ソルティはかた、かく語りき

東京近郊に住まうオス猫である。 半世紀以上生き延びて、もはやバケ猫化しているとの噂あり。 本を読んで、映画を観て、音楽を聴いて、芝居や落語に興じ、 旅に出て、山に登って、仏教を学んで瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

淡島千景

● 三國連太郎は立派な男です 映画:『善魔』(木下惠介監督)

1951年松竹。

 昭和の名優三國連太郎のデビュー作。このときの役名がそのまま芸名になった。
 共演は、やはり名優にして暗き瞳のダンディな森雅之と、名優にしてコケティッシュな瞳が蠱惑的な淡島千景。そして、永遠の朴訥にして泰然自若たる笠智衆。
 この存在感抜群な4人の演技合戦が最大の見物である。物語自体は出来は良くないし、一瞬社会派ドラマあるいはドストエフスキーばりの形至上学を匂わせる「善魔」というテーマの描き方も不発で、木下恵介の得意とするのは喜劇や風刺劇や人情劇であっても社会派ドラマや不条理劇ではない、ということを改めて認識する。ちなみに、善魔とは「人は善を貫くために時に魔の心を必要とする」といった意味合いの造語である。
 
 4人の演技合戦と書いたが、勝負ははじめから明白である。森雅之と淡島千景が圧倒的にいい。演技は巧いし、滴るようなデカダンの魅力に終始惹きつけられる。
 新人の三國連太郎が演技下手なのは仕方ないが、驚くのは我らが笠智衆も匹敵するくらい下手なんである。まったく、この作品が小津安二郎『晩春』(1949年)のあとに撮られているとは信じられない。『晩春』における笠の名演がウソのよう。小津マジックによって‘名優’と勘違いされたのは、実は原節子以上に笠智衆なのだと思う。
 もちろんソルティは原節子も笠智衆も大好き。三國連太郎も。
 スターの一番の魅力とは、演技力でなくて、醸し出す雰囲気(=個性)にある。
 新人の三國連太郎がまれに見るスター性を有しているのを確認できること。それがこの作品を観る価値あるものにしている最大の理由である。



評価:B-
 
A+ ・・・・めったにない傑作。映画好きで良かった。 
「東京物語」「2001年宇宙の旅」「馬鹿宣言」「近松物語」

A- ・・・・傑作。できれば劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」「スティング」「フライング・ハイ」「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」   

B+ ・・・・良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」「ギャラクシークエスト」「白いカラス」「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・純粋に楽しめる。悪くは無い。
「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」「ボーイズ・ドント・クライ」

C+ ・・・・退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・見たのは一生の不覚。金返せ~!!



 
 
 

● 映画:『お茶漬けの味』(小津安二郎監督)

1952年松竹。

 異色の小津作品という感じがする。
 スタイル的にではなく内容的に、である。
 スタイル的には、低い視点の固定カメラ、バストショットで鸚鵡返しの単調なセリフのやりとり、空ショットの多用、壺や茶筒など文物をセンターに、演じる人物を脇に配した画面作り・・・など、翌年の『東京物語』で完成を見た小津スタイルがここでも健在である。(ズームが使われているのはちょっと珍しいと思った。)
 内容的な異色とは、ひとことで言えば‘女臭い’映画という点である。
 
 小津作品はいつも男臭い。バンカラである。扱うテーマから言えば男臭さの権化と思える黒澤映画よりも、小津映画のほうが平均的には男臭いと自分(ソルティ)は思う。
 それはおそらく、作品の持つ‘ウェット感’が影響している。
 黒澤映画はどこかウェットである。別の言葉で言えば「人情的」である。小津映画は乾いている。黒澤がチャップリンとしたら、小津はバスター・キートンだ。『東京物語』のように家族間の人情を描くドラマであってさえ、観る者の感情移入を不思議と拒むところがある。それは、先にあげた対象から常に一定の距離を置く小津スタイルのためでもあろうが、根源的なところにあるのは小津安二郎のストイシズムなのではないかと思う。
 小津作品からはエロスが欠落している。少なくとも女のエロスが。なまめかしいのは、原節子でも三宅邦子でもましてや杉村春子でもなく、佐野周二(『父ありき』の息子役)であり、この作品の佐分利信であり、壺や茶筒の曲線や表面のツヤである。
 生涯結婚せずに母親と二人暮らしだったという小津監督のセクシュアリティには興味深いものがある。
 そんななか、この作品はウエット感がいつもより濃厚なのである。
 
 理由の一つは、主演の木暮実千代の艶にある。洋装、着物、浴衣、ファッションショーのように切り替わる木暮の艶やかにして凛としたいで立ちは、登場するだけで画面にツヤをもたらす。この‘女満開’オーラはさすがの小津スタイルも閉じ込めておけなかったようだ。
 木暮を中心に他の3女優――淡島千景、津島恵子、上原葉子(←加山雄三の母親!)――が競演し、女ばかりで温泉に出かけては酒を飲んで酔っ払ったり、野球観戦に行ったり、ことあるごとにそれぞれの亭主の愚痴をぶちまけたり・・・と、「女子会」の模様が頻繁に描かれているのも‘女臭い’理由の一つ。温泉の部屋の窓辺でしどけない浴衣姿でくつろぐ4人の周囲を、庭の池に反射した光の模様が揺らぎ遊ぶシーンなど、衣笠貞之助監督『歌行燈』を連想させるほどにはかなげに美しく、「小津監督もこんな細やかな新派風の演出ができるのか」と感嘆する。
 また、物語が終始女性視点、すなわち木暮実千代演じる妻・佐竹妙子の視点で描かれているのも‘女臭さ’の原因である。「女達の目から見た男(亭主)の仮の姿と真の姿」というのが、この映画の主題なのである。
 
 こういった毛色の変わった小津映画を面白く観ていたのだが、最後の最後で教条主義になってしまうのが残念。
 佐竹妙子は、鈍感でドン臭いと思っていた亭主・佐竹茂吉(=佐分利信)が、実は「器の大きな、地に足ついた男」であることを知って反省するというオチなのだが、それが「世の女性方よ。男を、亭主を見くびってはいかん。亭主を馬鹿にして、遊び惚けるのも大概にしなさい。」という説教になってしまって、台無しである。
 『戸田家の兄妹』(1941年)でもそうだが、教条主義に走ると小津映画は失敗する。もとがストイシズムなだけに、とたんに息苦しい、無味乾燥なものになってしまう。
 『東京物語』以後の作品は、教条主義を捨てたストイシズムによって万人の共感を得たのであろう。
 
 それにしても、撮影当時の佐分利信は43歳、木暮実千代は34歳。共に貫禄・風格十分の立派な大人である。
 いま、SMAPの中居君が43歳、宮沢りえが36歳。
 こうして比べると、戦後、日本人がいかに幼く(若く)なっているかが瞭然である。
 だからどう、というわけでもないのだが、映画を観ている間、佐竹茂吉(=佐分利信)を自分より年上に思い、「いぶし銀のような渋いお父さんだなあ」と憧れに近い魅力を感じていたのだが、実際は自分より10歳近くも年下なのである。

 なんだかなあ~。



評価:B-

A+ ・・・・めったにない傑作。映画好きで良かった。 
「東京物語」「2001年宇宙の旅」「馬鹿宣言」「近松物語」

A- ・・・・傑作。できれば劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」「スティング」「フライング・ハイ」「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」   

B+ ・・・・良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」「ギャラクシークエスト」「白いカラス」「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・純粋に楽しめる。悪くは無い。
「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」「ボーイズ・ドント・クライ」

C+ ・・・・退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・見たのは一生の不覚。金返せ~!!




● 映画:『日本橋』(市川崑監督)

 1956年大映作品。

 原作は泉鏡花。(いま気づいたが泉鏡花と小泉今日子は似ている。キョンキョンの後ろに無意識に日本的幻想性を錯覚し、彼女を上げ底していたのか)
 やはり最大の娯しみはスター女優の美しき競演にある。
 主役の淡島千景はこれまで注目したことのない女優であった。下手すると、国会議員で大臣まで務めた扇千景と混同してしまう。二人ともに宝塚出身であるし。ウィキによると、10歳近く年下の扇千景が、尊敬する先輩である淡島から名前をもらったようである。『渡る世間は鬼ばかり』にも出演していたらしいが、どうも記憶にない。
 今回若い頃の主演作をはじめて見て、演技の上手さに感嘆した。気風がよくて情の強い、好きな男の前では少女のように一途で可愛い芸者・お孝を艶やかに演じている。着物の着こなしや立ち居振る舞いも見事で、古き日本女性の美を感得させるに十分だ。
 ライバル清葉を演じる山本富士子の美貌は言わずもがな。特にすっと通った鼻梁の高貴さは、現代に至るまで他の女優と混同されることを許さないトレードマークと言える。
 そして、芸者見習いお千世役の若尾文子。なんて可愛いのだろう。同年に撮られた『赤線地帯』(溝口健二監督)では吉原遊郭で一番人気の娼婦をしたたかに艶やかに演じている。あどけなさの残る可愛らしい少女と、男を手玉に取るマキャベリな女。そのどちらも作為なく演じきれるところが若尾文子の女優としての魅力であろう。この映画では後年若尾を演技派女優に磨き上げた増村保造が助監督を務めている。
 
 自分世代(60年代生まれ)では、市川崑と言えば石坂浩二主演の金田一耕介シリーズがまず連想される。この映画を観ているとなんだか『犬神家の一族』(1976年)と重なるのである。いや、『犬神家』がこの『日本橋』のパロディだったのかと思われるのである。
 たとえば、主役のお孝(=淡島)が毒を飲んで自害するシーンは、どうしたって犬神松子(=高峰三枝子)の白くなった唇の最期を思わせる。お孝の恋人葛木(=品川隆二)が出家姿で町を去るシーンは、事件解決後に小汚い帽子をかぶって村を一人去ってゆく金田一耕介を思わせる。二人に共感的な警察官笠原(=船越英二)のバンカラ的ふるまいは、「よ~し、わかった」と手を打つ警察署長の加藤武を思わせる。惨殺されるお千世のいたましい着物姿は、わらべ唄に合わせて次々と惨殺されていく『悪魔の手毬唄』の娘たちや『獄門島』の浅野優子を思わせる。映画の冒頭でタイトルクレジットが出る直前の、亡くなった芸者の幽霊出現に驚く芸妓たちのショットも、湖や時計台で死体を発見して驚く若い女中のショットと重なる。
 どうも型が共通なのである。
 その理由を泉鏡花と横溝正史の類縁に求めるべきか。市川監督のフォークロア的あるいは絵柄的好みと見るべきか。それとも市川の細君で両作品の脚本を担当している和田夏十のせいなのか。
 いずれにせよ、劇画チックな派手さ、面白さというのが市川監督の人気の秘密のような気がする。



評価:B-

A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 
        「東京物語」「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
        「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」
        「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」
        「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」
        「スティング」「フライング・ハイ」
        「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」     

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
        「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」
        「ギャラクシークエスト」「白いカラス」
        「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
        「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」 
        「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」「ボーイズ・ドント・クライ」

C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
        「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
        「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
        「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!


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