1969年表現社、ATG製作

原作 近松門左衛門
脚本 富岡多恵子、武満徹、篠田正浩
音楽 武満徹
撮影 成島東一郎
上映時間 103分

 本作の一番の特色は、通常の劇映画のように写実的な屋内セットやリアリティあるロケ現場を物語の背景として用意するのではなくて、モノクロのシュルレアリズム絵画のような書き割り満載の、しかし簡素極まりない人工照明の舞台装置の中を、歌舞伎や文楽に欠かせない黒衣(くろご)たちが物語の進行を助けるために縦横無尽に動き回る――という実験的・前衛的手法を用いているところにある。
 低予算を逆手に取った奇策であると同時に、原作本来の表現形式である人形浄瑠璃や歌舞伎の雰囲気を色濃く漂わせる妙案でもある。「近松の世界はすべて外は闇で、光の当たっている部分に人間がいる」という篠田監督の解釈がこうした発想につながったらしい。確かに、抽象的で色彩も広がりも持たない演技空間のおかげで物語の閉塞性が強調されている。つまるところすべてのドラマは、狭い人間関係の中で生じていることであり、登場人物の心の中で起こっていることである。端的に言えば、物語とは「自我」の別称なのだから。
 色彩と広がりのない息苦しさは観る者を苛立たせ、疲れさせ、ともすれば集中力を途切れさせるリスクがある。ソルティの近い席のおやじは途中から大きなイビキをかいていた。もちろん叩き起こした。
 だが、野心的な試みは十分評価できよう。

 ソルティはこれまで歌舞伎はともかく、文楽(人形浄瑠璃)は観たことがないので、その芸術的特質というものに疎い。なのではずしているかもしれないが、黒衣たちが人形を操って一定の空間の中で物語を進めていく手法は、いわゆる「メタフィクション」効果があると思う。時代物でも世話物でも、戦記物でも心中物でも、物語そのものを登場人物に感情移入して楽しんだり、人形遣いの見事な腕に感嘆したり、人形の着物や顔の美しさに感動したり、義太夫節や三味線の巧みさに唸ったり・・・というオリジナルな楽しみ方とは別に、人間(人形)たちの織りなすドラマを、本人の知らないうちに外側から操って予定通りの結末に導いていく「操り手」の力を感じ取ることができる。
 これすなわち「宿命」である。
 映画『心中天網島』でも、黒衣たちが文字通り暗躍し、愛し合う男女の心中という悲劇的結末に向かっていくストーリーに積極的に手を貸している。たとえば、ラストシーンでおさん(=岩下志麻)を殺めようとする治兵衛(=中村吉右衛門)の手にどこからか調達した刀を握らせる、その後首つり自殺しようとする治兵衛の首にご丁寧にも紐をかけてやるというふうに・・・。すべては個人の意思とは関係ないところで決められていて、あらかじめ運命の決めたストーリーを個人はプログラム通りに後追いするだけだ(しかし個人はおめでたいことにそのことにまったく気づかない)。
 ――という、ある種の「脱・フィクション観」「反・物語論」をこの映画から感じ取ることができたのであるが、篠田監督が制作当時(1969年)、そこまで意識して撮ったのかは怪しいところである。篠田監督の才能云々の話ではなく、当時はまだまだ「物語」の力が圧倒的に強かったであろうから。その証拠に、たとえば岩下志麻の迫真の演技はまさに「物語」の力そのもので、それを疑わせるような演出上の仕掛け――たとえば筋の随所で出演俳優を象った人形を示すとか――はみじんもない。
 それにつけても志麻姐さんの演技は不思議である。いつも「巧いかどうか」という判定を観る者にさせないほどの美貌と声の威力と高テンションで、最後まで押し切ってしまう。

 篠田の才ということで言えば、やっぱり男優が魅力的でない。『鬼平犯科帳』でブレークした2代目中村吉右衛門はなるほど美男でもセクシーでもないけれど、この治兵衛はあまりに冴えない。主役にふさわしい華を欠いている。愛妻(恐妻?)岩下の相手役ということで、演出の腰が引けたのであろうか。結果、『鑓の権三』と同じ欠陥にはまっている。

 「物語」のメタフィクション化が一般的になった現在、文楽の可能性は広がっているように思われる。
 一度観に行ってみるか。

 

評価:C-

A+ ・・・・めったにない傑作。映画好きで良かった。 
「東京物語」「2001年宇宙の旅」「馬鹿宣言」「近松物語」

A- ・・・・傑作。できれば劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」「スティング」「フライング・ハイ」「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」   

B+ ・・・・良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」「ギャラクシークエスト」「白いカラス」「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・純粋に楽しめる。悪くは無い。
「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」「ボーイズ・ドント・クライ」

C+ ・・・・退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・見たのは一生の不覚。金返せ~!!