ソルティはかた、かく語りき

東京近郊に住まうオス猫である。 半世紀以上生き延びて、もはやバケ猫化しているとの噂あり。 本を読んで、映画を観て、音楽を聴いて、芝居や落語に興じ、 旅に出て、山に登って、仏教を学んで瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

田中裕子

● 時を駆ける女たち 映画:『はじまりのみち』(原恵一監督)

2013年松竹映画。

 『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ! オトナ帝国の逆襲』(2001年)、『カラフル』(2010年)という傑作アニメ映画を作った原恵一監督の初の実写作品、しかも題材が若い日の木下恵介の実話ということで、期待を込めて鑑賞した。
 
 時は戦時下。木下監督がかの有名な『陸軍』を撮影し、そのラストシーンが陸軍省の反感を買い、次の仕事を干されたところから始まる。監督業に絶望した木下は、寝たきりの母のいる浜松の実家に帰る。空襲が激しくなり、家族は山間の親戚の家に疎開を決める。そこまで行くには暑い盛りを山越えしなければならない。病気の母の安静を保つために、木下は兄とともにリヤカーで運ぶことにする。
 
 まずは松竹の良心とでも言うべきか、役者陣は手堅いところを押さえている。
 木下恵介役の加瀬亮は、シスターボーイ風の美青年だった木下を髣髴とさせる。演技も合格点。おそらく実物はもっとフェミニンな匂いを醸していたのではないかと思われるが、まあそこは映画だから・・・。
 母親木下たま役の田中裕子。松竹「ここぞ」という時の最強の切り札であろう。セリフのほとんどない病人役にもかかわらず、存在感たるや随一である。脳溢血による片麻痺という設定だと思うが、片麻痺の母が頑張って息子(恵介)に喋ろうとする有りさまが、日々老人ホームの仕事で実際の患者に接しているソルティから見ても真に迫るものであった。田中裕子が峠を越えるのはこれで2回目だろうか。
 兄敏三役のユースケ・サンタマリアは個人的には好きな役者でないが、この映画に限っては渋い控えめな演技で通していて及第点を与えられる。実際には木下は8人兄弟の4男だった。この映画には敏三、恵介を含む4人の兄弟姉妹しか出てこない。実の弟の忠司(4つ下)は作曲家として活躍し木下作品の音楽も担当している。名前すら出てこないのには理由があるのか? このあたりの家族関係の処理がいい加減な気がした。
 兄弟と一緒に家財道具を引いて峠を越える羽目になる便利屋役の濱田岳。auのCMに出てくる金太郎である。愛嬌ある顔立ち体つきで、ユニークで憎めない個性が光る。いま魔夜峰央のギャグ漫画『パタリロ』の舞台化で、加藤諒が主役パタリロに抜擢され話題となっている。濱田岳のほうが良かったんじゃないか。

 全体に丁寧に品良く作られた作品と言える。原恵一の才気はむしろ控えめである。最初は意外な気もしたが、木下恵介へのオマージュである作品で、別の監督の個性が目立つのはうざったいだけだろう。これで良いのかもしれない。
 ただ、全般に画面の奥行きが乏しく、リアルな空気感(とくに戸外の)に欠いている感はあった。それをアニメ(2次元)映画のプロとしての原監督の出自のせいとするか、松竹の予算や撮影時間の縛りのせいとするか。それこそ同じ峠越えを描いた松竹の『天城越え』(1983年、三村晴彦監督)と比すれば差は歴然としよう。『はじまりのみち』では蝉の声すら聞かなかったような・・・。
 
 木下監督へのオマージュとして、有名な木下作品が次々と引用される。
 監督デビュー作である『花咲く港』をはじめ、問題となった『陸軍』、『わが恋せし乙女』、『お嬢さん乾杯!』、『破れ太鼓』、『カルメン故郷に帰る』、『日本の悲劇』、『二十四の瞳』、『野菊の如き君なりき』、『喜びも悲しみも幾歳月』、『楢山節考』、『笛吹川』、『永遠の人』、『香華』、『新・喜びも悲しみも幾歳月』。
 コメディあり、恋愛ドラマあり、家族ドラマあり、人情物あり、文芸作品あり、時代劇あり、社会派ドラマあり。本当に素晴らしい作品をたくさん作ったんだなあと感嘆する。

 引用された映画の断片をずっと観ていて、一つのことに気がついた。

「木下映画とは、女性が一人、駆ける映画である」
 
 多くの作品で、主人公の女性が画面に大きく映し出されて、戸外を一人で駆け回るシーンが思い出される。街中であったり、因習強い田舎の野良道であったり、大自然の中であったり、と舞台はさまざまであるが、女たちは何かから逃げるように、あるいは何か重いものを脱ぎ捨てるように、あるいは一心に思いつめた表情で、あるいは晴れ晴れと人生を謳歌するように、駆け回っている。
 そのはじまりの一歩が『陸軍』ラストシーンの田中絹代だったんじゃないだろうか。
 そして、その走りは現代の『アナと雪の女王』において、凍てつく道なき雪原を一人進むエルサまで続いているんじゃないだろうか。
 
「自分の息子に『立派に死んで来い』なんて言う母親はいない』
 木下恵介は、昭和という時代を通して、‘声なき女たち’の代弁者だったのではないかと思うのである。

 最後に一つ。
 やっぱり、お母さんはバスで行ったほうが楽だったと思う。
 


評価:C+
 
A+ ・・・・めったにない傑作。映画好きで良かった。 
「東京物語」「2001年宇宙の旅」「馬鹿宣言」「近松物語」

A- ・・・・傑作。できれば劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」「スティング」「フライング・ハイ」「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」   

B+ ・・・・良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」「ギャラクシークエスト」「白いカラス」「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・純粋に楽しめる。悪くは無い。
「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」「ボーイズ・ドント・クライ」

C+ ・・・・退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・見たのは一生の不覚。金返せ~!!




● 映画:藪の中の黒猫(新藤兼人監督)

 1968年 制作:近代映画協会 配給:東宝

 時は平安、舞台は京の羅城門。
 と来れば、魑魅魍魎の跋扈する怪しの世界と決まっている。
 しかも、「黒猫」である。本邦なら入江たか子の化け猫シリーズを連想するし、アメリカならエドガー・アラン・ポーである。大島弓子の『綿の国星』もある。
 ぞくぞくする面白さを期待できよう。

 カラーでなく、あえてモノクロで撮っているのは正解。
 平安の闇の底知れない不気味さともの哀しさとが豊かな陰影のうちに見事に描き出されている。太地喜和子演じる女の霊がその夜の犠牲者となる侍を案内して竹林を歩くシーンなど、真っ直ぐに立ち並ぶ竹がつくる檻のような黒い縦格子を透かして、淡い月の光の中を歩む二人の影が、まさにこの世からあの世への、現実から夢幻世界への、道行きのようである。息を呑むような美しさと緊張感は、新藤の師匠であった溝口健二の『雨月物語』に決して劣らない。

 役者もみな達者である。
 とりわけ、太地喜和子の美しさが光る。
 この女優は演技の巧いことは言うまでもないが、美人ではない。どころかむしろ、不美人の部類に入ると言ってよい。
 だが、「女」を演じた瞬間から、造形の善し悪しをいっさい不問にしてしまい、「きれいな、いい」女になってしまう。「きれい」もまた演技の力であることを、この人ほど証明している女優はない。
 いや、いた。田中裕子もそうだ。『ガラスの仮面』の北島マヤもそうだ。 
 演技力は別としても、平板な太地の顔は「引き目、かぎ鼻、おちょぼ口、下ぶくれ」を理想とする平安美人に似つかわしい。
 発声も所作も印象的で、新藤監督の妻にして生涯の仕事上の相棒たる乙羽信子を食っている。太地は物語の途中で消えてしまう(地獄に堕ちてしまう)が、太地が画面から姿を消したあとの画面全体の妖美さの消失は否めない。
 
 『原爆の子』や『第五福竜丸』(→ブログ記事http://blog.livedoor.jp/saltyhakata/archives/6114889.html )など社会的テーマを描くことの多い新藤監督であるが、この映画もたんなる怪奇ものでも悲恋ものでもない。大黒柱を戦に取られ、貧苦に苦しみ、侍達に陵辱された揚げ句に家ごと焼き殺された女二人の、戦に対する憎しみ、戦を行う侍達に対する尽きない恨みが、二人の霊を黒猫に化身させ、妖怪を生んだのである。
「この世に戦をする侍どもがいる限り、私はその生き血を吸い続けなければならない」と言って姿を消す乙羽信子の声に、本当の悪は妖怪や幽霊に属するのではなく、それを生み出し続ける現実社会の側にあることを、白黒反転させて、映画は終わる。




評価:B+

A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 
        「東京物語」「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
        「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」
        「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」
        「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」
        「スティング」「フライング・ハイ」
        「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」
        ヒッチコックの作品たち

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
        「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」
        「ギャラクシークエスト」「白いカラス」
        「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
        「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」 
        「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」
        「ボーイズ・ドント・クライ」
        チャップリンの作品たち   

C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
        「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」
        「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
        「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
        「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!



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