ソルティはかた、かく語りき

首都圏に住まうオス猫ブロガー。 還暦まで生きて、もはやバケ猫化している。 本を読み、映画を観て、音楽を聴いて、神社仏閣に詣で、 旅に出て、山に登って、瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

篠田正浩

● 文楽の可能性 映画:『心中天網島』(篠田正浩監督)

1969年表現社、ATG製作

原作 近松門左衛門
脚本 富岡多恵子、武満徹、篠田正浩
音楽 武満徹
撮影 成島東一郎
上映時間 103分

 本作の一番の特色は、通常の劇映画のように写実的な屋内セットやリアリティあるロケ現場を物語の背景として用意するのではなくて、モノクロのシュルレアリズム絵画のような書き割り満載の、しかし簡素極まりない人工照明の舞台装置の中を、歌舞伎や文楽に欠かせない黒衣(くろご)たちが物語の進行を助けるために縦横無尽に動き回る――という実験的・前衛的手法を用いているところにある。
 低予算を逆手に取った奇策であると同時に、原作本来の表現形式である人形浄瑠璃や歌舞伎の雰囲気を色濃く漂わせる妙案でもある。「近松の世界はすべて外は闇で、光の当たっている部分に人間がいる」という篠田監督の解釈がこうした発想につながったらしい。確かに、抽象的で色彩も広がりも持たない演技空間のおかげで物語の閉塞性が強調されている。つまるところすべてのドラマは、狭い人間関係の中で生じていることであり、登場人物の心の中で起こっていることである。端的に言えば、物語とは「自我」の別称なのだから。
 色彩と広がりのない息苦しさは観る者を苛立たせ、疲れさせ、ともすれば集中力を途切れさせるリスクがある。ソルティの近い席のおやじは途中から大きなイビキをかいていた。もちろん叩き起こした。
 だが、野心的な試みは十分評価できよう。

 ソルティはこれまで歌舞伎はともかく、文楽(人形浄瑠璃)は観たことがないので、その芸術的特質というものに疎い。なのではずしているかもしれないが、黒衣たちが人形を操って一定の空間の中で物語を進めていく手法は、いわゆる「メタフィクション」効果があると思う。時代物でも世話物でも、戦記物でも心中物でも、物語そのものを登場人物に感情移入して楽しんだり、人形遣いの見事な腕に感嘆したり、人形の着物や顔の美しさに感動したり、義太夫節や三味線の巧みさに唸ったり・・・というオリジナルな楽しみ方とは別に、人間(人形)たちの織りなすドラマを、本人の知らないうちに外側から操って予定通りの結末に導いていく「操り手」の力を感じ取ることができる。
 これすなわち「宿命」である。
 映画『心中天網島』でも、黒衣たちが文字通り暗躍し、愛し合う男女の心中という悲劇的結末に向かっていくストーリーに積極的に手を貸している。たとえば、ラストシーンでおさん(=岩下志麻)を殺めようとする治兵衛(=中村吉右衛門)の手にどこからか調達した刀を握らせる、その後首つり自殺しようとする治兵衛の首にご丁寧にも紐をかけてやるというふうに・・・。すべては個人の意思とは関係ないところで決められていて、あらかじめ運命の決めたストーリーを個人はプログラム通りに後追いするだけだ(しかし個人はおめでたいことにそのことにまったく気づかない)。
 ――という、ある種の「脱・フィクション観」「反・物語論」をこの映画から感じ取ることができたのであるが、篠田監督が制作当時(1969年)、そこまで意識して撮ったのかは怪しいところである。篠田監督の才能云々の話ではなく、当時はまだまだ「物語」の力が圧倒的に強かったであろうから。その証拠に、たとえば岩下志麻の迫真の演技はまさに「物語」の力そのもので、それを疑わせるような演出上の仕掛け――たとえば筋の随所で出演俳優を象った人形を示すとか――はみじんもない。
 それにつけても志麻姐さんの演技は不思議である。いつも「巧いかどうか」という判定を観る者にさせないほどの美貌と声の威力と高テンションで、最後まで押し切ってしまう。

 篠田の才ということで言えば、やっぱり男優が魅力的でない。『鬼平犯科帳』でブレークした2代目中村吉右衛門はなるほど美男でもセクシーでもないけれど、この治兵衛はあまりに冴えない。主役にふさわしい華を欠いている。愛妻(恐妻?)岩下の相手役ということで、演出の腰が引けたのであろうか。結果、『鑓の権三』と同じ欠陥にはまっている。

 「物語」のメタフィクション化が一般的になった現在、文楽の可能性は広がっているように思われる。
 一度観に行ってみるか。

 

評価:C-

A+ ・・・・めったにない傑作。映画好きで良かった。 
「東京物語」「2001年宇宙の旅」「馬鹿宣言」「近松物語」

A- ・・・・傑作。できれば劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」「スティング」「フライング・ハイ」「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」   

B+ ・・・・良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」「ギャラクシークエスト」「白いカラス」「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・純粋に楽しめる。悪くは無い。
「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」「ボーイズ・ドント・クライ」

C+ ・・・・退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・見たのは一生の不覚。金返せ~!!





● 映画:『鑓の権三』(篠田正浩監督)

1986年松竹
上映時間 126分

 池袋で買い物したあと、なんとはなしに新文芸坐を覗いたら、『ー表現舎50周年記念ー 映画監督篠田正浩と女優岩下志麻の映画人生をたどる』と題した10日間の企画をやっていた。
 「おっ、志麻姐さんだ! 今日のプログラムは何だろう?」
 入口の看板を見ると、『鑓の権三(やりのごんざ)』と『心中天網島(しんじゅうてんのあみじま)』。
 どちらも近松門左衛門原作の密通ものである。どちらも未見である。
 タイムテーブルをみると、ちょうど前の回が終了したばかりであった。
 数年ぶりに新文芸坐にて二本立てを観ることになった。

 溝口健二監督の大傑作『近松物語』(1954年、原作は『大経師昔暦』)を挙げるまでもなく、近松の心中物は、封建制度・武家社会・儒教道徳の世で、結ばれてはならない間柄にある男女(あるいは男男)が道ならぬ恋におちいり、義理や体面や恥や道理といったしがらみにがんじがらめとなり、窮地に追い込まれて駆け落ちし、追っ手に捕らわれて処刑される、あるいは心中する、という筋書きを旨とする。その意味で、『ロミオとジュリエット』や『トリスタンとイゾルデ』や『アイーダ』と同系統の「社会(世間)V.S.個人」の物語ということができる。
 個人の自由と平等と権利とが尊重される近・現代社会では成立しづらくなった物語機構である。実際、近松作品の主人公たちの置かれている苦境の質を理解し共感するのは、現代人にはなかなか難しいものがある。
 一方、人を好きになる気持ちや恋愛の最中に発生する様々な複雑な感情はいつの世でもそう変わりがないので、そのあたりを演出家や演技者がうまく表現できれば、時代を超えた感動をもたらすことができる。
 残念ながら、篠田監督はその点で失敗しているように思われる。
  
 『鑓の権三』は近松門左衛門の浄瑠璃『鑓の権三重帷子(かさねかたびら)』を原作とする。鑓の名手であり三国一の伊達男である笹野権三(=郷ひろみ)と、その茶道師範・浅香市之進の妻おさゐ(=岩下志麻)との密通の一部始終を描いている。
 権三に郷ひろみを抜擢した篠田のキャスティングの才は讃えるべきものであろう。この映画の作られた1986年当時、日本で「水も滴るいい男」というにもっともふさわしいのは郷ひろみであった。“ヤング”を抜けた大人の落ち着きと今を盛りの男のフェロモンふんぷんたる伊達ぶりは、対・松田聖子と対・二谷友里恵の恋の狭間にあって、全日本女性のオナペットというにふさわしい存在であった。
 サムライ姿の郷ひろみは確かに凛々しくてカッコいい。美男である。女性なら誰でも見とれるであろう。演技は達者とは言えないが、美貌と適役ぶりに免じて大目に見ることはできる。
 が、残念なことに色気がないのである。
 これは郷ひろみのせいではない。明らかに篠田監督と撮影の宮川一夫のせいだろう。男を色っぽく撮ることができていない。ヘテロ監督ゆえなのか、それともヒロインであると同時に細君でもある岩下志麻に遠慮したせいなのか。せっかく郷ひろみという逸材を持ってきながら、その魅力(=セックスアピール)を十全に生かし切れていない。(権三の敵役で出演している日本芸能界のドン・ファンたる火野正平の魅力さえ画面に移し損ねている!)
 このドラマを成立させる肝は、そこにいるだけで女を濡らしてしまう鑓の権三の伊達ぶり如何にかかっている。なぜ自分の栄達にしか関心がないエゴイストの権三に周囲の女達が次々と虜にされていくかというと、黙っていても漂ってくる権三の色気、すなわち男性ホルモンゆえであろう。
 そこがフィルムに定着されなければ物語は回らないし、せっかくの志麻姐さんの高テンションの熱演も空回りするばかりである。その結果、おさゐが本当に権三に惚れ抜いているようには思えない。
 
 これが木下恵介監督だったら・・・と思わざるを得ない。



評価:C+

A+ ・・・・めったにない傑作。映画好きで良かった。 
「東京物語」「2001年宇宙の旅」「馬鹿宣言」「近松物語」

A- ・・・・傑作。できれば劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」「スティング」「フライング・ハイ」「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」   

B+ ・・・・良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」「ギャラクシークエスト」「白いカラス」「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・純粋に楽しめる。悪くは無い。
「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」「ボーイズ・ドント・クライ」

C+ ・・・・退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・見たのは一生の不覚。金返せ~!!






● 勝気と狂気、あるいはマクベス夫人がここにいた! 映画:『悪霊島』(篠田正浩監督)

公開 1981年
原作 横溝正史
製作 角川春樹事務所
撮影 宮川一夫
上映時間 131分
キャスト
  • 金田一耕助/鹿賀丈史
  • 磯川警部/室田日出男
  • 三津木五郎/古尾谷雅人
  • 越智竜平/伊丹十三
  • 巴御寮人・ふぶき/岩下志麻
  • 真帆・片帆/岸本加世子
  • 刑部守衛/中尾彬
  • 刑部大膳/佐分利信
  • 吉太郎/石橋蓮司

 実に35年ぶりに観たのだが、そんなに久しぶりの気がしない。
 
 それはこの映画のあるシーンのインパクトが強すぎて、その後の35年間、何気ないきっかけからふとそのシーンが眼前に蘇えることが度々あったからである。そのシーンを悪夢でも見るかのように反芻してきた結果、映画『悪霊島』の記憶はソルティの中で、鮮烈なままにある。
 
 そのシーンとは・・・・・
 耳について離れない不吉で忌まわしい調子のコピー「鵺(ぬえ)の泣く夜は恐ろしい」――ではない。
 切り離された裸の片腕を咥えて犬が村中を走り回るシーン、でもない。
 目を背けたくなるほどにグロい岸本加世子の惨殺死体、でもない。
 気の触れたふぶきを演じる岩下志麻がしどけなく開いた着物の裾から片手を入れて自慰にふけるシーン、でもない(こんな衝撃的な場面があったことを今回見るまで忘れていた!)。
 むろん、とっちゃん坊や風の角川春樹が端役で登場する冒頭のジョン・レノンの死を伝えるニュースのシーン、でもない。
 
 ラストの岩下志麻の‘狂乱の場’がそれである。

 海水がひたひたと底を洗う、岩壁に幾たりかの男の骸(むくろ)が蜘蛛の餌食のごとく飾られた洞窟の暗闇。20年前に自らが産み落とし発作的に殺めた赤子――腰のところでくっ付いたシャム双生児――の骸骨を、いささか鼻にかかった粘着質な甲高い声で、「太郎丸~、次郎丸~」と狂おしく叫びながら、髪も着物も振り乱し、地面に這い蹲り、血眼になって探し回る巴御寮人(=ふぶき)の姿が、そして役に没入した岩下志麻の一線を超えた鬼気迫る演技が、強烈な印象を残したのである。

 岩下志麻と言えば、『極道の妻たち』、『鬼畜』、『紀ノ川』、『切腹』ほか沢山の名作に出演し、たくさんの印象に残る演技を披露している大女優である。ソルティは、彼女の代表作とされる『心中天網島』および『はなれ瞽女(ごぜ)おりん』を観ていないので断言は控えるが、今のところ、岩下志麻の女優としての凄さを一番感じてしまうのが、この『悪霊島』なんである。
 おそらく彼女自身の中では、あるいは実生活上のパートナーでもある篠田監督の中では、70年代末に降って湧いたように訪れた横溝正史ブームに便乗するように企画・製作されたこの映画について、記憶の底のほうに埋もれてしまうほどのマイナーな価値しか感じていないかもしれない。実際、映画の出来自体は、たとえ往年の名キャメラマン宮川一夫の安定した職人技による支えがあるにしても、あるいは、佐分利信の存在感、室田日出男のいぶし銀、石橋蓮司の殺気、岸本加世子の天真爛漫をもって味付けに工夫しているにしても、成功作とは言い難い。同じ金田一耕助ものなら、野村芳太郎の『八つ墓村』(1977)や市川崑の『犬神家の一族』(1976)のほうが断然面白く、完成度が高い。
 
 しかし、岩下志麻という日本映画史に残る大女優の美貌と貫禄、「勝気と狂気」の演技において存分に発揮される他の女優には替えがたい個性的魅力を、40歳の円熟した色気が発散するままに艶やかにフィルムに移し撮った記念碑的作品として、『悪霊島』は決して軽んじてはならないと思うのである。
 
 勝気と狂気――。
 岩下志麻なら、理想的なマクベス夫人を演じられたであろうに・・・。




評価:B-

A+ ・・・・めったにない傑作。映画好きで良かった。 
「東京物語」「2001年宇宙の旅」「馬鹿宣言」「近松物語」

A- ・・・・傑作。できれば劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」「スティング」「フライング・ハイ」「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」   

B+ ・・・・良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」「ギャラクシークエスト」「白いカラス」「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・純粋に楽しめる。悪くは無い。
「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」「ボーイズ・ドント・クライ」

C+ ・・・・退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・見たのは一生の不覚。金返せ~!!




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