日時  8月29日(土)昼の部(14~17時)
会場  池袋演芸場
演者と演目
1. 前座 柳家小かじ 「道灌」
2. 落語 柳亭市弥 「元犬」
3. 落語 春風亭柳朝 「悋気の独楽(りんきのこま)」
4. 紙きり 林家楽一
5.落語 入船亭扇好 「宮戸川」
6. 落語 柳家小ゑん 「顔の男」
7. 落語 柳家三三 「高砂や」
8. 落語 台所鬼〆 「たがや」
9. 落語 柳家小満ん 「幽女買い」
10. 三味線漫談 三遊亭小円歌
11. 落語 林家正蔵 「心眼」

 寄席の定席番組を最初から最後までしっかり聞いたのは初めてであるが、すっかり満腹になった。丸々三時間、磨かれた芸に生で接し、笑ってしんみりして(ちょっと眠って)楽しんで、これで2000円とはお得である。
 100席近くある客席は満員御礼。客層は老若男女バランスよい。人々の興味関心が多様化し、娯楽のタコツボ化が進んでいる現代、これだけ世代・性別・職業・セクシュアリティ(?)多様な観客が集まるのは奇跡と言っていいだろう。音楽コンサートや映画や劇場ではこうは行かない。
 今、落語が熱い・・・!?
 
 一番のお目当ては、むろん柳亭市弥である。
 並み居る実力派真打ち達に混じって、いの一番に登場したイケメン市弥。あいもかわらぬ‘水もシタタル’色男ぶりと一瞬にして敵の戦意を失わせる愛くるしい笑顔で、固かった場内の空気を瞬く間にほぐしてしまう。トップバッターとしては文句の無い働きぶり。
 何の因果か人間に変身した白い犬の職探しをユーモラスに描いた「元犬」は、市弥自身がまさに尾っぽをしきりに振る犬っぽい(それも白犬っぽい)雰囲気を持っているので、まったく演者にどんぴしゃりの演目である。犬だったときの習癖で思わず立ち上がって「ちんちん」してしまう若衆を演じる市弥のなんとも色っぽいこと。思わず赤面してしまうのはなぜ???
 あとに続く真打ち達(上記3~7)は、みな聞くのは初めてであった。
 やっぱりみな上手である。人前で金取って話すだけのことはある。しかもみな若くて脂が乗っている。甲乙つけがたい芸の競い合いであった。
 中で目立ったのは、6番の柳家小ゑん。鉄道や天体観測や日曜大工が好きなオタク系の噺家らしいが、その嗜好を十分生かした創作落語を披露している。同好の士にはたまらない喜びであろう。しかも、オタクを馬鹿にしたり卑下したりすることなしに客観化して笑いに変えてしまい、オタクでない観客たちからも笑いをとれるあたりに知的センスを感じる。演目「顔の男」は、顔の表情だけで(声を出さずに)ネタを注文するのが決まりとなっている寿司屋の話。独創性が素晴らしい。
 
 トリは林家正蔵。
 生で聞くのは(見るのも)初めてである。
 自分の世代では、パツンパツンの白いズボンが今にもはち切れそうな二木ゴルフのCMと、子供向け料理番組『モグモグGOMBO』(1993年4月?2003年9月)でヒロミ(伊代ちゃんの亭主)に徹底的にいじめられるキャラとしての‘こぶ平’イメージがいまだに強い。
 芸能界名うての‘愛され(いじられ)キャラ’であることは間違いない。
 正蔵を襲名して10年、ずいぶん精進したという話は聞いているが、本職の落語のほうは実際どうなのだろう?
 
 「心眼」は盲の按摩・梅喜(ばいき)が主人公の人情話で、途中梅喜の可哀想な境遇に同情してしんみりするところがある。笑いはむしろ控えめである。
 なので今回は、正蔵の笑いを取る実力については判明できなかった。
 話の運び方や演技は、真打ちの名に恥じないものだと思う。場内をしんみりさせる力はたいしたものである。テレビドラマや映画に出演したり、声優をつとめたりしているのが、肥やしになっているのだろう。
 だが、なによりも特筆すべきは、正蔵の醸し出す‘色気’である。艶っぽさである。芸の技術的なところでは、他の真打ち達と互角あるいは(もしかしたら)やや劣るのかもしれないけれど、身にまとった艶っぽさはどうしても視線を集めずにはおかない。これが芸能人オーラーなのか。
 その吸引力でもって観客の心を引きつけ、観客と気で交流し、一体化する。これはやはり持って生まれた才能であろう。単に親の七光りだけでは厳しい芸能界で生き残れるわけが無い。(関口宏や松方弘樹や明石家さんまやビートたけしの子供たちを見よ!)
 真打ちともなれば、実力伯仲は当然である。だれだって上手い。そのなかで群を抜いた人気噺家になるには、実力プラス‘何か’が必要なのだろう。それは演技が一級で付属の劇団では主役クラスの俳優が、必ずしもテレビや映画に出て成功するとは限らない、ってのと同様である。
 本日の出演者で、そうした‘色気’をまとっているなあ~と自分が感じたのは、正蔵と市弥と‘紙きり’芸人の林家楽一であった。