1986年松竹
上映時間 126分

 池袋で買い物したあと、なんとはなしに新文芸坐を覗いたら、『ー表現舎50周年記念ー 映画監督篠田正浩と女優岩下志麻の映画人生をたどる』と題した10日間の企画をやっていた。
 「おっ、志麻姐さんだ! 今日のプログラムは何だろう?」
 入口の看板を見ると、『鑓の権三(やりのごんざ)』と『心中天網島(しんじゅうてんのあみじま)』。
 どちらも近松門左衛門原作の密通ものである。どちらも未見である。
 タイムテーブルをみると、ちょうど前の回が終了したばかりであった。
 数年ぶりに新文芸坐にて二本立てを観ることになった。

 溝口健二監督の大傑作『近松物語』(1954年、原作は『大経師昔暦』)を挙げるまでもなく、近松の心中物は、封建制度・武家社会・儒教道徳の世で、結ばれてはならない間柄にある男女(あるいは男男)が道ならぬ恋におちいり、義理や体面や恥や道理といったしがらみにがんじがらめとなり、窮地に追い込まれて駆け落ちし、追っ手に捕らわれて処刑される、あるいは心中する、という筋書きを旨とする。その意味で、『ロミオとジュリエット』や『トリスタンとイゾルデ』や『アイーダ』と同系統の「社会(世間)V.S.個人」の物語ということができる。
 個人の自由と平等と権利とが尊重される近・現代社会では成立しづらくなった物語機構である。実際、近松作品の主人公たちの置かれている苦境の質を理解し共感するのは、現代人にはなかなか難しいものがある。
 一方、人を好きになる気持ちや恋愛の最中に発生する様々な複雑な感情はいつの世でもそう変わりがないので、そのあたりを演出家や演技者がうまく表現できれば、時代を超えた感動をもたらすことができる。
 残念ながら、篠田監督はその点で失敗しているように思われる。
  
 『鑓の権三』は近松門左衛門の浄瑠璃『鑓の権三重帷子(かさねかたびら)』を原作とする。鑓の名手であり三国一の伊達男である笹野権三(=郷ひろみ)と、その茶道師範・浅香市之進の妻おさゐ(=岩下志麻)との密通の一部始終を描いている。
 権三に郷ひろみを抜擢した篠田のキャスティングの才は讃えるべきものであろう。この映画の作られた1986年当時、日本で「水も滴るいい男」というにもっともふさわしいのは郷ひろみであった。“ヤング”を抜けた大人の落ち着きと今を盛りの男のフェロモンふんぷんたる伊達ぶりは、対・松田聖子と対・二谷友里恵の恋の狭間にあって、全日本女性のオナペットというにふさわしい存在であった。
 サムライ姿の郷ひろみは確かに凛々しくてカッコいい。美男である。女性なら誰でも見とれるであろう。演技は達者とは言えないが、美貌と適役ぶりに免じて大目に見ることはできる。
 が、残念なことに色気がないのである。
 これは郷ひろみのせいではない。明らかに篠田監督と撮影の宮川一夫のせいだろう。男を色っぽく撮ることができていない。ヘテロ監督ゆえなのか、それともヒロインであると同時に細君でもある岩下志麻に遠慮したせいなのか。せっかく郷ひろみという逸材を持ってきながら、その魅力(=セックスアピール)を十全に生かし切れていない。(権三の敵役で出演している日本芸能界のドン・ファンたる火野正平の魅力さえ画面に移し損ねている!)
 このドラマを成立させる肝は、そこにいるだけで女を濡らしてしまう鑓の権三の伊達ぶり如何にかかっている。なぜ自分の栄達にしか関心がないエゴイストの権三に周囲の女達が次々と虜にされていくかというと、黙っていても漂ってくる権三の色気、すなわち男性ホルモンゆえであろう。
 そこがフィルムに定着されなければ物語は回らないし、せっかくの志麻姐さんの高テンションの熱演も空回りするばかりである。その結果、おさゐが本当に権三に惚れ抜いているようには思えない。
 
 これが木下恵介監督だったら・・・と思わざるを得ない。



評価:C+

A+ ・・・・めったにない傑作。映画好きで良かった。 
「東京物語」「2001年宇宙の旅」「馬鹿宣言」「近松物語」

A- ・・・・傑作。できれば劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
「風と共に去りぬ」「未来世紀ブラジル」「シャイニング」「未知との遭遇」「父、帰る」「ベニスに死す」「フィールド・オブ・ドリームス」「ザ・セル」「スティング」「フライング・ハイ」「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「フィアレス」   

B+ ・・・・良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
「アザーズ」「ポルターガイスト」「コンタクト」「ギャラクシークエスト」「白いカラス」「アメリカン・ビューティー」「オープン・ユア・アイズ」

B- ・・・・純粋に楽しめる。悪くは無い。
「グラディエーター」「ハムナプトラ」「マトリックス」「アウトブレイク」「アイデンティティ」「CUBU」「ボーイズ・ドント・クライ」

C+ ・・・・退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
「アルマゲドン」「ニューシネマパラダイス」「アナコンダ」 

C- ・・・・もうちょっとなんとかすれば良いのになあ。不満が残る。
「お葬式」「プラトーン」

D+ ・・・・駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
「レオン」「パッション」「マディソン郡の橋」「サイン」

D- ・・・・見たのは一生の不覚。金返せ~!!