ソルティはかた、かく語りき

東京近郊に住まうオス猫である。 半世紀以上生き延びて、もはやバケ猫化しているとの噂あり。 本を読んで、映画を観て、音楽を聴いて、芝居や落語に興じ、 旅に出て、山に登って、仏教を学んで瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

木暮実千代

● 映画:『お茶漬けの味』(小津安二郎監督)

1952年松竹。

 異色の小津作品という感じがする。
 スタイル的にではなく内容的に、である。
 スタイル的には、低い視点の固定カメラ、バストショットで鸚鵡返しの単調なセリフのやりとり、空ショットの多用、壺や茶筒など文物をセンターに、演じる人物を脇に配した画面作り・・・など、翌年の『東京物語』で完成を見た小津スタイルがここでも健在である。(ズームが使われているのはちょっと珍しいと思った。)
 内容的な異色とは、ひとことで言えば‘女臭い’映画という点である。
 
 小津作品はいつも男臭い。バンカラである。扱うテーマから言えば男臭さの権化と思える黒澤映画よりも、小津映画のほうが平均的には男臭いと自分(ソルティ)は思う。
 それはおそらく、作品の持つ‘ウェット感’が影響している。
 黒澤映画はどこかウェットである。別の言葉で言えば「人情的」である。小津映画は乾いている。黒澤がチャップリンとしたら、小津はバスター・キートンだ。『東京物語』のように家族間の人情を描くドラマであってさえ、観る者の感情移入を不思議と拒むところがある。それは、先にあげた対象から常に一定の距離を置く小津スタイルのためでもあろうが、根源的なところにあるのは小津安二郎のストイシズムなのではないかと思う。
 小津作品からはエロスが欠落している。少なくとも女のエロスが。なまめかしいのは、原節子でも三宅邦子でもましてや杉村春子でもなく、佐野周二(『父ありき』の息子役)であり、この作品の佐分利信であり、壺や茶筒の曲線や表面のツヤである。
 生涯結婚せずに母親と二人暮らしだったという小津監督のセクシュアリティには興味深いものがある。
 そんななか、この作品はウエット感がいつもより濃厚なのである。
 
 理由の一つは、主演の木暮実千代の艶にある。洋装、着物、浴衣、ファッションショーのように切り替わる木暮の艶やかにして凛としたいで立ちは、登場するだけで画面にツヤをもたらす。この‘女満開’オーラはさすがの小津スタイルも閉じ込めておけなかったようだ。
 木暮を中心に他の3女優――淡島千景、津島恵子、上原葉子(←加山雄三の母親!)――が競演し、女ばかりで温泉に出かけては酒を飲んで酔っ払ったり、野球観戦に行ったり、ことあるごとにそれぞれの亭主の愚痴をぶちまけたり・・・と、「女子会」の模様が頻繁に描かれているのも‘女臭い’理由の一つ。温泉の部屋の窓辺でしどけない浴衣姿でくつろぐ4人の周囲を、庭の池に反射した光の模様が揺らぎ遊ぶシーンなど、衣笠貞之助監督『歌行燈』を連想させるほどにはかなげに美しく、「小津監督もこんな細やかな新派風の演出ができるのか」と感嘆する。
 また、物語が終始女性視点、すなわち木暮実千代演じる妻・佐竹妙子の視点で描かれているのも‘女臭さ’の原因である。「女達の目から見た男(亭主)の仮の姿と真の姿」というのが、この映画の主題なのである。
 
 こういった毛色の変わった小津映画を面白く観ていたのだが、最後の最後で教条主義になってしまうのが残念。
 佐竹妙子は、鈍感でドン臭いと思っていた亭主・佐竹茂吉(=佐分利信)が、実は「器の大きな、地に足ついた男」であることを知って反省するというオチなのだが、それが「世の女性方よ。男を、亭主を見くびってはいかん。亭主を馬鹿にして、遊び惚けるのも大概にしなさい。」という説教になってしまって、台無しである。
 『戸田家の兄妹』(1941年)でもそうだが、教条主義に走ると小津映画は失敗する。もとがストイシズムなだけに、とたんに息苦しい、無味乾燥なものになってしまう。
 『東京物語』以後の作品は、教条主義を捨てたストイシズムによって万人の共感を得たのであろう。
 
 それにしても、撮影当時の佐分利信は43歳、木暮実千代は34歳。共に貫禄・風格十分の立派な大人である。
 いま、SMAPの中居君が43歳、宮沢りえが36歳。
 こうして比べると、戦後、日本人がいかに幼く(若く)なっているかが瞭然である。
 だからどう、というわけでもないのだが、映画を観ている間、佐竹茂吉(=佐分利信)を自分より年上に思い、「いぶし銀のような渋いお父さんだなあ」と憧れに近い魅力を感じていたのだが、実際は自分より10歳近くも年下なのである。

 なんだかなあ~。



評価:B-

A+ ・・・・めったにない傑作。映画好きで良かった。 
「東京物語」「2001年宇宙の旅」「馬鹿宣言」「近松物語」

A- ・・・・傑作。できれば劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」「スティング」「フライング・ハイ」「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」   

B+ ・・・・良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」「ギャラクシークエスト」「白いカラス」「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・純粋に楽しめる。悪くは無い。
「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」「ボーイズ・ドント・クライ」

C+ ・・・・退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・見たのは一生の不覚。金返せ~!!




● 木暮実千代と浦辺粂子 映画:『雪夫人絵図』(溝口健二監督)

1950年新東宝。

雪夫人絵図
 
 溝口健二が1952年の『西鶴一代女』から始まる怒涛の傑作連発期(『雨月物語』『祇園囃子』『山椒大夫』『噂の女』『近松物語』)に入る直前の作品である。世間的評価は良くなかったようだが、この翌年に撮った『お遊さま』『武蔵野夫人』同様、まぎれもなく溝口スタイルが刻印されている高い水準の映画である。
 
 溝口スタイルとはなにか。
1. 転落していく美しい女性(達)が主人公である。
2. それは恋愛相手の男から見て年上である(姉様)ことが多い。
3. 悲劇の結末が用意されている。
4. 自然描写とりわけ水(湖、川、海、雨)を背景とするシーンが象徴的である。

 溝口監督の生育歴なんか読むと、どうやらこの姉様と年下男の関係は、溝口自身と家計を助けるため芸者や妾になった溝口の姉との関係がオーバーラップされているらしい。つまり、シスコンだったのだ。
 それはともかく。
 見るべき味わうべきは、まず舞台となる熱海の景観である。
 50年代初頭の熱海はこんなにも美しかったのかと驚嘆する。『武蔵野夫人』でもそうだが、やはり美しい背景あっての恋愛悲劇である。光る海、霧の中の木立、木々の陰影、静かに波立つ湖面・・・風景がそのまま登場人物たちの心理描写となる。これが『源氏物語』の昔から続く、我が日本の伝統的な写実のありようだろう。そのテクニックを手中に収めた時から、溝口監督の国際的な快進撃が始まったと言うべきだ。
 とりわけ、水の使い方では溝口に並ぶ監督は古今東西そうそうにおるまい。ここでも山々に抱かれる熱海の海面や木立に潜む芦ノ湖の水面が、日常と非日常、現実と夢幻との境界のように映し出され、元華族である雪夫人(=木暮実千代)がその境界をさまよいつつ、現実に負けて、次第に非日常へと誘われていく道行きを象徴的に表している。
 
 木暮の演技が素晴らしい。
 生涯350本以上という映画への出演本数――それも黒澤、小津、溝口など巨匠作品に主役級で出演――と「ヴァンプ女優」と評された妖艶な姿態、そしてCM女優第一号という栄誉に比すと、現在の木暮実千代の名の低さは意外なほどである。悪役、純情可憐な主人公の敵役が多かったせいであろうか。
 『祇園囃子』での「芸は売っても身は売らぬ」の筋の通った気立てのいい芸者・美代春。『赤線地帯』での病弱の夫と幼い子供を抱え「なりふり構わず」生きていく強い娼婦・ハナエ。そして、愛人を平気で家に連れ帰ってくる酷い夫とどうしても別れることのできない元華族の弱い女・雪。育ちも環境も性格も異なる三人の女を、木暮は見事に演じ分けている。この演技力、昨今なかなか見られないレベルである。
 
 もう一人見るべきは、雪夫人の家の女中頭役で出演している往年の「おばあちゃん役者」浦辺粂子(1902-1989)である。このとき浦辺は50歳。女優業スタート時点から脇役一筋、間違っても元華族のおひい様役など回ってこない。この映画でも、後年耳についてはなれなくなる、あの独特の声と節回しで、雪を虐げる周囲の者たちをなじる。その姿は、自分(ソルティ)が子供の頃楽しんで観た榊原るみ主演のTVドラマ『気になる嫁さん』(1971-72年)の家政婦たま(「リキおぼっちゃま!」)にまで、地続きで繋がっている。
 間違ってもスター女優ではない。
 だが、記憶に残る女優である。
浦辺粂子

評価:B-

A+ ・・・・めったにない傑作。映画好きで良かった。 
「東京物語」「2001年宇宙の旅」「馬鹿宣言」「近松物語」

A- ・・・・傑作。できれば劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」「スティング」「フライング・ハイ」「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」   

B+ ・・・・良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」「ギャラクシークエスト」「白いカラス」「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・純粋に楽しめる。悪くは無い。
「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」「ボーイズ・ドント・クライ」

C+ ・・・・退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・見たのは一生の不覚。金返せ~!!



● 若尾文子礼讃! 映画:赤線地帯(溝口健二監督)

 1956年大映作品。

 いや、これは面白い映画である。
 一級のエンターテインメントと言っていい。
 さすが世界の溝口。


 タイトルからして社会派映画っぽいものを想像していた。
 なにせ「赤線地帯」である。
  1956年と言えば、「売春防止法」が公布され、赤線(公娼制度)が消えていく端緒となった年である。となると、赤線で働く女性たちの悲惨さや、売春や防止法をめぐる是非をテーマにした重苦しい映画を想像してしまうのも無理からぬではないか。しょっぱなに流れる黛敏郎によるテーマ曲も、「ゲゲゲの鬼太郎」に使ってもいいような、おどろおどろしいムンク風の曲なので、見終わった後に暗い気分になるのを覚悟していた。
 ところがどっこい。
 見終わった後の不思議な昂揚感。すっきり感。

 確かに赤線で働く女性たちの悲惨さはたっぷりと描かれている。
 吉原の「夢の里」で働く6人の娼婦たちの、そこで働くように追いやられたそれぞれの事情や、家族やお客とのやりとりをめぐる顛末を、ひとつひとつ丁寧に描き出しながら、一方で売春防止法制定前夜の国会での論議や吉原の雰囲気をからませて、物語はすすんでいく。86分という短い時間でそれをさばき切った脚本がすばらしい。
 しかしながら、後に残るのは、娼婦たちへの同情や、売春の是非や、理不尽な世の中に対する苛立ちなどではなく、女の強さ、たくましさ、したたかさ、愚かさ、一途さ、哀れさ、そして女同士の連帯の強さである。
 「やっぱり女性は強い」と恐れ入って、讃嘆して、DVDを取り出すことになる。

 溝口監督が描きたかったのもそこであろう。映画人生の最後の最後まで(これが遺作である)女性をこそ描きたかったのだ。
 そして、素の女性、ナマの女性、ありのままの女性の姿が一番出ているのが、娼婦であり、赤線地帯なのである。 「捨てるものなんか何もない、見栄も体裁もかまっていられるかい」という状況において、女性は本来の女性性をあらわし、自分にとって一番大切なものを浮き彫りにする。それは、ある女にとっては病気の夫と赤ん坊であり、ある女にとっては故郷にいる息子であり、ある女にとっては享楽であり、別の女にとってはお金である。それがある限り女性は生きられる。男なら、とっくのとうに自尊心を失って破滅しているであろう一線をはるかに超えて。
 自殺未遂をした結核持ちの夫と赤ん坊を一人で食わしているハナエ(木暮実千代)の啖呵が耳に残る。
 「私は絶対生きてやるんだ。赤線を廃止して、私らから仕事を奪って、そのあとの私がどうなるか。どんな風に生きてみるか、自分の目で確かめてやる。」

 つ・つよい・・・・・・・。
 
 『西鶴一代女』は、運のない女が転落していく様を描いた作品であった。
 田中絹代演じる主人公は、御所づとめの身分から始まって、大名の側室、遊郭の人気太夫、三味線弾きの乞食と身を落としていき、最後はやはり娼婦(夜鷹)となって夜の街で客を引く。仲間の夜鷹たちと冗談めかして交わすセリフがふるってる。
 「人間どう生きたって結局おんなじだもんね~。」


 ここなのだ。
 この心境に至れるところに彼女たちの強さの秘密があるように思う。
 それは一種の開き直りなのか、諦念なのか、負け惜しみなのか、自暴自棄なのか。それとも、現実を見切った末に達した生活哲学なのか。
 男は捨てられないものを多く持っている。その最たるものがプライドである。昔から男たちはプライドを無くすよりは、自死を選んできた。
 女にもプライドはあろう。だが、プライドでは「食えない」という当たり前の事実を無視しない。女はもっと大切な具体的なものを優先させる。愛する男であったり、子供であったり、食べ物であったり、いのちであったり・・・。そして、女は連帯することができる。

 どうあがいても男に勝ち目はない。


 自分が潔く認めた負けの分だけ、この作品は暗さ・重さから救われるのだろう。


 それにしても、若尾文子は当時23才。
 本当に美しい。
 いまどきの23才とは比較にならない品と落ち着きとあだっぽさがある。豪華で練達な共演女優陣に伍して、したたかな女を演じてヒケを取るところまったくなし。すばらしい。
 55年後のいま。
 愛されまくりの「バロック」の夫(黒川紀章)が亡くなったあと、どうなるかと思ったけれど、前にも増して自由に活躍しているのは知ってのとおり。ソフトバンクのCMでは白戸家の一員として、孫ほどの男と再婚し家族を驚かせ、ロックバンドではノリノリでサックス吹いて・・・。これが、CMでなく実生活であっても驚くに値しない。
 今まで演じてきた何百もの女~しとやかにして、したたかな~の仮面が素に張りついて、もはや仮面でも素顔でもなくなっている、そんな境地にいるかのように思える。

 溝口監督、増村監督もきっとご満悦だろう。




評価: A-


参考: 

A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 
         「東京物語」 「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
         「風と共に去りぬ」 「未来世紀ブラジル」 「シャイニング」 「未知との遭遇」 
         「父、帰る」 「フィールド・オブ・ドリームス」 「ベニスに死す」 「ザ・セル」
         「スティング」 「フライング・ハイ」 「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」
         「フィアレス」 ヒッチコックの作品たち

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
         「アザーズ」 「ポルターガイスト」 「コンタクト」 「ギャラクシークエスト」 「白いカラス」 
         「アメリカン・ビューティー」 「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
         「グラディエーター」 「ハムナプトラ」 「マトリックス」 「アウトブレイク」
         「タイタニック」 「アイデンティティ」 「CUBU」 「ボーイズ・ドント・クライ」 
         チャップリンの作品たち   


C+ ・・・・・ 退屈しのぎにはちょうどよい。レンタルで十分。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
         「アルマゲドン」 「ニューシネマパラダイス」 「アナコンダ」 「ロッキー・シリーズ」

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ~。不満が残る。 「お葬式」 「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
         「レオン」 「パッション」 「マディソン郡の橋」 「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。もう二度とこの監督にはつかまらない。金返せ~!!



記事検索
最新記事
月別アーカイブ
最新コメント
ソルティはかたへのメッセージ

ブログ管理者に非公開のメッセージが届きます。ブログへの掲載はいたしません。★★★

名前
メール
本文