ソルティはかた、かく語りき

首都圏に住まうオス猫ブロガー。 還暦まで生きて、もはやバケ猫化している。 本を読み、映画を観て、音楽を聴いて、寺社仏閣に詣で、 旅に出て、山に登って、瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

笠智衆

● 森×一より笠智衆 映画:『アバウト・タイム~愛おしい時間について~』(リチャード・カーティス監督)

2013年イギリス、アメリカ。

 「もう一度あの時に時間を戻して、人生をやり直せたら・・・」
 という妄想は誰でも一度は描くであろう。
 この映画は、その妄想を現実化してしまった青年の話である。
 
 主人公ティム(=ドーナル・グリーソン)は21歳の誕生日に父親から重大な秘密を打ち明けられる。
「我々一族の男にはタイムトラベルできる力がある。過去に自分が存在した場所に戻って、別の選択肢を選ぶことができる」
 善良で家族思い・友人思いのティムは、その力を悪用することなく、自分の恋愛の成就のため、そして周囲の愛する人々のために使う。
・・・・・というハートウォーミングなSFヒューマンコメディである。
 
 監督のリチャード・カーティスは、ローワン・アトキンソン主演の『Mr.ビーン』や、人気ハリウッド女優(ジュリア・ロバーツ)としがない書店店員(ヒュー・グラント)の身分(?)違いの恋愛を描いた『ノッティングヒルの恋人』、レネー・ゼルウィガー主演の『ブリジッド・ジョーンズの日記』など、コメディ映画の脚本家としてむしろ有名である。脚本兼監督をつとめたこの『アバウト・タイム』も、上記の作品同様、イギリス風のとぼけたユーモアと不器用に生きる市井の人々へのあたたかい眼差しをもって、何の変哲もない日常生活の中にひそむ「生」の魅力を描くことに成功している。
 
 役者の中では、ティムの父親を演じたビル・ナイが俄然光っている。どこかで観た顔なのだが、何の映画の何の役だったのか思い出せず・・・。
 ウィキで調べたら、『パイレーツ・オブ・カリビアン』のデイヴィ・ジョーンズ役をはじめ、『ハリー・ポッターと死の秘宝PART1』、『銀河ヒッチハイクガイド』、『ショーン・オブ・デッド』、『オペラ座の怪人』ほか、たくさんのヒット作・話題作に出演している名バイプレイヤーなのである。
 名前を覚えておこう。(無理)
 
 実際には、ティム青年が持っているような過去に戻る超能力を与えられたら、その人は間違いなく不幸になるだろう。失敗しても何度でもやり直しが効くので、目の前の一つのことに心をこめて打ち込むことができなくなってしまうだろうし、自分の人生を完璧にしたいという執念が異常なまでに高まって、ちょっとでも気に入らないことがあると、簡単にタイムトラベルを繰り返すようになる。しまいには、整形手術にはまった芸能人みたいにコントロールとバランス感覚を失って、グロテスクな結末を迎える羽目になろう。

 「もう一度あの時に時間を戻して、人生をやり直せたら・・・」と願うのは、その人が「今の自分」を受け入れられないところから来る。
 たとえ、タイムトラベルをして状況が思い通りに変わったとしても、「今の自分を受け入れられない」という性格自体が変わらなければ、結局、 堂々巡りになるだけだろう。主体がマイナス(-)であるとき、いくらプラス(+)を掛けても、出てくる答えはマイナス(-)にしかならない。
 「今の自分」「その時々の自分」を受け入れられることこそ、幸福でいるための最大の秘訣である。
 きっと、その秘訣をものにした人の顔は、穏やかに輝いていて、見る人をも幸せな気持ちにさせ、いくら歳を重ねようが整形手術の必要などないに違いない。
 笠智衆のように。



評価:C+

A+ ・・・・めったにない傑作。映画好きで良かった。 
「東京物語」「2001年宇宙の旅」「馬鹿宣言」「近松物語」

A- ・・・・傑作。できれば劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」「スティング」「フライング・ハイ」「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」   

B+ ・・・・良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」「ギャラクシークエスト」「白いカラス」「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・純粋に楽しめる。悪くは無い。
「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」「ボーイズ・ドント・クライ」

C+ ・・・・退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・見たのは一生の不覚。金返せ~!!





 


● 機知と狡知 映画:『陸軍』(木下恵介監督)

1944年陸軍省後援 情報局国民映画。

 朝日新聞に連載された火野葦平の小説を原作に、幕末から日清・日露の両戦争を経て満州事変に至る60年あまりを、ある家族の三代にわたる姿を通して描いた作品である。
 時期的に考えても、当然、国策に沿った戦意高揚・銃後の意識を鼓舞するという目的が、映画製作を依頼した側にはあったはずである。ストーリー展開もキャラクター設定も、そういう意図から外れてはいない。しかし、細部の描写はときどきその本来の目的を逸脱しがちであり、最後のシークエンスで大きく違う方向へと展開する。その場面を見る限り、この作品を国策映画と呼ぶことは難しい。結果として、木下は情報局から「にらまれ(当人談)」終戦時まで仕事が出来なくなったと言われている。(ウィキペディア「陸軍(映画)」)

 ‘最後のシークエンス’とは、息子伸太郎が大陸に出陣する当日、「泣くから見送りに行かない」と家に一人残った母わか(田中絹代)の、家事の手が止まり、物思いに沈み、進軍ラッパの響きと人々の歓声にはっと腰を上げ、家を抜け出し、家並みや街をひたすら走り抜け、見送る人々の盛大な歓声のなかを華々しく行進する隊列の中に息子の姿を必死に探し求め、ついには息子を見つけ、その名を呼び、目と目を合わせ、混雑にもまれて道に倒れるまでの一連のシーンである。
 このシークエンスは、おそらく日本映画史上五指に入る名場面と言ってよいだろう。持続する緊張感が凄まじい。演じる田中絹代を見れば、誰もが否応無く、「日本映画史上最高の名女優は、吉永小百合でも原節子でも杉村春子でも樹木希林でも田中裕子でもなく、田中絹代その人だ」と認めざるをないだろう。実際、この映画の主役は途中まで笠智衆なのだが、最後の最後の5分間で田中絹代にすべて持っていかれてしまう。
 これは、しかし、軍国主義に反感を持つ木下恵介監督の策略のなせるわざで、笠智衆演じる父親が象徴する父権主義が、田中絹代が象徴する母性の前に色褪せていく刹那でフィルムは終了するわけである。
 なるほど、「戦争反対」のメッセージはつゆほども打ち出していない。陸軍の要望に沿うよう、「(戦時下の)日本国民(≒日本男児)たるものどうあるべきか」を笠智衆ら登場する父親たちのセリフの中で繰り返し表現し、天皇陛下への報恩と恭順を徹頭徹尾強調している。
 だが、この映画はやはり「戦意高揚映画」ではない。立派な「反戦映画」である。

 上記の見送りのシーンと同じくらい衝撃的なシーンがある。
 それは、上等兵として大陸への出兵が決まった息子伸太郎を祝う最後の晩餐シーン。家族一同がご馳走の並ぶ座卓を囲んで、和気藹々と団欒する。「やっぱり家族っていいな~」と思うシーンである。ホームドラマの名手として名を馳せた木下恵介の真骨頂である。
 しかるに、座卓を包む、内に別れの悲しみを宿しながらもほのぼのとしたあたたかい雰囲気とは裏腹に、そこで語られる会話――主に一家の主である父=笠智衆によって先導される――は、背筋が凍るほどナショナリスティックでマッチョイズムなのだ。聞いていて吐き気がしてくる。この一見‘ホームドラマ’、しかし中味は‘国家主義’という矛盾というかギャップが驚くべき効果を発揮している。
 
 多くの場合、国家と家庭は対置するものとして表現される。国家=戦争、家庭=平和の象徴で映像化されるのが一般である。家庭を崩壊し、家族を離散する‘巨悪’として、国家が起こす戦争は描かれるものである。とくに、アメリカの反戦映画にその傾向が強い。
 しかしこの映画では、木下監督は、そんな杓子定規、紋切り型に乗らない。国家と家族を対置させずに、家庭的なるものの中に戦争に繋がるエレメントを描いて、家族主義と国家主義が同一線上にあるものと喝破するのである。
 国家の思想は、家族を洗脳する。その家庭内で育てられた子供たちはまた親によって洗脳され、国家主義を身につける。家庭が戦争の温床になって、人を殺し人を死に追いやる装置として働いている。その装置が自動化していく恐ろしさを、幕末からの三代にわたる家族の歴史の中で、描き出しているのである。
 別の観点からすれば、国家は男達(世の父親)を洗脳し、父親は食卓に代表される家庭内において妻と子供たちを洗脳する。夫に従順たることを意識付けられ洗脳されたはずの妻(=母)は、それでも息子を戦場に追いやることを夫のようには誇りとは思えない。だから、「天子様のために立派に闘ってくるのだよ」とは口が裂けても言えない。「天子様にいただいた命なのだから大切にするのだよ」
 対置すべきは、国家と家庭ではなく、父権主義と母性。そんなあたりが木下監督の深意なのかもしれない。
 『お嬢さん乾杯』や『破れ太鼓』で魅せたユーモア(=機知)以上に高く評価すべきは、木下監督の狡知である。


評価:A-

A+ ・・・・めったにない傑作。映画好きで良かった。 
「東京物語」「2001年宇宙の旅」「馬鹿宣言」「近松物語」

A- ・・・・傑作。できれば劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」「スティング」「フライング・ハイ」「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」   

B+ ・・・・良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」「ギャラクシークエスト」「白いカラス」「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・純粋に楽しめる。悪くは無い。
「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」「ボーイズ・ドント・クライ」

C+ ・・・・退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・見たのは一生の不覚。金返せ~!!



 


● 不愉快なコメディ 映画:『カルメン故郷に帰る』(木下恵介監督)

高峰秀子 1951年松竹。

 『二十四の瞳』『浮雲』と並ぶ高峰秀子の代表作である。
 この女優が演技達者なのはいまさら言うまでもない。その後物書きとしても成功したけれど、頭がいいのも間違いない。
 が、自分は高峰秀子人気がよくわからないのである。
 とりたてて美人ではない。スタイルも純日本人体型の大根足である。セクシー女優というには庶民的すぎる。
 これまでにはなかったタイプの女優――といったところが魅力だったのだろうか。

 国産初の総天然色映画として有名なこの作品は、喜劇に分類されている。
 都会でストリッパーをしているオツムの弱いリリィ・カルメン(=高峰)が、「故郷に錦を飾る」べく浅間山麓の村に同僚マヤと帰省して一騒動起こす、という単純なストーリー。
 高峰の演技はあくまで伸びやかで屈託がない。素朴な田舎の人びとの反応も滑稽で微笑ましい。ストリッパーとなった娘を愛しながらも恥に思う父親(=坂本武)の複雑な胸中が描かれるとはいえ、全体には喜劇的トーンで統一されているのは間違いない。全編オールロケ、村人の騒動を悠然と見守る浅間山をバックに、広々としたすがすがしい風景が適確なロングショットで捉えられている。牧歌的という言葉の似合うコメディではある。
 しかし、自分は素直に楽しめなかった。

 リィリィは最初、東京で成功した人気舞踏家という触れ込みで帰郷する。村人は、垢抜けた都会風のリィリィとマヤを持て囃す。彼女たちの行くところには人垣ができる。男たちはやに下がる。
 しかるに、リィリィがかつて好きだった男(=佐野周二)に迷惑をかける羽目になって、名誉挽回のため村人への「芸術披露」を行うくだりに至って状況は一変する。
 村人たちは、リィリィの言う芸術とはストリップのことであり、舞踏とは裸踊りのことであると知る。
 東京に帰る前日、リィリィとマヤは、父親や子供たちをのぞいた村人総出の舞台で裸踊りを披露する。男たちが首を伸ばし固唾を呑んで見守る中、ビキニが、そして最後の一枚が、はらりと宙に舞う。
 翌日、謝礼をもらい汽車に乗って故郷をあとにするリィリィは満足気である。
「田舎の人たちに本物の芸術を見せてやった。」
 女優のような鷹揚な笑みを浮かべ、見送る男たちに悠然と手を振る。
 一方、男たちはもはやリィリィを馬鹿にしている。鼻でせせら笑い、いやらしい仕草で、二人を見送る。転落した女への侮蔑丸出しである。
 
 不愉快きわまる話ではないか。
 これが喜劇として喝采を博すほど、当時の大衆も批評家もお目出度かったのである。フェミニズム的に盲だったのである。
 赤線や青線がまだあった、街角にパンパンが立っていた1951年じゃ仕方のないことであろう。
 
 監督(脚本)の木下恵介はどうだったのか。
 登場する男たちと同じ視線、同じ価値観でリィリィを見たのだろうか。
 そこが興味深いところである。
 ゲイである木下監督(←決めつけてる)は、ヘテロの男のようには状況を見ていなかった可能性がある。彼なら、劇中の真面目な校長先生(=愛すべき笠智衆)同様、リィリィのストリップショーに行かなかったかもしれない。行っても、他の男のようには興奮せずに、冷めた目で舞台や周囲の観客たちを観察していたであろう。
 自分を喜ばせ満足させてくれるものを下に見て侮蔑する男たちの倒錯した性は、木下恵介の目にはどう映ったのだろうか。
 この作品が実は喜劇ではなく風刺劇なのではないか、と思うのはその点である。
 そのように観たときに、映画の冒頭で流れ、劇中でも繰り返し流れる、おそらくはこの映画のために作られたであろう『ふるさと』という歌が、喜劇には似合わないもの哀しい旋律を帯びている不可解に合点がゆくのである。その調べには、懐かしいけれど愚昧な風土に対するアンビバレントな思いが響いている。
 
 この映画のパロディとして、1978年に同じ松竹から『俺は田舎のプレスリー』(満友啓司監督)が上映された。こちらは、青森県が舞台で、故郷の秀才である青年・真実男がフランスで性転換手術をし「女」になって帰還するという話である。主演は、まさに適役カルーセル麻紀であった。
 「カルメン」と同じような転落(男から女への!)の物語で、村人は最初から冷たい目でかつての秀才に遇する。
 しかしながら、この映画は途方もない美しさに輝く傑作であった。それはカルメンが帰郷で得られなかったものを真実男は得たからである。
 
 木下監督は『プレスリー』を観て歯ぎしりしたに違いない。

 
 
評価:B-

A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 
        「東京物語」「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
        「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」
        「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」
        「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」
        「スティング」「フライング・ハイ」
        「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」    

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
        「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」
        「ギャラクシークエスト」「白いカラス」
        「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
        「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」 
        「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」「ボーイズ・ドント・クライ」

C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
        「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
        「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
        「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!

● 聖父子 映画:父ありき(小津安二郎監督)

父ありき 1942年松竹作品。


 この映画を見るのは何回目だろう?
 観るたびに、すでに完成の域に入りつつある小津ワールドの独特なリズムと時間の流れ(それは慣れないうちは眠くなるが、はまるとその心地よさに病みつきになってしまう麻薬である)に酔い、父と子が渓流釣りするシーン、城郭(上田城址?)で対話するシーンの圧倒的な美しさに心震える。
 状態の良いフィルム、くっきりとした音声で、観たい聴きたいと、これほど思わせられる映画はない。
 一方、観るたびに、ある種の居心地のわるさ、妙に落ち着かない気分を味わうことにもなる。
 それは、この父親と息子の関係性に起因している。


 戦前の日本の理想的な父親と、親思いの真面目な孝行息子。
 なんの文句もないのであるが、この二人の関係、親子というより、なんだか恋人同士か夫婦みたいなのである。
 成人後、秋田で学校教師をしている息子の良平(佐野周二)は、舎監の仕事の合間にふと手を止めて、ポートレートを取り出し、写真に微笑みかける。その相手は大学時代に知り合った恋人、ではなく、東京で働く父親の周平(笠智衆)である。彼の切なる願いは父親と一緒に暮らすこと。
 宴会に行った父親の帰りを一人布団の上で待つ良平、帰宅した父親をうきうきと迎える姿は、夫の帰りを待つ新妻そのもの。父親と会話するときのうれしそうな表情からは色気さえ漂っている。
 結婚相手を世話しようとする父親に、頬を赤らめ、はじらいながら、「おとうさんにおまかせします」と言うシーンなどは、畳の上に「のの字」でも書いているかと思うほど妙にかわいい、というか妙。
 なんか見てはいけないものを見てしまったという感じがする。
 父親もまんざらでない。息子と一緒に風呂に入ったり(そんなに広い風呂場がありそうな家には見えないのだが)、仏壇に向かい亡くなった母親に徴兵検査合格を報告する息子の姿を、口元をほころばせながら飽かず眺めている。

 同性愛(近親相姦)のニュアンスがあるというのではない。それは小津映画にはありえない。
 この父と息子のいっぺんの翳りもない愛情に満ちあふれた関係は、世間一般の普通の父子関係ではないと言いたいのである。

 父と息子の関係は、ややこしいものである。
 自分の場合を見てもそう思うが、世間的にも決して「互いへの尊敬と愛情に満ちた、いつもそばにいたい良好な関係」などではない。
 母と息子ならそれは可能だろう。父と娘でもあり得よう。『晩春』の笠智衆と原節子はまさにそうだった。
 だが、父と息子はそうはいかない。 
 西欧なら、父親を殺したオイディプスがいる。エデンの東、スターウォーズ。日本なら、巨人の星、美味しんぼ、エヴァンゲリオン、宮崎吾郎の『ゲド戦記』・・・。父親と息子は理解し合うことも愛情を示し合うこともなく、いつも闘っている。それが、あたかも父親と息子の宿命であるかのように。
 息子にとって父親は、人生の先輩であり、見本であり、前に立ちはだかる岩壁であり、到達し乗り越えるべき山である。それは、常に自分にプレッシャーを与える存在である。
 父親はまた社会の象徴でもある。個人として目覚め、個人として生きたいといきり立つ息子に対峙し、その気持ちを潰し、行動を束縛し、自尊心を打ち砕く社会というものが、人間の姿をして身近にあらわれたのが父親である。古今東西、父親の役割は息子を社会化させることにあった。(ここ過去形にしました。)
 
 映画の中でも、周平は、「一緒に住みたい」という良平の希望を常に裏切り続けることで息子に忍耐と我慢を教え、いつかは出て行くことになる社会の厳しさに対し準備させている。父親としての役割をきちんと果たしている。決して、親子関係のとり方が間違っているわけではない。(息子に対する父親の役割について描いた映画に『父、帰る』がある。これは、つよい衝撃と深い考察を呼び起こす傑作。)
 でありながら、あまりにうるわしすぎる父と息子の関係。
 なぜそれが可能なのか?
 そこにはいくつかの条件が前提としてある。
 
1. 母親がいない。父親が母親代わりもつとめていた。
2. 父親は再婚しなかった。
3. 息子は一人っ子である。
4. 息子の中学・高校・大学時代(いわゆる反抗期・疾風怒濤期)に、二人は離ればなれでいた。
5. 息子は結婚していない。晩生である。
6. 父親の人格が高潔である。
7. 息子の結婚が決まったとたん、父親は亡くなってしまう。


 この条件のどれか一つ欠けただけで、二人の関係は微妙に変化し、うるわしい関係は崩れてしまう。
 たとえば・・・。
 周平が女房を亡くしたあとすぐに再婚して別の子供を作っていたら?
 周平に良平のほかにも子供がいたら? とくにそれが娘だったら?
 良平が思春期を周平と共に暮らしていたら?
 良平の結婚後も父親が生きていて、ずっと同居するとしたら?
 周平がアルコール中毒だったら? 女癖が悪かったら?
 
 すべてが変わってくることが見えてくる。

 いくつもの条件の稀なる積み重ねの結果として、あのような天上的な父子関係が一時的限定的に成り立ったのである。それはまるで、この世ではあり難い父子の姿をスクリーンに永遠にとどめんが為に、条件を考え出して、逆算して設定を作ったかのようである。
 
 いくつもの困難を乗り越えた先に一瞬立ち現れた幻こそ「聖なるもの」の刻印が押されるにふさわしい。
 

 
評価: B+
「A-」をつけるつもりだったが、やはり一部フィルムの見にくさと音声の悪さは無視できない。

参考: 

A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 
         「東京物語」 「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
         「風と共に去りぬ」 「未来世紀ブラジル」 「シャイニング」 「未知との遭遇」 
         「父、帰る」 「フィールド・オブ・ドリームス」 「ベニスに死す」 「ザ・セル」
         「スティング」 「フライング・ハイ」 「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」
         「フィアレス」 ヒッチコックの作品たち

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
         「アザーズ」 「ポルターガイスト」 「コンタクト」 「ギャラクシークエスト」 「白いカラス」 
         「アメリカン・ビューティー」 「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
         「グラディエーター」 「ハムナプトラ」 「マトリックス」 「アウトブレイク」
         「タイタニック」 「アイデンティティ」 「CUBU」 「ボーイズ・ドント・クライ」 
         チャップリンの作品たち   


C+ ・・・・・ 退屈しのぎにはちょうどよい。レンタルで十分。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
         「アルマゲドン」 「ニューシネマパラダイス」 「アナコンダ」 「ロッキー・シリーズ」

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ~。不満が残る。 「お葬式」 「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
         「レオン」 「パッション」 「マディソン郡の橋」 「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。もう二度とこの監督にはつかまらない。金返せ~!!





● 映画:風の中のめんどり(小津安二郎監督)

 風の中の雌鳥1948年松竹。

 日本が無条件降伏してから3年後に撮った映画である。
 映画の中の時代背景も舞台も状況設定も、そのまま当時の日本(東京)とみていいだろう。
 その意味では、リアリズム映画と言える。よくあったであろう話。

 出来としては、当時の批評家の評した通り、そして小津監督自身が言った通り、「失敗作」なのだろう。84分という短い上映時間にかかわらず、長く感じてしまったあたりにそれが表れている。

 見るべきは、主役の田中絹代の演技となる。
 この人はぜんぜん美人じゃないけど、存在感は尋常じゃない。この人とからむと、あの京マチコでさえ食われてしまう。(『雨月物語』) 女の情念や愚かさや一途さを演じたら、この人の右に出る女優は昔も今もそうそういないだろう。
 そして、なんとなく小津監督もこの人の演技にひきずられてしまったのではないかという感じがする。
 というのは、小津映画にあっては役者の過剰な演技力は‘余分’であるからだ。それは、もっとも小津映画で輝いたのが、笠智衆と原節子であったことからも知られる。笠も原もなんだかんだいって、決して上手い役者ではない。少なくとも、同様に小津映画の常連であった杉村春子や『東京物語』の東山千栄子のように新劇的な意味で演技できる役者では、全然ない。
 だが、小津が自らのスタイルを確立する上で必要としたものを二人は持っていた。
 立体的で虚ろな顔と、純潔なたたずまい。
 言ってみれば、二人のありようこそが、真っ白なスクリーンかキャンバスみたいなもので、あとは小津マジックで、場面場面で必要な様々な感情や印象を二人の役者に投影して見せることができたのだ。そこで変に演技されると、小津スタイルを壊してしまう。

 病気になった子供の看病をするシーン。布団に横たわっている子供の顔をしゃがんでのぞき込む田中絹代は、スクリーンの中心から左半分にいる。子供の姿はそのまた左側なのでスクリーンに入っていない。凡庸な監督ならば、心配する母親の顔が画面中央に来るようにして、子供の寝姿と共に撮すだろう。
 この不思議な構図で我々の目が惹きつけられるのは、スクリーンの右半分、小卓に置かれたビールかなにかの瓶である。表面の光沢と物体としての重さ。その異様なまでの存在感。
 「物(自然を含む」)と「人」とが等価値で、時には「物」の方が尊重されて、スクリーン上に配置される。語ることなく動じることなく、ただそこにある「物」の世界の中に、ほんの一時、顕れてはドラマを演じ消えていく人間達。  
 「物」と「人」との絶妙なバランスこそが、小津スタイルの刻印である。

 杉村も東山も日本の演劇史に大きな足跡を残す名優ではあるが、微妙なところで、小津スタイルを壊すことなく、むしろ、持ち前の演技力によって逆に小津スタイルを浮きだたせる役割りを担っている。それは、小津の使い方がよかったのか、杉村や東山の呑み込みがよかったのか。きっと、もともとそれほど芝居をさせてもらえるようなテーマや脚本や役柄ではなかったことが大きいのだと思う。(杉村春子主演で小津が監督したら、やっぱり失敗作になると思う。)
 この映画での田中絹代は、小津スタイルにはまりきれていない。容貌ももちろんそうだが、何より本気で芝居している。この脚本と状況設定とでは、そうするよりほかないだろう。そう撮るよりほかないだろう。
 田中絹代は、役者に十分演技させながら独特の美を造形していく溝口スタイルにこそ向いているのだ。(『西鶴一代女』) 


 結論として、テーマ自体が小津スタイルには向いていなかったということである。

 それにしても、この翌年に『晩春』を撮っていることが驚きである。
 なんとなく、60年代くらいの映画と思ってしまうのだが、『晩春』も無条件降伏からたった4年後の話なのだ。




 評価:C+

参考: 

A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 
         「東京物語」 「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
         「風と共に去りぬ」 「未来世紀ブラジル」 「シャイニング」 「未知との遭遇」 
         「父、帰る」 「フィールド・オブ・ドリームス」 「ベニスに死す」 「ザ・セル」
         「スティング」 「フライング・ハイ」 「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」
         「フィアレス」 ヒッチコックの作品たち

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
         「アザーズ」 「ポルターガイスト」 「コンタクト」 「ギャラクシークエスト」 「白いカラス」 
         「アメリカン・ビューティー」 「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
         「グラディエーター」 「ハムナプトラ」 「マトリックス」 「アウトブレイク」
         「タイタニック」 「アイデンティティ」 「CUBU」 「ボーイズ・ドント・クライ」 
         チャップリンの作品たち   


C+ ・・・・・ 退屈しのぎにはちょうどよい。レンタルで十分。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
         「アルマゲドン」 「ニューシネマパラダイス」 「アナコンダ」 「ロッキー・シリーズ」

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ~。不満が残る。 「お葬式」 「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
         「レオン」 「パッション」 「マディソン郡の橋」 「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。もう二度とこの監督にはつかまらない。金返せ~!!





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