫茶店で、本でも読んでいればよいものを、こうやって熱中症になるリスクを背負い、重いリュックを抱えて何キロも歩くとき、捕虜の行軍を連想するのである。倒れたら置いて行かれて野垂れ死にだ。歩け、歩け!


 途中にある加藤織平の墓で一服する。
 この人は秩父事件の主要人物の一人である。
 秩父事件とは、1884年(明治17年)、政府の悪政を批判し、貧民の救済を訴えた日本近代史上最大の農民蜂起。目的は、暴力行為を行わず、高利貸しや役所等の帳簿を破棄し、租税の軽減を請願することにあったとされる。その副総理(組織のNo.2という意味)を務めたのが加藤織平である。
 事件は政府によって鎮圧され、加藤を含む首謀者らは死刑となる。享年36歳。
 貧しきものの味方、村の英雄といったところだろう。
 この頃の日本人は血気盛んというか、沈黙した羊ではなかったのだ。

城峰山 003



 全身汗だくで、シャツもパンツも帽子代わりに頭に巻いたタオルもぐっしょりと濡れて重くなった頃、神社の大鳥居に到着。白銀色の立派な鳥居である。


城峰山 007


城峰山 009


 が、まだまだ半分来たばかり。ここから山登りが始まる。
 民家を周り込んで、道を横切る蛇をまたいで、裏から崖を登ると、ようやっと待ちに待った木陰に入る。
 登りはきつくなるが、せせらぎを聞きながら梢を揺らす微風を肌に感じれば、山登りに来た喜びが湧き上がってくる。100分の炎天下行路も報われる爽快さ。行けども行けども人の姿が見あたらないのも悦びを増幅する。

城峰山 010

 
 すくっと頭をもたげた不気味ないでたちはマムシグサ。青い実をつけているのは雌株だが、この草は栄養状態によって性を変えるというから面白い。当然、栄養が充足すれば雌株になるのだろう。

城峰山 012


城峰山 011


 休憩所でしばし休んで、最後の一登りで城峰神社に到達。
 キャンプ場があって、ここまで車で登って来られるのはなんとも興ざめであるが、平日の猛暑のせいか、やはり人も車も姿が見えない。
 ゆっくりと参拝する。 

城峰山 015


城峰山 014


 城峰山には平将門伝説がある。
 平将門一党は官軍(藤原秀郷ら)に追われてこの地に落ちのび、城を築いて立て籠もった。それが城峰という名の由来だという。包囲された将門と郎党はことごとく討ち死にする。滅びた将門の霊を鎮めるために城峰神社は置かれたと伝えられている。また、将門は、愛妾であった桔梗が敵側に内通しているものと勘違いし、彼女を斬り殺した。その恨みでこの山には秋になっても桔梗の花だけは咲かないと言う。
 史書では、平将門は下総(現在の千葉県)で討ち死にしたとされているので、上記の伝説の真偽はあやしいところである。将門には7人の影武者がいたと言われているから、もしかしたらそのうちの一人がここで死んだのかもしれない。
 それにしても、城峰神社の祭神、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)はいいとして、もう一柱の藤原秀郷は将門の敵なので不思議である。荒ぶる将門をこそ神に祀り上げて鎮めるのが日本古来のやり方であろうに。
 推測だが、もともと将門が祀られていたが、官軍に歯向かった人間ということで明治時代に座を追われ、官の英雄である秀郷に取って代わられたのかもしれない。(現在平将門を主神とする神田明神がそうであったように。)
 城峰神社の拝殿の前面に「将門」と金文字で書かれた板が飾られているのは、密やかな復権の証であろうか。
 加藤織平といい、将門伝説といい、この土地は官(=朝廷)に対する反抗心が旺盛なところなのだ。 


城峰山 017


 神社から20分ほどで山頂に到達する。
 一等三角点を有すこの山は360度の素晴らしい展望に恵まれている。
 山頂に立つ電波中継塔に昇れば、東西南北どちらを向いても折り重なる山々の壮麗さに嘆息するのは間違いない。冬の晴天の午前中に来たら、うつ病の人でさえ心が晴れ晴れすることだろう。
 ただ、電波中継塔のデザインはいただけない。
 ウルトラ怪獣キングジョーに似た外見は、あまりに場違い。将門伝説をぶち壊す味気なさである。もうちょっと、何とかならなかったのだろうか。

城峰山 020


城峰山 021

 

城峰山 018


キングジョー



 昼食をとっていると、都心のほうから積乱雲がぐんぐん膨れ上がってこちらに近づいてくる。市街地に近い山々が灰色の雲に覆われ姿を消して、雷がとどろく。
 今日もまたゲリラ豪雨か。
 頭上を通過した雲は、電波塔に雨を降らすことなく、北へと去っていった。


 下山は行きの半分の時間しかとらなかった。
 皆野町営バスに乗って、途中下車して秩父華厳の滝を見、秩父温泉満願の湯につかる予定だったのだが、午後5時にしてそれ以降のバスがないのでまっすぐ皆野駅へ。
 過疎化によってバスが少なくなっていくのは、自分のように車を使わないハイカーにとって残念なものである。簡単には行けない山が多くなる一方だ。

城峰山 027


城峰山 028