ソルティはかた、かく語りき

東京近郊に住まうオス猫である。 半世紀以上生き延びて、もはやバケ猫化しているとの噂あり。 本を読んで、映画を観て、音楽を聴いて、芝居や落語に興じ、 旅に出て、山に登って、仏教を学んで瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

横溝正史

● 勝気と狂気、あるいはマクベス夫人がここにいた! 映画:『悪霊島』(篠田正浩監督)

公開 1981年
原作 横溝正史
製作 角川春樹事務所
撮影 宮川一夫
上映時間 131分
キャスト
  • 金田一耕助/鹿賀丈史
  • 磯川警部/室田日出男
  • 三津木五郎/古尾谷雅人
  • 越智竜平/伊丹十三
  • 巴御寮人・ふぶき/岩下志麻
  • 真帆・片帆/岸本加世子
  • 刑部守衛/中尾彬
  • 刑部大膳/佐分利信
  • 吉太郎/石橋蓮司

 実に35年ぶりに観たのだが、そんなに久しぶりの気がしない。
 
 それはこの映画のあるシーンのインパクトが強すぎて、その後の35年間、何気ないきっかけからふとそのシーンが眼前に蘇えることが度々あったからである。そのシーンを悪夢でも見るかのように反芻してきた結果、映画『悪霊島』の記憶はソルティの中で、鮮烈なままにある。
 
 そのシーンとは・・・・・
 耳について離れない不吉で忌まわしい調子のコピー「鵺(ぬえ)の泣く夜は恐ろしい」――ではない。
 切り離された裸の片腕を咥えて犬が村中を走り回るシーン、でもない。
 目を背けたくなるほどにグロい岸本加世子の惨殺死体、でもない。
 気の触れたふぶきを演じる岩下志麻がしどけなく開いた着物の裾から片手を入れて自慰にふけるシーン、でもない(こんな衝撃的な場面があったことを今回見るまで忘れていた!)。
 むろん、とっちゃん坊や風の角川春樹が端役で登場する冒頭のジョン・レノンの死を伝えるニュースのシーン、でもない。
 
 ラストの岩下志麻の‘狂乱の場’がそれである。

 海水がひたひたと底を洗う、岩壁に幾たりかの男の骸(むくろ)が蜘蛛の餌食のごとく飾られた洞窟の暗闇。20年前に自らが産み落とし発作的に殺めた赤子――腰のところでくっ付いたシャム双生児――の骸骨を、いささか鼻にかかった粘着質な甲高い声で、「太郎丸~、次郎丸~」と狂おしく叫びながら、髪も着物も振り乱し、地面に這い蹲り、血眼になって探し回る巴御寮人(=ふぶき)の姿が、そして役に没入した岩下志麻の一線を超えた鬼気迫る演技が、強烈な印象を残したのである。

 岩下志麻と言えば、『極道の妻たち』、『鬼畜』、『紀ノ川』、『切腹』ほか沢山の名作に出演し、たくさんの印象に残る演技を披露している大女優である。ソルティは、彼女の代表作とされる『心中天網島』および『はなれ瞽女(ごぜ)おりん』を観ていないので断言は控えるが、今のところ、岩下志麻の女優としての凄さを一番感じてしまうのが、この『悪霊島』なんである。
 おそらく彼女自身の中では、あるいは実生活上のパートナーでもある篠田監督の中では、70年代末に降って湧いたように訪れた横溝正史ブームに便乗するように企画・製作されたこの映画について、記憶の底のほうに埋もれてしまうほどのマイナーな価値しか感じていないかもしれない。実際、映画の出来自体は、たとえ往年の名キャメラマン宮川一夫の安定した職人技による支えがあるにしても、あるいは、佐分利信の存在感、室田日出男のいぶし銀、石橋蓮司の殺気、岸本加世子の天真爛漫をもって味付けに工夫しているにしても、成功作とは言い難い。同じ金田一耕助ものなら、野村芳太郎の『八つ墓村』(1977)や市川崑の『犬神家の一族』(1976)のほうが断然面白く、完成度が高い。
 
 しかし、岩下志麻という日本映画史に残る大女優の美貌と貫禄、「勝気と狂気」の演技において存分に発揮される他の女優には替えがたい個性的魅力を、40歳の円熟した色気が発散するままに艶やかにフィルムに移し撮った記念碑的作品として、『悪霊島』は決して軽んじてはならないと思うのである。
 
 勝気と狂気――。
 岩下志麻なら、理想的なマクベス夫人を演じられたであろうに・・・。




評価:B-

A+ ・・・・めったにない傑作。映画好きで良かった。 
「東京物語」「2001年宇宙の旅」「馬鹿宣言」「近松物語」

A- ・・・・傑作。できれば劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」「スティング」「フライング・ハイ」「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」   

B+ ・・・・良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」「ギャラクシークエスト」「白いカラス」「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・純粋に楽しめる。悪くは無い。
「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」「ボーイズ・ドント・クライ」

C+ ・・・・退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・見たのは一生の不覚。金返せ~!!




● 映画:『灼熱の魂』(ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督)

 2010年カナダ映画。

 原題のIncendiesは「火事」という意味らしい。
 原題も邦題もあまりセンスが良いとは思えないし、作品の内容に合っているとも思えない。
 と言って、ではどんなタイトルがこの作品にふさわしいかを考えた時に、「う~む・・・」と腕を組んで唸ってしまわざるを得ない、そんな作品である。


 一言で言えば、「一人の母をめぐる恐ろしい愛の物語」ということになる。
 双子の姉弟が辿る亡き母の秘められた過去への旅、という意味でミステリーの範疇に入るのであるが、戦火の中東を舞台にしたドラマの壮大さと驚愕の結末は、この作品を一挙に叙事詩とも悲劇とも言いうる領域に押し上げる。
 とりわけ、思い出さざるを得ないのはギリシア悲劇『オイディプス』である。(オイディプスという名前は「腫れた踵」という意味がある。)


 運命の不条理に弄ばれる人間の脆弱さ、と共に、運命を甘んじて受け入れつつ愛することを全うする人間の(母親の)限りない強さ。
 
 というふうに「運命」という言葉を(二度も!)用いざるをえないほどに、この作品は深甚なのである。

 もう一つ思い出したのは邦画で『悪魔が来たりて笛を吹く』であった。
 ギリシア悲劇と横溝正史とは、思いがけない組み合わせであるが、考えてみると、上記の文は、まさに『犬神家の一族』や『悪魔の手鞠唄』にもあてはまるではないか。横溝作品とは、日本版ギリシア悲劇なのかもしれない。


 これ以上、ネタばれは避けるべきだろう。
  
 ただ、見終わった後に自問してほしい。
 登場人物の中で誰が一番つらいだろうか、と。
 母親か。双子の姉弟か。姉弟の父親か、それとも姉弟の兄か。
 そして、なぜそう思うのか。


 自分は双子の姉弟が一番つらいと思ったのだが、それは横溝的なものに象徴される日本の風土に洗脳されているからかもしれない。


 何を言っているのか、よく分からん?


 まずは映画を観てほしい。
 見ごたえのある映画であることは保証する。



評価:B+

A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 
        「東京物語」「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
        「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」
        「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」
        「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」
        「スティング」「フライング・ハイ」
        「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」
        ヒッチコックの作品たち

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
        「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」
        「ギャラクシークエスト」「白いカラス」
        「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
        「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」 
        「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」
        「ボーイズ・ドント・クライ」
        チャップリンの作品たち   

C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
        「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」
        「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
        「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
        「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!


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