ソルティはかた、かく語りき

東京近郊に住まうオス猫である。 半世紀以上生き延びて、もはやバケ猫化しているとの噂あり。 本を読んで、映画を観て、音楽を聴いて、芝居や落語に興じ、 旅に出て、山に登って、仏教を学んで瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

猪瀬直樹

● ミッドウェー再び 本:『日本人と「日本病」について』(岸田秀×山本七平対談、文春文庫)

日本人と「日本病」 唯幻論を説く精神分析学者・岸田秀と従軍経験のある歴史学者・山本七平との対談。
 1980年に刊行しているから、すでに30年以上の歳月が過ぎている。この間に日本にはいろいろなことがあった。個人が起こした事件は除いて、すぐに思いつくものを挙げるだけでも、


 日本航空123便墜落事故(1985)
 リクルート事件(1988)
 大喪の礼(昭和天皇の逝去)(1989)
 バブル景気とその崩壊(87~91年)
 PKO協力法の成立(1992)
 阪神・淡路大震災(1995)
 オウム真理教(1995)
 薬害エイズ裁判(1997)
 自衛隊イラク派遣(2003)
 政権交代(自民党から民主党へ)(2010)
 東日本大震災・津波・福島原発事故(2011)


 こういった日本全体を巻き込み、日本人のほとんど全員に影響を及ぼしたような大事件をその因果関係やその当時の風景(世論、人々のふるまい、空気、対処の仕方など)と共にふりかえってみると、やはりそこには日本人が持っている国民性が共通して浮かび上がってくることに気づく。
 そしてそれは、ここ30年に限らず戦後を通して、いや戦前・戦中も維持されてきたものであり、遡れば文明開化や江戸時代のペリーの来航にまで、さらに遡れば中世、古代、弥生・縄文時代まで源をたどることができる。それでこその国民性である。
 その国民性が吉と出るか凶と出るかは、日本の場合、多くは外国との関係によって決まってくる傾向にある。鎖国が可能な極東の島国、という条件がこの国民性を滋養した一つの大きな要因であるが、それは同時に、外国との折衝を持たず一国のみですべてがマネジメントできている間ならばこの国民性はうまく働くということである。
 しかし、ペリー来航以降に見るように、外国(近代欧米国家)との「取るか取られるか」の弱肉強食の猟場に引きずり込まれると、この国民性は不利に働く。
 そこで、明治政府は温州みかんにレモンを接ぎ木するが如く、日本の国民性の上に無理やり近代西欧的な価値観やスタイルを接合させた。あるいは、中国の纏足のように、近代西欧文化という枠組みに日本人を合わせようとした。

 精神分析の徒である岸田によれば、この無理強いこそが、日本人を精神分裂病に招き、バンザイ突撃やカミカゼ信仰に象徴されるような太平洋戦争時の奇矯なふるまいや、先にあげたような重大事件に際してはからずも露呈するような、近代国家の視点からすると「不可思議きわまりない」日本国家及び日本人のふるまいの原因となっている。むろんそれは、今も続いている。

 欧米諸国が内的な必然性を持って、すなわち「内側から」自発的に、近代国家への道を歩んでいったのにくらべ、日本は何ら内的必然性を持たないままに、「外側から」無理やり近代国家に仕立て上げられていったところに悲劇があった。たとえは悪いが、性欲の自然な高まりと異性への関心の増加によって最初の性交に至るのと、性欲もまだ湧かず異性への関心もまだないのに無理やりレイプされてしまったのとの違いであろうか。
 可哀相な我が日本よ・・・。


 だが、もし黒船が来なかったら、開国要求や植民地にされる危機がなかったのなら、日本人は太平の江戸時代の末に近代欧米化への道を自発的に歩んだのであろうか?


 おそらく、違ったであろう。
 なぜならば、前近代の欧米諸国とペリー以前の日本とでは、まったく精神構造が違っていたからである。
 この彼我の違いを岸田と山本七平が述べている部分を適当にピックアップすると、


山本 日本人の社会には神がいないんですね。人間と人間とがいて、お互いの間で相手の立場に立って話し合うわけです。


山本 日本の社会では話し合いさえつけば、ほかのことはどうでもいいのであって、いわば無原則ですよね。ところが彼ら(ソルティ注:イスラム、欧米)は神との間の契約があるから原則だらけで、きわめてうるさい。たとえ個人と個人の間で約束しても、それが神との契約に反していたら、人との約束を破棄しても当然です。

岸田 日本では原則がないというのが原則なんです。


岸田 ・・・日本というのは、あらゆる組織、あらゆる集団が、血縁を拡大した擬制血縁の原理で成り立っているわけですね。


岸田 向こうの(ソルティ注:欧米の)社会とか集団とかはみんなそうですね。家族という血のつながりを断ち切った者たちが、全然別の明確な原理にもとづいて別のレベルで新たな集団を形成するんですね。


山本 日本では何かの集団が機能すれば、それは「共同体」になってしまう。それを擬制の血縁集団のようにして統制するということじゃないでしょうか。


岸田 ヨーロッパ人の自我は神に支えられ、日本人の自我は人間関係に支えられているという違いがあるわけですが、ここが違っているのですから、当然、何が自我の崩壊の不安を呼び起こし、何が恐ろしいかということが、ヨーロッパ人と日本人とでは違っているわけです。ヨーロッパ人にとって恐ろしいことは、神との契約、神の戒律に背いて神の怒りを買うことですが、日本人にとって恐ろしいことは、人々に迷惑をかけ、人々から非難され、見捨てられることです。


  これらをまとめてみると、次のようになる。

           日本                       欧米
 個を超越する  人と人との関係(和)       神
 組織の在り方  擬制血縁による共同体      機能集団(分担と役割)
 関係の基本   話し合い(その場の空気)    契約
 人を縛る     世間の目              法
 原則は      ない                 ある  
 近代的自我   脆弱                 強い

 これでは同じ土俵に上がっても勝負にならない。組織のあり方ひとつ見ても、近代兵器を使った戦争に勝てるはずがない。太平洋戦争で日本は惨敗するが、その原因として岸田も山本も日本とアメリカの戦力の差、物量の差以外のものを指摘する。

岸田 日本軍とヨーロッパやアメリカの軍隊との大きな違いがそこにありますね。日本では、軍隊というのも共同体になるから、共同体の秩序原理が働いて合理的な作戦がとれなかったということがありますね。

岸田 ・・・日本軍は陸海軍とも補給という現実のレベルのことに重きをおいていなかったんですね。日本軍は、現実のレベルではなく、主観的な気分のレベルで戦争をやっていたとしか言いようがない。勇気というものを自己目的化して、退却や降伏に拒絶反応をしたのも、気分のレベルで戦っていたからですね。


岸田 なぜ(日本の戦術は)戦略思想どおりに展開しなかったんでしょうか。
山本 それは確固たる思想がなかったということと、やっぱり日本は共同体ができてしまうんです。大鑑巨砲屋、水雷屋、飛行機屋とそれぞれコミュニティをつくって、自分の存在を主張するもんだから、それぞれバランスをとらねばならず、それで結局、どうにもならなくなった。・・・大体において、確固たる見通しに立って、将来はこうなるんだからこうすべきだという発想がないんだから。(下線ソルティ)
 

 最後の一文は、まさに日本の国民性の最大の欠陥=「日本病」を衝いている。日本には政策というものがない。戦後の日本の政府がやってきたのは、起こってしまった事件に対して不器用に事後処理するだけである。いまの福島原発事故を見るがいい。
 そして、いま50年後、100年後の日本のエネルギー問題について真剣に考えていかなければならないのに、いまだに原状復帰を目指しているありさまだ。
 おそらく福島原発事故は、太平洋戦争でいえばミッドウェーで大敗を喫したのにあたるだろう。日本の敗北がほぼ確定した時点(1942年)である。このときに降伏していれば、その後の本土決戦や沖縄戦、広島・長崎原爆被害を含む何百万という命は失われなかった。日本が侵略したアジア諸国の何千万人にいたっては言うまでもない。しかし、軍部はすでに冷静な判断を失っていた。否、もとから冷静な判断があれば開戦に踏み切らなかったであろう。このあたりは猪瀬直樹に詳しい。(→ブログ記事参照http://blog.livedoor.jp/saltyhakata/archives/4699834.html
 原発をなおも遮二無二、推進しようとする政財界の動きは、まるで自滅へと突っ走った太平洋戦争時の軍部のようである。過去のトラウマを無意識に強迫的に再現しているのだろうか。

 このような「日本病」をどう治療していくかという点に対談は及ぶ。
 マッカーサーが「日本人の精神構造は12歳」と言ったのを引き合いに出して、岸田はこう述べる。

 もし日本人がまだ子供であるとして、これから精神発達をとげて大人になってゆくとすれば、そのときの大人というものの基準は、欧米の大人の基準とは違った、日本人独自の基準でなければならないと思いますよ。子供から大人になるといったって、日本人を動かしている原理や行動規範の内容が変わるわけではありません。・・・・
 大人と子供の違いは、自分の行動規範をどれほど自覚し、相対化しているか、その通用する限界をどれだけ知っているかにある。たとえば欧米人が自分の行動規範を普遍的だと思いこみ、これが日本人にも通用するときめてかかっているとすれば、その点で彼は幼児的なわけです。これから日本人は、さまざまな外国人の行動規範との関係において、自分の行動規範の違い、相対性、限界を知り、従来のように無意識的にそれに引きずられて何かをやらかしてしまうのではなく、自覚的に自分の行動規範に基づいて行動できるよう、努力すべきではないでしょうか。日本人は日本文化の行動規範によってしか行動できないんですから。それが日本人として大人へ成長するということだと思うんですよ。 

 30年前の対談とは思えない。


● なぜ日本は負けに行ったのか? 本:「昭和16年夏の敗戦」(猪瀬直樹著)

まず、東京都副知事(2011年8月現在)の猪瀬直樹氏は30代にしてこれだけの仕事をしていたのか、と感心。

昭和16年(1941年)の太平洋戦争半年前に総力戦研究所で実際に行われた、若きエリート官僚チームによる対米戦争シュミレーションの経緯と顛末を、当事者へのインタビューや残された日記、極東軍事裁判における公的な文書を丹念に調べ上げて、事実を積み上げいくことで明らかにしていく。
一方で、現実の国際情勢や日本政府や軍部の動向をわかりやすく並列していき、研究生らがシュミレーションの結果たどり着いた結論(「日本はアメリカに負ける」)が、いかに実際の政治に影響を及ぼすことが無かったのかを浮き彫りにする。厖大な資料を一冊に、簡潔に、過不足無く、まとめ上げる力量はすごい。

よく言われていることであるが、日本は負けるとわかっていながらアメリカと戦争した。
もちろん、「大和魂と神風させあれば勝てる」と思っていた愚かな軍部関係者や右翼連中はいただろう。都合の良い情報ばかりしか流さないマスメディアのいうことを鵜呑みにして、最期まで日本の勝利を信じていた軍人や国民もいただろう。
だが、ちょっとでも当時の欧米の様子、アメリカと日本の圧倒的な資力の差を知っていた者なら、日本が勝てるわけないと知っていたのである。そう、大日本帝国憲法において統帥権を有する昭和天皇でさえ、おそらくは知っていた。(若い頃にアメリカに遊学している) であるから、天皇は、少なくとも対米戦には前向きでなかった、とされている。

なのに、戦争に突入せざるを得なかった。
なぜか?
これが、猪瀬直樹氏の問題提起である。

本書の中でとくにこれが原因とはっきり指摘しているわけではないが、行間から見えてくるもの、そして巻末の勝間和代との対談から、次の二つが挙げられよう。

1.大日本帝国憲法における制度的欠陥
これは、統帥権は天皇にあり、「天皇は神聖にして侵すべからず」であったから、政府も口出しできなかった。実質上、統帥権は軍部にあり、軍部は政府とは別個に作戦を発動できた。つまり、政府には軍部を抑える力がなかったということ。俗に言う「軍部の独走」を招く基盤は、憲法という制度のうちに潜んでいた。

2.日本人の国民性(体質)の問題
誰も決断を下し責任をとる者がおらず、時代の空気にみんなで流されてしまった。

本書の中でもっとも面白い箇所であるが、開戦後に確保できる石油量を算出する場面がある。
戦争には膨大な量の石油が要る。開戦(1941年12月)の約半年前にアメリカからの石油の輸入がストップした時点で、背水の陣が引かれた。唯一の窮余の策は、インドネシアに侵攻し、油田を確保することであった。だが、それもインドネシアから日本まで石油を運ぶタンカーがアメリカ軍に沈められたら、お手上げである。
総力戦研究所の若きエリートたちは、各々の能力と経験によって配役された模擬内閣を作り、この設定において、持てる情報と知力を尽くし様々な角度から検討し、討論を重ね、シュミレーションした結果、「日本は燃料不足に陥って、アメリカに敗れる」と結論したのであった。
まさに、ビンゴ!である。

しかし、戦争するか否かの最終閣議で、実際の政府がはじき出した日本が利用できる石油の量を示す数値は、確たる根拠もないままに大幅に水増し(油増し)されていた。その数値を元に「これならやるしかない」という合意形成がなされたのであった。
つまり、はじめに戦争ありきで、数値はそれをみんなで合意するための手段として利用された(捏造された)のである。読んでいて恐ろしいくだりである。

ここから見えるのは、日本人は事実を元に論理的、客観的に状況を分析し、状況をありのままに受け入れ、そのデータを基に対策を講じ、戦略を立てて実行するということが苦手な民族だということである。(日本には哲学、論理学、科学は生まれなかったのが何よりの証左)

思うに、1より2の理由の方が大きいだろう。というのは、憲法9条の例を見ればわかるように、憲法上の制約なんてのは、平気でどうにでも解釈してしまえるのが日本人だから。

そして、何よりもこの本が今もって重要なのは、戦後70年近く経っても日本人は変わっていないからである。
それが国民性なのだとしたら、そう簡単に変わるべくもなかろう。

それは、今回の福島第一原発事故をめぐる対応に、いや、何よりもここ数十年の原発建設、エネルギー政策をめぐる一連の流れの中にあらわれている。
政府は「東電が安全だといってるから大丈夫」とし、東電は「学者が安全だといってるから大丈夫」とし、学者は「危険だというと仕事が干されるから、大丈夫と言っておこう。どうせ責任とるのは自分じゃないし」とし、東電から莫大な広告料をもらっている、加えて膨大な量の電気を消費しているマスメディアも、「流れに身を任せておくのが一番」と責任回避する。そして、国民は「お上に任せておけば大丈夫」と考える。

行く先に滝壺が迫っているのを知っているのに、いかだの上で仲良く酒盛りしている図、である。

和をもって貴しとなす。(≒誰も責任を取らない)

日本人の国民性がこのようであるのは仕方ない。
100年や200年でこの体質が変えられようか。
であるならば、われわれのリスクマネジメントはこうあるほかない。

日本人は原発を持たない。(われわれは原発を制御できない民である)
日本人は武器を持たない。(われわれは戦争をコントロールできない民である)

日本人が日本人であることを否定して、欧米人のようになろうと体質改善をはかる(国民性の変容を目指す)より、日本人のありのままの性質に見合った政策をとるのが賢明ではなかろうか。













 
 
 


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