ソルティはかた、かく語りき

東京近郊に住まうオス猫である。 半世紀以上生き延びて、もはやバケ猫化しているとの噂あり。 本を読んで、映画を観て、音楽を聴いて、芝居や落語に興じ、 旅に出て、山に登って、仏教を学んで瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

泉鏡花

● 愉快いな(おもしろいな):泉鏡花「化鳥」展(丘の上APT兒嶋画廊@国分寺)


おもしろいな、おもしろいな、お天気が悪くって外へ出て遊べなくってもいいや、笠を着て、蓑を着て、雨の降るなかをびしょびしょぬれながら、橋の上を渡ってゆくのは猪だ。(『化鳥』)


 JR中央線国分寺駅南口から10分ほど歩いたところに「丘の上APT兒嶋画廊」という個人運営のギャラリーがある。洋画家・児島善三郎(1893-1962)の孫にあたる兒嶋俊郎という人が代表をつとめている。
 「丘の上APT」という名のとおり、ギャラリーに続く石段を登りきって振り返ると、谷間となった家々の向こうに国分寺駅付近のビルディングが林立しているのを眺めることができる。
 この谷間こそ、大昔多摩川によって浸食され作られた国分寺崖線いわゆるハケであって、今はその谷底を密集する住宅街を縫いながら野川が流れている。 

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 はじめてこのギャラリーを訪ねることにしたのは、泉鏡花の短編『化鳥(けちょう)』をテーマにした作品展のチラシを家の近くのギャラリーで見かけ、惹かれるものがあったからである。
 『化鳥』は泉鏡花が23歳のときに発表した作品で、口語体で書かれている上に、語り手が少年であることも手伝って、鏡花の小説の中ではもっとも読みやすい。少年が周囲の人間をいろいろな動植物に見立てる‘おもしろい’趣向、橋のたもとの粗末な小屋に住む貧しい母と子の深い愛情。こういった要素が幸いして、大層美しい絵本にもなっている。(絵を描いているのは中川学という浄土宗の僧侶)

 ギャラリーはすぐにそれと分かる奇抜な概観で、ちょっと芝居小屋を思わせる。中はそれほど広くないが、靴を脱いで上がるような落ちつける空間で、ロフトに上るための木の階段がシックである。庭もまた展示空間となっていて、生垣の緑と国分寺の空とお伽噺に出てくるお菓子の家のような楽しいデザインの住居に囲まれた開放的な空間に、なんだかわからない銀色の物体が浮かんでいた。これも鳥か?
 たまにふらりと来て、ゆったりした時間を過ごすのに恰好のギャラリーである。
 
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 今回の化鳥展は『化鳥』をモチーフとして、複数のアーティストたちの作品(古布と奇木と絵画)をレイアウトし、鏡花の世界を現出しようと試みたものと言えよう。物語の中に出てくるキャラクターや背景だとすぐに判る作品もあれば、物語とは直接関係ないが鏡花らしい雰囲気(幽玄)を醸し出している作品もある。
 総じて、‘おもしろい’展示であった。 

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 ところで、『化鳥』に出てくる母子は、橋のたもとに住み、通行人から橋の使用料をもらって生計を立てている。
 橋のあちらには裕福な者たちが住み、こちらには貧しい者たちが住む。

 ちょうど市(まち)の場末に住んでる日傭取、土方、人足、それから、三味線を弾いたり、太鼓を鳴らして飴を売ったりする者、越後獅子やら、猿廻しやら、附木を売る者など、唄を謡うものだの、元結よりだの、早附木の箱を内職にするものなんぞが、目貫(めぬき)の市へ出て行く往帰りには、是非母様(おっかさん)の橋を通らなければならないので、百人と二百人づつ朝晩賑やかな人通りがある。(泉鏡花『化鳥』、以下同)

 この記述から察するに、この橋は両界にかかる橋、すなわち被差別部落と一般地域とをつなぐ橋(分ける橋)なのであろう。物語の主要人物に‘一般人’から冷たい仕打ちを受けて身の程を嘆き、職を捨てる猿廻しが登場する。猿廻しは被差別の民であった

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 母親はその昔被差別部落のある側で立派な家の奥方として裕福に暮らしていたが、落ちぶれて、夫を亡くし、人から散々苛められ、今はこのような物乞いすれすれの暮らしをしている。
 そんな母親が身に着けた処世訓が、「人を人と思わずに、獣(けだもの)と思いなさい。人だと思うからこちらも(期待する分)苦しくなる。はじめから獣だと思っていれば、どうってことない」というものである。それを年端のゆかない息子に教えている。

 人に踏まれたり、蹴られたり、後足で砂をかけられたり、苛められて責(さいな)まれて、煮湯を飲ませられて、砂を浴びせられて、鞭打たれて、朝から晩まで泣通しで、咽喉がかれて、血を吐いて、消えてしまいそうになってる処を、人に高見で見物されて、おもしろがられて、笑われて、慰みにされて、嬉しがられて、眼が血走って、髪が動いて、唇が破れた処で、口惜しい、口惜しい、口惜しい、口惜しい、畜生め、獣めと始終そう思って、五年も八年も経たなければ、ほんとうに分ることではない、覚えられることではない・・・・

 物心つくころより、やさしい母親の膝下でこの処世訓を寝物語のように聞かされてきた主人公は、それをしっかり身につけ、自分に冷たく当たる道行くお偉いさんや学校の先生はじめ世の人々を「動物や鳥や植物」に見立てる習慣を会得している。まるでゲームのようにそれに興じている。
 それが「おもしろいな、おもしろいな」という子供らしい呟きの正体なのである。

 

 

● 映画:『日本橋』(市川崑監督)

 1956年大映作品。

 原作は泉鏡花。(いま気づいたが泉鏡花と小泉今日子は似ている。キョンキョンの後ろに無意識に日本的幻想性を錯覚し、彼女を上げ底していたのか)
 やはり最大の娯しみはスター女優の美しき競演にある。
 主役の淡島千景はこれまで注目したことのない女優であった。下手すると、国会議員で大臣まで務めた扇千景と混同してしまう。二人ともに宝塚出身であるし。ウィキによると、10歳近く年下の扇千景が、尊敬する先輩である淡島から名前をもらったようである。『渡る世間は鬼ばかり』にも出演していたらしいが、どうも記憶にない。
 今回若い頃の主演作をはじめて見て、演技の上手さに感嘆した。気風がよくて情の強い、好きな男の前では少女のように一途で可愛い芸者・お孝を艶やかに演じている。着物の着こなしや立ち居振る舞いも見事で、古き日本女性の美を感得させるに十分だ。
 ライバル清葉を演じる山本富士子の美貌は言わずもがな。特にすっと通った鼻梁の高貴さは、現代に至るまで他の女優と混同されることを許さないトレードマークと言える。
 そして、芸者見習いお千世役の若尾文子。なんて可愛いのだろう。同年に撮られた『赤線地帯』(溝口健二監督)では吉原遊郭で一番人気の娼婦をしたたかに艶やかに演じている。あどけなさの残る可愛らしい少女と、男を手玉に取るマキャベリな女。そのどちらも作為なく演じきれるところが若尾文子の女優としての魅力であろう。この映画では後年若尾を演技派女優に磨き上げた増村保造が助監督を務めている。
 
 自分世代(60年代生まれ)では、市川崑と言えば石坂浩二主演の金田一耕介シリーズがまず連想される。この映画を観ているとなんだか『犬神家の一族』(1976年)と重なるのである。いや、『犬神家』がこの『日本橋』のパロディだったのかと思われるのである。
 たとえば、主役のお孝(=淡島)が毒を飲んで自害するシーンは、どうしたって犬神松子(=高峰三枝子)の白くなった唇の最期を思わせる。お孝の恋人葛木(=品川隆二)が出家姿で町を去るシーンは、事件解決後に小汚い帽子をかぶって村を一人去ってゆく金田一耕介を思わせる。二人に共感的な警察官笠原(=船越英二)のバンカラ的ふるまいは、「よ~し、わかった」と手を打つ警察署長の加藤武を思わせる。惨殺されるお千世のいたましい着物姿は、わらべ唄に合わせて次々と惨殺されていく『悪魔の手毬唄』の娘たちや『獄門島』の浅野優子を思わせる。映画の冒頭でタイトルクレジットが出る直前の、亡くなった芸者の幽霊出現に驚く芸妓たちのショットも、湖や時計台で死体を発見して驚く若い女中のショットと重なる。
 どうも型が共通なのである。
 その理由を泉鏡花と横溝正史の類縁に求めるべきか。市川監督のフォークロア的あるいは絵柄的好みと見るべきか。それとも市川の細君で両作品の脚本を担当している和田夏十のせいなのか。
 いずれにせよ、劇画チックな派手さ、面白さというのが市川監督の人気の秘密のような気がする。



評価:B-

A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 
        「東京物語」「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
        「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」
        「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」
        「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」
        「スティング」「フライング・ハイ」
        「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」     

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
        「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」
        「ギャラクシークエスト」「白いカラス」
        「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
        「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」 
        「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」「ボーイズ・ドント・クライ」

C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
        「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
        「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
        「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!


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