ソルティはかた、かく語りき

東京近郊に住まうオス猫である。 半世紀以上生き延びて、もはやバケ猫化しているとの噂あり。 本を読んで、映画を観て、音楽を聴いて、芝居や落語に興じ、 旅に出て、山に登って、仏教を学んで瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

曽我大介

● Interesting ! : ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2017

 今年もまた苦手なGWの人混みに分け入って東京国際フォーラム(有楽町)まで出かけた。
 苦行者か・・・。
 案の定、どこもかしこも人だらけ。東京駅丸の内口では、駅舎をバックに写真を撮る外国人たちであふれていた。たしかに、辰野金吾設計の赤レンガ駅舎(1914年竣工)は見るたびに郷愁と風格を感じさせ、カッコいいと思う。外国人が持つであろうTOKYOイメージとのギャップも魅力のうちであろう。


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 今年のテーマはLA DANCE 「ダンス 舞曲の祭典」。 踊りに関連するクラシック曲が集められた。
 ソルティが参加したのは以下のプログラム。

日時 5月4日(木)
①13:00~13:30
  • チャイコフスキー/スラヴ行進曲
  • ボロディン/オペラ「イーゴリ公」から だったん人の踊り(合唱付)
指揮:曽我大介 
管弦楽:リベラル・アンサンブル・オーケストラ
合唱:一音入魂合唱団
 
②16:30~17:15
  • ベートーヴェン/ロマンス第1番ト長調 作品40
  • ベートーヴェン/交響曲第7番 イ長調 作品90
指揮:ドミトリー・リス
管弦楽:ウラル・フィルハーモニー管弦楽団
ヴァイオリン:ドミトリ・マフチン

① は昨年同様、期間中もっとも人が集まる地下2階ホールで上演された。
 昨年は開演15分前に着いたら、もう舞台周囲の数百の座席は埋まっており、座席周囲の三方は立ち聴き客の分厚い壁でふさがれていた。仕方なく舞台裏の地べたに座って聴いた。今回は40分前に到着し、舞台正面の見やすい席に着くことができた。どうせ演奏中は目を閉じていることが多いので、見やすさは関係ないのだが・・・v( ̄∇ ̄)v
 リベラル・アンサンブル・オーケストラ(LEO)はソルティがアマオケ巡りにはまるきっかけとなったオケなので愛着がある。団員の若さゆえのフレッシュな響きと柔軟性、楽器間のバランスの良さ、曽我大介や和田一樹らの薫陶により身につけた安定した技術が魅力の一端であるが、なによりも「また聴いてみたい」と思わせるのは、他のアマオケにはない個性的な響きである。それがなんなのかまだ言葉にできないけれど、なんとなく、今回のステージでも目を引いた‘束髪のコンサートマスター’的ななにかである(って余計わからないか・・・)。 
 『スラヴ行進曲』は素晴らしかった。曽我大介×行進曲って合っているのかも。それとも意外にも曽我大介×チャイコフスキーなのか。

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リベラル・アンサンブル・オーケストラ


②去年とても良かったドミトリー・リス×ウラル・フィル。今年も水も漏らさぬ完璧さで大会場を沸かせた。一流のプロゆえ当たり前のことだが、磨き抜かれた音の純粋さとタッチのナイーブさ、ハーモニーの見事さと品の良さは、このまま録音しても十分商品になると思わせるものであった。あまりに王侯貴族的に上品過ぎて、かえって髪を乱して鍵盤に向かう情熱家ベートーヴェンのイメージが遠のいたほどである。
 今回7番が取り上げられたのは、ワーグナーがこの曲を「舞踏の聖化」と評したことによるのだろう。たしかに、焼けたトタン屋根の猫のように、瞬時も足が地につかずに踊っているような曲である。あまりいい比喩ではない? 一つの花にじっと留まることなく舞っている蝶では?
 舞台の両サイドに大きなモニターが設置されて、そこに演奏中の指揮者や団員がいろいろな距離や角度からリアルタイムで映し出される。舞台の全景を見ながら、同時に生のテレビ映像を見ているような感じである。これが功を奏したのは、ドミトリー・リスの指揮姿が実に魅力的で面白いからである。
 指揮台の上で、飛び跳ね、両腕を大きく振り回し、瞬発的に体の向きや姿勢を変え、様々な表情をつくってオケをリードする姿こそ、まさに DANCE そのものであった。
 一回の指揮で何カロリー消費するのだろう?

 アマオケとプロオケの演奏を同日に聴いて思ったのだが、だれがどう聴いたって上手いのはプロに決まっている。だが、どっちが「面白いか?」と言ったらアマオケである。LEOでは冴えていた頭が、ウラルではぼんやりしてちょっと眠ってしまった。
 ソルティがクラシックのライブに求めているのは‘面白さ interesting ! ’なんだと実感した次第である。
 

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会場ホールから東京駅方向を見下ろす




● ワ・セ・オ・ケ :早稲田大学交響楽団Maple Concert2016(指揮:曽我大介)

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日時 2016年5月15日(日)14時~
会場 なかのZERO大ホール
指揮 曽我大介
曲目
  1. モーツァルト / 歌劇『後宮よりの逃走』序曲KV384
  2. ブルッフ / ヴァイオリン協奏曲第1番 ト短調 作品26  ヴァイオリン独奏:田中美聡(当楽団コンサートマスター)
  3. メンデルスゾーン / 演奏会用序曲「フィンガルの洞窟」作品26
  4. ウェーバー / 歌劇「魔弾の射手」序曲
  5. ブラームス / 大学祝典序曲 作品80
  6. ベルリオーズ / 序曲「ローマの謝肉祭」作品9
  7. ワーグナー / 歌劇「リエンツィ」序曲

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 開演15分前に入ると、大ホールの1階席(1014席)は8割方埋まっていた。集客力に感心。
 長らく自分は勘違いしていたのかもしれない。プロオケよりアマオケの方が客を呼べるのかもしれない。プロオケのコンサートに一回行く料金で、アマオケのコンサートに四~五回行けるのだから。クラシック好きの学生、自分のような低所得者、年金生活者にとっては、ありがたい存在なのだ。アマオケ体験もまだ両手で数えられるくらいしかないけれど、どのコンサートも結構客入りは良くて、プロオケのコンサートで見かける層(スーツ姿のサラリーマン・OL・着飾ったおばさま達)とは違ったより庶民的な客層に占められていて、演奏の質も決して低くはない。大きく異なるのは、曲終了後に「ブラボー」が出る頻度が少ないことか。これは演奏の出来不出来の問題というよりも、公衆の中で「ブラボー」を平気で口に出せる‘非日本人体質’があるか否かの問題だろう。庶民的なほど純日本人的(=目立ちたがらない)なわけである。

 早稲田交響楽団(通称ワセオケ)は創立100年を超える伝統あるオケで、プロフィールによれば海外公演を成功させてCDを発売したり、御大カラヤンとつながりがあったり、ジュゼッペ・シノーポリ、小澤征爾、岩城宏之、大友直人ら一流指揮者と共演したりと、実力も謳われているのである。
 ソルティはどうにも早稲田=バンカラという往年のイメージが拭いきれないので、何かそういった破天荒な勢いのようなものが演奏に表れているのではないかと期待して席に着いた。曽我大介の指揮を見る(聴く)のはこれで5度目。どう学生達をリードするのか。
 プログラムは、ブルッフ『ヴァイオリン協奏曲第1番』とメンデルスゾーン『フィンガルの洞窟』以外は、馴染みあるものばかりであった。

 袖から続々と登場する楽団員を見て、「昨今の学生はかっこいいなあ」と感心することしきり。男も女もスラっとして足が長くてスタイルがいい。スーツ姿がぴったり決まっている。物腰も洗練されている。教養の高さが反映されているのか顔立ちにも品がある。「高下駄はいて腰に手ぬぐいぶらさげて、がに股で闊歩するむさ苦しい男」に象徴されるバンカラ臭さなど微塵もない。そのうえ、社会人オケに見られるような‘世間ずれ感’や‘所帯やつれ感’もない。若さゆえの美しさもあって見映えがいい。

 演奏が始まってすぐに「上手い」と思った。響きがクリアだし、よく揃っている。指揮者の指示にも敏感に応答している。レベルはかなりのものだろう。
 が、いつものように目を閉じて聴いていると、眠くなってしまうのである。
 ソルティが疲れていたのではない。上手いけれど、心に引っかかるものがないのだ。『魔弾の射手』序曲などは、オペラ開始の景気づけの意味があるのだから、これから語られる世界を魅惑的に提示して聴衆を引き込まなければならない。ここで眠り込ませたらどうしようもない。
 「なんでかなあ~?」とずっと探りながら、いい気持ちでまどろみながら聴き続けて、ブラームスの『大学祝典序曲』に来たところで、「オオ」と覚醒した。この曲はパワーがあった。ベルリオーズ『ローマの謝肉祭』をはさんで、最後のワーグナー『リエンツィ』序曲も素晴らしかった。よく鳴っていた。
 いったいどういうことか。
 大きな喝采(十分それに値する)。
 アンコールは次の2曲。

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 これで完全に目が覚めた。
 眠くなった理由が分った。
 オケのメンバーと演奏される曲との距離感の問題なのだ。ブルッフの『ヴァイオリン協奏曲』をのぞく最初の3曲は、学生達にとって「自分達には関係ない」遠い時代・遠い世界の話なのである。時間的・場所的に遠いだけでない。人生経験を積んでいない若者にとっては「物語的にも」遠い。だから、譜面どおりに演奏することはできても、曲想とシンクロするのは難しい。つまり、‘情’が入っていないのである。
 一方、ブレスラウ大学のために作曲されたファンファーレ『大学祝典序曲』や暴政からの救世者の英雄的半生を描いた『リエンツィ』、そしていわずもがなのアンコール2曲は、演奏する学生達との心理的距離が近い。学内でもしょっちゅう演奏する機会があることだろう。自然、‘情’が入る。(ソルティ自身は、『大学祝典序曲』は高校時代に聞いた旺文社「大学受験ラジオ講座」のテーマ曲としていまだに距離が近く、聴いてて‘情’が入る。懐かしきJ・B・ハリス先生) 

 しかしこれは学生オケにとってどうにもしようのない障壁である。
 社会も世間もよく知らない。人生経験も浅い。生きる苦しみも十分に体験していない。肉体的には強さの頂点にあって何十曲も立て続けに演奏できるくらいのエネルギーにあふれていても、曲想を解釈するのに必要な精神的深度だけはどうにもならない。(もちろん、単に「歳をとればいい」ってわけではないが・・・)

 そこで重要なのが、ただ一人の大人である指揮者・曽我大介の感化力だと思う。
 学生達の父親世代の人間で、海外経験豊富で語学堪能で(8ヶ国語を喋れるそうだ)教養深く、作曲家や楽曲や時代背景にも当然詳しく、人生における酸いも甘いも噛分けている曽我大介こそ、学生達の足りない部分を見抜いて、作曲家の意図や曲想を伝えて、若者の柔軟な想像力を刺激し、グループダイナミズムを利用して、オケの特質や限られた条件をもとに、新たなものを共同で創造してゆく仕事を任された立場にある。ちょうどお芝居の演出家がするように。
 今回のプログラムでは、どうもその手腕を感じることができなかった。曽我氏はラ・フォル・ジュルネでもいろいろなプログラムをまかされていたようだから、忙しくて、そんなにリハーサルする時間がなかったのかもしれない。オケとの相性ってのもあるしな。いや、自分が学生オケに期待しすぎなのか。 

 それにつけても、はじめて聴いたブルッフ『ヴァイオリン協奏曲』は美しい曲だった。独奏者の集中力も(ドレス姿も)素晴らしかった。CDを探してみよう。
 
 学生オーケストラの水準の高さを知って、いよいよアマオケ巡りにはまり込みそうな予感がする。
 次は慶応か?

 

● ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャパン「熱狂の日」2016(東京国際フォーラム)

 ゴールデンウィーク最大の音楽祭ラ・フォル・ジュルネも12回目となる。ソルティは最初の数回に参加した後、しばらく遠ざかっていた。関心がクラシック音楽から別の方向(山歩き、瞑想)に向いていた。音に関して言えば、自然の音や静寂にまさるものはないと思ったもので・・・。それは今も変わりない。
 ここ最近またクラシックを聴き始めている。
 自分はいつも、声楽以外のクラシックは、電話相談のカウンセリングをしているかのような向き合い方で、音に耳を傾けている。曲によって語られる内容に心を留める一方で、クライエント(=作曲家、指揮者、オケや独奏者)の声の抑揚や大小やアクセントや緩急を聴き、感情の込められている度合いをはかり、背後に隠されている欲望や恐れや悲しみや喜びの存在を察し、発話のタイミングや沈黙の濃さに心の推移を見る。
 実際、指揮棒が振り下ろされて数分たつと、いつも客席で目を閉じている。視覚情報がかえって邪魔になるからである。そうやって音の波動を全身で味わって、作曲家の意図や情熱や才能や人生を、また指揮者の想像力や解釈力や統率力や人柄を、オケや独奏者の技術や柔軟性や個性を、そしてそれら全体のバランスや統合された表現を堪能している。
 で、カウンセリングしているつもりが、いつの間にやらカウンセリングされていることを発見するとき、「いい音楽を聴いた」と思うのである。

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 今回のテーマは「la natureナチュール―自然と音楽」。
 公式ホームページによれば、「ルネサンスから現代まで500年にわたる音楽史の中から、季節、風景、動物、天体、自然現象など、さまざまな切り口から選曲」したとのこと。
 5/3~5の三日間、東京駅と有楽町駅の間にある東京国際フォーラムでは、実に盛り沢山・魅力たっぷりのプログラム(約350公演)が、国の内外問わずバラエティ豊かな音楽家たちによって提供され、ビルの谷間をわたる風の中にも音符やト音記号が見えるかのようであった。総来場者約48万人を想定していたようだが、そのくらいにはなったかもしれない。どの会場も満員御礼。屋台の並ぶ地上広場は人だかりの山。クラシック好きの裾野の広さをあらためて感じた。

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 ソルティは5/4の以下のプログラムに参加した。
  1. スメタナ:「モルダウ」(交響詩「わが祖国」から)
  2. シベリウス:「フィンランディア(合唱付)」
  3. シベリウス:劇音楽「テンペスト」op.109から序曲
  4. チャイコフスキー:交響幻想曲「テンペスト」op.18
  5. フィビヒ:交響詩「嵐」op.46
【1~2】 
指揮:曽我大介
管弦楽:リベラル・アンサンブル・オーケストラ
合唱:一音入魂合唱団
【3~5】
指揮:ドミトリー・リス
管弦楽:ウラル・ハーモニー管弦楽団

 1と2は、会場内の一番大きいホールにしつらえられた赤い八角形の大きな特設ステージで演奏された。いわば「音楽祭の顔」とも言えるメインステージ。チケットの半券があればだれでも入場できるので、公演と公演の空き時間を、雑談&カフェ&音楽鑑賞しながら過ごすのにうってつけ。自然と人が集まる。開演30分前に入場したときは、すでにステージの前後左右に並べられた椅子はすっかり埋まっていた。それからもどんどん人は増えていき、開演時にはおそらく3000人近くはいたであろう。舞台上の演奏家にとってはめったに味わえない大舞台である。
 ステージ裏の指揮者の顔がよく見える位置に陣取って、地べた座りして拝聴した。

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 指揮の曽我大介も合唱の一音入魂も、昨年《第九》コンサートで縁のあった人たちである。なので、自然と批評モードでもカウンセリングモードでもなく、応援モードになる。まだあれから半年も経っていないのに、緊張した表情で入場してくる合唱団員の顔ぶれに懐かしさを覚えた。
 リベラル・アンサンブル・オーケストラ(LEO)を聴くのもこれが2回目となる。立教大学交響楽団のOBによるアマオケだが、一番の特徴は何と言っても‘若さ’ならではの瑞々しい音の響きと疾走感。それが、チェコの深山の雪解け水が急流となって山を駆け下り、しぶきを上げながら森を抜け、さざめきながら足早に村を抜け、支流と合わさってモルダウ川を形成し、悠然とプラハ市街へ流入してゆく――そんな川の生涯と情景を眼前に浮かび上がらせる。モルダウを実際に見たことはないけれど、音で旅しているような錯覚を覚える。オケの性質に合った良い選曲だと思う。(その意味では、LEOはモーツァルトの「ジュピター」をやると映えるのではないか。)
 
 会場を移動し、3~5は海外からの参加アーティストである。
 指揮者のドミトリー・リスは1960年ロシア生まれ。チャイコフスキー、ラフマニノフ、ショスタコーヴィチなどの演奏で国際的評価を高めているらしい。
 テーマは「テンペスト(嵐)」。シェイクスピア最後の戯曲に基づいて作られた3人の作曲家の作品を聴き比べる面白さがある。
 まず、シベリウスの「テンペスト」は、実際の『テンペスト』上演に際してBGMのように流すために作られたもの。今で言うサントラ(映画音楽)みたいな感じか。序曲は、まさに嵐の情景描写そのものである。純粋に音による写実。シベリウスの音楽を「抽出写実主義」と評するのは、あながちはずれてもいないと思う。音楽も面白いが、指揮台のリスの予測のつかない激しい動きのほうが「嵐そのもの」といった感じで楽しめた。
 チャイコフスキーの「テンペスト」は2回目である。前回は、宝石で飾られたオルゴール箱のような美しく可愛らしい作品と思ったが、どうしてどうして。指揮者が違うと、こうも違うか。今回の演奏を聴いて、この作品に対するチャイコフスキーの真意を知った気がした。前回久保田昌一指揮で聴いた時は、はじめに激しい「嵐」があって、船が漂着して、「嵐」とは対照的な美しく穏やかな「愛の物語」が始まるという解釈で止まっていた。
 が、リスは「愛の物語」こそが「嵐」そのものにほかならないのだと、聴く者に伝えるのである。両者は対照されているのではなく、融合しているのである。
 もちろん、同性との恋に苦しんだチャイコフスキーの意図はそちらにあるだろう。自然(情景)は人間感情(心理)と呼応する。であればこそのロマン派である。
 可愛らしい姓とは真逆のライオンのように獰猛なパフォーマンスが表しているように、ドミトリー・リスは激しさを表現する大胆さと情熱にあふれている。自身‘愛の嵐’をしかと経験しているのだろう。
 久保田はカリスマ性を秘めた有望な指揮者だとは思うけれど、激しさは希薄だったものなあ~。
 やはり、いろいろな指揮者で聴いてみるものである。

 今回、最大の収穫は、ズデニゥク・フィビヒ(1850-1900)という作曲家を知ったことである。
 スメタナやドヴォルザークと共にチェコ国民楽派の基盤を作った作曲家で、49歳という若さで亡くなっている。チェコ民謡や舞踏の要素を取り入れた作品を多く発表しているが、作曲技法の面ではドイツ・ロマン派の流れを汲んでいると言う。
 そういった背景を知らずにはじめて聴いたフィビヒの「テンペスト」。
 大変に優雅で美しい。
「こんなに優雅で美しい‘嵐’などあるものか」と突っ込みたくなる前に、その繊細にして無限な彩りを放つ美しさに陶然としてしまう。虹色の嵐か。
「こっちがシベリウスじゃないの?」と会場入りの際に配布されたプログラムを再度確認してしまったくらい、シベリウスの『春』に匹敵するような名曲である。叙情でも叙景でもなく、物語でも絵画でもなく、人でも自然でもなく、純粋に音楽的な美で輝いている。
 3曲の「テンペスト」で勝敗をつけるなら、フィビヒが一等であろう。

我々は夢と同じ物で作られており、われわれの儚い命は眠りと共に終わる。(シェイクスピア『テンペスト』第4幕)

 そう。あらゆる芸術の中で、音楽の美こそ儚さの象徴たりうるのである。一瞬にして生まれ、一瞬にして消え、二度と再現できないゆえに。

 フィビヒとリスによってすっかりカウンセリングされて、家路に着いた。


 

● フロイデ雑感2 本:『《第九》虎の巻 歌う人・弾く人・聴く人のためのガイドブック』(曽我大介著)

 《第九》も二度目の参加となると、気持ちの上で余裕が出てくる。
 一度目は覚えるのに精一杯だったドイツ語の歌詞――とくにドイツ語を含むゲルマン語に特有のウムラウト(変母音)の発音――についても、歌いこんでいくうちに口馴染んで、しまいには諳んじられるまでになった。
 すると、歌詞の内容にも思いが及ぶようになった。

 今度の指揮者が曽我大介であることも大きい。
 曽我氏(1965年生まれ)は、《第九》に相当入れ込んでいるらしく、2012年に音楽之友社から世界初の合唱する人に焦点を当てた「《第九》合唱譜」を制作している。

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 今回、自分が使ったのもこれである。
 他の指揮者と較べるほどの知識や経験はないので、はっきりしたことは言えないが、曽我氏がドイツ語の発音や文法上の区切りや詩の効果としての脚韻、すなわち言葉を非常に大切にしていることは、実際の指導においてビンビン感じとることができた。(この人は比喩がとてもうまい。ユニークで面白くて的確な比喩で曲を理解するきっかけを与えてくれる。)
 曽我氏はまた、同じ音楽之友社から2013年に『《第九》虎の巻 歌う人・弾く人・聴く人のためのガイドブック』という本を出している。
 まさに《第九》のオーソリティなのである。

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 20年前に歌った時は、「喜びを歌っているんだなあ。世界平和を希求しているんだなあ」くらいの大雑把な把握で、一つ一つの単語や詩句にたいした注意を払わなかった。
 今回は、もう少し《第九》を深く知ろうと思い、上記の本を読んでみた。

 《第九》という小宇宙を前にしてこの総譜を読み取ろうとする時、もちろん楽譜自体も色々なことを教えてくれますが、《第九》を取り巻く様々な世界を知ることによって、その知識が光となって総譜を後ろから照らしてくれるのです。・・・・・《第九》にまつわる世界の知識を深めることは、演ずるものの表現にその知識によって制限をかけるのではなく、より豊かな可能性を示してくれるものだと思うのです。(上掲書より抜粋)

 と、前書きにあるように、《第九》をより深く楽しく聴き、より豊かに正しく歌いor弾き、ベートーヴェンの偉大さを改めて感じるような内容となっている。
 第2章では、実際に《第九》を歌う人のために、五線譜付きのきめ細かい歌い方のレッスン(攻略法)もある。舞台に立つ上での懇切丁寧なアドバイスまで載せている。
 ほかにも、興味深いトリビア満載で、読み物としても面白いものになっている。
 例えば、
○ Symphony(シンフォニー)を「交響曲」と訳したのは、森鴎外である。
○ 現代に至るまでの《第九》演奏の方向性を決定づけた(改変した)のは、ワーグナーである。その主な特徴として、①楽器の追加によるメロディラインの強化、②細かなテンポの変化や強弱の指示、フレーズの区切りの明確化、が挙げられる。(このある意味ベートーヴェンの意図からは‘逸脱した’流れを原点に戻そうとする動きが、ロジャー・ノリントンに代表される「ピリオド奏法」なわけである。)
○ 日本における《第九》の初演は、1918年6月1日、徳島県鳴門市にあった坂東捕虜収容所におけるドイツ人捕虜たちによるものであった。このエピソードは映画『バルトの楽園』(出目昌伸監督、2006年)で描かれている。
○ 世界で一番多くのコンサートで《第九》を演奏しているのは、コバケンこと小林研一郎である。
○ ベートーヴェンはコーヒーを淹れるときに、一人当たりコーヒー豆を必ず60粒数えた。
等々。

 さて、当然、この本には《第九》の歌詞が載っている。(番号はソルティ付す)

1.おお友よ、これらの調べではない!
 我々はさらに心地よく、
 喜びあふれる歌を歌おうではないか

2.歓喜よ!神々の麗しき霊感であり
 エリューシオンの乙女(である歓喜)よ、
 (歓喜の)女神よ、我らは燃える胸を躍らせながら
 君の聖域に踏み入る
 
3.君(歓喜)の柔らかな翼の下
 時流が強く切り離したものを
 君の不思議な力は再び結び合わせ、
 すべての人々は兄弟となる
 
4.真の友を得るという
 大きな成功を収めた者、
 心優しき妻を得た者も
 そうだ、地上にただ一つの魂でも
 我が物であると呼べる者たちも
 彼の歓声に合わせよ
 そしてそれがどうしてもできなかった者は
 この集いから泣きながらそっと立ち去るがよい
 
5.すべての生き物は
 自然の乳房から歓喜を飲み、
 すべての善人とすべての悪人は
 歓喜のバラ色の道をたどる。
 
6.喜びは口づけと葡萄酒と 
 死の試練を受けた友を我々に与えた
 虫けらにはただの快楽のみが与えられた、
 しかし智天使ケルビムは神の御前に立つ(喜びが与えられたのだ)
 
7.華麗なる天空を
 天の星々が朗らかに飛びゆくように、
 勝利に向かう英雄のように喜々として
 仲間たちよ、自らの道を進め
 
8.抱き合え、諸人!
 この口づけを全世界に!
 仲間たちよ、この星空のかなたに
 必ずや心優しき父なる神が住むにちがいない。
 
9.諸人よ、ひざまずいたか?
 世界よ、創造主を予感するか?
 星空の彼方に彼(創造主)を探し求めるのだ!
 星々の上に彼は必ず住んでいるにちがいない。

 一読するまでもなく分かるのは、これがもろキリスト教の宗教観を根底としているということである。《第九》の初演は1824年。コペルニクスの地動説こそ唱えられていたものの進化論にはまだ早い。まだまだキリスト教的世界観は広く深く強く西欧を覆い尽くしていたであろう。
 その点だけでも、2015年に生きる日本人がこの詩を十全に理解できるとは思われないのである。ドイツ語のできない自分が《第九》を歌うのは、譬えてみれば、日本語のできないドイツ人が結婚式で『高砂や~』を披露するようなものかもしれない。
 たとえば、第6節に登場する「死の試練を受けた友」とは何のことだろう?
 人間のモータル性――神と対照的に「死すべき運命にある」という古代ギリシア的人間観――を意味しているのだろうか?
 それもあるのかもしれない。
 だが、キリスト教の真摯な信者であればすぐにピンと来よう。
 これは、十字架に掛けられたイエス・キリストのことであろう。であればこそ、その直前の「口づけ(=ユダへの接吻)」「葡萄酒(=キリストの血)」の連関が見えてくる。

 まあ、「唯一神」も「魂の存在」も信じないテーラワーダ仏教徒であるソルティには、はなから理解できない(理解しても仕方のない)世界である。
 が、看過できない部分もある。
 第4節である。
 
 真の友を得るという
 大きな成功を収めた者、
 心優しき妻を得た者も
 そうだ、地上にただ一つの魂でも
 我が物であると呼べる者たちも
 彼の歓声に合わせよ
 そしてそれがどうしてもできなかった者は
 この集いから泣きながらそっと立ち去るがよい

 これはある意味、「村八分」「いじめ」の宣告である。
 親友も愛妻も得られなくて孤独に苦しんでいる人に対して、「この集いの場から出て行け」という、生傷に塩を擦り込むようなマネをしている。続く第5節で「すべての悪人」も「歓喜のバラ色の道をたどる」と言っているところをみると、「孤独な人間は悪人より天国に遠い」とみなしているようにも思える。(悪人正機説?)
 歌っていても気分の良ろしくない箇所である。ドイツ語だからいいようなものの、日本語でこれを歌うならば、自分は参加しないか、この部分は口を噤むであろう。(ベートーヴェンはこの部分をピアニシモにしている。)
 曽我大介氏も同様な思いがあるようで、「この部分の歌詞は個人的に抵抗がある」と上掲書で述べている。
 いったい、ベートーヴェンはどういう思いでこの歌詞を採用したのだろうか?
 《第九》の歌詞の原典は、いわずと知れた同時代の花形詩人フリードリッヒ・シラー(1759-1805)の頌歌『歓喜に寄せて』である。シラーは、こういう無慈悲なことを「しらーっ」とした顔で言える人間だったのか?
 
 上掲書には、シラーの詩の全文が掲載されている。
 自分ははじめて全部を読んだのだが、これがビックリするような革新的な内容なのである。
 まず第一に、長い!
 全9節からなる100行以上に及ぶ長大な詩であり、ベートーヴェンが《第九》に採用したのは、そのわずか3節のみ、冒頭の1/3だけなのである。
 次に、そのテーマであるが、むろん「歓喜」は多様に謳われている。
 しかるに、ベートーヴェンが取り上げなかった詩の後半(第6節以降)は、むしろ「許しと慈悲」が主要テーマなのだ!

 人が神々に報いることはできない、
 しかし彼らに倣おうとするのは素晴らしい
 悲嘆する者も貧しい者もこぞって出て来い、
 恨みや復讐は忘れてしまえ、
 我々の宿敵でさえ許すのだ、
 涙を彼に強いるな
 彼に懺悔を求めるな。

(合唱)我々のブラックリストは破いてしまえ!
 和解を全世界に!
 兄弟(同胞)よ――星空の彼方では
 我々が裁くように、神が裁いてくれる

 圧巻なのは最後の節である。 

 暴君の鎖に助けを、
 罪人にも寛大さを、
 死の床には希望を
 極刑には慈悲を!
 死者たちもまた生きるのだ!
 兄弟よ 飲み、そして調べを合わせよ、
 すべての罪人たちは許されるのだ、
 そして地獄はもはやない

 すごいではないか!
 アムネスティの綱領もかくやとばかりの寛容性、人権感覚、そして現代性である。と同時に、やっぱり‘真の意味での’キリスト教原理主義の発露、すなわち「汝の敵を愛せよ」の精神である。
 27歳のときにこの詩を発表し若者たちの熱烈な支持を得たシラーは、40歳になってから「この詩は若気の至り」と言って最後の節を削ってしまった。なんだか考えさられるエピソードである。SEALDsの活動を快く思わぬ元全共闘のオヤジみたいな感じか・・・。
 
 それはともかく。
 シラーの詩の全部を読めば、先にあげた《第九》の歌詞の第4節の無慈悲さも緩和される。「すべての罪人たちは許されるのだ、そして地獄はもはやない」とまで言っているのだから、孤独な人間もその中に入っている。村八分されているわけではない。
 そもそもこの詩を頌歌というのは、発表当時、実際に曲をつけて歌われていたからである。形として「集いの歌」となっているように、居酒屋などでミューズ(詩神)の霊感を受け感極まった一人が立ち上がって独唱し、それに他の酔客たちが応えるように合唱するという、仲間同士の交歓を寿ぎ、絆を確かめる歌なのである。
 だから、孤独を愛好し一緒に唱和する気のない者はこの盛り上がりにふさわしくないから、祝いの酒がまずくなるから、「そっと泣きながら出てゆけ」ということになる。つまり、仲間同士の結束と友愛の素晴らしさ(とみんなで酒を飲む楽しさ)を反語的に称え上げるために、村八分的存在をつくりあげたとみることができる。
 要は、シラーに関して言えば、この一節をそれほど真剣にとらえる必要はないということだ。
 不思議なのは、なぜベートーヴェンが、長大なほかにカッチョいい部分のたくさんある詩の中から、わざわざこの一節を選んだのだろうという点である。
 親友もなく心優しき妻もいない中年男が、孤独と無聊を慰めるために年末に《第九》のコンサート会場に来たところ、舞台上の合唱団全員からこう突きつけられるのだ。
「親友も心優しき妻もいない孤独なお前は、この場から立ち去りなさい」
 客席の半分以上は空になることだろう(笑)。
 しかも、第4節の「心優しき妻を得た者」の中に当のベートーヴェンは入っていない。彼は生涯結婚が「どうしてもできなかった」一人である。(ソルティよ、お前もだ。)
 自分を揶揄するような、貶めるようなフレーズを、なぜわざわざ採択したのだろう?
 自虐?
 不思議である。
(単に、この部分が音楽的に語呂が良かっただけなのかもしれないが。)

 ‘若気の至り’という観点からすれば、ソルティ自身はむしろ、シラーの削られた最後の一節よりも、この《第九》の第4節のほうが未熟な気がする。
 自分たちの絆(=仲間意識)を強めるために‘村八分’をダシにするという点でもそうだが、親友であれ、愛妻であれ、他人の魂を「我が物とする」という思考が幼稚でついていけない。魂の存在を信じるか否かは別として、他人の心や魂はその人自身のものであって、いくらそれが愛し合う関係であったとしても他人の所有物ではない。
 --というのが現代を生きる大人の常識であろう。
 

《つづく》   
 

● フロイデ雑感1 ベートーヴェン作曲:交響曲第九番「合唱付き」

 20年ぶりに第九を歌った。

 前回は仙台に住んでいた時。
 仙台フィルハーモニー管弦楽団と当時音楽監督だった外山雄三指揮のもと、合唱のテノールパートを二日間歌った。
 なにぶん、プロオケ&プロ指揮者との共演による初めての第九だったので、当日までは音をとる(メロディを覚える)のにいっぱいいっぱい。本番は無我夢中で歌っただけ。外山雄三が日本の指揮者の中でどんな位置づけなのか、どんな人なのかももちろん知らなかった。加山雄三と間違われやすいなあと思ったくらいである。
 本番一日目。高音のある箇所で声が裏返った。刹那、指揮台の外山氏がひな壇にいる自分のほうをギョロリと睨んで舌打ちした。二日目、その部分が来ると、外山氏はちらっとこちらに視線を投げた。むろん、今度はしっかりコントロールして無難に歌い切った。すると、氏は満足したように小さくうなずいた。
 この件に限らず、プロの音楽家の耳の良さは凄いもんだなあ~と、しきりに感心したのを覚えている。
 ちなみに、二日目の演奏はとても素晴らしい出来だった。客席からは合唱隊が舞台を降りるまでの延々たる盛大な拍手をもらった。外山氏も満足そうであった。自分もまた、最後のクライマックスの「ディーゼン・クス・デル・ガンツェン・ヴェルト(全世界に口づけを!)」の繰り返しあたりから、会場との一体感、世界との一体感、音楽との一体感に包まれた。終演後しばらくは、大いなる開放感と宙を漂っているような高揚感に包まれていた。
 まさに、合唱の‘喜び’を味わうことができたのである。
 
 20年ぶりの今回、陣容は以下の通りであった。
日時  12月28日(月)
会場  ティアラこうとう大ホール(東京都江東区)
指揮  曽我大助
演奏  ブロッサムフィルハーモニックオーケストラ
ソプラノ 辰巳真理恵
アルト  成田伊美
テノール 芹澤佳通
バリトン 吉川健一
合唱団  平和を祈る《第九》特別合唱団

第九2015 004


 この「平和を祈る《第九》特別合唱団」の一員として参加したわけである。
 この大仰な団名には相応の理由がある。このコンサートの収益の一部と当日の会場での募金は、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)に寄付され、世界各地での難民救援活動に役立てられる。
 自分は、別の第九のコンサート会場で合唱団募集のチラシを見て、趣旨に賛同すると共に、「久しぶりにあの高揚感を味わうのも悪くはないな」と思って挑戦したのであった。

 さて、本番2ヶ月前から週1回ペースで稽古が始まった。
 なによりの心配は「高い声が出るか」である。
 第九合唱のテノールパートに要求される最高音は、普通の(変声期前の男子や成人女性の音域の)「ラ」である。それをクライマックスでは、連続して、フォルティシモで、出さないとならない。20年前の30代前半の自分には何の苦労も無くこれができた。(自信過剰でコントロールを怠ったため本番裏返ったのだ。)
 普段、特に喉を鍛えているわけでも、大事にしているわけでもない。カラオケ好きなわけでもない。あえて言うなら、普段の介護の仕事で、ご利用者と一緒に大声で童謡なんかを歌っていることくらい。むろん、発声も音程も気にしちゃいない。
 いまや50代の自分に可能だろうか?
 
 プロの指導(曽我大介の弟子であり指揮者の西谷亮)はたいしたものである。
 稽古を重ねるうちに、とくに力むことなく「ラ」の音が出るようになった。発声方法のまずさによる声のつぶれを懸念していたが、それもなかった。
 久しぶりにお腹の底から大声を出すことの快感、大勢で声を合わせハモることの快感、だんだんと言葉(ドイツ語)や表現(音楽記号など)をマスターし上達していくことの快感。稽古が終わってスタジオを出ると、いつもフロイデ(躁)状態であった。
 
 20年前は結局、最後の最後まで音が取れない部分があった。
 それは、全員合唱による有名な「喜びの歌」の少し後に来る、合唱のもう一つの聴きどころとも言えるフーガの部分。この途中から、メロディラインが非常に複雑でスラーが続き、音が取りにくい箇所がある。
 
  ヴィル ベトレテン ダーイン・ハーーーーーーーーーーーイリヒトゥム

 の箇所だ。
 前回はどうしてもマスターできなかった。
 しかも、ここが素人にとってのネックであることは先刻承知済みなのか、稽古でもパートごとに音取りする機会は設けられなかった。ある意味、「適当に歌って」みたいな感じだったのである。なので、口パクを使いながら適当に歌った。
 今回は、ちゃんとマスターしたいと思った。
 稽古の時にテノールパートの仲間に相談すると、こう教えてくれた。
 「YouTubeにテノールパートだけの練習用動画があるよ」

  YouTube!
 インターネット!

 20年前にはなかった!!
 いや、インターネットはあるにはあったが今のようには普及していなかった。なにせWindows95発売直後の話である。
 スマホで検索してみると、あるわあるわ、いくつもの第九合唱パート練習用の動画が出てくる。

 時代は変わった・・・・。

 かくして、声も取り戻し、メロディも覚えこんで、12月28日の本番に向けて気持ちを高めていったのである。


《つづく》
 
 

● 仏の受難:ベートーヴェン交響曲第3番「英雄」ほか(曽我大介指揮、練馬交響楽団)

日時 11月15日(日)14時~
場所 練馬文化センター大ホール
演目 チャイコフスキー:祝典序曲「1812年」(合唱付)  
    ベートーヴェン:交響曲「ウェリントンの勝利」作品91
    ベートーヴェン:交響曲第3番変ホ長調「英雄」作品55
指揮 曽我大介
演奏 練馬交響楽団
合唱 一音入魂合唱団

 最近知り合った人から、このコンサートのチケットを譲り受けた。
 自分から選んで行ったわけではなかったので、「英雄」以外のプログラムについては会場に到着するまで知らなかった。3曲とも生で聞くのははじめてであった。 

 3つの曲に共通する人物は誰か?
 ――ナポレオン・ボナパルトである。

 チャイコフスキー「1812年」は、ナポレオン率いる無敵のフランス軍を、ロシア軍が「冬将軍」の助けを借りて打ち破った歴史的な戦い(の年)を祝う曲。70年後の1882年に作られた。
 ベートーヴェン「ウェリントンの勝利」は、やはり1812-13年にイギリスの軍人アーサー・ウェルズリー(ウェリントン公爵)が、ポルトガルやスペインにおいてナポレオン軍を次々と撃破した勲功を讃え、1813年12月にベートーヴェンが発表した作品である。
 ベートーヴェン(1770-1827)とナポレオンは同時代の人間だったのだ!
 有名な交響曲第3番「英雄」(1804年作曲)のモデルはナポレオンと言われるように、ベートーヴェンはもともと、フランス革命のスローガン「自由、平等、友愛」を体現する象徴的人物として、ナポレオンを崇拝していた。が、ナポレオンが皇帝(独裁者)になったという知らせを聞いて、激怒し、幻滅し、反ナポレオン派になったようである。

 3曲に共通するのはナポレオンであり、フランスの栄光と敗退の軌跡である。
 プログラムの構成として面白いが、何より感じ入ったのは、今この時期、フランスの受難を表現する楽曲が演奏され、それを聴く機会を持ってしまった因縁である。
 むろん、プログラムを決める時点では、ISによるフランスでの同時多発テロなど想像もしなかったであろう。ほんの数日前まで、「今回のプログラムはナポレオンで統一」というのは、単なる練馬交響楽団あるいは曽我大介の趣向に過ぎなかったに違いない。
 それが、突然、ビビッドに、リアルになってしまったのである。
 今日、このプログラムに接する聴衆は、フランスのテロ事件と離れて演奏を聴くことはできなくなってしまった。
 しかも、チャイコフスキー「1812年」の主要旋律は、全体主義国家を崩壊させようと目論むテロリストの活躍を描いた映画『Vフォー・ヴェンデッタ』(ジェームズ・マクティーグ監督、2005年)のテーマ曲である。映画の中で主人公の謎の男“V”が常時被っていたガイ・フォークスの仮面こそは、国際ハッカー集団‘アノニマス’が好んで身に着ける、反逆の象徴である。 
 つまり、映画『Vフォー・ヴェンデッタ』を観たことのある者ならば、チャイコフスキーの「1812年」を聴いて「テロリズム」を想起せずにいられるわけがない。(もちろん、自分は観ている)

ガイ・フォークス仮面


 クラシック音楽は「古典音楽」と訳され、ともすると箱書きの付いた桐の箱に入っている骨董品のように扱われがちである。
 が、作曲された当時、演奏されたリアルタイムにおいては、時代の証言であり、その時代を生きる人間の思想表現かつ感情表現だったのである。19世紀初頭の西欧人の多くは、ベートーヴェン同様、ナポレオンの出現を寿ぎ、その活躍に喝采を上げ、「自由と平等と友愛」を希求しつつ、「英雄」を聴いた。ナポレオンがヨーロッパにとって危険な存在であると判明した後は、ベートーヴェン同様に、ロシア軍やイギリス軍の戦勝を心から喜び、「ウェリントンの勝利」を聴いた。(この曲はベートーヴェンの生涯における最大のヒット曲だったそうである。)
 音楽はまさに生きて、民衆と共にあったのである。
 「1812年」においても、「ウェリントンの勝利」においても、作曲家の指示として、曲中に実際の大砲の音が使われている。当時の聴衆に、どれだけビビッドに響いたことだろう!
 
 このようなプログラム構成を持った今回のコンサートが、仏のテロ直後の日本において、しかもパリに次いでISテロの標的になりうる可能性の高い“安部政権下の”東京において、ほかならぬ曽我大介――年末に国連難民援助活動支援チャリティコンサート「第九」を振る――の指揮で演奏されたという、驚くべきシンクロニシティ(共時性)を、なんと思うべきであろうか。そこにたまたま知人からチケットを貰った自分が居合わせたという偶然(=必然)をどう解釈したものか。
 
 なるほど、演奏自体は目覚しいものではなかった。
 全体に歯切れが悪かった。
 けれど、クラシックがこれほど‘リアルタイムに’響いた経験はかつてない。


 
 
 
 
 

● 喜びのうた ベートーヴェン:第九演奏会(指揮:曽我大介)

日時 10月4日(日)
会場 ミューザ川崎シンフォニーホール
演目 ワーグナー:歌劇『リエンツィ』序曲
    ベートーヴェン:交響曲第九番合唱付
    シベリウス:交響詩『フィンランディア』
指揮 曽我大介
演奏 リベラルアンサンブルオーケストラ
合唱 一音入魂合唱団
 
リベラルアンサンブルおーけすとら

 知人に誘われて、やや早めの第九を川崎まで聴きに行った。
 ミューザ川崎はJR川崎駅のすぐ隣にある新しい立派なビルディング。
 川崎といったら、工場、風俗店(堀之内)、浮浪者といったイメージを長らく持っていたが、10数年ぶりに訪れた川崎は――少なくとも駅周辺は――あまりに明るく、あまりに綺麗で、あまりにゴージャスで、浦島太郎のごとく驚いてしまった。
 その象徴がまさにミューザ川崎。
 いつから川崎は音楽都市になったのだろうかと目を疑うような素晴らしいホール(1997席)と魅力的なラインナップを誇っている。
 
ミューザ川崎
 
 演奏のリベラルアンサンブルオーケストラは、2014年4月に設立したばかりの立教大学交響楽団の卒業生を中心とするアマチュアオーケストラ。
 いったい、この巨大なホールをサマになるくらいに人で埋めることができるのだろうかという懸念をよそに、開演前のホールを見渡してみたら、ほぼ満席に近かった。楽団員や合唱団員の知り合いが多いとは思うが、動員力はたいしたものである。
 演奏は・・・・・。
 実はアマチュアオーケストラの第九を聴くのは初めてだったので、それほど期待してはいなかった。
 が、実に良かったのである。
 何より若い!
 楽団員の平均年齢は30歳そこらではないだろうか。
 その若さが稚拙さにつながらず、音の瑞々しさ、迫力、疾走感につながっている。
 こんなに若々しいエネルギーに満ちた第九を聴いたのは初めてである。
 まるで若鮎の泳ぐかのよう。
 
 それを可能にした立役者は、やはり指揮の曽我大介ではないかと思う。
 こちらも初めて聴く(見る)指揮者であった。
 ウィキによればちょうど50歳ということだが、姿かたちも動きも颯爽として若々しい。
 なにより指揮台での振る舞いのカッコイイこと!
 体全体の表情豊かで、動きも大きくメリハリあって、が~まるちょば(GAMARJOBAT)のパントマイムでも見ているかのようで、思わず見とれてしまう。第4楽章で合唱団に高い音を要求する際の天を指す仕草など、十戒を預言するモーゼもかくやの迫力であった。
 この曽我大介の至極分かりやすい、気合いと霊感あふれるタクトを得て、柔軟性に富む若い団員たちが何の‘我’もなくひたすら演奏したことが、成功の秘密ではないだろうか。
 なんだか聴いたあとに若返ったような気がした。
 
 今日我々が聴いたのは、「青春の喜びの歌」だったのである。









 

 

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