0121941年松竹映画。

 まずは音の悪さにがっかり。
 古いフィルムだから仕方ないのだが、こうしてみると、映画という表現形式は文学や音楽にくらべると、非常に脆いものであることが知られる。
 文字や楽譜は新たに書き写して、作品を元通りに再現することができる。作品そのものが失われる心配はまずない。絵画や彫刻や建築物も時の浸食を受けやすいけれど、フィルムの方が脆弱性では勝っていよう。500年前の絵画は今も残っていて鑑賞することができるけれど、わずか60年目のフィルムでさえ、途中で観るのを止めようかと思うほどの劣化ぶりである。
 もちろん、現在では作品をきれいなままデジタル化して保存もコピーもできるようになった。けれど、DVDは電気がなくなれば単なる円盤に過ぎなくなる。

 とは言え、やはり小津映画。観る価値は十分にある。
 構図の見事さ、日本家屋や女性の着物姿の美しさ(それをもっとも感得させるのが葬儀のシーンであることは奇妙である)、人の消えたショットの含蓄ぶり、セリフ回しの品の良さ、家族内で起こるちょっとしたすれ違いにドラマを生み出す冴えた演出(高峰三枝子演じる三女が、義姉に夜ピアノを弾くのを止めるよう頼みに行くシーンなど、凡百のサスペンス映画が吹っ飛ぶほどのドキドキ感がある)。8年後の『晩春』から始まる小津絶頂期の序章をここでは確認することができる。

 あらすじから言っても、この作品は『東京物語』(1951年)の雛型であろう。
 名士であった夫の急死と共に屋敷を失った後、肩身の狭い思いをしながら娘や息子の家を転々とする年老いた妻(葛城文子)と三女(高峰三枝子)。その不憫な姿は、『東京物語』の上京した老夫婦(笠智衆と東山千栄子)の姿に重なる。
 長男の家でも長女の家でも厄介者扱いされて、行き場を失った二人は、『東京』では熱海の旅館に、『戸田家』では鵠沼の荒れた別荘に追いやられる。二人に親切にする唯一の人間として、『東京』では原節子演じる義理の娘の紀子、『戸田家』では佐分利信演じる次男昌次郎とが配される。
 『戸田家』では、母と娘は、昌次郎と共に大陸で暮らすことに決まり、ハッピーエンドとなるが、それだけにそこに至るまでの他の兄妹の邪険な仕打ちは無情に描き出される。父親の一周忌に集まる兄妹の面々を非難する昌次郎の矛先も容赦ない。親の恩を忘れ、年老いた親を大切にしない身勝手な子供たちに対する小津監督自身の怒りが爆発している感がある。戸田家の兄妹たちが名門を鼻にかけていることも怒りを増幅する効果がある。
 一方、『東京』はどうだろう?
 設定こそ似ているが、ここでは最早、身勝手な娘や息子に対する怒りはほとんど感じられない。『戸田家』と違い、一族が日々の生活に追われる庶民であることにもよるが、子供には子供の生活があり、家庭があり、仕事があり、日々の雑事がある。そんな中、親の居場所はつくりたくてもつくれないのである。決して恩知らずなわけではない。老夫婦に親切な紀子が、戦争で夫を亡くした寡婦であり、子供の持たない身であることは、偶然ではあるまい。新しい自分の家族を持つことは、生まれ育った古い家族を捨てることなのだ。

 すべて動物は我が子の面倒を見るようプログラミングされている。それは種の保存に関わる本能である。
 しかし、自分を生み育ててくれた親を死ぬまで面倒を見る動物はいない。それはそもそも本能に書き込まれていない行為なのである。
 唯一、人間だけがその行為をやることができる。本能でなく、文化として位置づけたことによって。(もちろん、愛も感謝も恩も義理も文化である)

 『戸田家』ではこうした一つの文化が時代と共に失われていくことを嘆き憤った小津が、『東京』ではある種の諦観と受容において映画を撮っているように思える。
 それとともに、『戸田家』ではほとんどない自然描写が、『東京』では頻繁に取り入れられる。生いること、老いること、別れること、死ぬこと。あたかも、人間も自然も同じ宿命のうちにあると達観しているかのように。

 文化が壊れていくことの焦りと憤りは、わずか12年の歳月を経て、哀しみと諦念に変わった。
 1941年から1953年。
 その間に小津監督自身に何があったかは知るよしもない。
 何が日本にあったかは言うまでもない。



評価: B-

参考: 

A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 

「東京物語」 「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。

「風と共に去りぬ」 「未来世紀ブラジル」 「シャイニング」 「未知との遭遇」 「父、帰る」 「フィールド・オブ・ドリームス」 「ベニスに死す」 「ザ・セル」 「スティング」 「フライング・ハイ」 「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」 「フィアレス」 ヒッチコックの作品たち

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。

「アザーズ」 「ポルターガイスト」 「コンタクト」 「ギャラクシークエスト」 「白いカラス」 「アメリカン・ビューティー」 「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。

「グラディエーター」 「ハムナプトラ」 「マトリックス」 「アウトブレイク」 「タイタニック」 「アイデンティティ」 「CUBU」 「ボーイズ・ドント・クライ」 チャップリンの作品たち   

C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)

「アルマゲドン」 「ニューシネマパラダイス」 「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ~。不満が残る。

「お葬式」 「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった

「レオン」 「パッション」 「マディソン郡の橋」 「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!