ソルティはかた、かく語りき

首都圏に住まうオス猫ブロガー。 還暦まで生きて、もはやバケ猫化している。 本を読み、映画を観て、音楽を聴いて、神社仏閣に詣で、 旅に出て、山に登って、瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

若尾文子

● 映画:『日本橋』(市川崑監督)

 1956年大映作品。

 原作は泉鏡花。(いま気づいたが泉鏡花と小泉今日子は似ている。キョンキョンの後ろに無意識に日本的幻想性を錯覚し、彼女を上げ底していたのか)
 やはり最大の娯しみはスター女優の美しき競演にある。
 主役の淡島千景はこれまで注目したことのない女優であった。下手すると、国会議員で大臣まで務めた扇千景と混同してしまう。二人ともに宝塚出身であるし。ウィキによると、10歳近く年下の扇千景が、尊敬する先輩である淡島から名前をもらったようである。『渡る世間は鬼ばかり』にも出演していたらしいが、どうも記憶にない。
 今回若い頃の主演作をはじめて見て、演技の上手さに感嘆した。気風がよくて情の強い、好きな男の前では少女のように一途で可愛い芸者・お孝を艶やかに演じている。着物の着こなしや立ち居振る舞いも見事で、古き日本女性の美を感得させるに十分だ。
 ライバル清葉を演じる山本富士子の美貌は言わずもがな。特にすっと通った鼻梁の高貴さは、現代に至るまで他の女優と混同されることを許さないトレードマークと言える。
 そして、芸者見習いお千世役の若尾文子。なんて可愛いのだろう。同年に撮られた『赤線地帯』(溝口健二監督)では吉原遊郭で一番人気の娼婦をしたたかに艶やかに演じている。あどけなさの残る可愛らしい少女と、男を手玉に取るマキャベリな女。そのどちらも作為なく演じきれるところが若尾文子の女優としての魅力であろう。この映画では後年若尾を演技派女優に磨き上げた増村保造が助監督を務めている。
 
 自分世代(60年代生まれ)では、市川崑と言えば石坂浩二主演の金田一耕介シリーズがまず連想される。この映画を観ているとなんだか『犬神家の一族』(1976年)と重なるのである。いや、『犬神家』がこの『日本橋』のパロディだったのかと思われるのである。
 たとえば、主役のお孝(=淡島)が毒を飲んで自害するシーンは、どうしたって犬神松子(=高峰三枝子)の白くなった唇の最期を思わせる。お孝の恋人葛木(=品川隆二)が出家姿で町を去るシーンは、事件解決後に小汚い帽子をかぶって村を一人去ってゆく金田一耕介を思わせる。二人に共感的な警察官笠原(=船越英二)のバンカラ的ふるまいは、「よ~し、わかった」と手を打つ警察署長の加藤武を思わせる。惨殺されるお千世のいたましい着物姿は、わらべ唄に合わせて次々と惨殺されていく『悪魔の手毬唄』の娘たちや『獄門島』の浅野優子を思わせる。映画の冒頭でタイトルクレジットが出る直前の、亡くなった芸者の幽霊出現に驚く芸妓たちのショットも、湖や時計台で死体を発見して驚く若い女中のショットと重なる。
 どうも型が共通なのである。
 その理由を泉鏡花と横溝正史の類縁に求めるべきか。市川監督のフォークロア的あるいは絵柄的好みと見るべきか。それとも市川の細君で両作品の脚本を担当している和田夏十のせいなのか。
 いずれにせよ、劇画チックな派手さ、面白さというのが市川監督の人気の秘密のような気がする。



評価:B-

A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 
        「東京物語」「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
        「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」
        「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」
        「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」
        「スティング」「フライング・ハイ」
        「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」     

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
        「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」
        「ギャラクシークエスト」「白いカラス」
        「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
        「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」 
        「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」「ボーイズ・ドント・クライ」

C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
        「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
        「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
        「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!


● 映画:『ぼんち』(市川昆監督)

1960年大映作品。

 市川昆監督作品は『犬神家の一族』を中学生のときに観て以来、結構観ているのであるが、なんだか評価が難しいのである。
 大監督、世界的名匠の一人であるのは間違いない。『細雪』や『ビルマの竪琴』や一世を風靡した大原麗子のサントリーレッドCMなどのヒットメイカーでもある。
 作品ジャンルは幅広く、語り口もうまく、美しくスタイリッシュな映像はまぎれもなく「市川昆印」と言えるものを確立している。頂点はやはり『細雪』だろうか。
 観れば素直に楽しめるし、観たあとに不快感が残ることがない。適度なカタルシスを約束してくれる監督である。
 実際、有能な監督である。
 が、「映画らしさ」という点から見たときに、小津安二郎や黒澤明や大島渚はむろんのこと、たとえば天願大介や黒沢清や原恵一や周防正行などの市川を先達と仰ぐべき現役監督とくらべても‘映画的’でない気がする。
 一つには、娯楽映画のプロというイメージが強いせいかもしれない。大衆の好みを無視してまで貫くような映画人としての過剰や偏屈や心意気があまり感じられないのである。
 一つには市川昆印のついたスタイリッシュな映像が、スタイリッシュのためのスタイリッシュ、斬新のための斬新、という粋で収斂してしまっているからなのだと思う。その昔のハイカラ好きの日本人みたいなもので、当人の本質とスタイルが深いところでマッチしていないのである。
 市川昆監督には本当に撮りたいもの、撮らざるをえないものが無かったのではないだろうか。だから、あれだけ幅広いジャンルの作品を、常に安定した質の高いレベルで産み出せたのではないだろうか。

 そんなことを思いながら、先ごろ亡くなった山崎豊子原作、市川雷蔵主演の『ぼんち』を観た。
 話の面白さもさることながら、出演俳優の豪華絢爛たること!
 大阪は船場の足袋問屋の旦那・喜久治(=市川雷蔵)を取り巻く女達の競演が最大の見所である。
  喜久治の母親役=山田五十鈴
  喜久治の妾役=若尾文子、京マチ子、越路吹雪、草笛光子
  喜久治の最初の妻役=中村玉緒
 なんとも豪華で艶やか。
 とりわけ、若尾文子と京マチ子の色香は画面をフェロモンで充溢させ、こぼれんばかり。
 色気の観点からは脱落するけれど、喜久治の祖母役である毛利菊枝の演技は実に達者で貫禄がある。助演女優賞間違いなしの揺るぎのない好演。
 美しく、したたかな女たちの競演を目の前にして、はじめて市川昆監督の真髄を悟った。なぜ自分がどこかに引っかかりを感じつつも市川作品に惹かれるかが分かった。

 女の映画なのである。
 一人の男を軸として、その周囲を衛星のように回る様々な色とりどりの女達の奔放さ=業を描き出す。それが市川作品の真骨頂なのである。
 その視点からすれば、金田一耕介シリーズも『細雪』も『鹿鳴館』(浅丘ルリ子主演、1986年)も同一線上に来る。
 だから、市川昆の文学的なルーツをたどるなら『源氏物語』であろう。
 映画では撮らなかったが、テレビドラマでは『源氏物語』を撮っているらしい。(1965-66年、毎日放送、全26回)
 DVD発売されないものかな。


評価:B-

A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 
        「東京物語」「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
        「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」
        「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」
        「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」
        「スティング」「フライング・ハイ」
        「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」    

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
        「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」
        「ギャラクシークエスト」「白いカラス」
        「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
        「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」 
        「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」「ボーイズ・ドント・クライ」
    
C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
        「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
        「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
        「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!

● Mの支配力 映画:『獣の戯れ』(富本壮吉監督)

 1964年大映。

 昭和キネマ横丁の一本。
 原作は『愛の渇き』同様、三島由紀夫。読んでいないが、中年夫婦と青年の奇態な三角関係を描いたドラマである。
 身体&知的障害を負った夫と美貌の妻、その妻を慕う若さ溢れる男の共同生活というと、どうしたって『チャタレイ夫人の恋人』を連想させる。あるいは、水上勉の(小柳ルミ子の)『白蛇抄』を。
 不能となった夫に満足できない妻は、滝に打たれたり、夜な夜な自ら慰めたり、水浴する若い同居人の逞しい裸体を覗き見したり・・・・。一方、女主人に恋慕する青年は、日夜悶々としながら覗きや下着いじりなどのストーカー行為に励み、最後は性欲に負け獣に堕ちて禁断の垣根を乗り越えてしまう。
 世の男たちのエロティックな妄想を逞しくさせるシチュエーションの一つである。
 しかも人妻を演じるのが若尾文子ときては、オカズになりそうなシーンを期待するなというのが無理というものである。
 しかし、そんなものはないのである。
 
 三島が描きたかったのは、そんな通俗的な直木賞的なテーマでは断じてなかった。愛憎をめぐる人間の不可思議さであり、対幻想に収斂する近代的な男女の関係にはおさまりきれない人間の情と業とプライドと依存と執着と孤独と退屈の物語であったのである。三島の頭の中には、夫一平と自分を慕う早稲田の学生と三者で共同生活した美貌の小説家岡本かの子(岡本太郎の母)の姿があったのではなかろうか。
 女遊びを繰り返す夫に虐げられているように見えながら、最終的には夫も年下の男も手玉に取って自分の思いの性愛関係を作り上げる主人公優子を、若尾文子が美しく、したたかに演じている。
 若尾文子が演じて優れるのは、日本的な耐える女、因習に閉じ込められた女ではない。
 そのように見せかけながら、上手にエゴを貫き通す、したたかな、しかし哀れな女なのである。
 M(マゾ)の支配力とでも言おうか。


 監督の富本壮吉ははじめて聞く名前であるが、土曜ワイド劇場『家政婦は見た』シリーズの第1~6作までを撮っている。家庭内のおぞましき秘密を撮るのはお手のものというわけだ。



評価:B-

A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 
        「東京物語」「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
        「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」
        「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」
        「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」
        「スティング」「フライング・ハイ」
        「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」     

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
        「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」
        「ギャラクシークエスト」「白いカラス」
        「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
        「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」 
        「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」「ボーイズ・ドント・クライ」
   
C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
        「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
        「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
        「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!

● 若尾文子が怖すぎる! 映画:『妻は告白する』(増村保造監督)

 1961年大映作品。

 しとどに雨の降る午後のオフィス。
 机を並べる同僚たちとの会話。
 と、女子社員の声がする。
 「幸田さん、お客様です」
 部屋の入り口に目をやると、そこには喪服と見まがう黒ずくめの着物に身を包み、ずぶぬれになった髪を振り乱し、ドアの影から上目づかいにひたと男を見つめる女の姿。
 床にポタポタとしずくが垂れて・・・。

 この若尾文子の鬼気迫る演技に背筋がぞっとしない男に幸いあれ。
 職場に突如ヤクザか妖怪が現れたとて、これほど心肝を寒からしめるものではない。
 それくらい恐い。

 明らかに増村監督にはこのような女につかまって振り回された経験があるのだろう。
 ちょっと前なら中森明菜、今ならさしずめ沢尻エリカか・・・。いわゆる魔性の女。
 美しく魅力的でどこかあぶなっかしい。少女のように純粋なふうでもあり、老獪で計算高いふうでもあり。言ってることは本当のようでもあり、ウソのようでもあり。
 平成の精神科医ならば、まずこう診断を下すであろう。
 境界性人格障害。

 登山中の良人殺しの罪を問う裁判という謎とサスペンスをはらむ舞台装置を用いて、一人の真面目な心やさしい青年・幸田修(川口浩)が、被告にして魔性の女・滝川彩子(若尾文子)との切るに切れない関係にはまって破滅していく様を描き出す。
 愛に飢えている女が若い男の愛をもとめて「鬼にも蛇にも」なっていく過程を巧みに描ききった増村監督もすごいが、それに応えた若尾の演技も申し分ない。本当に若尾文子は美しいだけの女優じゃないんだと、この一作を見れば十二分に納得できる。着物の襟から覗く白いうなじも官能的ったらありゃしない。
 
 物語の最後で、幸田は、滝川に出会う前からの婚約者である理恵(馬渕晴子)にも捨てられる。理恵は言う。
 「本当に人を愛したのは奥さん(滝川)だけよ。私もあなたも誰も愛してなんかいない。」
 この言葉によって、幸田との関係の破綻に絶望し薬を飲んで自殺した滝川彩子の愛の強さ、純粋さが賞揚されるような錯覚、幸田の臆病さと冷たさとが非難されているような印象を観る者は持たされるけれど、本当のところどうなのだろう?

 滝川彩子の死に方を見てみよう。
 傘も差さずに(なぜ?)突然訪ねていった幸田の会社のトイレで、持ち歩いていた青酸カリを飲んで自殺。夫の死でおりた生命保険500万円の証書とともに、しっかりと「幸田宛ての」遺書をしたため。その内容は「保険金は、あなた(幸田)と婚約者の理恵さんとの幸せのために使ってください。」

 だれがそのような気色の悪いお金に手をつけられようか。
 彩子と二人での新生活のためにさえ、彩子の元の亭主の保険金を使うのを拒絶した幸田なのだ。(それが二人の仲違いの原因となったのである。) まして、幸田のほとんど目の前であてつけるように自殺した(私は幸田に殺されましたと社内中に広めているようなものではないか!)彩子からのたっぷりの罪悪感付きのプレゼントを、幸田が受け取れるわけがない。
 そんなことくらい想像できない彩子の想像力の欠如こそ恐ろしい。自分を拒否した幸田に対する復讐だろうか? いや、そうではあるまい。自分に都合のいいようにしか人の心を解釈しない(できない)彩子の徹底した自己中心性のなせるわざなのだ。
 それこそ実におぞましい。(実に哀れだ!)

 彩子の亭主がなかなか離婚に応じようとしなかったのも、幸田(と我々観る者)が彩子の口から知った以上の何かしらの理由があるのではと勘ぐってしまう。ちょうど、沢尻エリカとなかなか別れようとしない高城某のように・・・。

 このような女に魅入られてしまったら、男はどうすればよいのだろうか?

 最初から関わらないのが得策には違いないが、危険を見抜けるほど目が肥えるにはそもそも痛い目にあうことが必要だ。美しく魅力的で、そのうえ不幸な結婚をして夫に虐げられているときたら、どんな男が同情せずにいられようか! ちょっと優しく振舞って女の気をひいたが最後、あとは、女の手管にかかってなすがままである。気づいたときには引くに引けないところまではまりこんでいる。
 やっと危険を察知して下手に「NO!」を言うと、女は命というネタを使ってこちらに脅しをかけてくる。つまり、自殺をほのめかす。ちらつかす。これが狂言かというとそうでもなく、今回のように冗談ですまなくなることもあるので実に厄介である。だいたい、自分の命を担保に相手をコントロールするくらいタチの悪いものはない。
 この無間地獄からのがれるには、どこかではっきりと女に「自分にはできない!」を突きつけるしかないのだが、これこそ男が一番苦手とするセリフなんである。

 結局、女に振り回されて心身とも消耗して「もう無理だ、ごめん」と相手に伝えるか(マッチバージョン?)、今までの優しさをかなぐり捨て逆上して相手と同レベルで醜い闘いを続けるか(高城バージョン?)、あるいは、死ねばもろとも世間も仕事も捨てて相手と行けるところまで行く決意を固めるほかない(石田吉蔵バージョン=阿部定の情死の相手)。
 三番目の男は、女から見たら最高に「いい男」なのかもしれないけれど、愛にそこまでエネルギーを(自分を)投資できる男が少ないのは確かである。
 というより、それができる男は、女と釣り合うくらいの深い心の闇(病み)を抱えているような気がする。

 とは言え。
 このような人間がいてくれるからこそ、退屈でつまらない日常がつかの間輝くのかもしれない。保守化し固定化する一方の自我が、巻き込まれることで破壊され、新たに生まれ変わることができるのかもしれない。
 その意味で、自分はこの種の人をこう呼ぶことを提案したい。

 トリックスター症候群。


 
評価: B+
 
 
A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 
        「東京物語」「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
        「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」
        「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」
        「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」
        「スティング」「フライング・ハイ」
        「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」
        ヒッチコックの作品たち

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
        「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」
        「ギャラクシークエスト」「白いカラス」
        「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
        「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」 
        「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」
        「ボーイズ・ドント・クライ」
        チャップリンの作品たち   

C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
        「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」
        「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
        「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
        「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!

●  映画:『祇園囃子』(溝口健二監督)

祇園囃子 1953年、大映作品。

 冒頭のタイトルバックで延々と映される京都の街並み。
 高いビルディングも広告も電線もなく、古い木造の家並みからすっと抜け出るように五重塔や鐘楼などが点々とそびえる。背景に黒々と迫るは北山、はたまた東山か。空が広い。
 このような幻想的な京都の光景は、もはや二度と目にすることができない。
 古き良き古都は喪われてしまった。
 永遠にー。

 芸妓の世界もまた能やお茶と同様、古き良き日本文化の伝統を伝えるものである。
 だから、舞妓になる決心をした少女・栄子(若尾文子)は、他の娘たちと一緒に師匠について芸事の稽古に明け暮れる。芸妓のなんたるかもよく知らないままに。
 いきなり抱きついてきた贔屓客の口を噛み切る、戦後育ちのアプレ(現代風)なじゃじゃ馬娘を演じる弱冠二十歳の若尾がなんとも可愛いらしい。デビュー当時、「低嶺の花」と言われ、庶民的な魅力で売っていたと言うが、後年の若尾にはその形容はまったくふさわしくない。わずか3年後の『赤線地帯』ではすでに大女優のきざしがうかがえる。
 これは、若尾が脱皮する前の初々しい姿をとどめた貴重なフィルムなのである。

 栄子の面倒を引き受ける先輩芸者・美代春(木暮実千代)。
 花街の風習にあらがい、特定の旦那をつくらない。凛とした美しさのうちに、情のもろさや女が一人生きる哀しみを漂わせる名演である。

 もう一人の主要な女は、置屋の女主人お君(浪花千栄子)。芸者達から「かあさん」と頼りにされ、客の男たちの欲望の裏も表も知り尽くした花街の伝統を体現する女だ。

 世代の異なるこの三人の女の生き方やふるまい方、そして栄子の不始末と男たちの欲望をめぐって仲違いする三人の関係を鮮やかに描いている。
 カメラの宮川一夫の丁寧な仕事ぶりも健在である。

 三人の生き方は、各々の花街との関わりの長さ、深さ、洗脳度によって異なる。
 お君の務めは茶屋を切り盛りし、花街をささえること。そのためには、客の男たちの企みの手先となって、抱える芸妓たちを駒のように動かすのは当たり前。
 売れっ子芸妓の美代春は、芸は売っても心は、いや、体は売らぬ。好きでもない男の手に落ちるはまっぴらごめんと一人頑張ってきたが、栄子の不始末が原因でお君からお座敷を干されてしまう。妹分の栄子を守るために、ついに大企業のお偉いさんに体を許す。
 「日本国憲法の基本的人権は、好きでもない客から私たちを守ってくれる」と息巻いていた栄子は、美代春の犠牲を知って、ついに「日本が世界に誇る伝統文化なんて嘘八百。芸妓とは結局、きれいなおべべを着た娼婦と変わりがない。」という事実を知る。
 三人の女はみな、花街という構造の、芸者遊びを求める男たちの欲望の犠牲者である。そこから抜け出すすべもなく、おのれに降りかかる運命をそれぞれのやり方で闘いながら受け入れるしかない。

 しかし、男たちもまた組織という構造の犠牲者である。自分の会社を守るため、大口の仕事を取るために、取引先のお偉いさんを接待するのに汲々としている。そのためには「女」を使うのが一番なのだ。
 では、取引先のお偉いさん、金持ちで地位ある男の一人勝ち、一番得するのだろうか。
 溝口は、美代春にこう言わせている。
 「どんなに金持ちだって、どんなに地位があったって、一人ぼっちはやはり寂しいもの。それより、貧乏でもこうやって仲間同士助け合って生きていくのが一番。」
 なんと美代春は深いことか。やさしいことか。

 そう。この構造は誰にとっても不幸なものである。

 この映画からすでに60年近く経った。
 構造は消えたのだろうか。
 好きでもない男に体を売らなければ生きていけない女たちは消えたのだろうか。
 会社のために女を利用して接待する男たちは消えたのだろうか。
 「花街」「芸者遊び」という体裁すらもはや必要としないところで、欲望があからさまに取引きされているのが現代ではないだろうか。

 古き良きものが失われた代償として、古き悪しきものも消えたのであればまだ救われる。
 古き良きものがなくなって、古き悪しきものだけが残っているとしたら、日本のこの数十年はなんだったのだろう?




評価: B-

参考: 

A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 

「東京物語」 「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。

「風と共に去りぬ」 「未来世紀ブラジル」 「シャイニング」 「未知との遭遇」 「父、帰る」 「フィールド・オブ・ドリームス」 「ベニスに死す」 「ザ・セル」 「スティング」 「フライング・ハイ」 「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」 「フィアレス」 ヒッチコックの作品たち

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。

「アザーズ」 「ポルターガイスト」 「コンタクト」 「ギャラクシークエスト」 「白いカラス」 「アメリカン・ビューティー」 「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。

「グラディエーター」 「ハムナプトラ」 「マトリックス」 「アウトブレイク」 「タイタニック」 「アイデンティティ」 「CUBU」 「ボーイズ・ドント・クライ」 チャップリンの作品たち   

C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)

「アルマゲドン」 「ニューシネマパラダイス」 「アナコンダ」 

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ~。不満が残る。

「お葬式」 「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった

「レオン」 「パッション」 「マディソン郡の橋」 「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!


● 若尾文子礼讃! 映画:赤線地帯(溝口健二監督)

 1956年大映作品。

 いや、これは面白い映画である。
 一級のエンターテインメントと言っていい。
 さすが世界の溝口。


 タイトルからして社会派映画っぽいものを想像していた。
 なにせ「赤線地帯」である。
  1956年と言えば、「売春防止法」が公布され、赤線(公娼制度)が消えていく端緒となった年である。となると、赤線で働く女性たちの悲惨さや、売春や防止法をめぐる是非をテーマにした重苦しい映画を想像してしまうのも無理からぬではないか。しょっぱなに流れる黛敏郎によるテーマ曲も、「ゲゲゲの鬼太郎」に使ってもいいような、おどろおどろしいムンク風の曲なので、見終わった後に暗い気分になるのを覚悟していた。
 ところがどっこい。
 見終わった後の不思議な昂揚感。すっきり感。

 確かに赤線で働く女性たちの悲惨さはたっぷりと描かれている。
 吉原の「夢の里」で働く6人の娼婦たちの、そこで働くように追いやられたそれぞれの事情や、家族やお客とのやりとりをめぐる顛末を、ひとつひとつ丁寧に描き出しながら、一方で売春防止法制定前夜の国会での論議や吉原の雰囲気をからませて、物語はすすんでいく。86分という短い時間でそれをさばき切った脚本がすばらしい。
 しかしながら、後に残るのは、娼婦たちへの同情や、売春の是非や、理不尽な世の中に対する苛立ちなどではなく、女の強さ、たくましさ、したたかさ、愚かさ、一途さ、哀れさ、そして女同士の連帯の強さである。
 「やっぱり女性は強い」と恐れ入って、讃嘆して、DVDを取り出すことになる。

 溝口監督が描きたかったのもそこであろう。映画人生の最後の最後まで(これが遺作である)女性をこそ描きたかったのだ。
 そして、素の女性、ナマの女性、ありのままの女性の姿が一番出ているのが、娼婦であり、赤線地帯なのである。 「捨てるものなんか何もない、見栄も体裁もかまっていられるかい」という状況において、女性は本来の女性性をあらわし、自分にとって一番大切なものを浮き彫りにする。それは、ある女にとっては病気の夫と赤ん坊であり、ある女にとっては故郷にいる息子であり、ある女にとっては享楽であり、別の女にとってはお金である。それがある限り女性は生きられる。男なら、とっくのとうに自尊心を失って破滅しているであろう一線をはるかに超えて。
 自殺未遂をした結核持ちの夫と赤ん坊を一人で食わしているハナエ(木暮実千代)の啖呵が耳に残る。
 「私は絶対生きてやるんだ。赤線を廃止して、私らから仕事を奪って、そのあとの私がどうなるか。どんな風に生きてみるか、自分の目で確かめてやる。」

 つ・つよい・・・・・・・。
 
 『西鶴一代女』は、運のない女が転落していく様を描いた作品であった。
 田中絹代演じる主人公は、御所づとめの身分から始まって、大名の側室、遊郭の人気太夫、三味線弾きの乞食と身を落としていき、最後はやはり娼婦(夜鷹)となって夜の街で客を引く。仲間の夜鷹たちと冗談めかして交わすセリフがふるってる。
 「人間どう生きたって結局おんなじだもんね~。」


 ここなのだ。
 この心境に至れるところに彼女たちの強さの秘密があるように思う。
 それは一種の開き直りなのか、諦念なのか、負け惜しみなのか、自暴自棄なのか。それとも、現実を見切った末に達した生活哲学なのか。
 男は捨てられないものを多く持っている。その最たるものがプライドである。昔から男たちはプライドを無くすよりは、自死を選んできた。
 女にもプライドはあろう。だが、プライドでは「食えない」という当たり前の事実を無視しない。女はもっと大切な具体的なものを優先させる。愛する男であったり、子供であったり、食べ物であったり、いのちであったり・・・。そして、女は連帯することができる。

 どうあがいても男に勝ち目はない。


 自分が潔く認めた負けの分だけ、この作品は暗さ・重さから救われるのだろう。


 それにしても、若尾文子は当時23才。
 本当に美しい。
 いまどきの23才とは比較にならない品と落ち着きとあだっぽさがある。豪華で練達な共演女優陣に伍して、したたかな女を演じてヒケを取るところまったくなし。すばらしい。
 55年後のいま。
 愛されまくりの「バロック」の夫(黒川紀章)が亡くなったあと、どうなるかと思ったけれど、前にも増して自由に活躍しているのは知ってのとおり。ソフトバンクのCMでは白戸家の一員として、孫ほどの男と再婚し家族を驚かせ、ロックバンドではノリノリでサックス吹いて・・・。これが、CMでなく実生活であっても驚くに値しない。
 今まで演じてきた何百もの女~しとやかにして、したたかな~の仮面が素に張りついて、もはや仮面でも素顔でもなくなっている、そんな境地にいるかのように思える。

 溝口監督、増村監督もきっとご満悦だろう。




評価: A-


参考: 

A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。 
         「東京物語」 「2001年宇宙の旅」   

A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
         「風と共に去りぬ」 「未来世紀ブラジル」 「シャイニング」 「未知との遭遇」 
         「父、帰る」 「フィールド・オブ・ドリームス」 「ベニスに死す」 「ザ・セル」
         「スティング」 「フライング・ハイ」 「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」
         「フィアレス」 ヒッチコックの作品たち

B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
         「アザーズ」 「ポルターガイスト」 「コンタクト」 「ギャラクシークエスト」 「白いカラス」 
         「アメリカン・ビューティー」 「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
         「グラディエーター」 「ハムナプトラ」 「マトリックス」 「アウトブレイク」
         「タイタニック」 「アイデンティティ」 「CUBU」 「ボーイズ・ドント・クライ」 
         チャップリンの作品たち   


C+ ・・・・・ 退屈しのぎにはちょうどよい。レンタルで十分。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
         「アルマゲドン」 「ニューシネマパラダイス」 「アナコンダ」 「ロッキー・シリーズ」

C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ~。不満が残る。 「お葬式」 「プラトーン」

D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
         「レオン」 「パッション」 「マディソン郡の橋」 「サイン」

D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。もう二度とこの監督にはつかまらない。金返せ~!!



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