祇園囃子 1953年、大映作品。

 冒頭のタイトルバックで延々と映される京都の街並み。
 高いビルディングも広告も電線もなく、古い木造の家並みからすっと抜け出るように五重塔や鐘楼などが点々とそびえる。背景に黒々と迫るは北山、はたまた東山か。空が広い。
 このような幻想的な京都の光景は、もはや二度と目にすることができない。
 古き良き古都は喪われてしまった。
 永遠にー。

 芸妓の世界もまた能やお茶と同様、古き良き日本文化の伝統を伝えるものである。
 だから、舞妓になる決心をした少女・栄子(若尾文子)は、他の娘たちと一緒に師匠について芸事の稽古に明け暮れる。芸妓のなんたるかもよく知らないままに。
 いきなり抱きついてきた贔屓客の口を噛み切る、戦後育ちのアプレ(現代風)なじゃじゃ馬娘を演じる弱冠二十歳の若尾がなんとも可愛いらしい。デビュー当時、「低嶺の花」と言われ、庶民的な魅力で売っていたと言うが、後年の若尾にはその形容はまったくふさわしくない。わずか3年後の『赤線地帯』ではすでに大女優のきざしがうかがえる。
 これは、若尾が脱皮する前の初々しい姿をとどめた貴重なフィルムなのである。

 栄子の面倒を引き受ける先輩芸者・美代春(木暮実千代)。
 花街の風習にあらがい、特定の旦那をつくらない。凛とした美しさのうちに、情のもろさや女が一人生きる哀しみを漂わせる名演である。

 もう一人の主要な女は、置屋の女主人お君(浪花千栄子)。芸者達から「かあさん」と頼りにされ、客の男たちの欲望の裏も表も知り尽くした花街の伝統を体現する女だ。

 世代の異なるこの三人の女の生き方やふるまい方、そして栄子の不始末と男たちの欲望をめぐって仲違いする三人の関係を鮮やかに描いている。
 カメラの宮川一夫の丁寧な仕事ぶりも健在である。

 三人の生き方は、各々の花街との関わりの長さ、深さ、洗脳度によって異なる。
 お君の務めは茶屋を切り盛りし、花街をささえること。そのためには、客の男たちの企みの手先となって、抱える芸妓たちを駒のように動かすのは当たり前。
 売れっ子芸妓の美代春は、芸は売っても心は、いや、体は売らぬ。好きでもない男の手に落ちるはまっぴらごめんと一人頑張ってきたが、栄子の不始末が原因でお君からお座敷を干されてしまう。妹分の栄子を守るために、ついに大企業のお偉いさんに体を許す。
 「日本国憲法の基本的人権は、好きでもない客から私たちを守ってくれる」と息巻いていた栄子は、美代春の犠牲を知って、ついに「日本が世界に誇る伝統文化なんて嘘八百。芸妓とは結局、きれいなおべべを着た娼婦と変わりがない。」という事実を知る。
 三人の女はみな、花街という構造の、芸者遊びを求める男たちの欲望の犠牲者である。そこから抜け出すすべもなく、おのれに降りかかる運命をそれぞれのやり方で闘いながら受け入れるしかない。

 しかし、男たちもまた組織という構造の犠牲者である。自分の会社を守るため、大口の仕事を取るために、取引先のお偉いさんを接待するのに汲々としている。そのためには「女」を使うのが一番なのだ。
 では、取引先のお偉いさん、金持ちで地位ある男の一人勝ち、一番得するのだろうか。
 溝口は、美代春にこう言わせている。
 「どんなに金持ちだって、どんなに地位があったって、一人ぼっちはやはり寂しいもの。それより、貧乏でもこうやって仲間同士助け合って生きていくのが一番。」
 なんと美代春は深いことか。やさしいことか。

 そう。この構造は誰にとっても不幸なものである。

 この映画からすでに60年近く経った。
 構造は消えたのだろうか。
 好きでもない男に体を売らなければ生きていけない女たちは消えたのだろうか。
 会社のために女を利用して接待する男たちは消えたのだろうか。
 「花街」「芸者遊び」という体裁すらもはや必要としないところで、欲望があからさまに取引きされているのが現代ではないだろうか。

 古き良きものが失われた代償として、古き悪しきものも消えたのであればまだ救われる。
 古き良きものがなくなって、古き悪しきものだけが残っているとしたら、日本のこの数十年はなんだったのだろう?




評価: B-

参考: 

A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 

「東京物語」 「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。

「風と共に去りぬ」 「未来世紀ブラジル」 「シャイニング」 「未知との遭遇」 「父、帰る」 「フィールド・オブ・ドリームス」 「ベニスに死す」 「ザ・セル」 「スティング」 「フライング・ハイ」 「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」 「フィアレス」 ヒッチコックの作品たち

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。

「アザーズ」 「ポルターガイスト」 「コンタクト」 「ギャラクシークエスト」 「白いカラス」 「アメリカン・ビューティー」 「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。

「グラディエーター」 「ハムナプトラ」 「マトリックス」 「アウトブレイク」 「タイタニック」 「アイデンティティ」 「CUBU」 「ボーイズ・ドント・クライ」 チャップリンの作品たち   

C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)

「アルマゲドン」 「ニューシネマパラダイス」 「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ~。不満が残る。

「お葬式」 「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった

「レオン」 「パッション」 「マディソン郡の橋」 「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!