ソルティはかた、かく語りき

東京近郊に住まうオス猫である。 半世紀以上生き延びて、もはやバケ猫化しているとの噂あり。 本を読んで、映画を観て、音楽を聴いて、芝居や落語に興じ、 旅に出て、山に登って、仏教を学んで瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

木下恵介

● 滝沢修という名優 映画:『新釈 四谷怪談』(木下恵介監督)

1949年松竹

原作 鶴屋南北「東海道四谷怪談」
音楽 木下忠司
撮影 楠田浩之
上映時間 158分
キャスト
  • 伊右衛門 : 上原謙
  • 伊右衛門の妻・お岩/お岩の妹・お袖 : 田中絹代(二役)
  • 直助 : 滝沢修
  • 小仏小平 : 佐田啓二
  • お梅 : 山根寿子
  • お梅の乳母・お槇 : 杉村春子
  • お袖の夫・与茂七 : 宇野重吉

 四谷怪談と言えば数ある怖い話の最たるものであるが、この映画は全然怖くない。お岩の幽霊は実際に現れる――この言い方は矛盾しているが――のではなく、お岩を殺めた夫・伊右衛門の罪悪感が見せる幻覚として表現される。そのことが象徴しているように、物語の主軸は、直助の甘言に乗って欲に負け罪を犯してしまう伊右衛門の心理と末路を描くところにある。欲に翻弄される人間の愚かさをテーマに据えたあたりが‘新釈’なのだろう。事実、この作品は怪談というよりもシェイクスピアばりの人間ドラマである。
 
 とにもかくにも役者の魅力が尋常でない。
 主役の伊右衛門演じる上原謙は、これが時代劇初出演だったらしい。撮影当時40歳、水もしたたる色男ぶりである。女房役をつとめる田中絹代がブスに見えるほどの美貌の輝きは、ひとえに木下恵介のイケメン愛ゆえであろう。欲と罪悪感に揺れる気の小さい侍を見事に演じて、たんなる美男スターだけではないことを立証する。
 お岩およびお岩の妹・お袖を演じる田中絹代は言うまでもない芸達者。一人二役を見事に演じ分けている。お岩はおそらくスッピンだと思うが、やっぱり美人女優とは言えない。素材の凡さを演技でカバーしているところは同じ松竹で活躍する田中裕子に引き継がれたか。
 ブスと言えば杉村春子である。口八丁手八丁の直助にコマされて、伊右衛門を自らの主人であるお梅とくっつけるお側仕いの女・お槇を、いつもながらの上手さと庶民臭さで演じている。あろうことか直助に言い寄られて「おんな」を見せるシーンがあるものだから「怖い、怖い」。作中、一番怪談じみているのは杉村春子の媚態である。
 さて、以上3人の名優によるハイレベルの演技合戦を見るだけでも相当面白いのだが、なんとまあ、ここで3人を凌ぐ役者がいたのである。
 滝沢修がその人である。
 
 どこかで聴いた名前と思ったら、吉村公三郎監督の屈指の名作『安城家の舞踏会』(1947年)で安城家当主を演じていた人である。美貌の令嬢・原節子の父親役である。元華族の役だけあって、気品とインテリジェンスあるプライド高い当主を見事に演じていた。
 『新釈 四谷怪談』での滝沢のキャラクターやイメージは、『安城家』とは180度異なる。
 直助は根っからの悪人である。人をだますことも利用することも盗みを働くことも命を奪うことも‘へ’とも思わない。悪事を働くことがそのまま適職にして天職となっている男である。目的のためには手段を選ばない。直助の唆しによって小平(=佐田啓二)は人妻お岩を手篭めにしようとし、直助の誘惑に負けて伊右衛門は女房殺しを行い、直助の口車に乗ってお槇は自らが仕える一文字家の滅亡に手を貸してしまう。直助はこの悲劇の種を蒔き、水を注いで育て、花を咲かせる狂言回しのような役を果たす。その意味で、シェイクスピア『オセロ』に登場するイアーゴを思わせる。(新劇の役者である滝沢はもちろん舞台で何度もイアーゴを演じているだろう)
 直助を演じる滝沢の表情、目つき、動作、姿勢、口調、声色、たたずまい、オーラー。どれもが完璧に計算し尽くされた上にリアリティにも不足なく、全体として一人の人間、一つのキャラクターとして息をし命が吹き込まれている。「この役者は悪役専門か」と思ってしまうほど、役者の地金めいている。
 舞台での演技は消えてしまう(消えてしまった)ので、この作品の直助こそが滝沢修という役者の歴史的名演と言っていいだろう。この演技が記録されているだけでもこの映画には十分な価値があり、この演技を観るだけでもこの作品は十二分の価値がある。田中絹代、杉村春子を食うとは、いやはや凄い役者がいたものだ。
 
 映画の冒頭の牢破りのシーン、クライマックスの炎の中での立ち回りシーン。木下恵介がアクション映画の監督としても勝れていることを十分感じさせる。木下が関心を抱いていたのは、見た目の派手さやカッコよさや観客への訴求力より、人間心理の深みや陰影にこそあったのだとつくづく思う。大人の監督なのである。



評価:B+

A+ ・・・・めったにない傑作。映画好きで良かった。 
「東京物語」「2001年宇宙の旅」「馬鹿宣言」「近松物語」

A- ・・・・傑作。できれば劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」「スティング」「フライング・ハイ」「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」   

B+ ・・・・良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」「ギャラクシークエスト」「白いカラス」「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・純粋に楽しめる。悪くは無い。
「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」「ボーイズ・ドント・クライ」

C+ ・・・・退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・見たのは一生の不覚。金返せ~!!




● 北の大地の因縁 映画:『死闘の伝説』(木下惠介監督)

1963年松竹。

監督・脚本 木下惠介
音楽 木下忠司
出演
  • 園部梅乃:  毛利菊枝
  • 園部静子:  田中絹代
  • 園部黄枝子:  岩下志麻
  • 園部秀行:  加藤剛
  • 清水信太郎:  加藤嘉
  • 清水百合:  加賀まりこ
  • 鷹森金兵衛:  石黒達也
  • 鷹森剛一:  菅原文太
  • 源さん:  坂本武
  • 林巡査:  野々村潔

 木下恵介にしては珍しいバイオレンスアクション。

 岩下志麻が出ている!
 なんだか呼ばれるかのように志麻サマの作品を追っているなあ。
 そして、ここでも父娘共演。万年脇役の野々村潔は、スターである娘の演技をどんな思いで見ていたのだろう?
 
 イケメンというよりハンサムな加藤剛と、ほぼ主役と言っていい出番の多さと見せ場を与えられている加藤嘉の2ショットは、もちろん、同じ松竹の名作『砂の器』を連想させる。とにかく加藤嘉の名優ぶりが光っている。
 
 六本木の小悪魔・加賀まりこは、やはり、顔立ちやスタイルや雰囲気が都会的過ぎる。鄙まれな美人というレベルではない。加藤嘉の娘にも見えない。ミスキャストな気もするが、もう一人の鄙まれ・岩下志麻との対比、役の上での棲み分けを考えると、これで良かったのかもしれない。クライマックスで銃を構える凛々しい姿は、昔日の薬師丸ひろ子(in『セーラー服と機関銃』)にも似て可愛い。

 他に、毛利菊枝田中絹代、坂本武といったベテラン俳優陣を配して、演出にはみじんの揺ぎも無い。完成度も高い。
 
 興味深いのは、菅原文太である。
 仁侠映画やトラック野郎など東映の大スターだった文太兄いの珍しい松竹出演作なのである。1967年に東映に移る前に6年ばかり松竹に在籍していたのだ。木下作品にはあと岡田茉莉子主演の『香華』に出ている。
 本作では、村の大地主のドラ息子の役で、岩下志麻演じる黄枝子に懸想するも振られて、怒りから権力をかさに黄枝子一家を窮地に追い詰め、最後は力づくで黄枝子を強姦しようとするが逆に頭を殴られ殺されてしまうという、典型的な悪役、嫌われ役、おマヌケな役を演じている。
 菅原文太はモデル出身なだけに間違いなくハンサムなのだが、加藤剛のような甘いマスクやハーレクイーンロマンスな雰囲気は持っていない。女よりも男に持てるイケメンだ。
 松竹から東映に移って大正解だった。

 さて、この物語は太平洋戦争末期に北海道のある部落で起きた暴動を描いている(おそらくフィクションだろう)。
 暴動と言っても、虐げられた村人たちが地主や政府や軍などの抑圧者に反抗するといった秩父事件的な勇ましいもの・誇らしいものではない。
 
 本州から疎開してきた園部一家は、村の権力者に睨まれたのがもとで共同体から孤立する。権力に阿る村人らは園部一家に嫌がらせするようになる。次第に敗戦の色濃くなると、これまで戦時下の窮乏を耐えてきたストレスと、あいつぐ家族の戦死の知らせに遣りどころのない怒りと悲しみを抱えた村人たちの鬱憤は一気に爆発し、園部一家を標的に山狩りを始める。

 つまり、一つの家族に対する集団リンチがテーマである。
 
 なんて残酷な、なんて恐ろしい映画を木下は撮ったのだろう!
 共同体における自己保身と仲間意識から、よそ者に対する村人の敵意がじょじょに高まり、陰険な陰口や行為(畑を荒らす)を生み、戦時下の日常生活で蓄積された怒りとシンクロして、あるきっかけをもとに暴動が勃発する。
 人間性に潜む個的・集団的心理の怖さや醜さを、木下恵介は、実に鋭く、丹念に、サディスティックなまでに(見方を変えるとマゾヒスティなまでに)容赦なく、救いなき非情さで描き出している。観ていて、ラース・フォン・トリアー監督、ニコール・キッドマン主演の『ドッグヴィル』(2003)を想起したのであるが、そう言えば木下恵介とラース・フォン・トリアーは何となく作風が似ている。一見、ヒューマニストっぽく見えて性悪説なところが・・・。

 音楽は実弟の木下忠司。アイヌの伝統楽器ムックリを使うことにより、緊迫感を高め、同時に北海道という土地に込められた因縁を観る者に感得させるのに成功している。ビョンビョンビョンという音が、見終わった後もしばらくは耳について離れない。

 『カルメン故郷に帰る』でいくら牧歌的な田舎の風景や陽気で素朴な人間を描こうが、木下恵介が血縁や地縁を絆とする日本的共同体(=村社会)に、希望を見ていなかったことは確かである。



評価:B+

A+ ・・・・めったにない傑作。映画好きで良かった。 
「東京物語」「2001年宇宙の旅」「馬鹿宣言」「近松物語」

A- ・・・・傑作。できれば劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」「スティング」「フライング・ハイ」「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」   

B+ ・・・・良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」「ギャラクシークエスト」「白いカラス」「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・純粋に楽しめる。悪くは無い。
「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」「ボーイズ・ドント・クライ」

C+ ・・・・退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・見たのは一生の不覚。金返せ~!!






● 日本のシェイクスピア 映画:『日本の悲劇』(木下恵介監督)

1953年松竹。

 木下恵介監督の撮った49本の映画うち、ベスト5に入る傑作である。
 ソルティが選ぶ今のところの残りベスト4は、『香華』、『陸軍』、『永遠の人』、『破れ太鼓』。
 だが、まだ『楢山節考』、『喜びも悲しみも幾歳月』、『惜春鳥』はじめ未見が多いので、今後ベスト5がどう変わっていくか楽しみである。 黒澤明の凄さは観る者が若いうちでも分かるけれど、小津安二郎や木下恵介の凄さはある程度歳をとらないと分からない。とくに、木下映画の真髄はフェミニズムを通過しないと分からないものが多い。日本でも世界でも、まだまだ発見を待たれる監督と言えよう。

 この『日本の悲劇』も大上段なタイトルから社会派ドラマをイメージするが、実際は、戦後の混乱期に苦労して育てた子供に老いてのち冷たくされる一人の母親の半生を通して、「母の悲劇」「親子の悲劇「家庭の悲劇」を克明に描いた骨太にして非常に繊細な人間ドラマである。その意味で、「日本の悲劇」というのはむしろ狭い見方である。日本という地域性、敗戦後という時代性を超えて、「人間の悲劇」「生きることの悲劇」を描く深みに達している。
 大胆に言ってしまおう。
 
 木下恵介作品は、その最良のものにおいて、古代ギリシア悲劇あるいはシェイクスピア作品と匹敵すべきレベルにある。

 母親・春子を演じる望月優子がピカイチ。これがアメリカだったらオスカー間違いなし。とにかく上手い。
 二人の子供(歌子と清一)の為に自らを犠牲にして生きる、情が濃くて逞しくて愚かな母親を、圧倒的な存在感をもって演じている。この存在感に近いのは2時間ドラマの市原悦子か・・・。観る者は、最初から最後まで春子に共感し、母の気持ちになって、母の視点から、二人の子供をはじめとする周囲の人間ドラマを見ることになる。
 春子は夫亡き後、焼け跡で闇屋をやり、子供を親戚に預けて熱海の料亭で身を粉にして働き、時には売春まがいもし、子供の養育費を工面してきた。その甲斐あって、歌子は洋裁と英語が得意な才媛に育ち、清一は前途洋洋たる医学生となる。母の悩みと苦しみ、母の喜びと悲しみ、母の苛立ちと寂しさ、母の希望と絶望、母の強さと弱さ・・・・・。観る者はこの映画を通して一人の「母」を体験する。なので、その行き着く先にある飛び込み自殺という選択は、決して唐突でも不思議なものでもない。自分のすべてを捧げてきた当の子供から軽蔑され冷たくされ見捨てられ、生き甲斐を失った春子が自暴自棄になるのは悼ましくはあっても理不尽ではない。
 そこで観る者のやるかたなさは怒りとなって二人の子供たちへと向かう。
 何と冷たい恩知らずの子供たちか! 戦後教育はこんな自己中心的な若者を育てたのか! これが自由と権利を主張する民主主義の正体か!
 しかし、木下監督の凄さは物語をそんな紋切り型に収斂させないところにある。母親の苦労を描く一方で、母親と離れて暮らす二人の子供の成長も平行して描いているのである。
 熱海に出稼ぎに行く春子は、口車に乗せられて亡夫の弟夫婦に家を貸して、結果乗っ取られてしまう。思春期の歌子と清一は、生まれ育った自分の家に住みながら、伯父夫婦のもと肩身の狭い思いをして暮らすことになる。こき使われ、いじめられ、罵倒され、ひもじい思いをする。ある晩、辛さ寂しさに耐え切れず、二人は春子に会うため熱海に行く。そこで見たのは、酔客と体を寄せ合いながらしどけない格好で艶笑する母。二人は春子に声をかけずに通り過ぎ、駅で夜を明かして家に帰る。そのうち春子が体を売っているという噂も二人の耳に入ってくる。清一は偉くなること金持ちになることを決意し、一身に勉強に打ち込むようになる。歌子は、叔父夫婦の息子(いとこ)に病床を襲われ暴行されトラウマを背負う。縁談もあるが、トラウマと母の悪評がついて回り、希望は見出せない。(成人した歌子の描き方が凄すぎる! 女のさがをここまでリアルに多面的に描いた男性監督は世界中探してもペドロ・アルモドバル監督くらいしか見当たらない・・・)
 清一と歌子の生い立ちを描いていくことで、二人の子供が長じてどんな思いを母親に対して抱くようになるか、どんな人生観・価値観を身に着けていくかが観る者に了解される。それは十分な説得力を持っている。木下は冷たい無情な子供を描いているのではない。子供には子供の事情があり、そのような考え方や生き方を身につけざるを得ない背景があると伝えているのである。
 その点で、同じようなテーマを扱った小津安二郎の『戸田家の兄妹』や『東京物語』とは似て非なるものである。『戸田家の兄妹』は善悪がはっきりしていた。親に冷たく当たる子供たち=悪、最後まで親を見捨てず大切にする子供たち=善であった。そこから時を隔てた『東京物語』では小津監督も成熟して、親子の確執は善悪では捉えきれないことを示した。「子供には子供の生活があり事情がある。親世代は静かに去り行くのみ。子供に迷惑をかけてはいけない」というように。もはや利己的な子供世代を責める風はなかった。「老いたものは静かに去りゆくのが世の習い、それが生き物のさだめ」といった‘もののあわれ’あるいは‘無常性’が獲得された。その透徹した視点、達観した境地を、禅寺の風景のような静的スタイルで描き切ったことが、『東京物語』の傑作たるゆえんであろう。
 『日本の悲劇』は、『東京物語』の一歩先を描いている。
 一歩先というのが適切でないなら、高踏的でブルジョワで清潔志向の小津が『東京物語』で描かなかった泥々とした内幕を木下は描いている。つまり、「子供には子供の生活があり事情がある」ことを微に入り細に穿ち、観る者に提示して見せたのである。
 だから、観る者は単純に子供世代を責めることはできない。歌子や清一の立場に立てば、母・春子への冷たい仕打ちはどうにもこうにも仕方ないのだと理解できる。他人ならまだしも、実の親だからこそ許せないものがある。すべてを知って、すべてを許すには二人は若すぎる。 親には親の言い分(正当性)があり、子供には子供の言い分(正当性)がある。それぞれが頑張って厳しい時代を生き抜いてきたのである。どちらを責めることもできない。問責は洞察力(智慧)と思いやり(慈悲)に欠ける行為である。
 
 春子は春子の因縁を持ち、因縁に支配されて、世に投げ出されている。歌子は歌子の、清一は清一の因縁を持ち、因縁に支配されて、世に投げ出されている。両者の因縁がぶつかり合って齟齬が生じる。両者ともに、自分自身の因縁を見抜いて、そこから抜け出す方法を知らないので、結局、織り成す因縁が生む出す定めのまま行く着くところまで運ばれてしまう。それが最後には母・春子の自殺という最悪な‘果’を生んでしまい、それがまた新たな‘因’となって、この先の歌子と清一の人生に影を落としていくことになる。
 
 この映画は「因縁にとらわれた人間の悲劇」を圧倒的なリアリティのもとに語っている。
 ギリシア悲劇、シェイクスピアと比較しても少しも遜色なかろう。
 


評価:A-
 
A+ ・・・・めったにない傑作。映画好きで良かった。 
「東京物語」「2001年宇宙の旅」「馬鹿宣言」「近松物語」

A- ・・・・傑作。できれば劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。 
「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」「スティング」「フライング・ハイ」「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」   

B+ ・・・・良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」「ギャラクシークエスト」「白いカラス」「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・純粋に楽しめる。悪くは無い。
「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」「ボーイズ・ドント・クライ」

C+ ・・・・退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・見たのは一生の不覚。金返せ~!!




● 時を駆ける女たち 映画:『はじまりのみち』(原恵一監督)

2013年松竹映画。

 『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ! オトナ帝国の逆襲』(2001年)、『カラフル』(2010年)という傑作アニメ映画を作った原恵一監督の初の実写作品、しかも題材が若い日の木下恵介の実話ということで、期待を込めて鑑賞した。
 
 時は戦時下。木下監督がかの有名な『陸軍』を撮影し、そのラストシーンが陸軍省の反感を買い、次の仕事を干されたところから始まる。監督業に絶望した木下は、寝たきりの母のいる浜松の実家に帰る。空襲が激しくなり、家族は山間の親戚の家に疎開を決める。そこまで行くには暑い盛りを山越えしなければならない。病気の母の安静を保つために、木下は兄とともにリヤカーで運ぶことにする。
 
 まずは松竹の良心とでも言うべきか、役者陣は手堅いところを押さえている。
 木下恵介役の加瀬亮は、シスターボーイ風の美青年だった木下を髣髴とさせる。演技も合格点。おそらく実物はもっとフェミニンな匂いを醸していたのではないかと思われるが、まあそこは映画だから・・・。
 母親木下たま役の田中裕子。松竹「ここぞ」という時の最強の切り札であろう。セリフのほとんどない病人役にもかかわらず、存在感たるや随一である。脳溢血による片麻痺という設定だと思うが、片麻痺の母が頑張って息子(恵介)に喋ろうとする有りさまが、日々老人ホームの仕事で実際の患者に接しているソルティから見ても真に迫るものであった。田中裕子が峠を越えるのはこれで2回目だろうか。
 兄敏三役のユースケ・サンタマリアは個人的には好きな役者でないが、この映画に限っては渋い控えめな演技で通していて及第点を与えられる。実際には木下は8人兄弟の4男だった。この映画には敏三、恵介を含む4人の兄弟姉妹しか出てこない。実の弟の忠司(4つ下)は作曲家として活躍し木下作品の音楽も担当している。名前すら出てこないのには理由があるのか? このあたりの家族関係の処理がいい加減な気がした。
 兄弟と一緒に家財道具を引いて峠を越える羽目になる便利屋役の濱田岳。auのCMに出てくる金太郎である。愛嬌ある顔立ち体つきで、ユニークで憎めない個性が光る。いま魔夜峰央のギャグ漫画『パタリロ』の舞台化で、加藤諒が主役パタリロに抜擢され話題となっている。濱田岳のほうが良かったんじゃないか。

 全体に丁寧に品良く作られた作品と言える。原恵一の才気はむしろ控えめである。最初は意外な気もしたが、木下恵介へのオマージュである作品で、別の監督の個性が目立つのはうざったいだけだろう。これで良いのかもしれない。
 ただ、全般に画面の奥行きが乏しく、リアルな空気感(とくに戸外の)に欠いている感はあった。それをアニメ(2次元)映画のプロとしての原監督の出自のせいとするか、松竹の予算や撮影時間の縛りのせいとするか。それこそ同じ峠越えを描いた松竹の『天城越え』(1983年、三村晴彦監督)と比すれば差は歴然としよう。『はじまりのみち』では蝉の声すら聞かなかったような・・・。
 
 木下監督へのオマージュとして、有名な木下作品が次々と引用される。
 監督デビュー作である『花咲く港』をはじめ、問題となった『陸軍』、『わが恋せし乙女』、『お嬢さん乾杯!』、『破れ太鼓』、『カルメン故郷に帰る』、『日本の悲劇』、『二十四の瞳』、『野菊の如き君なりき』、『喜びも悲しみも幾歳月』、『楢山節考』、『笛吹川』、『永遠の人』、『香華』、『新・喜びも悲しみも幾歳月』。
 コメディあり、恋愛ドラマあり、家族ドラマあり、人情物あり、文芸作品あり、時代劇あり、社会派ドラマあり。本当に素晴らしい作品をたくさん作ったんだなあと感嘆する。

 引用された映画の断片をずっと観ていて、一つのことに気がついた。

「木下映画とは、女性が一人、駆ける映画である」
 
 多くの作品で、主人公の女性が画面に大きく映し出されて、戸外を一人で駆け回るシーンが思い出される。街中であったり、因習強い田舎の野良道であったり、大自然の中であったり、と舞台はさまざまであるが、女たちは何かから逃げるように、あるいは何か重いものを脱ぎ捨てるように、あるいは一心に思いつめた表情で、あるいは晴れ晴れと人生を謳歌するように、駆け回っている。
 そのはじまりの一歩が『陸軍』ラストシーンの田中絹代だったんじゃないだろうか。
 そして、その走りは現代の『アナと雪の女王』において、凍てつく道なき雪原を一人進むエルサまで続いているんじゃないだろうか。
 
「自分の息子に『立派に死んで来い』なんて言う母親はいない』
 木下恵介は、昭和という時代を通して、‘声なき女たち’の代弁者だったのではないかと思うのである。

 最後に一つ。
 やっぱり、お母さんはバスで行ったほうが楽だったと思う。
 


評価:C+
 
A+ ・・・・めったにない傑作。映画好きで良かった。 
「東京物語」「2001年宇宙の旅」「馬鹿宣言」「近松物語」

A- ・・・・傑作。できれば劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」「スティング」「フライング・ハイ」「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」   

B+ ・・・・良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」「ギャラクシークエスト」「白いカラス」「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・純粋に楽しめる。悪くは無い。
「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」「ボーイズ・ドント・クライ」

C+ ・・・・退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・見たのは一生の不覚。金返せ~!!




●  奇跡の年 映画:『花咲く港』(木下恵介監督)

1943年松竹。

 木下監督のデビュー作。30歳の時の作品である。
 同じ年に世界のクロサワが『姿三四郎』でデビューしている。
 まさに奇跡の年だったのだ。
 
 どうってことのないコメディ映画なのであるが、新人のデビュー作とはやはり思えない。東山千栄子、小沢栄太郎、上原謙、水戸光子、笠智衆、東野英治郎、坂本武といった並み居るベテラン役者、人気役者を見事に使いこなしている。カメラワークも達者。テンポも絶妙。
 この翌年に世界映画史上まれに見る傑作反戦映画『陸軍』を撮っていることを思えば、木下は映画監督としては早熟の天才タイプだったのだろう。
 黒澤明に比べると、扱うテーマが日常を舞台とした恋愛や友情や家族ドラマなど地味なものが多かったためもあってか、現在に至るまで世界的には知名度も評価も低い。
 しかし、こと女性を描く力量に関して言えば、黒澤明は木下恵介の足元にも及ばない。木下作品に登場する女性たちのリアル感から見ると、黒澤作品の女性たちはまるで書割りである。『陸軍』の田中絹代、『華香』の岡田茉莉子と乙羽信子、『女の園』の高峰三枝子、『永遠の人』の高峰秀子を観れば、現代にも通用する木下のフェミニズムに賛嘆の念を禁じえない。

 黒澤明の作品が今以上に深く理解されることも高く評価されることもないであろう。
 が、木下恵介の作品は、これからますます理解される度を深めてゆくであろうし、それにつれて評価も高まってゆくであろうことは想像に難くない。
 むろん、自分は木下派である。


評価:B-

A+ ・・・・めったにない傑作。映画好きで良かった。 
「東京物語」「2001年宇宙の旅」「馬鹿宣言」「近松物語」

A- ・・・・傑作。できれば劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」「スティング」「フライング・ハイ」「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」   

B+ ・・・・良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」「ギャラクシークエスト」「白いカラス」「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・純粋に楽しめる。悪くは無い。
「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」「ボーイズ・ドント・クライ」

C+ ・・・・退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・見たのは一生の不覚。金返せ~!!



 


 
 

● 高峰秀子、礼讃!! 映画:『永遠の人』(木下恵介監督)

1961年松竹映画。

  米国アカデミー賞外国語映画部門にノミネートされた評価の高い作品である。
 オスカー受賞=いい映画というわけでは全然ないけれど、この映画は間違いなく傑作である。

 主演の高峰秀子の演技は、伝説的名女優・田中絹代ばりのリアリティと集中力の域に達していて、これまでに見た高峰秀子の作品の中では文句なく最高級の賛辞に値する。十代の小作人の生娘から、孫を腕に抱く白髪・皺まじりの老けこんだ地主の奥様までを、昭和期の5つの時代を5幕仕立てで描く構成の妙を天才的勘と知性とでのみこんで、歳ふるとともに変わってゆく女の姿と、何十年という歳月を経てもなお変わらない女心とを、ものの見事に演じ切っている。
 人々の愛憎を悠然と眺める阿蘇の雄大な風景も効果的。日本の農村の因習に満ちた土着文化の息苦しさや忌まわしさ--横溝正史のミステリーに代表されるような--を、のびやかな空間でもって解放している。
 監督の実弟である木下忠司の音楽も素晴らしい。暗く陰惨になりがちなストーリーを、フラメンコという異質なものをかけ合わせることでラテン的に救い上げ、一方で情熱と哀愁に満ちたギターとカスタネットの調べが、「生娘だった自分を無理やり犯し、好きな男との間を切り裂いた憎き男(=仲代達矢が演じている)」の妻として生き続けなければならない一人の女の悲しい物語を、国や文化を越えた‘女の一生’ドラマにまで引き揚げている。
 センスが良い。

  この作品を観ると、木下恵介が同時代に活躍した黒沢明にも小津安二郎にもない、あるいは現代活躍する多くの映画監督にもなかなか見られない、極めて優れたオリジナリティ(=天才性)を持っていたことが理解できる。
 それは、一言でいえば、写実主義にも等しい人間の心理描写の細やかさである。
 とりわけ、この作品のほか『香華』や『女の園』に見られる女の心理描写について、まるで女性作家のごとき繊細にして執拗な心の綾をたどるのに長けている。
 むろん、あくまでも「女性的資質を多分に持つ男性作家が想像する女性の心理」の域はどうしたって出ることは叶わないものの・・・。

  日本が生んだ偉大なる‘ゲイ’術家の一人であることは、もはや疑いようがない。
 今後ますます国際的な評価は高まるものと推測される。
 「永遠の人」とは木下自身である。


 評価:A-


 A+ ・・・・めったにない傑作。映画好きで良かった。 
「東京物語」「2001年宇宙の旅」「馬鹿宣言」「近松物語」

A- ・・・・傑作。できれば劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」「スティング」「フライング・ハイ」「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」   

B+ ・・・・良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」「ギャラクシークエスト」「白いカラス」「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・純粋に楽しめる。悪くは無い。
「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」「ボーイズ・ドント・クライ」

C+ ・・・・退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・見たのは一生の不覚。金返せ~!!



● 機知と狡知 映画:『陸軍』(木下恵介監督)

1944年陸軍省後援 情報局国民映画。

 朝日新聞に連載された火野葦平の小説を原作に、幕末から日清・日露の両戦争を経て満州事変に至る60年あまりを、ある家族の三代にわたる姿を通して描いた作品である。
 時期的に考えても、当然、国策に沿った戦意高揚・銃後の意識を鼓舞するという目的が、映画製作を依頼した側にはあったはずである。ストーリー展開もキャラクター設定も、そういう意図から外れてはいない。しかし、細部の描写はときどきその本来の目的を逸脱しがちであり、最後のシークエンスで大きく違う方向へと展開する。その場面を見る限り、この作品を国策映画と呼ぶことは難しい。結果として、木下は情報局から「にらまれ(当人談)」終戦時まで仕事が出来なくなったと言われている。(ウィキペディア「陸軍(映画)」)

 ‘最後のシークエンス’とは、息子伸太郎が大陸に出陣する当日、「泣くから見送りに行かない」と家に一人残った母わか(田中絹代)の、家事の手が止まり、物思いに沈み、進軍ラッパの響きと人々の歓声にはっと腰を上げ、家を抜け出し、家並みや街をひたすら走り抜け、見送る人々の盛大な歓声のなかを華々しく行進する隊列の中に息子の姿を必死に探し求め、ついには息子を見つけ、その名を呼び、目と目を合わせ、混雑にもまれて道に倒れるまでの一連のシーンである。
 このシークエンスは、おそらく日本映画史上五指に入る名場面と言ってよいだろう。持続する緊張感が凄まじい。演じる田中絹代を見れば、誰もが否応無く、「日本映画史上最高の名女優は、吉永小百合でも原節子でも杉村春子でも樹木希林でも田中裕子でもなく、田中絹代その人だ」と認めざるをないだろう。実際、この映画の主役は途中まで笠智衆なのだが、最後の最後の5分間で田中絹代にすべて持っていかれてしまう。
 これは、しかし、軍国主義に反感を持つ木下恵介監督の策略のなせるわざで、笠智衆演じる父親が象徴する父権主義が、田中絹代が象徴する母性の前に色褪せていく刹那でフィルムは終了するわけである。
 なるほど、「戦争反対」のメッセージはつゆほども打ち出していない。陸軍の要望に沿うよう、「(戦時下の)日本国民(≒日本男児)たるものどうあるべきか」を笠智衆ら登場する父親たちのセリフの中で繰り返し表現し、天皇陛下への報恩と恭順を徹頭徹尾強調している。
 だが、この映画はやはり「戦意高揚映画」ではない。立派な「反戦映画」である。

 上記の見送りのシーンと同じくらい衝撃的なシーンがある。
 それは、上等兵として大陸への出兵が決まった息子伸太郎を祝う最後の晩餐シーン。家族一同がご馳走の並ぶ座卓を囲んで、和気藹々と団欒する。「やっぱり家族っていいな~」と思うシーンである。ホームドラマの名手として名を馳せた木下恵介の真骨頂である。
 しかるに、座卓を包む、内に別れの悲しみを宿しながらもほのぼのとしたあたたかい雰囲気とは裏腹に、そこで語られる会話――主に一家の主である父=笠智衆によって先導される――は、背筋が凍るほどナショナリスティックでマッチョイズムなのだ。聞いていて吐き気がしてくる。この一見‘ホームドラマ’、しかし中味は‘国家主義’という矛盾というかギャップが驚くべき効果を発揮している。
 
 多くの場合、国家と家庭は対置するものとして表現される。国家=戦争、家庭=平和の象徴で映像化されるのが一般である。家庭を崩壊し、家族を離散する‘巨悪’として、国家が起こす戦争は描かれるものである。とくに、アメリカの反戦映画にその傾向が強い。
 しかしこの映画では、木下監督は、そんな杓子定規、紋切り型に乗らない。国家と家族を対置させずに、家庭的なるものの中に戦争に繋がるエレメントを描いて、家族主義と国家主義が同一線上にあるものと喝破するのである。
 国家の思想は、家族を洗脳する。その家庭内で育てられた子供たちはまた親によって洗脳され、国家主義を身につける。家庭が戦争の温床になって、人を殺し人を死に追いやる装置として働いている。その装置が自動化していく恐ろしさを、幕末からの三代にわたる家族の歴史の中で、描き出しているのである。
 別の観点からすれば、国家は男達(世の父親)を洗脳し、父親は食卓に代表される家庭内において妻と子供たちを洗脳する。夫に従順たることを意識付けられ洗脳されたはずの妻(=母)は、それでも息子を戦場に追いやることを夫のようには誇りとは思えない。だから、「天子様のために立派に闘ってくるのだよ」とは口が裂けても言えない。「天子様にいただいた命なのだから大切にするのだよ」
 対置すべきは、国家と家庭ではなく、父権主義と母性。そんなあたりが木下監督の深意なのかもしれない。
 『お嬢さん乾杯』や『破れ太鼓』で魅せたユーモア(=機知)以上に高く評価すべきは、木下監督の狡知である。


評価:A-

A+ ・・・・めったにない傑作。映画好きで良かった。 
「東京物語」「2001年宇宙の旅」「馬鹿宣言」「近松物語」

A- ・・・・傑作。できれば劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」「スティング」「フライング・ハイ」「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」   

B+ ・・・・良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」「ギャラクシークエスト」「白いカラス」「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・純粋に楽しめる。悪くは無い。
「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」「ボーイズ・ドント・クライ」

C+ ・・・・退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・見たのは一生の不覚。金返せ~!!



 


● バンツマ絶賛!!  映画:『破れ太鼓』(木下恵介監督)

1949年松竹。

 往年の大スター阪東妻三郎主演のホームドラマコメディ。
 ――なのだが自分はバンツマをよく知らない。田村高廣、田村正和、田村亮の父親であるということ以外に・・・。
 映画代表作の『雄呂血』(1925年、二川文太郎監督)も『無法松の一生』(1943年、稲垣浩監督)も観ていない。「殺陣が一番巧かった」と評される時代劇にいたっては皆無である。
 ウィキで調べると、なんと51歳という若さで1953年に亡くなっている。代表作のほとんどは戦前に撮られていて、『無法松』を含むいくつかの作品は国家検閲により無残にもカットされて、上映機会も少ないため、バンツマの何たるかを知らないのも無理はない。
 手元にある文春文庫ビジュアル版『大アンケートによる日本映画ベスト150』(1989年刊行)によれば、高倉健、笠智衆、三船敏郎を退けて、「好きな男優ベストテン」の第1位に選ばれている。凄いことではないか。短い役者人生で、いかに強い鮮烈な印象を観客に与えたかが伺われる。その点では、市川雷蔵(享年37歳)や石原裕次郎(享年52歳)――しかし若いな――と似ている。いや、短い人生だったからこそ、かえって印象に残るのだろう。
 
日本映画150
 
 最盛期の、時代劇役者としてのバンツマを知らない人間でも、この映画を観ればその魅力の片鱗を窺い知ることができる。
 圧倒的な存在感、天衣無縫の演技、画面からあふれ出る人間味。他の役者が一丸となって向かっても太刀打ちできないほどの抗し難い磁力を発している。それが、家族全員を支配下におく粗野で無教養な頑固親父というキャラクター設定とあいまって、もう魅力全開である。誰がどう観たって、この映画の成功はバンツマの功績、そして彼を縦横無尽に走らせた木下恵介監督の手腕にある。
 
 バンツマの他の映画を探してみようっと。


評価:B+

A+ ・・・・めったにない傑作。映画好きで良かった。 
「東京物語」「2001年宇宙の旅」「馬鹿宣言」「近松物語」

A- ・・・・傑作。できれば劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」「スティング」「フライング・ハイ」「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」   

B+ ・・・・良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」「ギャラクシークエスト」「白いカラス」「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・純粋に楽しめる。悪くは無い。
「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」「ボーイズ・ドント・クライ」

C+ ・・・・退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・見たのは一生の不覚。金返せ~!!




 

● 高峰三枝子礼讃! 映画:『女の園』(木下恵介監督)

1954年松竹映画。

 戦後、時代錯誤で封建的な私立女子大学の寄宿舎。厳しい規則でがんじがらめになっている女子学生たちの学校(教師たち)への反乱の一部始終を描いている。
 ストーリーそのものも面白いし、当時の風俗や街の様子を知るのも楽しいけれど、なんと言っても最大の見所は戦後を代表する4人の大女優の競演に尽きる。
 
 女子大生に扮するは、久我美子、岸恵子、高峰秀子
 岸恵子の切れ長のパッチリした目の美しさは、パリジェンヌの自由奔放さとともに中山美穂に受け継がれたのか。もっとも岸恵子のほうが意志が強くて気風がいい。高峰秀子は泥臭くて個人的にはどうも好きにはなれないが、演技力はピカイチ。情緒不安定で鬱っぽくヒステリー気質の女性を確かな演技で表現している。久我美子は蝶になる前のサナギといった感じ。
 一方の敵役、冷酷な舎監に扮するは高峰三枝子。
 これが素晴らしい。上記3人の人気女優を含む多数の女子学生たちを一人で相手にし、いささかも臆するところのない圧倒的な存在感。能面のように上品で無感情な美しさを、一部の隙ない日本髪と着物姿で引き立てて、女子学生の模範たるべき見事な言葉遣いで、規則違反の学生たちを容赦なく叱責する。これははまり役と言っていいだろう。この映画の主役は誰かと聞かれたら、高峰三枝子である。
 
高峰三枝子3 高峰三枝子と言えば、まず想起するのは思春期の頃に観た『犬神家の一族』(市川崑監督、1976年)の真犯人・犬神松子である。信州の片田舎の広いお屋敷のきれいに目の揃った畳の上に、隣りに白い覆面をしたスケキヨをはべらせて怖い顔で正座している着物姿が目に浮かぶ。
 そして、同じ金田一耕介シリーズ『女王蜂』(1978年)でのほんの脇役にすぎないのに強い印象に残る元宮様の奥方役。事件の隠された真の根源は「この女か」と思わせるほどの悪役高慢キャラであった。
 とどめに同年公開された手塚治虫原作『火の鳥』の邪馬台国女王ヒミコ。
 この3作連打で自分の中の高峰三枝子の印象はほぼ決まった。
 鉄面皮で高慢な女王様。
高峰三枝子2 その後、夏目雅子が三蔵法師を演じたテレビドラマ『西遊記』でお釈迦さまに扮したり、国鉄(現・JR)「フルムーン」のCMで夫役の上原謙と共に温泉に入り豊満な乳房を披露して話題になったりと、上記イメージを覆すようなお茶の間路線を打ち出したが、どうにも印象は変わらなかった。フルムーンのCMなど、確かに谷間くっきりのたわわな乳房がお湯の中で浮いているけれど、少年にとっては見たくもない「ババアの谷間」である。むしろ、当時国会議員であった山東昭子がそれをシリコン入りの贋物と中傷し、それに高峰が怒り心頭となって反論したことのほうが愉快なエピソードとして受け取られ、既存の高峰イメージを固定化させるのに役立った。
 
 鉄面皮で高慢。
 一番の原因は、やはり顔立ちにある。目尻のこころもち釣り上がった細長い目、若干の三白眼、すっと長くて先の尖った鼻、自然に結ぶと両端の垂れ下がる唇、がっちりした顎。これらのパーツが集まると、美しく高貴だけれど人を寄せ付けない風情が漂う。
 だから、自分が物心つく前の若い時分の高峰三枝子の人気のほどを聞くと、意外な気がする。
 松竹の清純派シンデレラから看板スターへ。
 歌う映画女優の草分け。(『湖畔の宿』はじめ、いくつものヒット曲を出している)
 戦地慰問の花形。
 フジテレビのワイドショー「3時のあなた」の人気司会者(1968-1973年)。
 この流れがあって、「フルムーン」の巨乳に世の中高年男性大はしゃぎという現象がはじめて理解できるのだ。

 高峰三枝子の昔の映画は小津安二郎の『戸田家の兄妹』(1941年)くらいしか観ていない。
 たしかに美しかったけれど、あまり印象は残っていない。他のどの女優がやっても構わない。高峰じゃなければこの役は映えないという域には達していなかったように思う。 
 一方、『犬神家』の松子夫人、『女王蜂』の東小路隆子、それにこの『女の園』の五條真弓は、高峰でなければ面白くない。‘鉄面皮’の美貌を持つ高峰だからこそ、ここまでの存在感とドラマ性を醸し出せる。キャラが立っている。
高峰三枝子1 高峰秀子ら演じる女子学生の前に絶壁のように立ちはだかる五條真弓は、自由と人権を求める若者に共感する観る者にしてみれば、実に憎らしく、手強く、取り付く島のない女ヒトラーのようなキャラである。しかも無類の美人ときては、どこからも崩しようがない。
 それが映画の最後には、実は悲しい過去を持つ一人の弱き女であることが明らかにされる。鬼の目にも涙、五條の能面から大粒の涙がほとばしる。 
 鉄面皮の下に隠された女の業や哀しみが一瞬かいま見られるとき、女優としての高峰三枝子の素晴らしさが光り輝くのである。



評価:B+

+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 
        「東京物語」「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
        「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」
        「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」
        「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」
        「スティング」「フライング・ハイ」
        「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」   

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
        「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」
        「ギャラクシークエスト」「白いカラス」
        「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
        「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」 
        「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」
        「ボーイズ・ドント・クライ」

C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
        「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
        「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
        「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!


 

● 映画:『お嬢さん乾杯!』(木下恵介監督)

1949年松竹。

 自動車修理工場を経営する商売上手な34歳の石津圭三(=佐野周二)は、没落した元華族の令嬢・池田泰子(=原節子)とお見合いする。圭三は泰子に一目惚れし、デートを重ねる。が、そう簡単には事は運ばない。
 ラブコメディと言ったところか。
 新藤兼人が脚本、監督の弟である木下忠司が音楽を担当している。
 
 原節子が木下恵介作品に出演したのは、後にも先にもこれ一本だけだったとか。
 どんな理由があったか知らないが、もったいない話である。
 そのくらい、ここでの原節子は美しく、演技達者で、重すぎも軽すぎもせず、木下色に見事に染まっている。没落した一家を救うために半ば打算的に付き合い始め、単なる‘好意’から始まった圭三への思いが、徐々に‘愛情’へと変わり、しまいには‘惚れております’と口走るようになる。その女心の変容をまったく過不足なく、品を損ねることなく演じている。この芝居は主演女優賞ものである。
 
 途中、圭三と弟分の五郎(=佐田啓二)とがバーで肩を組んでダンスを踊るシーンが出てくる。関口宏と中井貴一が踊っているようなものか。
 こういうシーンを見ると、「やっぱり木下恵介はゲイだったんだなあ。男女の恋愛を描くだけでは自身物足りなくて、自分のためのサービスショットが欲しかったんだろうなあ。」と想像する。
 
 安心して楽しめる、文句なしにいい映画である。



評価:B+

A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 
        「東京物語」「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
        「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」
        「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」
        「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」
        「スティング」「フライング・ハイ」
        「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」     

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
        「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」
        「ギャラクシークエスト」「白いカラス」
        「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
        「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」 
        「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」「ボーイズ・ドント・クライ」

C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
        「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
        「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
        「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!

 

● 男には決して分からない 映画:『香華』(木下恵介監督)

 1964年松竹。

 奇矯な関係にある母と娘の波乱の生涯を描いた有吉佐和子同名小説の映画化である。

 木下恵介と有吉作品がこれほど相性が良いとは意外であった。
 二人の女--母と娘--が実に良く描けていて、実に面白かった。前後編あわせて202分を一気に観てしまった。
 女性が主役の、女性視点の物語を、かくも上手に、かくも細やかに撮れるのは、木下監督のゲイセクシュアリティゆえであろうか。その意味で、木下監督の本領がもっとも良く発揮されている作品の一つと言えるのではなかろうか。

 母親と娘の関係というものは、男たちのまったくわからない世界である。
 それは、父親と息子の関係を世間の女性たちがよくは理解できないのと照応するわけであるが、後者については『巨人の星』をはじめ典型的な物語がたくさんあるし、男同士の関係はなんだかんだいって単純で劇画調でわかりやすいので、謎というほどのことはない。
 しかるに、母親と娘の関係は、世間の男たちにとって謎の中の謎と言っていいだろう。
 まず、一般に男たちは単体の「女」を理解できない。理解するためのプログラム言語を持っていない。母と娘の関係と来た日には、「女」の二乗である。わからなくってあったりまえだのクラッカー。というか、そもそもそこに興味を持つ男はそういまい。理解できないことには興味を持たないのが「男」という生き物である。
 だから、この作品を映画化できた木下恵介は偉大なのである。

 娘を生計のたつきにしか思っていない身勝手な母親・郁代と、その母を終生慕い続けるしっかり者の娘・朋子。観る者は母親の冷酷さ、その人非人ぶりに怖気を奮いつつ観ることになるのだが、唯一母と娘の心が通い合う場面がある。
 ほかならぬ実の母によって遊郭に芸妓として売られた娘。こともあろうに亭主に捨てられた母親は同じ遊郭で女郎として雇われるはめになる。芸は売れども体は売らぬ娘と、年をごまかして体を売る母親。娘は周囲に知られぬようにこっそりと母親の元に通い、食べ物を差し入れる。
 そんなある日、娘は初潮を迎える。点々と床に滴る徴からそれを見知った母親は、娘を思わず掻き抱く。
 それは決して娘の成長を喜ぶ母親の喜びではない。同じ「女」になってしまった娘に対する憐憫なのである。
『ああ、お前もこれから男社会の中で、一人の女として、「女であること」を弱みとも武器ともして、生きていかなければならないんだ』

 こんなシーンをまともに撮れる男性監督なんて、滅多いない。
 溝口健二にも市川昆にもできなかったであろう。形だけは原作どおり(脚本どおり)に作れたかもしれないが、母と娘の一見‘共依存’の陰に隠された、切っても切れない女同士の絆は、木下の細やかなる女性的感性によってしか表現されえなかったと思われる。


 年端の行かない娘を遊郭に売ってしまうひどい母親を乙羽信子が演じ、その母を終生面倒見続けるしっかり者の娘を岡田茉莉子が演じている。甲乙つけがたい好演である。
 現代ならこの母娘の関係は、児童虐待とかストックホルム症候群とか共依存とか指摘されてしまうのであろうが、なんだかそんな精神医学的解釈が味気なく感じられるほど、この母娘は花柳界の現実をなまなましく逞しく生きて、個人主義という言葉が冷たく感じられるほど、強い縁で結ばれている。
 岡田茉莉子の気丈な視線を観ていると、外野が文句つける筋合いはないなあ、とくに男はうかつに近寄るべからず、とつい思ってしまうのである。

評価:B+

A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 
        「東京物語」「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
        「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」
        「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」
        「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」
        「スティング」「フライング・ハイ」
        「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
        「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」
        「ギャラクシークエスト」「白いカラス」
        「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
        「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」 
        「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」「ボーイズ・ドント・クライ」
      
C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
        「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
        「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
        「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!


● 不愉快なコメディ 映画:『カルメン故郷に帰る』(木下恵介監督)

高峰秀子 1951年松竹。

 『二十四の瞳』『浮雲』と並ぶ高峰秀子の代表作である。
 この女優が演技達者なのはいまさら言うまでもない。その後物書きとしても成功したけれど、頭がいいのも間違いない。
 が、自分は高峰秀子人気がよくわからないのである。
 とりたてて美人ではない。スタイルも純日本人体型の大根足である。セクシー女優というには庶民的すぎる。
 これまでにはなかったタイプの女優――といったところが魅力だったのだろうか。

 国産初の総天然色映画として有名なこの作品は、喜劇に分類されている。
 都会でストリッパーをしているオツムの弱いリリィ・カルメン(=高峰)が、「故郷に錦を飾る」べく浅間山麓の村に同僚マヤと帰省して一騒動起こす、という単純なストーリー。
 高峰の演技はあくまで伸びやかで屈託がない。素朴な田舎の人びとの反応も滑稽で微笑ましい。ストリッパーとなった娘を愛しながらも恥に思う父親(=坂本武)の複雑な胸中が描かれるとはいえ、全体には喜劇的トーンで統一されているのは間違いない。全編オールロケ、村人の騒動を悠然と見守る浅間山をバックに、広々としたすがすがしい風景が適確なロングショットで捉えられている。牧歌的という言葉の似合うコメディではある。
 しかし、自分は素直に楽しめなかった。

 リィリィは最初、東京で成功した人気舞踏家という触れ込みで帰郷する。村人は、垢抜けた都会風のリィリィとマヤを持て囃す。彼女たちの行くところには人垣ができる。男たちはやに下がる。
 しかるに、リィリィがかつて好きだった男(=佐野周二)に迷惑をかける羽目になって、名誉挽回のため村人への「芸術披露」を行うくだりに至って状況は一変する。
 村人たちは、リィリィの言う芸術とはストリップのことであり、舞踏とは裸踊りのことであると知る。
 東京に帰る前日、リィリィとマヤは、父親や子供たちをのぞいた村人総出の舞台で裸踊りを披露する。男たちが首を伸ばし固唾を呑んで見守る中、ビキニが、そして最後の一枚が、はらりと宙に舞う。
 翌日、謝礼をもらい汽車に乗って故郷をあとにするリィリィは満足気である。
「田舎の人たちに本物の芸術を見せてやった。」
 女優のような鷹揚な笑みを浮かべ、見送る男たちに悠然と手を振る。
 一方、男たちはもはやリィリィを馬鹿にしている。鼻でせせら笑い、いやらしい仕草で、二人を見送る。転落した女への侮蔑丸出しである。
 
 不愉快きわまる話ではないか。
 これが喜劇として喝采を博すほど、当時の大衆も批評家もお目出度かったのである。フェミニズム的に盲だったのである。
 赤線や青線がまだあった、街角にパンパンが立っていた1951年じゃ仕方のないことであろう。
 
 監督(脚本)の木下恵介はどうだったのか。
 登場する男たちと同じ視線、同じ価値観でリィリィを見たのだろうか。
 そこが興味深いところである。
 ゲイである木下監督(←決めつけてる)は、ヘテロの男のようには状況を見ていなかった可能性がある。彼なら、劇中の真面目な校長先生(=愛すべき笠智衆)同様、リィリィのストリップショーに行かなかったかもしれない。行っても、他の男のようには興奮せずに、冷めた目で舞台や周囲の観客たちを観察していたであろう。
 自分を喜ばせ満足させてくれるものを下に見て侮蔑する男たちの倒錯した性は、木下恵介の目にはどう映ったのだろうか。
 この作品が実は喜劇ではなく風刺劇なのではないか、と思うのはその点である。
 そのように観たときに、映画の冒頭で流れ、劇中でも繰り返し流れる、おそらくはこの映画のために作られたであろう『ふるさと』という歌が、喜劇には似合わないもの哀しい旋律を帯びている不可解に合点がゆくのである。その調べには、懐かしいけれど愚昧な風土に対するアンビバレントな思いが響いている。
 
 この映画のパロディとして、1978年に同じ松竹から『俺は田舎のプレスリー』(満友啓司監督)が上映された。こちらは、青森県が舞台で、故郷の秀才である青年・真実男がフランスで性転換手術をし「女」になって帰還するという話である。主演は、まさに適役カルーセル麻紀であった。
 「カルメン」と同じような転落(男から女への!)の物語で、村人は最初から冷たい目でかつての秀才に遇する。
 しかしながら、この映画は途方もない美しさに輝く傑作であった。それはカルメンが帰郷で得られなかったものを真実男は得たからである。
 
 木下監督は『プレスリー』を観て歯ぎしりしたに違いない。

 
 
評価:B-

A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 
        「東京物語」「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
        「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」
        「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」
        「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」
        「スティング」「フライング・ハイ」
        「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」    

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
        「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」
        「ギャラクシークエスト」「白いカラス」
        「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
        「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」 
        「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」「ボーイズ・ドント・クライ」

C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
        「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
        「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
        「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!

● 映画:『夕やけ雲』(木下恵介監督)

木下恵介1 1956年松竹。
 
 木下恵介監督はゲイだったそうな。

 確かに監督の有名なポートレイトを見ると、その垢抜けたお洒落なたたずまい、柔らかな物腰はゲイっぽい。助監督には美青年ばかり雇っていたと言う。手元にある『日本映画ベスト150』(文藝春秋発行)の372ページに、坂東妻三郎と並んだ若い頃の木下の写真が載っているが、少年のようなスレンダーな体、白い半袖シャツに白い半ズボン、どう見てもマスカラをしているとしか思えない麗しい瞳をした、性別を超越した美青年が、坂妻に寄り添いながらカメラに媚を売っている。若き日の美輪明宏ばりのシスターボーイである。


木下恵介&坂妻 002


 ゲイの芸術家など珍しくもない。
 ゲイの映画監督もまた珍しくない。ヴィスコンティ、パゾリーニ、デレク・ジャーマン、ジェームズ・アイボリー、ガス・ヴァン・サント、ペドロ・アルモドバル、ローランド・エメリッヒ、・・・・・。本邦では橋口亮輔がカミングアウトしている。
 だから、作り手がゲイであるという観点でその作品についてあれこれ言うのはあまりに芸がない。
 しかし、観る者もまた同じセクシュアリティの持ち主であるときに、どうしたってゲイ的な部分を作品中に探してしまうのである。
 組合意識とでも言うべきか。
 で、木下恵介の作品は題材的にはほとんどゲイチックなものはない。ヴィスコンティが『ベニスに死す』を撮り、パゾリーニが『ソドムの市』を撮り、フランコ・ゼフィレッリの映画には若い男の裸のケツが必ず出てくるといったふうには、わかりやすい性的嗜好は見られない。むしろ抑圧・隠蔽している。男女の恋愛もの、家族ドラマ、文芸もの、戦争もの・・・木下監督の取り上げるテーマは大衆(=マジョリティ)の好みに即したもので、だからこその人気監督だったのである。唯一の例外が『惜春鳥』という作品らしい。これは日本最初のゲイ映画と言われている。(ソルティ未見)


 『夕やけ雲』も、貧乏のため船乗りになる夢をあきらめ、家業の魚屋を継がなければならなかった少年の物語で、貧しい庶民の生活と心情とがあたたかい眼差しで描かれている良品である。丁寧な語り口、節度ある確かな演出、豊かな演技。少年のやるかたない心が、まさに空を染める夕やけのように観る者の心に切なくも哀しく染み入ってくる。
 あえてゲイチックなところを言うならば、主人公の少年洋一と親友原田との仲のよさであろうか。学ラン姿の二人が手をつないで歩いているところなど(その握り合った手と手がアップにされるところなど)、思わずキュンとくる。
 しかし、それは作り手がゲイであることの決め手――決めてどうするという意見はあるが――となるほどのショット(絵)ではない。
 むしろ、自分がゲイっぽさを発見したのは、洋一の勝気な姉である豊子(=久我美子)の描かれ方にある。

 久我美子は、小津安二郎の映画に出てくるきれいなお嬢さん女優というイメージしかなかった。
 が、この映画では貧乏から脱出するために自らの若さと美貌を武器に金持ちの男を追いかける、強引でエゴイスティックな女を演じていて、それがまた非常にはまっている。この演技でブルーリボン助演女優賞を得たのも頷ける好演である。
 木下監督は、久我を綺麗に撮ってはいる。
 しかし、色気がないのである。着替えるシーンや鏡台に向かって化粧するシーン、ヒラヒラの純白のドレスを着るシーンなどが出てくるにも関らず、画面はまったく乾いている。男性監督が女優を撮るときに巧まずも滲み出て来るような艶がない。増村保造が若尾文子を、吉田喜重が岡田茉里子を、篠田正浩が岩下志麻を、小津安二郎が原節子を撮ったような具合では「おんな」を撮ってはいない。くだんのドレスのシーンなんか、久我そのものより久我の着ているドレスの美しさを強調したいかのようだ。 
 それはまさにゲイ的な女性の見方である。

 決めつけるのはまだ早い。
 木下作品は今ブームで、多くの作品がDVD化され、レンタルショップに並んでいる。
 ほかの作品で検証してみよう。
 
 
評価:B-

A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 
        「東京物語」「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
        「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」
        「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」
        「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」
        「スティング」「フライング・ハイ」
        「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」    

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
        「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」
        「ギャラクシークエスト」「白いカラス」
        「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
        「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」 
        「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」「ボーイズ・ドント・クライ」
    
C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
        「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
        「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
        「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!

 
 
 
 
 
 
 
  

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